人々の価値観の変化や生成AIの出現により、ECに大きな地殻変動が起きています。そこで注目が高まっているのが、事業者がエンドユーザーに対して、会話を起点とした購買行動を促す「Cコマース(会話型コマース)」です。青山学院大学 地球社会共生学部 学部長であり、ビジネスコンサルタントの松永エリック・匡史氏に、近年の消費行動の変化、消費者から選ばれるECに必要なポイントを聞きました。
<目次>- モノを"買う"からサブスクで"選ぶ"時代へ。近年の消費行動の変化とは?
- AIによる「分析+予測」で、1人ひとりに合わせた購買体験を提供
- 選ばれるECに必要なのは、トレンドの波を作ること
近年の消費行動の変化とは?
Micoworks 大里紀雄(以下、大里):少し前までECサイトで商品を選んで買い物をしていたものが、「ブランドが能動的に商品を提案して、チャットで相談しながら買い物する」Cコマースへと、購買体験が大きく変化しつつあるように感じます。この10年~20年で、コマースを取り巻く環境はどのように変わってきたのでしょうか。
Micoworks ビジネスマーケティング部 Director 大里紀雄氏
松永エリック・匡史氏(以下、エリック氏):この数年で、モノを“買う”からサブスクで“選ぶ”へという消費者の購買体験が一般化してきました。ブランドは一層そのブランドにしかない価値を提供し、さらなる差別化をしなければモノが売れない時代になってきたのです。
また、リアル店舗の役割も変化し、そこへ訪れたことから、そこでしか出来ない新しい体験や、偶然の出会いから好奇心をくすぐられたり、自分の嗜好とは全く違うレコメンデーションから購買意欲がわいたり…オンラインでは体験できない、リアルな場ならではの特別な仕掛けが必要です。
最近では大手小売店もECに参入し、ネットでの購買を促していますが、ネットは基本的に必要なもの、購入が決定したモノを買う場所。一方、リアル店舗は偶然目に入ってくるような出会いもあるし、良い意味で“無駄なモノ”に購買意欲が高まる場なのです。当てもなくブラブラするような買い物本来の楽しさやワクワク感は、やはり代えがたい体験です。だから今こそ人々の購買行動を促進するために、ネットとリアル、それぞれの強みを理解し、咀嚼(そしゃく)し、どう組み合わせていくかに焦点を当てるべきです。
青山学院大学 地球社会共生学部 学部長 教授 兼 ビジネスコンサルタント 松永エリック・匡史氏
青山学院大学大学院修了。バークリー音楽院出身のアーティストとしての感性を生かしアクセンチュアなどの外資系のコンサルティング企業で活躍した後、デロイトトーマツ コンサルティング メディアセクターAPAC統括パートナー、PwCコンサルティングデジタルサービス日本統括パートナーとして、デジタル事業を立ち上げた。2018年よりONE NATION Digital & Mediaを立ち上げ、大手企業を中心にデジタル変革(DX)のコンサルを行う。2019年、青山学院大学 地球社会共生学部 (国際ビジネス・国際経営学) 教授に就任、アーティスト思考を提唱。学生と社会人の共感と創造の場「エリックゼミ」において社会課題の解決に挑む。事業構想大学院大学 特任教授。2023年4月、青山学院大学 地球社会共生学部 学部長就任。
ワクワク感の醸成が購入動機につながる
大里:Amazonもネットをベースにしつつ、書店やガジェット関連の実店舗展開をしましたよね。今後、Amazonと同様にネットから実店舗を展開するブランドが増えていくと考えています。
エリック氏:そうですね。あと、人の流れって気になりませんか? ネットで「30%オフ」とあってもそこまで目に留まりませんが、スーパーの売場に人が集まっているのを見るとなぜか引き寄せられてしまうし、普段買わないようなものを“ついつい”買ってしまうこともあるでしょう。そうした集団心理が働くのもリアル店舗ならではです。集団心理を利用し興味をかきたてる仕掛けも重要ですし、リアル店舗でしか経験できないワクワク感の醸成も大事です。
今なら、スマートウォッチからリアル店舗で体感したときの感動を生体情報として取得することもできるかもしれません。たとえば、ある人がリアル店舗でどの商品に触れたとき、どんな体験をした時に気分が高揚したのかを計測する。そこから取得したデータを活用すれば、サブスクを継続させる施策や興味がありそうな商品の高度なレコメンドができるようになります。ただ、その分、データの流通はより複雑になっていきますが。
リアル店舗は新たな商品との出会いをもたらし、購買意欲をかきたてる
大里:ということは、リアル店舗での体験がより重要になっていきますね。普段はネットで買い物を済ませていても、たまにデパートやスーパーへ買い物に行くとワクワクすることがあります。やはり、体験としてはリアルに勝るものはありません。
私個人の体験として興味深いと思ったのが、空港の出発ロビーです。出発ロビー付近にある免税店から独特の香りがしますよね。ほのかに漂う香水の香りから「今から出発するんだ」と、自分の中でスイッチが切り替わる感覚を受けるんです。
エリック氏:香りも含めて、五感で感じたものは、心を揺らす効果が大きいと思います。特に香りは購買行動を喚起させるのに非常に有効です。ただ、人によって快適な香りの感覚は異なるので、個人の興味関心にカスタマイズされてレコメンデーションしなくてはなりません。
1人ひとりのデータをリアルタイムにキャッチして、いかにその人に合ったものを迅速に届けるか。それが今後、ブランドの成長を分けていくことになるんじゃないでしょうか。2日後、3日後だと人は忘れてしまいますから、人の心を動かすタイミングでのリアルタイム性が非常に重要です。今、心を動かして、今、購買を決めさせる。
売れるECの決め手は顧客データの収集・管理
大里:そこで鍵となるのが、データの収集と管理です。センシティブな情報に近づけば近づくほど、データを慎重に取り扱わなくてはなりませんし、高度な管理が必要になっていきます。また、手段が目的化してしまい、ひたすらデータを貯めることに夢中になるケースもよく耳にします。
エリック氏:重要なのは膨大なビッグデータそのものではなく、ブランドにとって必要なデータを厳選し取得、目的を持って分析・活用をすることです。リアルタイムでの買い物にデータを活用できる状態にすると同時に、1週間後、1か月後、1年後に向けた購買行動を見据えて分析することが重要です。
ただし、個人であってもその時の心情やタイミングで選択も変わるし、単純に決まったパターンなどありませんから、その都度、最適なタイミングで的確な提案をする必要があります。成功のポイントは、個人の属性をいかにつかむか。今後は、購買プラットフォームが構築され、そこにすべての情報を集約していく流れができていくでしょう。そこから、その時に必要なデータを抜き出し、活用するのです。
AIによる「分析+予測」で1人ひとりに合わせた購買体験を提供
大里: Webサイトで商品を比較検討したり、情報を集めていたりしたところ、「店舗へ行く」という表示が出たのでクリックをする。その数十分後に自動運転車が自宅前まで迎えにきて、自分の好きなものや匂いに包まれた車内で移動。気になっていた商品を取り扱っている店舗へ到着し、試供して、購買を決めて、決済は自動で終了……。そんな時代が来るんじゃないかと想像しています。
エリック氏:いずれ来ると思いますが、今はまだまだ提供できる体験に空白が多い。音楽がその一例です。好きなアーティストのライブに行ったら、帰りのタクシーでも好きなアーティストの音楽が流れてきて、余韻に浸りながら帰路につきたいと思いませんか? 残念ながら今はそうした体験すら提供できていないのです。
購入後に移動することがわかっていれば、前段階で仕掛けを作って、気持ちを盛り上げてあげることができますよね。その演出を実装するのに欠かせないのが個人のデータです。どこで気持ちが高揚していたのかをモニタリングして、何度も試行錯誤しながら最適化して、その人の嗜好を分析していく。より高度なパーソナライズを実現するには「分析+予測」が重要です。
ただ、少ない情報を分析することは難しいので、そこはAIを活用しましょう。従来のシステムは、大量に収集したデータを分析する発想でしたが、今後は分析と予測を掛け合わせ、フレキシブルに施策を詰めていくことが、より良い顧客体験の提供へとつながっていくでしょう。
日本の“おもてなし”文化は個別マーケティングに通ずる強み
大里:ここまでの話を踏まえると、EC事業者が個人に対し、周辺情報も踏まえて個別にマーケティングを実施するのは非常にハードルが高いと感じました。そこもAIに任せるべき領域でしょうか。
エリック氏:昔はマスマーケティングが全てでしたから、大金を払いテレビでコマーシャルを流したり、目立つポップをメジャーな場所に設置したりすれば人の目を集め購買につなげることができました。しかし今は、TV離れなどの要因はもちろんありますが、価値観や趣味嗜好、考え方が多様化しているので、個別のマーケティングが必要です。では、EC事業者は何をすべきか。個人に対してどのようなロジックでデータを集め、活用し、1人ひとりへ価値を提供していくかを考えていかなくてはなりません。
日本は個別のマーケティングになった時こそ、本来の実力を発揮すると思っています。なぜなら、もともと“おもてなし”を大事にしてきた国だからです。おもてなしは、お客さま1人ひとりに向き合わなければ出来ない行動です。おもてなしの気持ちが日本では浸透しているが故に、他国と比べて、相手の気持ちや行動を予測した接客ができますし、個別のサービスを提供してきた実績もあります。限られたわずかな情報をあらゆる角度から咀嚼し、行動を予測し、お客さまに満足いただく購買体験を提供する。それは日本の強みです。これをシステム化できれば、太刀打ちできる国ってないと思うんですよね。
大里:他国では収集したデータを一度集約してから分析し、最適解を出しているイメージですが、日本のようなおもてなしの場合、担当者が目の前でお客さまのことを把握して、どうすれば喜んでいただけるかを想像しながら、丁寧に対応するイメージです。
オンライン上でも1人ひとりに応じた"おもてなし"が実現できる
エリック氏:日本の接客は、会話からの予測・解釈が鋭いのだと思います。たとえば、「お疲れになっていませんか。お仕事はお忙しいですか」と声をかけて、「仕事が忙しくて疲れが溜まっているし、まともな睡眠が取れてないんです」と返答があったとしましょう。この最低限の会話から「ならば、今晩の夕食にはこの食材を入れて差し上げましょう」「しっかりお休みいただけるようにアロマのアイマスクをご用意しましょう」と解釈して提供できる。それって、どんなに大量のデータを持っていても、そのデータをどう活用し、相手を心地良い状況にするかは、簡単にできることではありません。
ほんの些細な情報をどのように理解し、予測し、どう対応するか。その人がいま望んでいることを踏まえつつ、次の行動を予測して、その人のためのサービスを提供するのです。わかりやすい例が食事です。お腹も満たしてもらいながら最高の時間を提供するために、お客さまの様子を見て、先を読みながら料理を変更したり、お出しするタイミングを考慮したりするのは日本独自の文化です。その“おもてなし”を分析することで、一つ上のマーケティングを行う糸口がつかめるかもしれませんね。
選ばれるECに必要なのは、トレンドの波を作ること
大里:顧客から選ばれ続けるブランドになるには、おもてなし以外で具体的に何が必要だと思われますか。
エリック氏:今は、データを集めて、分析して、予測して、製品開発や仕入れをするのが一般的な流れですよね。その上で、ECサイトはリアル店舗で販売するより手軽で効率が良いため、収益につながりやすかった。データもあって、なおかつスピード感が速い。それが現在地だとすると、これからECが求められるのは、「トレンドを追うのではなく、トレンドの波を作ること」。今までのように効率よく売れるものを安く、たくさん売るだけでは差別化はできませんし、選ばれ続けるのは難しい。どこも同じツールを使っていますからね。
だからこそ、来年、再来年に向けて自社でトレンドを作り出し、そのトレンドに向けてマーケティングを実施すべきなのです。それが各方面で出てくると、ECそのものがもっと面白くなるはず。サイトによって取り扱う商品も、描く未来も違うんですから。消費者視点にとっても刺激があるし、面白いから、自然とEC業界全体が盛り上がっていくと思うんです。ECが独自にトレンドを作っていく。A、B、C、それぞれのサイトに独自性があったら、消費者もそれぞれに興味を抱くことができるし、訪れる楽しみが増えるでしょう?
エリック氏は自社でトレンドを作ることが他社との差別化につながると提唱
大里:たしかに、現在のサイトはどれも似通っていて、あまり差別化できていないように思います。
エリック氏:サブスクのOTT(Netflixなどのインターネット経由でストリーミングビデオを配信するサービス)がその典型例です。各々オリジナルコンテンツを作り、配信していますよね。それはECサイトでもできること。誰も考えないようなアイデアを出して「●●ブームが来る!」って仕掛けてもいいのではないでしょうか。ただ、トレンド情報を待っているだけでは、抜きん出ることはできません。「トレンドを作り出す」。今後はそのマインドセットが必要になっていくでしょう。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
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