ラクスルはこれまで「印刷DX」を掲げ、印刷業界全体の変革に取り組んできました。伝統的な産業だからこそ、生産性向上やコスト削減のみならず、新たな収益基盤を創出し、産業構造を抜本的に変えることが求められています。ユーザーの抱える課題に向き合い、現場に出向くことで人力で行うべきところ以外は仕組化を図ってきました。
最終回のテーマは事業領域の拡張について。印刷だけでなく集客支援やデザイン、ノベルティグッズ制作、そしてエンタープライズ向けのサービスなど、領域を広げてきた背景について解説します。
印刷からポスティングまで一気通貫のサービスを提供
ラクスルは主に2つの軸で事業領域の拡張を進めてきました。1つは事業ドメインのバーティカルな拡張。ユーザーが抱えるニーズに合わせて提供するサービス領域を広げ、バリューチェーンを拡大することで、ユーザーの利便性向上に努めてきました。2つ目は集まってきた顧客基盤をもとにした事業の横展開です。前者の代表的な例が集客支援へのサービス領域の拡張です。
まずチラシを注文するユーザーの根本的な「目的」を考えるところから始めました。ユーザーの目的は「チラシを作ること」ではなく「人を集めること」です。また、印刷したチラシを配布する際、ユーザー側でポスティング会社を探し、そこに納品してチラシを撒いてもらうのが一般的でした。そこで、ポスティングもラクスルのサービスとして一気通貫で提供することができれば、もっとユーザーが本業に集中できたり、最適な配布を計画したりすることができると考えました。
ポスティングの課題は地図上にポスティングしたい箇所をマーキングしないと配布コストがわからないことでした。ポスティングは有効活用できると知っていても、ユーザーにとってはかなり使いづらいものだったわけです。
そこでラクスルでは、オンライン上に住んでいる人数を紐付けた地図を用意し、そこに町丁目単位での配布エリアや配布枚数を入力することで、簡単に費用の見積を算出できる仕組みを作りました。チラシの配布エリアの選定とかかるコストが画面上で一元的に確認できるようになったことで、従来の業者には到底できないスピードを実現し、圧倒的な付加価値を提供できるようになったのです。
デザインスキルがなくても洗練されたチラシが作れる理由
次にデザイン領域への推進について。ラクスルでも昔はインハウスのデザイナーを常駐させて、ユーザーからの要望を1つひとつ汲み取りながら印刷物を制作していました。しかし、結果的にはなかなか納入に至らず、ECモデルとしては拡張できませんでした。何が問題だったかというと、ユーザーの要望が多岐に渡ることと、ユーザー自身がどんなデザインにすれば良いのかが理解できていなかったことです。
こうした課題があったので、「ユーザーからのインプットを仕組み化」するのではなく、「デザイナーが行うレイアウトやデザインの作業を仕組み化」するという発想に転換させました。オンライン上で誰でも印刷物をデザインできる仕組みを作れば、デザインのスキルがなくてもユーザー自身で好みの印刷物を作成できます。
2017年に開始した「オンラインデザイン」、2019年に開始した「らくらくデザイン」は、画像やテキストを入れるだけで、自動でデザインを生成できるWeb上のアプリケーションです。ローンチから最初の10か月は毎週UIを変えて改善を続けました。現在は業種や業態に合わせて反響の良いデザインプレートを1万6000点用意しています。ユーザーが思った通りのデザインが簡単に作成でき、かつ無料で提供できるのは、大きな強みになっていると考えています。
なんでも揃うノベルティプラットフォームができるまで
以前はラクスル事業の売上のうち、紙の印刷の割合が約99%を占めていましたが、事業を継続していく中で「ボールペンの名入れはできないか」「ノベルティで配布する社名入りの布バッグは作れないか」といったお声をいただくようになりました。ノベルティ業界はまだまだアナログなやりとりが発生している領域で、対面営業やカタログ発注が当たり前で、金額を確認するのに1週間かかったり、加工から納品まで1か月かかったりと、ユーザー体験を改善する余地が多分にあったのです。
そこでラクスルが印刷で培ってきた仕組みを転用し、在庫の有無や加工後の値段もその場で算出できるようなUXを作りました。最短2営業日で届けられる短納期の商品も取り揃えたので、予算と作りたいノベルティを選べばすぐに意思決定できるサービスを提供しました。
サービスを運営しながらさまざまなデータを調査してわかったのはノベルティは「予算内で最大化できるかどうか」かが重要だということでした。マグカップやボールペンを作りたいのではなく、「予算の中で選べるベストなノベルティ商品」を探したいというのがユーザーのインサイトとして存在しているのです。その要望に応えるためには、予算に応じたノベルティ商品を選べるよう、ラインナップを充実させておかなければなりません。
ラインナップを拡充するために行ったのは徹底的な市場調査でした。展示会を回ってどんなノベルティがあるのかを把握し、ラクスルで提供できるアイテムを増やしていきました。そのおかげで今では商品点数だけで3000点から4000点ほど、年内には1万点に達する見込みです。また、カラーや加工の仕方などを加えると20万~30万SKUに上るほど、まさに何でも揃うセレクションを実現しました。
ユーザーが安心して発注できるようにサンプルを作る感覚で1個から発注できる商品を数多く用意したり、有名なブランドの商品を揃えたりすることで、「ノベルティでも良いものが作れる」と思っていただけるよう心がけています。
コロナ禍で増加した法人利用から生まれた新しい仕組み
もともとラクスルはユーザー個人のメールアドレスで登録し、個人のユーザーに合わせた状態でサービスを成長させてきました。そのため企業の利用には不向きで、どうしても導入には至らないという壁が存在していました。しかしコロナ禍で大企業のDXが加速し、有名企業の発注による売上が増えてきたため、ユーザー体験を見直しました。
従来のように個人が印刷費を経費精算するのではなく、部署やチームなどの組織で印刷物を取りまとめ、予算管理できるような仕組みを作り、SaaSのようなプラットフォームを提供することで、中堅企業や大企業などのニーズに応えられると思ったのです。
これまで法人における印刷物の制作は、拠点ごとに発注先や印刷方法が異なっていました。そのため十分な管理がなされていなかったり、印刷物におけるレギュレーションの違いから、デザインの統一性に欠けたりといった課題が存在していました。
こうした課題に着目し、会社全体で販促業務の発注方法や管理、デザイン、制作のノウハウまで組織を横断して一元管理できる仕組みを作り、法人のユーザーがネット印刷を利用できるようなサービスを開発しました。それが「ラクスル エンタープライズ」です。現在、サービスをリリースしてから1年で600社を超える企業に導入されており、製薬業界や多店舗展開している企業などを中心に幅広くご利用いただいます。
「ラクスル エンタープライズ」の仕組み
このようにユーザーの要望や時流の変化を敏感に捉え、何に価値を出すべきかを常に探求してきたからこそラクスルはバリューチェーンを広げることができました。表面的なニーズやノウハウだけを追うのではなく、目の前の事象からユーザーのペインを汲み取り、どう課題解決していけば自社のサービスを成長させられるのかを考えることが大切です。本稿が読者のみなさまに少しでもお役に立てれば幸いです。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:DMのポスティングや誰でもチラシやノベルティーグッズが作れる仕組みなど、印刷のラクスルによる事業領域拡大の裏側 | 印刷通販ラクスルのDX戦略
Copyright (C) IMPRESS CORPORATION, an Impress Group company. All rights reserved.