社内サイトが部門ごとにバラバラ、必要な情報を得られない!? ─富士通の基盤再構築プロジェクト
富士通は2年半をかけて情報発信基盤を再構築し、社内に分散していた36サイトを統合。営業・SEが適切なタイミングで情報を得られ、社内情報の利活用を構築する体制を整えた。再構築までの流れや体制、コンセプト、苦労したポイントまでノウハウを公開。
多種多様な商品やシステム、サービスを取り扱う大企業においては、営業やSEが必要なタイミングで適切な商品情報・技術情報を得られることが非常に重要だ。しかし、その情報が社内向けWebサイトやイントラネット、ファイルサーバーなどにバラバラに散らばっており、必要な情報にたどり着くことが困難という企業も多いのではないだろうか。
富士通は、社内向けの情報発信基盤を2年半をかけて「Sitecore Experience Platform」をベースに構築し、社内に分散していた36サイトを統合。サービスを共通化すると共にパーソナライズ機能やデジタルマーケティング機能を活用し、社内情報の利活用を促進する体制を整えた。
富士通フォーラム2018で語られたこの一連の取り組みをレポートしよう。
営業ツールとしてWebをもっと活用できる体制を整える
富士通はグローバルを含めグループ全体で約15万5000人の従業員を擁する。このうち国内を中心に活動している営業・SEは約2万9500人で、顧客のさまざまな課題や要望に応えるべく、フィールドの最前線で各種サービスやシステムの提案にあたっている。
そうした場面で欠かせないのは言うまでもなく情報だ。
そのため富士通では、富士通グループおよびパートナーに対する情報発信基盤を構築し、サーバ、ストレージ、ソフトウェア、パソコン、開発技術に関するコンテンツの一元管理を実現している。
富士通の田崎裕二氏は、「営業やSEに対して拡販や技術に関する情報を最適かつ効率的に提供することで、情報利活用性と生産性を向上します。同時にサイトオーナー部門におけるWebサイト運用の負荷軽減と運営効率化を図ります」と、その狙いを示した。
もっとも、一朝一夕でこの情報発信基盤が完成したわけではない。現在274のサイトオーナー部門をまたぎ、延べ約25万アイテムに及ぶコンテンツを運営する大規模なインフラだ。2015年1月から2017年7月まで足かけ2年半にわたる再構築プロジェクトを経て、ようやく本番稼働に至った。
富士通が抱えていた情報共有の課題
これまでの経緯を振り返ってみたい。そもそも富士通は、従前の社内向け情報発信基盤にどんな課題を抱えていたのだろうか。サイトオーナーの立場から今回の再構築プロジェクトを牽引してきた富士通の絹田昌子氏は、次のように当時を振り返った。
各部門はそれぞれ独自のルールで個別最適のサイトを運営しており、各種コンテンツの見た目や構成もバラバラでした。一方で利用者は乱立するサイトを渡り歩いて情報を探しており、必要なときに、必要な情報を得られないという状況があちこちで見られました。
マルチデバイスに対応できておらずデジタルマーケティング機能も未整備で、ビジネスの変化に対応できていませんでした。
あらゆる面で限界を迎えた情報発信基盤をいかに刷新するか――。営業ツールとしてWebをもっと活用できる体制を整えるべく、再構築プロジェクトが2015年に始動したのである。
サイトオーナーの立場から情報発信のあり方を検討
情報発信基盤の再構築プロジェクトで中核を担ったのが、絹田氏がリーダーを務める「サイト検討会」である。サイトオーナー部門で結成された移行検討会やガイドライン検討会、ポータル企画などワーキンググループの親会議体となるもので、「情報発信のあり方を検討し、基盤の方向性やコンセプトを決定していきました」と絹田氏は語る。
サイト検討会が中心となり、約1年半の期間をかけて取り組んだ要件整理のプロセスで重視したのが、次のような「見直しポイント」である。
常に利用者起点: 「探しやすいこと」「使いやすいこと」を重視し、必要な情報がひと目でわかることを目指す。
運営作業の共通化・効率化: 関連部門の共通作業のルールを統一することで、とことん効率化を狙う。
利用者に応じた最適な情報、旬の情報をしっかりプッシュ: デジタルマーケティング機能を活用して情報を配信する。
閲覧権限に応じて正しく情報を出し分け: 部門ごとにバラバラだったルールを統一し、確実な制御を行う。
効果測定および改善を部門横断で実施: 利用者の職制や所属といった属性を紐づけながらサイト横断でアクセス分析を行い、全体最適の観点で改善を図る。
さらに上記の見直しポイントから導き出したのが、次の3つの解決策だ。
- 各サービスやプロダクトの情報を全体的な視線で発信するポータルサイトとして「さびぷろ」を構築する
- 共通のレイアウトテンプレートを作成してUXデザインを統一する
- 資材名や単語を統一するガイドラインを制定して実装する
この結果、3つの“One”に基づいたプロモーションを実現するための、情報発信基盤(新Webサイト)のコンセプトが固まった。
- One for One(一人ひとりにお勧め情報を表示)
- One Information(唯一の情報を統一的に提供)
- One Click(目的のコンテンツへダイレクトアクセス)
PUSH&パーソナライズ: 自分にあった旬の情報がひと目でわかる
商談フェーズ: 商談のその時々の場面で必要な情報がすぐに見つかる
コトからモノへ: 知りたいコト(顧客の課題や関心事)から、ほしいモノ(プロダクト情報)がすぐに見つかる
販売戦略連動: 富士通の販売戦略に応じたモノがすぐに見つかる
ダイレクトアクセス: 複数条件による絞り込みで、ほしいモノ(資材)がすぐに見つかる
PULL: 従来どおりほしい製品からもほしいモノがすぐに見つかる
3つの“バラバラ”をいかに解決し、共通サービスとして提供するか
2016年1月からはIT戦略本部が再構築プロジェクトに参画し、いよいよ具体的な基盤構築がスタートした。
システム構築・運用者の立場からそのリーダーを務めた富士通の森川氏は、対象Webサイトにおける、
情報を見る人、見る手段
発信する情報、見た目
運用ルール
の3つの“バラバラ”を取り上げ、「私たちが真っ先に取り組まなければならない課題は、このバラバラの状態をどのように解消し、共通なサービスとして提供するかという点でした」と語った。
そこから導き出したのが「個別で勝手なことができないようにする」という解決の方向性であり、「その手段として、多少強引であっても1つのソフトウェアを使うことを全社に徹底しました」と森川氏は強調した。
- 3つのバラバラを1つのソフトウェアがカバーできる
- グローバル対応(実績がある)
- 富士通グループ内で開発/構築が可能
これらの条件から選定されたのが、「Sitecore Experience Platform」である。もっとも、その後のプロセスは必ずしも順調に進んだわけではない。
サイト検討会を中心にすでに基本的なコンセプトは固められていましたが、個々のサイトオーナー部門と具体的な要件を詰めていく作業は相当苦労し、要件定義および設計に約9か月を要しました(森川氏)
特に苦労したのは、「共通サービス化」「不足機能の補完」「可用性・拡張性の実現」の3つだ。
苦労したポイント① 共通サービス化
全社でSitecore Experience Platformを使うことを徹底したが、サイトオーナーにはこれまでのやり方を捨てきれない強い思いがあり、すべての機能を共通化することに対する強い反発を受けた。
そこで再構築プロジェクトが実施したのは、原点にかえって基盤統合で共通化されるものは何かをサイトオーナー部門と話し合い、一つひとつ確認していくという作業である。共通化する範囲をあらためて定義し、「他サイトに影響を及ぼさないものについては、ソフトウェアの標準機能の範囲内で許容する」という落とし所を探った。
例えば画面のデザインや操作性に関わる部分はすべてのサイトで同じテンプレートを使って共通化するため、サイトごとの個別最適化は許容できない。しかし、プロダクトの画像や開発技術の読み物などを公開するページについては、サイト固有のスタイルシートを認めることにした。
たったこれだけのことで、停滞していた共通サービス化の検討が随分前に進みました(森川氏)
また、新しい情報発信基盤ではコンテンツ管理をワークフロー機能で共通化することについて、一部のサイトオーナーから反発を受けた。しかし、承認段階をサイトごと固有に設定して運用できるツールであることを説明すると、安心と納得を得ることができた。
苦労したポイント② 不足機能の補充
Sitecore Experience Platformの標準機能だけでは業務が回らないとするサイトオーナーの反応も強く、実際にテンプレートやコンテンツ管理に対する要望事項は100以上に及んだ。
そこで再構築プロジェクトが打ち出したのが、「不足機能は自分たちでアドオンする」という解決策である。ただし、出された要望のすべてにアドオンで対応していたのではきりがなく、そもそも標準基盤としてSitecore Experience Platformを導入するメリットが失われてしまう。
あくまでもソフトウェアの標準機能の範囲内で代替案を提示し、現状の運用プロセスの変更を提案することが大前提です(森川氏)
そのうえで「部門個別の要望事項ではない」「パッケージ本体の改造が不要」「事前に検証機で動作確認が取れている」といった条件を一つひとつ納得いくまで確認し、何をアドオン開発すべきか絞り込んでいった。
この結果として開発したのが、
- ワークフローと一体化した「スケジュール管理」
- 登録するコンテンツを共通テンプレートにあわせてcsvファイルで準備する「一括登録」
の2つのアドオン機能である。
苦労したポイント③ 可用性・拡張性の実現
情報発信基盤は富士通グループ全体で利用する基盤であるため、絶対にサイト閲覧を止めてはならない。また、ビジネスの変化に応じてサイトの増加にも瞬時に対応できることが求められた。
そこで直面したのが「Sitecore Experience Platformの機能修正パッチ適用時やシステムメンテナンス時に全停止を伴う」「新サイト追加時に基盤全体に負荷が発生する」といった問題である。
この解決策として取ったのは、「機能単位でサーバを分離させる」という方法である。ただ、このような対策はグローバルでもほとんど事例がない。
サイトコア社によるシステム構成レビューを繰り返し受けながらPoC(概念実証)を実施し、各サイトの業務継続性に与える影響の有無を機能単位に一つひとつ確認していきました(森川氏)
この結果、局所的な機能パッチ適用時にはサイト閲覧を止めない仕組みを実現した。また、富士通のクラウドサービス「K5」を利用することで、サイト追加時にも必要なリソースの容易なスケールアウトを実現し、他サイトへの影響を最小限に抑えている。
新たな情報発信基盤がもたらした効果
その後の開発/構築、テスト工程を経て、新しい情報発信基盤は2017年7月より本番稼働を開始した。これにより当初の3つのバラバラの課題はすべて解決された。
- 情報を見る人、見る手段 → テンプレートにより各サイトのUI/UXを共通化
- 発信する情報、見た目 → 最適な情報の出し分けが可能
- 運用ルール → 各サイトのコンテンツ管理業務を共通化
富士通グループ全体の共通基盤としてサイトを統合するというチャレンジのもと、さまざまな機能や業務運用をサービスとして提供すると共に、高度な可用性/拡張性を確保することができました。サイトの新設も容易になり、実際に5日程度で新サイトを公開しています。今後に向けて、グローバル15万5000人の従業員の利用にも耐えられる基盤を実現できたと自負しています(森川氏)
この新しい情報発信基盤は、実際のビジネス面で利用者にどのような効果をもたらしているのだろうか。定量的な効果を測定するため、再構築プロジェクトでは各サイトのユニーク訪問者数やアクセス数の推移を毎月定点観測するほか、利用部門までドリルダウン分析できる仕組みを整えた。
これにより想定したターゲットが本当にサイトを利用しているか、認知度がどれだけ上がったかを明らかにしていきたいと考えています(絹田氏)
また、定性的な観点からの効果については、サイト利用者へのアンケート調査を半年に1回のペースで実施し、「サイトは使いやすくなったか」「欲しい情報はすぐに探せたか」といった意見を集めて分析を行っている。こちらについては2018年2月に実施した第1回アンケート調査の集計結果がすでに出ている。
サイト利用者(閲覧者)から寄せられた代表的な声は次のようなものだ。
- デザインが統一され直感的にアクセスできるようになり、情報も見やすくなった
- 操作性が良くなった
- ランキング情報から気づきを得られる
- お客様訪問時のネタに使える情報が増えた
- 資材の有無が一目でわかるので、むだに探さなくてすむ
- 情報を自分のために取捨選択して提示してくれるので楽
- まだ慣れない
- 体系的になっているようだが、まだ構造がわからない
- ガイドラインが浸透していないので、クリックしてみないとわからないことがある
まだまだ改善の余地はあるものの、「全体として情報利活用や生産性の向上し、商談活動にも貢献できていると考えています」と絹田氏は手応えを示した。
一方、新たな情報発信基盤はサイトオーナーや資材開発者に対しても、多くの効果をもたらしている。パーソナライズ機能を活用することで、届けたい人に情報を出し分けて発信できるようになり、加えて製品横断でPUSH情報も発信できるようになったことで、ビジネス支援やプロモーション活動に今まで以上に熱が入るようになったのである。
また、共通テンプレートやアドオン機能を活用することでコンテンツ作成を大幅に効率化し、特に登録作業については80%の工数削減を実現すると共にミスも削減した。
さらに、今回のサイト統合によって足りない情報が逆にクローズアップされたことで、「ないものは作らねば」というマインドが高まっている。
「私たちは常に利用者起点でPDCAを回しながら改善を進め、デジタルマーケティングの強化を図っていきます」と絹田氏は今後の展望を示した。富士通グループのあらゆる知見と技術を結集することで、この情報発信基盤をより機動力をもった営業・SE支援のツールに仕立てていく考えだ。
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