EC業界で活躍する「人」にフォーカスし、企業や団体などで活躍する個人の功績や取り組みを表彰する「ネットショップ担当者アワード」の選考員を務めるオムニチャネルコンサルタントの逸見光次郎氏(CaT LAB代表)にインタビュー。EC業界の各業務をビジネスという観点で見た際、よく使われる業界用語にとらわれるのではなく、ビジネスとしてそのスキルを活用できる教育が必要だと逸見氏は指摘する。「アワード」について、互いの良さを褒め合い、それを組織で行えるような文化を醸成したいと考えており、「アワード」の存在がその一助になればと期待を寄せる。
「ネットショップ担当者アワード」は、通販・EC事業者向けのメディア「ネットショップ担当者」フォーラムが主催する顕彰です。詳しくはコチラ、または下の画像をクリックしてください!
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OMO、オムニチャネルの取り組みはLTVで評価する
――EC業界での経歴など、改めて自己紹介をお願いしたい。
逸見光次郎氏(以下、逸見氏):学生時代に地元の書店でアルバイトをしていた経験を生かし、卒業後は三省堂書店に就職。それがきっかけで1999年にインターネット書店「イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)」の立ち上げに従事し、前例のなかったネットを通じて顧客が見る本のデータベースやWebサイトの構築などを企画・実施した。これがオムニチャネルに携わる始まりとなった。
開業前、「セブン-イレブン」で本を受け取るユーザーは少ないと思っていたが、始まってみたら利用者の7割が「セブン-イレブン」店舗での受け取りを使用した。その結果から、「店舗で受け取れる」「好きなときに受け取りに行ける」「ユーザーが時間を有効に使える」ことはニーズが高いのではないかと考えるようになった。
2023年に初開催した「ネットショップ担当者アワード」授賞式に選考委員として登壇した逸見氏
逸見氏:その後、Amazonジャパンに入社した。Amazonはシステム面や合理的な数値に基づく判断は秀逸だが、リアルの顧客接点の部分は当時、あまり力を入れていない印象だった。Amazonの後はイオンに入社し、ネットスーパーの立ち上げ、デジタルビジネス戦略担当としてデジタル化の推進、企業の買収などを行った。
イオンを退社した後、カメラのキタムラに転職。「店舗の在庫、販売力、信用がないとECではモノは売れない」と考えていたため、「店舗受取を増やす」「店舗とECの評価軸をどうするか」を研究してきた。カメラのキタムラでは物流改善、EDI(編注:企業間の取引を自動化で行える電子データ交換)構築、コールセンター運営、サイトリニューアル、アプリ開発、店頭タブレット開発、事業統合など、ECと店舗に関連するビジネスを一通り経験した。
現在は、日本オムニチャネル協会理事、事業会社のコンサルティングや役員、支援事業社のアドバイザーなどを複数兼務する事で、現場感や課題解決プロセスを学び続けている。
株式会社CaTラボ 代表 オムニチャネルコンサルタント 日本オムニチャネル協会 理事 逸見光次郎 氏
1970年東京生まれ。学習院大学文学部史学科卒。1994年三省堂書店入社後、ソフトバンクでeS!Books(現セブンネットショッピング)を立ち上げ、AmazonジャパンBooksMD、イオンでネットスーパー立ち上げとデジタルビジネス戦略担当、カメラのキタムラで執行役員EC事業部長をつとめ、各社で店舗とネットの融合を推進し、独立して現職。小売・メーカー・銀行・飲食・広告代理店・SIerなどの支援を行いながら、日本オムニチャネル協会理事や事業会社の役員を兼務し、現場を重視した改善活動を行う。
――これまでの経歴を踏まえて、ECの事業運営において重視していることを教えてほしい。
逸見氏:ブランドや事業の評価には、利益を量る「財務諸表」、顧客・市場観点の「顧客勘定」を重視している。事業者はこの2つをきちんと学ぶ必要があるので、クライアント企業の担当者にはそれを提唱している。
逸見氏は「財務諸表」と「顧客勘定」がブランドの評価に欠かせないと指摘している(画像出典:CaTラボ)
――財務諸表のポイントは。
逸見氏:財務諸表は、①損益計算書(PL)②貸借対照表(BS) ③キャッシュフロー計算書(CS)――の3つで構成されている。これらの表の見方やつながりがわかるようになると、翌年度に使える資金、現在の自社のブランド的価値(のれん)が見えてくる。
財務諸表がそれぞれ関係するポイントを読み解く(画像出典:CaTラボ)
――「顧客勘定」のポイントは。
逸見氏:「顧客勘定」とは、顧客軸で売上高や利益を量るということ。「いくらの商品が何個売れたか」という商品起点の勘定ではなく、「●万円の買い物をするお客さまが××人」という勘定の仕方を推奨している。
商品ではなく顧客を軸として利益を量ることが大切になる(画像出典:CaTラボ)
逸見氏:顧客軸で売り上げを分解すると、購買行動の可視化、既存顧客のなかのロイヤルカスタマー、新規顧客の離反率といった重要なトピックスが見えてきやすい。
たとえば、新規顧客は販促費がかかる割に売り上げに結びつきにくいが、既存顧客による購入行動は粗利が高く、販促費も低く押さえることができるため比較的利益に貢献している――といったことがわかる。
顧客軸で売り上げを分解すると購買行動や客単価などが見えてきやすい(画像出典:CaTラボ)
――コロナ禍を契機にOMOに注目が集まるようになった。EC・小売事業各社によるOMOへの取り組みは、どのように見ているのか。
逸見氏:OMOの効果を単純な売り上げや利益だけで量るのではなく、売り上げにつなげるためのプロセスを重視し、その指標を定めることが必要だ。売り上げや利益以外の指標は、組織内外で協力関係を生むためにも重要と言える。
たとえば、「顧客がECで注文した商品を店舗で受け取った」といった場合に、売り上げは店舗に計上され、ECには受注の履歴しか残らないとしても、ECが関与した売り上げとして考えることができる。「ECの貢献度はゼロ」という考え方はナンセンスだ。
このとき、会社全体の売り上げのなかでECが関わった「EC関与売上」の視点を持っているかどうかが大切。こうした評価軸をきちんと設定できていない企業は多い。
売り上げ以外の、顧客起点の評価軸を持つことが重要な考え方となる(画像出典:CaTラボ)
逸見氏:「いかに顧客のLTVで評価するか」ということも意識してほしい。当たり前のことだが、複数チャネルを使うユーザーは年間の総購買金額も買い上げ頻度も高く、単一チャネルユーザーのLTVを大きく上回る。
そのため、OMOを推進するには、店舗、ECへのPCやスマホからのアクセスなど、顧客がブランドとつながる手段が多様化している現在、それらのチャネルがスムーズにつながっていることが重要になる。
ただ、EC専業で事業を展開している企業は将来、ECチャネルだけでは成長が頭打ちになってしまう可能性が高いと見ている。そのため、顧客軸のマーケティングを意識してほしい。たとえば、リアルの拠点としてポップアップストア展開する、他企業と業務提携して店舗に商品を置いてもらう――など、EC専業でもできるOMO施策を考えてみてほしい。
一方、実店舗経由の売り上げに依存している事業者は、ほかのチャネルを意識する必要があるだろう。
テクニカルなスキルの評価よりも、「ビジネス的にどうスキルを使えるのか」が重要
――「アワード」には人材の話が関わってくるが、近年のECトレンドや企業動向を踏まえて「今こういう人材が求められている」「こういう人材がいると良い」という考えを教えてほしい。
逸見氏:データサイエンティスト、Webのコーディングの能力が必要など、テクニカルなスキルの話がよくあがる。そういった作業ベースの技術は基本として知っていた方が良いが、それをどうやってビジネスの上で活用するのかが重要。ビジネス的にどう評価できるのかされるのか、ビジネスとして活用できないのであれば、あまり意味はない。
データ分析はもちろん必要だが、「なぜそのデータを分析するのか」という仮説を立てられる人、つまり、ビジネス上の課題を明確に仮説として立て、検証するためにデータを使える人が必要だ。
逸見氏はデータをビジネスの観点できちんと活用することの重要性を指摘
――裏返すと、ビジネス目線でデータ活用をできる人材は多くないということか。
逸見氏:そうだ。たとえばマーケティングについて教わっていても、「ビジネス上で生かすマーケティング」というテーマになると、なぜか「デジタルマーケティングをいかに使えるか」「コンバージョンレートはこうだ」という話になってしまう。それはビジネスという観点に置いたときには、レイヤーが低い話になる。
今まではスキル的な観点で「プログラミング」「Webコーディング」「データサイエンティスト」「物流の知見」などが求められていたが、それをいかにビジネスとして考えられるのかが重要だろう。実際、専門学校や大学などで講師をしていても、生徒たちはその点をあまり教わってこなかったのではないかと感じることが多い。
ビジネスとしてスキルを活用できる教育がすごく必要だと感じている。これは学生に限らず社会人も同様。当然、その人たちを使いこなせるスキルを持つ人材が企業の上層部にほとんどいないという現状も見えてくる。
――今後のEC業界におけるトピックスとして注目していることは。
逸見氏:財務諸表とマーケティングの指標をいかに併せて考えられるかが根底になければ、どんなツールの話をしていても意味がない。たとえば、動画であればインプレッション、導入から購入のコンバージョンの話をどれだけしたとしても、その話だけで終わってしまう。
会員ログから、アプリで動画を見ている人なのか、動画を見ている人はヘビーユーザーなのか、ライトユーザーなのか、地方に住んでいるのか、首都圏在住なのか――そういった点を顧客軸と財務諸表的な数字とひも付けるということが前提になければ、どんなツールや新しいサービスを使おうと、単発で低い次元で手詰まりを起こしてしまうのではないか。
現場担当者は自分の業務の前工程・後工程で何が起きているのかを把握するべき。組織や部署を越えていく
――企業のEC部門で成長中の担当者に一言。
逸見氏:いつもクライアントには、「自分の業務の前工程・後工程で何が起きているかきちんと把握しよう」ということを話している。それらを知った上で、現場のスタッフと一緒に行動し、考えていくことが重要だからだ。
全体を俯瞰(ふかん)するのはなかなかハードルが高い。たとえば、自分の手前と後の業務を「どうすれば改善できるのか」ということを目的に、各担当者と話すことは決して悪いことではない。もちろん、それだけでは部分最適になってしまうが、そこからどんどん「上流のフローにさかのぼる」「後の工程を考える」という話に必ず行き着く。
「業務フローを書きましょう」というより、まず「自分の1つ手前と1つ後の業務をよく理解しよう」ということを現場の担当者に伝えたい。組織・部署を越えて取り組んでいってほしい。
――「EC業界で伸びる人」ならではの特徴や、EC担当者が行動したほうが良いことは。
逸見氏:EC業務というと、PC上で事務的にデータ分析などの作業に終始してしまうように思われてしまいやすいが、実際には「現場に行く」「実地で見てみる」ことが大事。
オンラインだけではなく可能なら現場に足を運ぶ。現地で自分の目と耳で体験してみる、それを知見としてどう役立てるのか、感じたことをどう生かすのか――。それらを持ち帰って会社で話すとき、体感していないときちんと伝えられない。この行動ができる人が成長できる人ではないだろうか。
コンサルタントとして気を付けていることは、クライアント企業の「過去」を否定しないこと。過去の実績、やり方は肯定しつつ、世情の変化に合わせたマーケティングの手法を提案するようにしている。「ニーズや行動変容など、お客さんが変化しているので、商売している側も変わっていないとだめだよね」と。
――「ネットショップ担当者アワード」について一言。
逸見氏:他の顕彰と違って「人」にクローズアップしているアワードになっている。
これからのアワードの姿としては、いろいろな人に自己推薦・他者推薦してほしい。日本人は人を褒めることや自分の良さを出すのが苦手だが、「ネットショップ担当者アワード」ではそれをもっと出してもらいたい。お互いの良いところを褒め合ってどんどん伸ばしていく。それが個人単位、ゆくゆくは組織単位でできるようになっていったら一番良い。
逸見氏(右)と、2023年に開催した「第1回ネットショップ担当者アワード」で「ベストBtoB-EC賞」を受賞したアズワンの中野裕也氏
逸見氏:「ネットショップ担当者アワード」は人単位の顕彰。組織のモチベーションや会社のためではなく、あくまでも「人がどう頑張れるか」ということが大切だ。だからこそ、自己推薦・他者推薦を含めてもっと周囲を褒めることが大事。そのためにも業務をはみ出して、自社内でもさまざまな人の業務を見て学んでいく。そして褒めていく。
社外の同じような業務をしている人や、まったく異なる業種の人たちからも学んでいってほしい。組織そのものではなく、そのなかで成果をあげている人を褒めることが定着すれば、より良いEC業界になると思う。
エントリーでも、授賞式の参加でも、どのような形であっても「ネットショップ担当者アワード」に参加する人が増えることを期待している。
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逸見氏がjoinしている、「ネットショップ担当者フォーラム」4名の選考委員はこちら! 各人のインタビュー記事も続々配信中です。
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【選考委員長】中島 郁 氏/ネクトラス株式会社 代表取締役
【選考委員】大西 理 氏/スマイルエックス合同会社 代表
【選考委員】石川 森生 氏/ルームクリップ株式会社 KANADEMONOカンパニー管掌、オルビス株式会社CDO(Chief Digital Officer)、トレンダーズ株式会社 社外取締役、株式会社RESORT代表取締役CEO 他
【選考委員】逸見 光次郎 氏/株式会社CaTラボ 代表、オムニチャネルコンサルタント、日本オムニチャネル協会 理事
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:セブン、イオン、カメラのキタムラなど歴任の逸見光次郎氏が語る、オムニチャネル時代のEC担当者があるべき姿 | EC業界で活躍する人を顕彰!「ネットショップ担当者アワード」
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