ウェブ活用の現状と可能性/BtoBメーカーのウェブ活用 第1回


はじめに
リーマンショックに端を発した世界同時不況下の現在、倒産・失業などの暗いニュースばかりが続いているが、“巣篭もり消費”という言葉に代表されるように、ネット企業のサービスはこの環境を逆手にとって、浸透のスピードをより一層加速している。だが、インターネットの事業への活用は、ネット企業の専売特許ではない。むしろ出遅れている分、リアル企業のネット活用の潜在性は巨大なものがあると言って良い。
もちろん一部のリアル企業は、ネットの積極活用を明確に打ち出しており、徐々に成果も上げつつある。自動車メーカーは広告予算を大きくオンラインにシフトしているし、ITバブルの崩壊後に一度は諦めかけたスーパーのネット宅配は再挑戦の結果、大きな伸びを見せている。だがその多くはBtoC企業であり、残念ながらBtoBの姿は少ない。
しかし、BtoB企業の特徴は、実は極めてウェブとの親和性が高い。そこで本連載では、BtoBメーカーにおけるウェブ活用の可能性を考えてみる。
営業マンがいるからウェブに頼らなくて良い、は本当か?
ウェブとは、対外コミュニケーションツールである。BtoB企業の対外コミュニケーションは、BtoCに比べて営業マンへの依存度が高い。それは主に2つの理由に拠る。
製品が複雑で耐用年数が長いため、人によるきめ細かな対応が必要となる
高度な機能を持ち多様なユーザーニーズに応えねばならないB2B製品は、セミ/フルオーダーメイドの形で受注生産したりオプション対応することが多いため、顧客の要望をきめ細かく把握するには、人が対応すべきとの考えが根強い。また長期間利用されることが多く、そうした過去製品へのアフターサービスは、柔軟な対応が求められるため、やはり人への依存が高くなる側面がある。限られた顧客接点を、営業マンで補う
BtoC製品のデジタルカメラならばよほどの田舎でない限り、製品を手に取り、質問もできる量販店やフォトショップが近くにあるだろう。しかしBtoBの場合はそれほど密な販売網とはなっていない。この物理的なリーチの弱点を補うのが営業マンと考えられている。
このように、BtoB企業が人依存となるにはそれなりの理由がある。だが、ウェブ活用の現状を評するならば、人依存という考えが強すぎる結果、事業への活用はそれほど議論されず、ウェブが持つ特性を活かしきれていないように見受けられる。では、ウェブのどんな特性が、BtoB事業に適合するのだろうか。注目すべきは、制約のない情報発信と、双方向性機能の2つである。
BtoBで活用できるウェブの特性②:双方向性機能
BtoBメーカーのウェブ活用が進まない理由
ウェブ活用に向けて:ロードマップづくりからはじめよう
ウェブの特性を使い切るために:積極的な情報公開姿勢
BtoBで活用できるウェブの特性①:制約のない情報発信
制約のない情報発信とは、情報量や場所・時間の制限を受けないことを指している。例えば電子部品事業であれば、ウェブは、何万、何十万という部品点数を全て格納することができる。さらに、部品それぞれについてのカタログ基本情報、アプリケーション情報、CADデータ、技術情報を、情報スペースの確保に頭を悩ますことなく、掲載が可能だ。ちなみに、オンライン書店のAmazonで芸術書などの非売れ筋商品の売上が高いことを指すロングテールは、情報量に制限のないというウェブの特徴に基づく現象だが、BtoBメーカーのウェブ閲覧ログやウェブ経由の問い合わせ内容でも、明らかなロングテールの傾向が見て取れることが多いので、読者諸氏も自社ウェブサイトの傾向をしっかりと分析してみることをお勧めする。
ウェブを通じた情報発信が場所の制限を受けないことも、顧客への物理的リーチが弱いBtoBメーカーにとってはありがたい特徴だ。販売網が充実している国内とて、大半のBtoBメーカーの営業拠点は、全国を隙間なく埋めるものではないはずだ。結果的に営業マンが外回りにかける工数はそれなりのものとなる。当然のことながら、営業マンは拠点からそう遠くない顧客に注力するため、情報提供の密度は地域に拠って偏りが出てしまう。だがウェブサイトは、情報のやり取りにおいて物理的な距離の制約を全く受けない。ウェブサイトに情報を置いておきさえすれば、場所に関係なく必要な時にお客様から飛び込んでくるため、これまでならば、ニーズがありながらも物理的接点の不在に阻まれていた顧客との関係を、新たに構築できるようになってきたのである。
また、企業の対外コミュニケーションが時間の制約から解放されたということは、対外コミュニケーションの稼動率が飛躍的に向上したことを意味する。世界中のユーザーをターゲットにしたグローバルサイトのアクセス状況を見れば、24時間・365日の絶え間ない閲覧が確認できるはずだ。
このように、企業の対外コミュニケーションは、情報量・場所・時間の制限を受けないウェブの登場で、情報を伝達できる範囲が格段に広がった。顧客は、その製品・会社に興味を持った瞬間に、どこにいようと、どの時間帯であろうと、ネットのアクセスさえあれば、好きなだけその製品・会社に関する情報を引き出し、調べつくすことができるのである。制約のない情報発信の本質は、「鉄は熱いうちに打て」と言われるように、顧客がその製品・会社に興味を持った瞬間を確実に捉えることで、顧客の興味が冷めないうちに次のステップに持ち込めることにあると言えよう。
開放された制約 | 具体例 | メリット |
---|---|---|
情報量 | 全製品の情報 | ニーズの低さから十分なカタログを用意できなかった製品も掲載が可能 |
過去製品情報 | 販売は終了したが使われ続けている製品の情報は、故障などをきっかけに重要な顧客接点となる | |
製品マニュアル | 長期使用の中で紛失したり、必要な時に手元にないリスクに対し、いつでもウェブにある安心感を提供できる | |
FAQ(よくある質問) | 顧客自身による問題解決をサポートすることで顧客満足度も、サポートの負担も改善する | |
場所 | 拠点のカバーが薄い地域への情報配信 | 訪問・コンタクトが難しいゆえに埋もれていたニーズを発掘できる |
時間 | 営業時間外の情報配信 | 24時間・365日アクセス可能ゆえ、顧客が興味を持った瞬間に情報提供できる |
BtoBで活用できるウェブの特性②:双方向性機能
ウェブのもう1つの特徴は双方向性にある。情報が一方通行ではなく、顧客の要求に応じた反応を返せることがその意味だが、BtoBメーカーのウェブサイトにおいて重要な役割を果たす双方向性機能は、製品選択支援やシミュレーション、そしてサポート系ツールである。
製品選択支援と一言で言ってもその可能性は様々だ。最もオーソドックスなのは、例えば電子部品を選択する場合に、スペックなどの諸条件を入力することで、最適な部品を提示する機能であろう。また、最近は比較機能も実装されるようになってきた。これにも色々な種類があり、自社類似製品との比較のみならず、過去製品や他社製品との比較まで行えるものもある。また取り付け可能なオプション品を選べる機能や取り付け後の見積もりを行う機能は、PCサイトでおなじみだが、海外のBtoBメーカーサイトでも見かけるようになってきた。
シミュレーションもウェブの登場によって気軽に利用ができるようになった双方向性機能だ。シミュレーションの操作はウェブ上で実施することもあれば、シミュレーションソフトをダウンロードさせて、ユーザーのPC上で実施させる場合もある。機械のライフタイムコスト、購入・リーシング費用、性能チェック等が典型的なシミュレーションだが、CADデータを提供し、簡易的に設計を行ったり設置・稼動にムリがないかのチェックを支援することも、広い意味でシミュレーション機能と言えるだろう。
このような複雑なやり取りは従来であれば、営業マンに尋ねた後にしばらく時間をおいて回答があったり、営業マンが持ち歩くPC上でシミュレーションを行っていた訳だが、営業マンを介していては、時間がかかったり、設定条件の数には限度があるなどの制限があった。いつでもどこからでも存分に試してみることが出来るウェブ上のシミュレーションは、顧客の興味を冷めさせない上で、重要な役割を果たすはずだ。
双方向性機能 | 具体例 | メリット |
---|---|---|
製品選択支援 | 条件入力による製品選択 | 機種名、用途、要求性能などによる検索で、膨大な製品群の中から適切な製品を探しだせる |
自社製品比較 | 複数の類似製品から、より適切な製品を見つけることができる | |
過去製品比較 | 今使っている製品と比較すれば、検討製品の性能がイメージしやすい | |
他社製品比較 | 購買プロセスにおける競合比較の資料作成が容易になる | |
シミュレーション | 製品のライフタイムコスト | 購入後の試用期間をも含めたトータルの費用を簡易的に知ることができる |
オプション取り付け・見積もり | 膨大なオプションの中から取り付け可能なものを選択し、総費用をチェックできる | |
購入・リーシング費用 | 支払い条件の設定で購入・リースにかかる費用がわかる | |
性能チェック | 特定条件下での性能をチェックできる | |
サポート | 部品購入 | 必要な部品の検索・購入がいつでもできる |
ウェブ活用に向けて:ロードマップづくりからはじめよう
ウェブの特性を使い切るために:積極的な情報公開姿勢
BtoBメーカーのウェブ活用が進まない理由
ただし残念ながら、日本のBtoBメーカーのウェブサイトを見渡すと、制約のない情報発信にせよ、機能提供にせよ、その特徴を存分に活かしたウェブサイトはあまり見当たらない。先述の営業マン重視のカルチャーもその一因だが、その他にもいくつかの理由がある。
1つには、長期的なウェブ戦略が存在しないことが挙げられよう。これはBtoB、BtoCを問わない問題だが、ウェブ活用のプレゼンスが企業の中で急速に上がる中、ウェブ担当者は日々のメンテナンスに精一杯で、自社の事業にウェブをどう絡ませていくのかということを、じっくりと考える余裕がないのが実情だ。
2つ目に、主管部署の問題がある。ウェブサイトは1990年代半ばから企業に使われるようになった新しいメディアだが、社外と広くコミュニケーションできる側面が広報に近いと解釈されたことから、コーポレートコミュニケーション系の部署が主管していることが多い。結果的にどちらかと言うと、IRをはじめとするコーポレートの情報配信やブランディングに絡む施策が中心で、いかに多くの人に見てもらうか、即ちアクセスを集めることに力点を置いている傾向が見られ、個々の製品情報提供のあり方については、事業部に任されている状況がある。
3つ目に、企業のウェブ活用の議論が、依然、購買プロセスの前工程に偏っていることが挙げられる。つまり、ウェブサイトに顧客を呼び込む施策については、検索エンジン対策やリスティング/バナー広告、CGM(Consumer Generated Media:インターネット上の口コミメディア)と他メディアとの連携など、様々な方法が議論されている。しかし、ウェブサイトに来た顧客に製品のことを深く知ってもらうためにどのようなコンテンツや機能を掲載するかについては、それほど話し合われていない印象がある。特に双方向性機能については、製品のデータベースが必要になるケースもあるなど、コスト的にも期間的にも負担がかかるため、こうしたサイト内でのおもてなし施策よりも、比較的低予算で短期に実施が可能な呼び込み施策に力を入れがちとなる状況がある。
ウェブ活用に向けて:ロードマップづくりからはじめよう
このように、BtoBメーカーのウェブ活用は様々な理由から、まだ発展の初期段階にある。だが、グローバルな競争の激化に加えて景気の出口が見えない今、多くのBtoBメーカーでは、これまでのような営業体制を維持できなくなりつつあり、効率化への要請は強まるばかりだ。
一方で、ウェブサイトの社会的プレゼンスは高まり、何を調べるにもまずはウェブから、という行動パターンが定着した。BtoBメーカーにおいてもファーストコンタクトはウェブ経由という状態になりつつある。呼び込み策だけでなく、ウェブサイトそのものの充実化を真剣に考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
ただし、ウェブサイトの多様な特徴全てを一気に活かすことは現実的ではない。まずは顧客の検討・購入プロセスを整理し、それぞれの施策がウェブでも可能なのか、ウェブでやるとすればどんな形態がありうるのかをチェックされたい。日本産業広告協会が提唱するBtoBの購買プロセスモデルであるASICA(Assignment/Solution/Inspection/Consent/Action)や電通のAISAS(Attention/Interest/Search/Action/Share)などを参照すると良いだろう。ウェブで従来と同品質の情報伝達ができるならば、顧客にとっての選択肢を増やす意味で実施すれば良いし、施策によっては、これまでのメディアを上回る、もしくは不可能だった品質が可能になるケースもあるはずである。先述のように、購買プロセスの前半におけるネット施策は広く検討されているため、後半、つまりウェブサイトに呼び込んだ後にどのようなコンテンツ・機能を提供できるのか、徹底的に洗い出してみたい。
次に、リストアップされた各施策に、効果や実現性、コストなどで優先順位を付け、中長期のロードマップに落としてみよう。企業内で現実性をもって受け入れられるためには3ヵ年程度の計画に収めることが良かろうが、全施策を実施し、全社に根付かせるためには5年から10年はかかるというのが、筆者の感覚である。いずれにせよ、こうしてロードマップに可視化することができれば、社内の関係者にウェブの可能性と、それを活かし切るには時間がかかるということを理解してもらうことが出来る。
企業内でのウェブの存在感は確実に向上しているが、そのスピードに人員増が追いついていないのが実態だ。そのため、ウェブ担当者はどうしても緊急度の高い、日々のメンテナンスに集中せざるを得なくなる。長期的にウェブをどう活用するのかを徹底的に考えてみる必要性を感じつつも、そうなってしまっていることだろう。自社の事業にウェブがどこまで使えるのか、ロードマップに落とす作業を通じて、徹底的に考え抜いてみることをお勧めする。
ウェブの特性を使い切るために:積極的な情報公開姿勢
最後に、ウェブの特性を使い切るために必要な心構えについて言及しておきたい。それは、「なるべく多くの情報を積極的に掲載する」という姿勢である。積極的な情報公開と言えば、迫られて渋々出しがちな事故や不祥事に関する情報を自ら進んで出す、の意で語られることが多い。もちろんそれも含むのだが、ここでは企業のことを“余すことなく”伝える姿勢と捉えたい。
例えば米国のBtoBメーカーサイトでは、研究者のブログや連絡先一覧などが良く見られる。日本では、「会社の統一見解とずれたらどうするのか?」「機密事項が漏れたらどうするのか?」「ライバル企業に引き抜かれやすくなる」などの心配が先に立つところだ。しかし米国企業は、対外コミュニケーションの窓口を一本化してしまうと埋もれてしまいがちなナレッジを公開することのメリットが、それらマイナス要因を上回ると考えている。
情報掲載量に制限がなくなった利点を最大に活かすには、企業が持つあらゆる公開可能な情報をウェブに掲載した方が良い。米国企業サイトでは他に、数十年前に遡った過去製品情報、製品マニュアルなど、無制限の情報スペースという特徴を上手に活かした情報発信を見つけることが出来る。ネットは国防総省にルーツを持つ米国生まれの仕組みだが、積極的な情報発信姿勢と無制限の情報スペースという特徴が噛み合っているのも、ともに米国ならではの特性だからかもしれない。
だから、ネットの利点を活かすためには、日本企業ももっと様々な情報発信を行うべきだ。これまでは、情報を持っている企業側が、情報を持っていない顧客側に対して優位である“情報の非対称性”が収益の源泉だった訳だが、インターネットの普及によって、両者の情報格差は徐々に縮まりつつある。ある情報を企業が出さずとも、誰かが別のサイトで書いてしまうような時代なのだから、そろそろ「出せる情報・今ある情報」の発信に止めるのではなく、「訪問者が欲しがる情報」の発信へとの発想を転換することが必要だろう。
今まで企業は、情報量の制約を理由に、伝えたいことのみに力点を置いたコミュニケーションをしてきた。結果的にアピールの巧拙が売上を左右する側面があった。しかし、製品に関して余すことなく伝えられるようになったということは、第三者が書く口コミも含め、一製品に関する極めて多角的な情報とその選択が顧客側に委ねられつつあるということである。とすれば、アピールのあまり得意でない、しかし製品の品質そのものには絶対の自信を持つ日本のBtoBメーカーにとっては、製品のことをより伝えやすくなったという意味で、大変有利な時代が到来したと言えるのではないか。もちろんそれは、ネットを上手に活用できたら、という条件付であることは言うまでもない。
第1回 ウェブ活用の現状と可能性 [1]
第2回 企業購買プロセスのウェブ化(1) [2]
第3回 企業購買プロセスのウェブ化(2) [3]
第4回 BtoCウェブサイトに学ぶ [4]
第5回 連結視点とグローバリゼーション [5]
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※この記事は、社団法人日本産業広告協会 [7](IAAJ)の発行する月刊誌『産業広告 [8]』に掲載の連載を、著作権者の許諾を得て転載しているものです。
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