Marketing Native特選記事

マーケティング・メジャーリーガー阿部剛士が語る「CMOは第一級のマルチタレントであれ」(前編)

インテルの取締役副社長を経て、横河電機にジョインした阿部剛士氏。100年以上の歴史と2万人の社員の中でCMOを努める氏の哲学とは。

重厚長大なビジネスをグローバルに展開する横河電機。インテルの取締役副社長やマーケティング本部長を務めていた阿部剛士さんが、横河電機の経営トップに請われる形で同社に参画したのは、2016年のことです。

プラントの計測・制御機器メーカーという絶対の安全と安心、安定を追求する横河電機の長所を活かしつつ、IT企業流で猛スピードの変化を導入しようとする阿部さん。100年以上の歴史と2万人の社員の中で獅子奮迅、世界を飛び回る姿は、まさにマーケティング・ファーストの哲学に基づくCMOの理想像と言えるでしょう。

阿部さんが考えるマーケターのあるべき姿とは何か?今回は横河電機マーケティング本部・本部長の阿部剛士さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:稲垣 純也)

    

進化するマーケティングと新しい顧客体験の創出

(弊社の名刺に書かれた「そうきたか。」というキャッチコピーを見ながら)
「そうきたか。」って、良いですね。私が大事にしているのは、まさにこれなんですよ。「その手があったか!」と言われるのは、マーケターにとって一番の誉れです。

――ありがとうございます。私どもCINCはマーケティングに力を入れている会社でございまして、皆様から「そうきたか。」と言っていただけるような施策を打ち出せるように努めているところでございます。

――そのマーケティングなんですが、阿部さんが考えるマーケティングの定義とは何でしょうか?

そもそもマーケティングとは何か?――良い質問ですね。マーケティングは英語で「Marketing」と書きますが、最後に「ing」が付いています。つまりフィリップ・コトラー(※1)の「マーケティング1.0~4.0」が示すとおり、時代の変化とともにマーケティングの在り方も進化しているということです。

その前提の上で、マーケティングとは何かを簡単に言うと、「需要表現」(※2)というのが私の考えです。潜在需要をいかにニーズとして顕在化させて、みんなが腹落ちするような言葉で表現し、形にできるか。

マーケティング4.0の意味は、かみ砕いて言うと「顧客に対する新しい体験の創出」です。したがって、需要表現という大きなコアをベースにしつつ、マーケターが顧客に対してどのような新しい感覚を体験させられるか、それが現在のマーケティングの定義だと考えています。もっと極端な表現をすれば「購買すること自体が“自分が何者なのか”というアイディンティと化す」でしょうか。

――新しい顧客体験の創出というと、B to Cマーケティングをイメージします。阿部さんは前職のインテル時代から現在の横河電機まで一貫してB to Bの企業にいらっしゃいますが、その点はどうですか?

B to Cの意思決定者は基本的に1人です。「私が欲しい」という意思に基づき、大体1人が購買ボタンを押します。

一方、B to Bは意思決定者が複数います。「ディシジョン・メイキング・センター」(decision making center)というのですが、特に高額製品を購入するときは、社長、役員、事業本部長など複数の決済が必要になります。つまりB to BとB to Cの最大の違いは、意思決定者の数なんです。

ただし、以前ははっきりと分かれていたB to BとB to C の壁は少しずつ崩れてきていて、最近は交わり始めています。B to Bといえども、1人で決済することが増えているんです。

例えば、アメリカでは重機などのヘビーデューティーなマーケットでも、修理部品をネットで購入するケースが増えています。昔なら営業担当を呼んで、Face to Faceで商談をして、見積もりを出させて、数社でコンペをして…という形が一般的でしたが、今は違います。担当者が自分で重機を扱う企業のWebサイトに行って、スペックを見て、そのまま購入ボタンを押す時代なんです。アメリカではすでに半数以上が対面営業ではなくなっていると言われています。つまり意思決定者はB to Bであっても、1人であることが増えているんです。こういう変化があるので、新しい顧客体験の創出という観点でも、昔のようにB to BとB to Cの境はなくなってきているというのが私の理解です。

もちろん、B to BとB to Cを完全に同一線上で語れるかというと、そういうわけではなく、B to Cのオムニチャネルのようなことは、まだB to Bには起きていません。

――B to Bマーケティング特有の面白さとは何でしょうか?

B to Cの消費者は基本的に熱しやすく冷めやすいという特徴があります。一方のB to Bはライフサイクルの長いプロダクトが多い。つまり、マーケティングの効果が比較的継続するということです。B to Cは油断するとすぐに終わってしまうので、多くの打ち手を用意して、自転車操業のように常にヒットを飛ばさなければならないイメージです。

B to Bはまだそこまで至っていないので、1つの効果が継続して、長期間リターンを獲得できます。そういう違いはB to Bマーケティングの面白さだと思います。

後は、ユーザーの特徴を読みやすい点もB to Bマーケティングの魅力でしょう。B to Cのユーザーは事前に入念な調査をしても、施策を実行するまで結果が読みにくいという難しさがあります。

――グローバル・マーケティングという点はいかがですか?横河電機は北極と南極以外の全ての大陸に販売拠点を持っていて、海外売上比率が約7割を占める企業として知られています。国内と海外で、マーケティングの概念や手法に違いはありますか?

全く違いますね。日本と欧米を比較すると、マーケティングの質はやはり欧米のほうが上です。なぜなら、日本は「メイド・イン・ジャパン」ブランドの信頼性が高く、良いモノを作れば売れるという時代が長かったため、マーケティングが必要なかったからです。だから今頃になって「これからの時代はマーケティングが重要だから、わが社もやろう」と言ったところで、タレントがいないんですよ。優秀なCMOも少ない。それが日本の企業のディスアドバンテージになっています。

果たして、東証1部上場企業のCEOで「STP」(※3)や「4P」(※4)について、きちんと理解している人が何人いるでしょうか。そんなにいないのではないかと思います。おそらく1部上場企業だけで見ると、マーケティングのポジションは、下から数えて2番目か3番目くらいで、工場やセールス、R&Dより下というところが少なくないでしょう。それくらいマーケティングについての意識が低すぎます。

熱意をつなげる難しさとジレンマ

――阿部さんが横河電機に入社されたのは2016年。社長の西島剛志さんはマーケティングに対するご理解があったんですね。

西島はマーティングに詳しいわけではないのですが、重要性はよく理解しています。

これを言うと皆さんに驚かれるのですが、私のいるマーケティング本部の配下には、「デジタル・マーケティング」や「ブランディング」だけでなく、「R&D」や「特許戦略」「工業デザイン」、さらに「M&A」の部署まであるんです。全てが横河電機のマーケティング資産であり、意味があります。例えば、研究開発をしていたら特許について調べる必要が出てきますし、将来デザイン経営にするためにはデザインの部署も欲しい。不足している技術があればM&Aで購入したい。不確実性の高い時代に意思決定のスピードを速めるためには、こうしたフォーメーションが必要ですし、この体制にできないのなら横河電機に行かないと言いました(笑)。西島がマーケティングの重要性を理解してくれたのは、私にとってとても幸せなことです。

 

画像提供:横河電機株式会社

画像提供:横河電機株式会社

上場企業の中でもYOKOGAWAのように100年以上の歴史がある会社で、このようなフォーメーションをマーケティング本部が取っているのは、おそらく世界でも例がないのではないかと思います。

――阿部さんにはインテル時代の高い実績があるとはいえ、入社してきた人がいきなりこんな…。

そうです、黒船、いや馬の骨が突然来たわけです(笑)

――いやいや、いきなり世界でも例がないようなフォーメーションを取ったら、相当反発が強かったんじゃないですか?

いや、ゼロでした。

――えっ、ほんとですか!?

皆さん、「えっ」って思うでしょうね。そこがYOKOGAWAの礼儀正しいところなんです。YOKOGAWAは本当に良い会社なんですよ。社員はみんなまじめですし。

もっとも、以前からHP(ヒューレット・パッカード)さんやGE(ゼネラル・エレクトリック)さんとジョイントベンチャーを行ってきた経験があるので、外部の人と手を組むことに対してそれほど抵抗がないという点も大きいでしょう。私が来て、何か知らないけどいろいろ言っているなとは思われているでしょうけど(笑)、皆さん大変協力的です。

ただ、難しかったのは言葉の壁です。YOKOGAWAってOTなんですよ、オペレーティング・テクノロジー。だからIT用語となかなか相容れないんです。最近こそようやく言葉が合うようになってきましたが、最初は大きなチャレンジでした。

――よく聞くのは、コストセンター側がプロフィットセンターである事業部に事業計画を渡すと、「いや、こんなの無理だよ」と反発されるという話です。そのあたり、横河電機さんはどうですか?

それは、正直あります。おそらく10本バットを振ったら、8本から9本はそのパターンでしょう。まともに当たるのは1本くらいです。では、何が一番の原因だと思います?私が質問するのもおかしいですけど(笑)

――何でしょうか…。

あるんですよ、原因が。それは、熱意です。例えばR&Dが事業計画を作ったとします。ゼロからリサーチして、大事に作るわけですよ。言うならば、自分でお腹を痛めて産んだ子供です。それをある程度大きくなったところで、「あとはよろしく」と事業部に渡すわけです。

でも、受け取ったほうは、大きくなった段階で渡されるわけですから、なかなかすぐには愛せないんです。熱意が伝わりにくい。それを解決する簡単な方法は、R&Dの担当者を何人か事業部に移すことです。つまり「バトンタッチ」と言いながら、バトンを持ったまま人ごと移るわけです。本来はバトンを渡すほうも受け取るほうも熱量を持ってしっかりとやってもらいたい。熱い人がもっと出てきてほしいですね。

――阿部さんが手掛けられた大きなアウトプットの1つとして、アムニモ株式会社(※5)の設立がありますが、これはR&Dからそのまま事業を発展させている形でしょうか?

はい、これはYOKOGAWAの100%子会社ですが、自分で産んで、自分で育てていますので、かなりホットな状態のまま事業を進捗させています。

後編へ続く)

※1
フィリップ・コトラー:マーケティングの世界的権威で「近代マーケティングの父」と呼ばれる。ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院SCジョンソン特別教授。『コトラーの戦略的マーケティング』(ダイヤモンド社)、『コトラーのマーケティング4.0』(朝日新聞出版)など著書多数。

※2
需要表現(demand articulation):「潜在需要の技術的表現化」という意味で、芝浦工業大学大学院教授・東京大学名誉教授の児玉文雄氏が提唱。開発ニーズを具体的な言葉として表すことで、製品化を目指す。ソニーのウォークマンが典型例とされる。

※3
STP:Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)の頭文字を取った略語。効果的に市場を開拓するためのマーケティング手法の一種で、コトラー教授が提唱。

※4
4P:Product(製品)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、Place(流通)の4つを指す。最適なマーケティング手法を考えるときの基本ツールとなるもので、「マーケティング・ミックス」と呼ばれる。

※5
アムニモ株式会社:横河電機の100%子会社で、中期経営計画「Transformation 2020」に基づく、お客様のビジネス変革を支援する取り組みの一環として、2018年5月に発足。「Industrial IoT」 (IIoT)アーキテクチャを活用した新たなサービスを提供する。代表取締役社長・谷口功一。

阿部 剛士(あべ・つよし)
横河電機株式会社 常務執行役員/マーケティング本部 本部長。1985年インテルジャパン株式会社(現インテル株式会社)入社。エンジニアからキャリアをスタートさせ、広報室長、マーケティング本部長、取締役副社長兼技術開発・製造技術本部長などを歴任。2016年横河電機に入社、現在に至る。

 

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

 

 

 

 

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