事業会社からDXの成功事例をよく聞かれる。またエージェンシーを含むマーケティング支援事業者からも、データを活用したマーケティング活動の成功事例は?などという質問がよく来る。もちろん成功事例は情報として価値がある。参考にもなる。ただ成功事例だけ欲しがる傾向には問題がある。
まず成功したという評価をするにはまだ早い事例が多い。またそれぞれの企業の個別の状況や課題がある中で、よその事例をそのまま参考にできるかは微妙である。そして、これが最大の理由だが、実は失敗例の中にこそ参考になる要素が多いということだ。だが特に失敗例は世の中に出て来ない。そうそう失敗を公表する企業もないし、大概本当は失敗なのに責任者の保身のために成功を装うことが多い。さらに失敗の原因をしっかり分析する会社もほとんどない。しかるに、自身で実際にやってみるしかないのだ。失敗事例に有効な情報があるのは、故野村克也監督の名言(「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」)のとおりである。失敗には原因がしっかりある。だからそれを潰していくことで成功の確率は上がる。成功事例には偶然の幸運があって、同じようにやっても見えない失敗要因を避けることができない。
DXしかり、新しいことへのチャレンジによその事例を持ち出して議論するのはやめた方がいい。そもそもそういう企業文化そのものに革新性がない。とにかく「やってみる」これしかない。「よそはよそ、他人の事例は参考にならない」と割り切った方がいい。ただその経験値、得られた知見をしっかり共有すること、個人ではなく組織に経験値、知見を根付かせること。これが肝心だ。
およそ30年前の名著「失敗の本質」を何度も読み返すことがあるが、この日本軍の組織論的研究には、日本企業の問題点を示唆する点が数多くある。破綻する組織の特徴として、
・トップからの指示があいまい
・大きな声は論理に勝る
・データの解析がおそろしくご都合主義
・「新しいか」より「前例があるか」
・大きなプロジェクトほど責任者がいなくなる
が列挙されている。
「前例があるか」はよその成功事例を求めるのと一緒だ。
この本には、ノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテなどの作戦における失敗の本質を、章の頭に整理している。例えばガダルカナル作戦は、「失敗の原因は、情報の貧困と、戦力の逐次投入、日本の陸軍と海軍はバラバラの状態で戦い、米軍の水陸両用作戦に有効に対応できなかった」とある。
ほとんど日本企業の組織的問題点をなぞっているかのようだ。
おそらく大概の企業のDXはうまくいかない。ないし、DXの定義そのものを間違っている。それは、日本軍の失敗のそれとほぼ同じ体質を脱却できないからで、数ある失敗の本質のひとつとして「事例を探す」のかもしれない。情報収集として価値がある行為は、手に入らない失敗の原因も自ら実施することで得ることである。