クラウドが取りこぼす社長の性質。お利口さんと商売現場の温度差
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の百十六
日経新聞の編集方針
インターネットの新技術「Web 2.0」の話題が一段落し、今度は「クラウドコンピューティング」に関心が集まっている(3月22日のSUNDAY 日経新聞読書欄「今を読み解く」)
東京マラソン直前の日曜の朝、口にしたコーヒーを吹き出しそうになりました。「Web 2.0」への評価は様々ですが「特定の技術」を指すものではないことだけは明らかです。このあと「クラウド」関連の書籍を羅列し“クラウドの広がりは日本企業にも意識の転換を迫っている”と結びます。思い起こせば「Web 2.0」という単語が日経新聞に登場したのは「ミクシィ」の上場申請が受理された翌日で、「セカンドライフ」も熱心に取り上げていました。
次のトレンドを予言するのが日経新聞の編集方針のようで今のイチオシが「クラウド(SaaS)」。確信犯的に語弊を怖れない姿勢は見事です。しかし多くの「社長」が意識転換することはないでしょう。新聞記者とは違いますので。
クラウドはWeb担当者を幸せにするか
日本の経営者はいまだに自前のシステムを望む傾向にある(日経新聞)
と、日経新聞では自前の情報システムを構築するより、適時機能を借用する「所有から利用へ」のほうが効率的で合理的だと指摘します。私も今後クラウドの利用者が増えるであろうと予想します。それでは日本の経営者がクラウドに意識転換したら何が起こるでしょうか。
サーバーはクラウド屋さんから借り、パソコンのスペックはネットが閲覧できるレベルで十分となれば、サーバーは売れず、パソコンの買い換え需要がなくなります。もちろん、パッケージソフトも不用となり、社内のシステム管理者もハローワーク通いを余儀なくされます。クラウド屋さん以外のIT技術者はリストラの対象となるか転業を迫られることでしょう。Web担当者も無縁ではいられません。クラウド屋さんの雄、セールスフォースはコンテンツの提供まで守備範囲と謳います。
社長という生き物
セールスフォース、グーグル、アマゾン。クラウド屋さんは外資系に多く、富士通、NECなど「ハード」を得意とする国内企業は苦境に立たされます。保護貿易主義者ではありませんが、国内経済に思いを馳せれば安易な礼賛はできません。
とはいえ、日本のIT市場がクラウド一色に染められることはありえません。クラウドを礼賛する人は社長という人種の特性を無視して議論を進めているからです。その特性がこれ。
“所有欲求が強い”
社長の所有欲求は猜疑心と支配欲でできています。クラウドは必要なときに借りられるといっても必ず提供される保証はありません。万が一でも0.01%です。万が一のリスクを疑い、心配する社長は「借りる」を好みません。所有していても地震、雷、火事、停電などで利用できないことはありますが、そのリスクすら「所有(管理下に置きたい)」したいものなのです。この性質はオーナー社長ほど強くなります。
「メディア」と「識者」
そして「所有」は悪いことではありません。まず、サーバーやパソコンが売れます。従業員の採用も所有欲求と無関係ではなく、利用するだけでよければ「非正規雇用」や「外注」で十分です。親分肌というかジャイアン体質というか、社長は「俺のもの」を愛し、雇用と需要を喚起します。
社長の所有欲求を考えれば「所有から利用へ」は選択肢の1つに過ぎず、消費と雇用からアプローチすればクラウドは内需を縮小する危険因子です。ところが「日本経済新聞」は持ち上げます。日経だけでなく「IT系識者」も同じく。IT革命、Web 2.0、セカンドライフ、そしてクラウド。「祭り」をつくりだすのは「メディア」と「識者」なのです。
「新しい」はメディアの好物ですぐに飛びつきます。そして報じた時点での取材が十分ならば「結果的誤報」を反省しません。結果に責任を求められる社長と新聞記者の違いです。識者とはコンサルタントや技術者、情報通(インサイダー)です。彼らの多くが「お利口さん」な、いわば「学級委員長タイプ」で客観的に情報を精査し、合理的な新発明や新サービスが普及する理由を論理的に述べます。
愛すべき愚かな人びと
ところが人は愚かです。ペシミストを気取っているのではなく、愚かだから嘘のストーリーの映画に涙し、架空の状況で語る恋歌に胸を焦がします。論理的にいえば「フィクション」です。しかし人間の真実です。非論理的な欲や感情に思いを馳せることができないのが「学級委員長タイプ」の限界です。論理的正当性からトレンドを予測し、惰性を安心感と錯覚してヤフーを使い続けるような日本人利用者の感情を置き去りにし。グーグルがもたらす未来を語ります。そして懲りずに「祭り」が始まります。
論理的思考が苦手でも商売に成功している社長は沢山いますし、個別の状況やそれぞれの感情を排除して情報を整理するのは学級委員長の得意分野です。優劣ではなく「属性」による違いですが、「商売用」に携わるならばこの違いを知っておくべきでしょう。
リーマンショックと同じ構造
クラウド屋さんの大手セールスフォースドットコムのデモムービーに名言を発見しました。
必要なのはアイデア
プラットフォームやツールは用意するのでアイデアだけお持ちよりくださいと投げかけます。逆説的に核心を突いています。そもそもそのアイデアがない企業にクラウドは不向きということです。ITを使って何をやりたいか、欲しい機能について考えがまとまっていなければ最新版のクラウドですら何も解決できません。
日経新聞の記事がWeb 2.0を技術と言い切ったところで吹き出しました。読み進めるウチに眉間にしわが寄りました。利用から所有を世界的潮流として礼賛するフォーマットが少し前の「金融グローバル化」と重なって見えたからです。
世界は、時代は、これからは。そしてアメリカバブルがはじけました。
♪今回のポイント
学級委員長タイプの報道には注意が必要。
所有欲求が実態経済を動かす。
- 電子書籍『マンガでわかる! 「Web担当者」の基本 Web担当者・三ノ宮純二』
- 企業ホームページ運営の心得の電子書籍
「営業・マーケティング編」「コンテンツ制作・ツール編」発売中! - 『完全! ネット選挙マニュアル』
現場の心得コラムの宮脇氏が執筆した電子書籍がキンドルで2013年6月12日発売! - 『食べログ化する政治』ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある(2013年8月1日発売)
コメント
そうですねー
クラウドの普及には、理解の問題もありますね。
多くの中小企業の社長さんは、手元にパッケージソフトがない状態を、なかなか理解できないと思います。
形がないものを受け入れがたい傾向は、まだまだ根強い気がします。
独占欲が市場(というか街)を動かすというのは、確かにその通りかと。
特にワンマン社長ほど、Webサーバーまで自前で立てようとしますし。
鎌田さん、コメント
鎌田さん、コメントありがとうございます。
本稿の主旨をご理解いただきありがとうございます。
昨今の「クラウド祭り」を否定するものではないのですが、鎌田さんが指摘する「理解」に焦点を当てなければ、Web 2.0やらセカンドなんちゃらと同じく「祭り」で終わってしまいまた「IT活用」が遠のいてしまうということをミヤワキ流に指摘したものでした。
……で、どうアプローチするか? というヒントを提示するのが裏の目的でこれは鎌田さんと私の二人だけの秘密と言うことで。
例えば「利用から所有へ」ではなく、
「社長、月の土地を買うようなものですよ。望遠鏡で眺めればいつでも月面に広がる広大な土地を見ることができる様に、クラウド(SaaS)も似たようなもので、社長の手元にはなくても、ネットを介していつでも使えるものなんすよ」
って、私がクラウド屋さんならこう口説きますね。
何となくと伝われば語弊アリアリでも気にしません。
くれぐれもご内密に(笑)。
本当に求められていること
私は中小企業向けのシステム開発を約20年続けている会社を経営しています。
私が常々思っていることは、
①基幹システムの導入費用って、高すぎるよなぁ
②中小企業って、そんなに高い金出せないよなぁ
ということです。
中小企業の社長にとっては、クラウドだろうが自社所有だろうが、
「使いやすくて会社の経営に役立ち、自社に合ったシステムが安く導入できればいい」
ということだと思いますよ。
いくら所有欲を満足させることができるとは言っても、
・自社所有だと途中解約不可の月額リース料で60万円
・クラウドだといつでも他製品に乗り換え可能で月額利用料6万円
の選択肢が提供されれば、普通の経営者なら間違いなく所有欲より利益を上げたい欲を優先させるでしょう。
サーバーやパソコンが売れなくなって困る、というのは供給者側の勝手な理屈です。
中小企業が大企業並みの先進的な情報システムを安価で利用することができるようになれば、今よりも体質強化ができるようになると思います。
むしろ私が心配しているのは、想定しているような低価格で普及していくのだろか?
ということです。
何でもかんでも大企業中心にすすむ日本の産業界です。
クラウドも、結局は注目しているのは大企業でしょう。
結果的に、これまでの情報システムと同じように、高額なものになってしまい、雇われ経営者の大企業は所有にこだらわずによりリーズナブル(それまでに比べれば)なクラウドへ移行、オーナー経営者の中小企業は、所有とクラウドの大きな価格差を見いだせずに、あいかわらず高いままの古い情報システムを使い続ける、という構図です。
そうなると益々日本の中小企業の競争力は低下していくでしょう。
そうならないためにも、当社では劇的に安価で提供できるクラウドサービスを提供しようと目論んでいます。
それが本来のIT業者の使命だと思っています。
山本さんの目論見、
山本さんの目論見、期待し心の中で応援しております。
そしてご意見ありがとうございます。
ただ極端な例を中心に論を展開されても同意はできず、月額のリース料や途中解約といった諸条件など先方の「提示」に過ぎず、ぞれを自社に有利に変更させるのが「交渉」と考えるのも経営の仕事ではないでしょうか。
それと極端に安すぎるものを警戒するのは猜疑心の仕業です。
そしてお言葉をしっかり返しますが、システムに対して高い安いではなく「儲かる(役立つ)か否か」のほうが重要で、この点からの説明が客に伝われば、それが100万であるか1億であるかは問題ではなく、100億の投資が110億となればラッキーと小躍りして導入するでしょう。時節柄銀行が貸してくれればですが。
最後にひとつ。
>サーバーやパソコンが売れなくなって困る、というのは供給者側の勝手な理屈です。
その通りです。それはクラウドも同じ。
安ければ性能が良ければいいだろう!
消費行動はそんなに単純じゃないというのが私の信念。
だから客が愛しくて仕事は楽しいのです。
ただ、風が吹けば桶屋が儲かる式に所有欲求が市場を席巻する方が景気にはプラスだと考えます。