「プレバズのKPI化」「話題化を軸にした商品設計」マクドナルド足立氏が明かすマーケティングのツボ
マクドナルドのV字回復の舞台裏には、デジタルメディア戦略があった。マクドナルドの足立氏が語った「マーケティングの本質と、デジタル活用のポイント」をお届けする。
足立氏が日本マクドナルドのマーケティング本部長になったのは約2年前。当時は業績が低迷し、1~2年のサイクルでマーケティング本部長が変わるような状況だった。足立氏がマーケティング戦略を大きく転換して約1年半たち、業績はV字回復をしている。
その考え方と具体的な取り組みを、「グロービスデジタルマーケティングクラブ」の8月講演の内容から紹介する。「グロービスデジタルマーケティングクラブ」(代表:村上佳代氏)とは、グロービス経営大学院の現役生や卒業生が参加するグロービス経営大学院の公認クラブで、デジタルマーケティングに関わりそうなこと全般について自主的学習を実施している。
PRで「世間ごと」化、SNSで「身内ごと」化
マクドナルドのようなファストフードは、予約して食べに行くようなもの(デスティネーション・ビジネス)ではなく、思いつきで食べることを決める(インパルス・ビジネス)。このため、常にマクドナルドは消費者の目に触れるようにする必要がある。以前のマクドナルドが、コミュニケーションに使っていたのは、主にマス広告だ。しかし、新聞の購読率よりもLINE NEWSの購読率の方が高くなるなど、昨今はマス広告の影響力が低下している。
また、足立氏がマーケティング本部長になった当時は業績が低迷し、マーケティングに使える資金が限られていた。つまり、高額なマス広告を大量に投入するのは難しい状況だった。そこで足立氏は、以下のように方針を転換した。
「マス広告」だけではなく、
- メディア(PR)
- ファンの声(SNS)
- 自社メディア
を活用する
それぞれの考え方は、次のようなものだ。
①メディア(PR)
新商品やキャンペーンの情報は、「マクドナルド自身が語る」ことよりも、「メディアに書かれる」ようにすることを重視する。そうすることによって、広告であっても「世間ごと」になるからだ。
ハンバーガーを食べることは、生活には必須ではない。しかし、「世間で流行っているらしい。それなら食べてみよう」と思ってもらえれば、マクドナルドに行く理由が少しだけ生まれる。そうした態度変容を期待したメディア露出を重視しているのだという。
さらに、メディアといっても対象はマスメディアだけではない。さまざまなウェブメディアも重要だ。実際、新商品に関する情報露出の量は、ウェブが400媒体に対してマスが10媒体程度という比率になっていることもあるという。
そうしたオンラインメディアでの露出の重要性を鑑み、足立氏は「Yahoo!ニュースとLINE NEWSは常に狙っている」のだという。
②ファンの声(SNS)
友人など身近な人が「美味しかった-!」とSNSに上げることでも、食べてみようという気持ちになる。①の「世間ごと」に対して、「身内ごと」の食べる理由だ。
そして足立氏は、「プレバズ」の重要性を強調する。つまり、新商品の発売前にどれだけのユーザーがその商品に関して語ってくれているかだ。というのも、このプレバズが、売上の初速に大きく影響するのだという。
新商品の売り上げは、発売開始から1週間が最も大きく、その後は徐々に低下していくものだ。そのため、最初の時点での認知と売上が重要なのだ。
①のメディア露出で情報を知ってもらい、その情報が②のファンの声でさらに拡散されることで、発売前にきちんとバズを生み出せ、売上目標を達成できるというわけだ。
バズらせるには、以下のようなポイントを押さえているという。
- SNSのキャンペーンは、くすっと笑ってしまうような演出をする(詳細は後述)。おもしろくなければ拡散されるはずがない
- 発売後にも、SNSで拡散されそうな店舗のキャンペーンなど、デジタル以外の施策も実施する
③自社メディア
マクドナルドのアプリは、総ダウンロード数が3700万、毎月1300万人以上が開いている。そこで、プロモーションなどの告知メディアとして活用している。
たとえば、ハッピーセットにはおまけのおもちゃがついているが、おもちゃの動き方の動画を配信したところ、購買に導く効果は絶大だった。
また、スマートフォンのGPS情報から、店舗の近くに来たらプッシュ通知をするなどの位置情報を使った施策も行っている。
話題にしてもらうには、おもしろくなければだめ
メディアやSNSで常に話題にしてもらうために、以下のような取り組みを行っている。
①「話題化」を軸にした商品設計
メディアやSNSで話題にしてもらうためには、おもしろくなければならない。その手法のひとつが、「突っ込み所のあるキャンペーン」だ。
そうした例が、次の図だ。
上図の左側にあるのは、「怪盗ナゲッツ」というキャンペーンだ。「正体不明の怪盗」と位置づけているが、黄色いジャケットを着て両手で指さしながら「(ナ)ゲッツ」と言っていれば、それがだれなのかは、日本で育った方ならばたいていの人はわかるだろう。思わず「そのまんまだよ!」と突っ込む投稿をしたくなるというわけだ。
図の中央は裏メニューに関するものだが、文字を裏返しに書いている。「裏メニューだから文字が裏返しって」という突っ込みが生まれるだろう。そもそも、最大の突っ込みどころとして「堂々と出してたら裏メニューじゃないじゃん!」という点がある。
ただし、話題になればいいというものではない。
スマホアプリを使った「参加型のキャンペーン」の例で、(どれも話題になったが)成功とみなすものと、失敗とみなすものを紹介する。
図の左は、お客さんに商品のネーミングを応募してもらう「名前募集バーガー」というキャンペーンだ。お題の長い商品名がフックになったのか、話題を呼び、2週間で500万という、非常に多くの応募があった。しかし、このキャンペーンの貢献は、売上というより話題性だったという。
どれだけ話題になっても、購買につながらなければ成功とは言えない。
そこから学び、その後には、実際に食べてみて評価を星でつけるキャンペーン(クラブハウスバーガー)や、好きな商品を投票する「マクドナルド総選挙」を実施したところ、売上に大きく貢献できたという。
ちなみにこの「マクドナルド総選挙」は、それまでのマクドナルドのキャンペーンとは一線を画していた。レギュラー商品に投票するもので、新商品があるわけではなかったからだ。さらに、最初の広告以外は、コミュニケーションにデジタルメディアを多用した点も、特別だ。
にもかかわらず、マクドナルド的にはこれまでにない成功をおさめた。このキャンペーンで仕掛けた、
「1位になったらこうします」という公約を各商品が語り(たとえば「お値段そのままメガマックに」「ダブルチーズからトリプルチーズに」など)、さらにそれを支援する応援団がいるという動画をそれぞれの商品に作って掲載
投票は「食べて投票」が100ポイント、「ツイートで投票」が1ポイント
総選挙に関する情報を動画で伝えるニュース番組風の動画チャネルを解説し、期間中に随時新しい動画を公開
といった施策による、お客さんのリアルでの行動とソーシャルでの投稿を巻き込む設計で、仕掛けをしておけば「マスメディアに大きな予算を投じなくても短期間で高い認知がとれる」ことを証明し、さらに売上にも貢献した画期的なキャンペーンだったのだ。
また、「話題化」のための別の観点として、商品自体も変えている点もポイントだ。具体的には、「パッケージ」と「商品名」だ。
パッケージは、写真に撮ってSNSに投稿したくなるようなデザインに変更した。たとえばハンバーガーの期間限定商品の包み紙は、以前は商品名と素材を示す標準的なものだったが、写真映えするおもしろいものにした。
さらに昨年の月見バーガーでは、話題にしてもらうためのちょっとした仕掛けも用意した。通常のパッケージは月にウサギが1匹いるものだが、ごくまれにウサギが2匹いるパッケージがあったのだ。
また商品名は、短くてキャッチーなネーミングに変えていった。
オンラインニュースの見出しは文字数が限られている。そこで扱ってもらいやすいように、少ない文字数で表現できるようにしたというわけだ。
もちろん、短くてキャッチーなほうが、お客さんがソーシャルでも投稿しやすいはずだ。
②広いコラボと提携
消費者とのコミュニケーションの回数、バリエーション、タッチポイントを増やして来店の確率を上げるための、広いコラボ・アライアンス(提携)を行っている。
目的は、次のようなものだ。
- 個々のプロモーションの告知強化
- 新しい顧客層へのリーチ
- マクドナルドのブランドに対する信頼強化
たとえば「マックシェイク 森永ミルクキャラメル」だ。日本に住んでいる方ならば、森永ミルクキャラメルの味はだいたいの人が想像できるだろう。新商品を知ってもらうタイミングで「この商品の味はどういうものか」を説明する必要がないため、ストレートに話題にしてもらいやすいし、SNS投稿でも少ない文字数で伝えられる。
さらに、マクドナルドだけでなくコラボ先である森永製菓側でも告知してくれるため、森永ミルクキャラメルのファンにもリーチできるというわけだ。
ドコモや楽天とのポイントプログラムもある。こちらも同様に、アライアンス先が抱える数千万人に「マクドナルドでポイントが使える」ということを、先方が告知してくれるメリットは大きい。
マクドナルドがポケモンGOのパートナーになっており、店舗がポケストップやジムになっていることは有名だろう。これによって、ポケモンやゲームのファンにリーチすることができた。
その他にも、アーティストの新曲をマクドナルドFREE Wi-Fiだけで配信するなど、店内のWi-Fiをメディアとして利用しているというコラボもあるという。
マーケティングの変革を実現したKPIの変更
マクドナルドは、なぜこのように「ソーシャル時代」「デジタル時代」のマーケティングへの対応を短期間で進め、成功させられのだろうか。
その背景には、KPIの変更がある。次に紹介するのはその例だ。
①マーケティングのKPI変更
マーケティングの伝統的なKPIだった「売上」「客数」に、「プレバズ」を加え、発売の一週間前にどれだけの量のバズを作れるかを評価指標にした。
これまでのデータとソーシャルモニタリングのデータをあわせ、プレバズが売上に貢献することを検証したうえで、組織として明確に「プレバズを増やすことが仕事の1つ」と定めたのだ。
そうすることで、組織としてしっかりとプレバズを意識し、そこにフォーカスした施策を進めるようになっていった。
②メディアのKPI変更
メディアのKPIも変えた。
従来のKPIは、マスのメディア効率(CPRP・視聴率1%あたりの料金など)と個々のデジタルのKPIであり、極めて普通のKPIだった。
しかし足立氏は、このKPIを大きく変えた。具体的には、
- メディア費総額 ÷ プローモーション認知度
をKPIに加えたのだ。
これによって、総合系のエージェンシーからも、効率を上げるために、「テレビへの出稿を抑えてデジタルへの予算配分を増やす」という提案が出てくるようになったのだという。
デジタルをマーケティングで活用するポイント
こうして成功をおさめているマクドナルドだが、足立氏は「デジタルマーケティング」をどうとらえているのだろうか。
ここまでの話でも出てきているが、あらためてまとめると、デジタルをマーケティングで活用するポイントは次の5つだ。
①「デジタル」という言葉を使わない
「デジタル」という言葉は漠然としている。具体的な施策につなげ、活用するためには、「デジタル」という曖昧な言葉を使わず、「SNSの利用」など具体的な言葉を使うことが大切。
②戦略の変更はトップダウンで
ドラスティックな変化がなければ、成果は出ない。コミュニケーションの中心を、マスではなく「世間ごと(PR)」「身内ごと(SNS)」にするというような戦略の変更は、トップダウンでないとなかなか進まない。
③「デジタルだけ」を考えない(目的・全体・リアル)
「デジタルを活用すること」は戦略ではない。勝つための全体戦略を、いかにデジタルが貢献できるかを考える必要がある。
マクドナルドのコミュニケーション戦略で言えば、
メディアやお客さまに話題にしてもらい、拡散してもらう
というものだ。そして、それを達成するためにデジタルもリアルも使う。
全体の目的を考え、デジタルはその手段の1つとして考えることが重要なのだ。
④明確なKPI設定
単純で、皆が走りそうな指標をKPIにする。そして、それをステークホルダー共通の指標として明確に定め、皆が意識するようにする。
⑤まず自分がデジタル化する
マーケティング部長は「デジタル化を進めろ」と言っていることだろう。しかし、その本人がTwitterもポケモンGOもやったこともないとしたら、本当にデジタルに対して本気なのかと部下は疑うだろう。
組織がデジタルに向いてほしいのならば、まず自分が個人としてデジタルに向き合わなければいけない。
「デジタルマーケティングとは?」「誰かの心を動かすためには?」参加者との質疑応答まとめ
最後に、受講者を含めて質疑応答があったので、その内容をいくつか紹介する。
――デジタルマーケティングの定義をどう考えているのか?
足立氏: 私にマーケティングの定義はあるが、デジタルマーケティングという概念はない。私が個人的に考えるマーケティングの定義は、以下の3つ。
- 人の心を動かして、結果として行動を促すこと
- ビジネスの成功のために必要なことは全てやること
- ビジネスが継続的に伸びる仕組みを作ること
――誰かの心を動かして行動を変えるために心がけていることは?
足立氏: お客さまの心を動かすためには、調査だけではなく、「自分だったらどう感じるか」と考える。
組織を動かすためには、ロジックではなく仕事以外の接点を作り、「あいつが言うならやってやろうか」と思われることが大事。
――企業に対する悪評や不信感が広がったとき、信頼回復のためにどうするのがよいのか?
足立氏: マクドナルドでも以前に、お客さまからの信頼を失ってしまう事件があった。
信頼回復のために、お客様の声をすぐに反映させるシステムを導入したり、原材料や供給先を公開するなどの透明化を進めたり、事実無根の都市伝説に答えたり、真摯な改善を行ってきた。加えて、マーケティング上では、「Love over Hate」を意識した。つまり、「嫌悪を吹き飛ばしてしまうほどの愛着」ということだ。
企業にとって良くない情報が出た場合、一度書かれてしまったネット上の記事は消えない。しかし、その後に、それを上回る量・質の「いい記事」がたくさん書かれれば、また、メディアやソーシャルメディアでその企業の良い点を認める投稿が増えていけば、お客さまの企業に対する心証や信頼を良いものにしていけるものだ。
――IT系企業以外でデジタルマーケティングを進めるために、会社をどう説得すればいいか?
足立氏: まずは「勝手にやってみる」のはどうだろうか。ソーシャルのキャンペーンやデジタルメディアの活用なら、コストは数十万円程度。それが自分の決裁権限の範囲ならば、まず進めてみればいい。
デジタルのおもしろい点として、「成功すれば社内の他の人にもそれが見えるが、失敗しても目立たない」ということがあるのだから。
「上司の耳に入れておかなければ不安だ」という人もいるかもしれないが、事前に上司に伝えておいたからといって、失敗しても責任をとってくれるわけではない職場も多いのではないだろうか。
私の場合でも、成功と失敗は五分五分ぐらいの比率だ。打率五割ならOKだと考えていい。ただし、売上や利益への影響が多い商材では、大きくはずさないようにしておくことは重要だ。
その他、次のような話題が挙がった。
- マクドナルドは来店者が多いのでコラボしたい企業は多いはず。具体的な交渉は人脈があると話が早い。
- 話題にしてもらうには突っ込まれる内容がいいが、ファミリー向けのブランドなので炎上しないような内容を心がけている。
足立氏が外部でデジタルマーケティングについて話すのは初めてとのことで、参考になりそうな貴重な話が満載だった。
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