「上司がわかってくれない」は誰の問題か? アビームコンサルティングの「日本型」デジタル変革の形とは
「上司がデジタルをわかってくれない」という悩みはWeb担当者からよく聞かれる話だ。しかし、それは上司側だけの問題ではないとアビームコンサルティングの本間 充 氏は語る。
日本発のグローバルコンサルティングファームであるアビームコンサルティングは、日本企業のやり方に「限りなく合った」マーケティング変革を行うという。日本企業のデジタル変革にはどのような特徴と課題があるのか。大手コンサルティング企業に話を聞くシリーズ第2回は、同社の本間 充 氏に話を伺った。
- 「上司がデジタルをわかってない」のは誰のせい?
- 日本流の「おもてなし」体験はアマゾンにも負けない
- 変革には企業全体のデジタルに対する基礎体力作りが必要
「上司がデジタルをわかってくれない」は担当者にも問題がある
――本間さんは、事業会社の宣伝部からアビームコンサルティングへジョインされました。そういう意味で、Web担当者の悩みにはなじみがあると思います。デジタルマーケティング推進の使命に燃えているWeb担当者は多い。しかし「なかなか経営層に理解されない」という悩みも聞きます。
はい、ありますね。ただ、この「わかってくれない」には、上長だけに責任があるのではなくて、双方ともに問題があるのです。
現場担当者側の問題は、プロジェクトの重要性を経営者の課題として説明できていないこと。たとえば、「これからはソーシャルメディアだから、うちも早くやらないとまずい!」という理由で「常駐のソーシャルメディア担当者を確保したい」と経営者に持っていったら、どうなるでしょうか。
経営者としては、人員を増やすとなるとそのリソースを確保する理由が必要です。ところが、Web担当者目線だと「いまブームなので! とにかく早い者勝ちです!」といった話をしてしまいがちです。すると、経営者は「ブームは数か月で去るかもしれないし、リターンが明確でないなら今回はやめておけば」ということになってしまいます。
その結果「なぜうちの経営陣はソーシャルメディア(あるいは最新の○○)の重要性がわからないんだ!」といった愚痴になってしまうのでしょう。
経営者が知りたかったのは、ソーシャルメディアが持つ技術インパクトや流行度ではなく、ソーシャルメディアが経営指標に対して与えるインパクトです。ソーシャルメディア運営が経営に今後影響する火急の課題だと説明できれば、当然、経営者も「ぜひやろう」と言えたのではないでしょうか。
経営者が知りたいのは流行度ではなく、経営指標に対するインパクト
――経営者が判断するための言語に落とし込めないのが、担当者の問題だと。
この場合、ソーシャルチャネルがロイヤルユーザーの確保において他社との競争に必要であることや、持たないことによる数年後のブランディングにおけるリスクを指摘できれば、経営者もOKを出せたかもしれません。こうしたズームアウトの視点は普段のWeb担当者の仕事からは少し遠いので、いつも持っておくことはなかなか難しいことです。
一方で、経営者側にも問題があります。それは日本の会社組織の話になるのですが、経営者や役員が「自分が理解できないものを部下に任せられない」ということです。日本の経営者は、すごくまじめな方が多くて他人任せにしません。フルコミットしようとしがちです。ただ、経営者にはインターネットに関する経験値がないために、何が起こっているのか細かく理解できない。理解できないから判断もできないということになる。
経営者の方に認識していただきたいのは、理解できないことがある程度出てくるのは仕方がないということです。現場担当者の提案をロジックで見て、結果や効果といった仮説が良ければOKを出せるように、コミットの仕方をあらためるべきときだということです。
経営者は「理解できない」ことを受け入れなければならない
目指すのは「デジタルマーケティング」ではなく「マーケティングのデジタル化」。そのためには企業の基礎体力作りから
――変革を起こしたい担当者にとってこの意思疎通の部分は重要な点ですね。
逆にいえば、だからこそデジタル分野のコンサル会社が必要とされている時代なのかもしれません。私たちのいいところは、短期間であらゆる層の方々とじっくりお話できることです。
Web担当者からもヒアリングできますし、販売や製造の現場にも、役員の方にもお話を伺い、何が問題なのかを発見し、それぞれの意思をまとめることで決断のお手伝いをします。将来の方針を決める答えは必ず企業の中にあるので、その判断を促す情報整理をしてコミュニケーションを円滑にするということです。
社内の人材がこれを行うのって本当に難しいですよね。弊社のクライアントは日本企業が圧倒的に多いのですが、社内で同じことをやろうとすると「お前、何を考えてるんだ」と探られたり、誰と組むかが難しかったりしますね(笑)。
――アビームコンサルティングでは、企業のデジタルトランスフォーメーションに取り組む際、どのようにアプローチされるのですか。
私たちが主体に置いていることは、いわゆる「デジタルマーケティング」ではなく、「マーケティングのデジタル化」です。つまり、マーケティングのしくみそのもののデジタル化に取り組むことです。マーケティングのデジタル化は、Webサイトの活用やECの推進といった表面的な部分だけでは片付きません。そこでわれわれはマーケティングを俯瞰的にとらえ、社内のトレーニングを含めて将来へのビジョンを立てることに重きを置いています。
――変革はどのくらいの期間を視野に入れているのですか。
短期間ではありません。数年といった単位での戦略です。
答えは必ず企業の中にある。その判断を促すために情報整理をしてコミュニケーションを円滑化する
――Webマーケティングには多様なプレーヤーが存在しますが、アビームコンサルティングの立ち位置はどこになりますか。
広告代理店やマーケティング会社は、直近のズームイン型のエリアに強く、われわれの場合は、将来の話をするズームアウト系のエリアに強いということで切り分けができていると思います。アビームコンサルティングの場合、デジタルマーケティング分野のコンサルタントを立ち上げたのは業界でも最後発という認識でいます。それゆえにビジネスギャップを見て、フューチャービジョンおよび将来に向けた「企業内の基礎体力作り」といったところに注力しています。
――企業内の基礎体力作りとは、具体的には?
2つのケースがあります。今まさに変革を求めている企業では、以前あった「ウェブチーム」を解散して、より中核のマーケティングや経営にかかわる部署へ吸収するケース。もう1つはそれよりも手前の段階にあり、「これから何かデジタルマーケティングのチームを作らなければならない」というケースです。特に後者に対しては、われわれがトレーニングを行います。
トレーニングまで行うコンサルは珍しいですが、社内の知識や前提を固めることがデジタル化への基礎体力作りに必要と考えています。というのも、マーケティングのデジタル化というのは、マーケティング部門だけでは済まない話ばかりだからです。ほとんどの場合、バックエンド部門の変革がなければ実現できません。
たとえばメーカーで「カスタムメイドの製品をアマゾンで販売したい」とマーケティング部門主導で提案したとします。しかし、それを実現するには生産や卸の会計システムの問題があり、1個単位の小ロットに対応できる出荷システムがなければ実現できません。実際に工場でそれができるのか? 請求書と納品書を1日に何百枚も出す体勢があるのか? さまざまなことが関係してきます。
従来のマスマーケティングしかなかったフローでは、仮に1つ製品が欠けていても欠品ではなく「誤差」ですし、1,000個単位の帳簿が基本であれば、請求書も月末にまとめて書くだけかもしれません。そうした生産の裏側を理解せずに「デジタルマーケティングを!」と進めてしまうケースも多いのです。ですから、デジタル変革をしたいならば最初に社内のデジタルに対する基礎体力を付けておくことが必要だと考えています。
変革には企業全体のデジタルに対する基礎体力が必要
日本流の「おもてなし」体験はアマゾンにも負けない。日本型の新しいマーケティングの可能性
――アマゾンの話が出ましたが、日本企業のデジタルトランスフォーメーションは欧米と比べて全体に遅れているといわれています。
まず、日本のマーケターのスキルが足りていないことは正直に認めていいと思います。ただ、スキルセットは磨けばいいのです。
しかし日本特有の事象もあります。ECの例を挙げるなら、日本の店舗販売スタッフの優秀さです。米国と比べたときの日本における「買い物体験」がまったく違うということは、もっと言ってもいいと思います。
首相官邸の「おもてなし」を紹介するビデオはとても面白かったのですが、そこで紹介されている成城石井や紀伊國屋書店など、行ったことがある人ならば誰でもレジでの丁寧さや気遣いを思い出すでしょう。日本の買い物って、お会計時に苦痛が伴わないようにできているんですね。
一方で、欧米の店舗はレジで長蛇の列があり、買ったものを袋に詰めるのも客の仕事。きれいに袋詰めしてくれたりカバーをかけてくれる店員はいません。どちらも会計時に苦痛になる体験です。それならECの方が便利でサービスも良く、そちらが伸びるのは当然です。
しかし日本でアマゾンとリアル店舗を比較したら「お金を支払うときの気持ちよさ」の点ではリアル店舗に軍配が挙がります。
そういう現実を見ないで「これからはECだ!」とかけ声をかけるのは、少し違うんじゃないかと思います。マーケティングオートメーション的にいうと「明文化・数値化されていない『おもてなし』をどう考えるのか」ということではないでしょうか。
現状では、デジタルマーケターが店頭での購入体験やノウハウから乖離したまま動いてしまっている可能性もあります。そうではなく、ブランドと「おもてなし」をうまく組み合わせられれば、日本型の新しいマーケティングができるのではないでしょうか。
日本の店舗でお金を支払うときの「気持ちよさ」はアマゾンに優る
日本企業の中長期ロードマップ型に合っていることが強み
――相談を受ける各社に共通している点はありますか?
「新しい体勢を作りたい」ということは共通しますが、「まずは相談に乗ってほしい」という場合もあれば「CIOに入ってほしい」という場合もあります。ただ、基本的には終身雇用制度が維持されている日本では、会社を維持させるために人をがっつりと入れ替えるという結果になることは、ほとんどありません。
こちらが答えを持っているのではなくて、会社の中にある答えを探すお手伝いをするのがわれわれの仕事です。最適だと考えられるプロセスを示したあと、どうやってそれを達成するかは会社で決めることです。海外の企業のように、一気に入れ替えてしまうという方法もあるかもしれません。しかし、日本企業の場合は中長期ロードマップを描いて階段を1段ずつ上るのが得意です。その方法を選択した場合はわれわれも一緒にお手伝いします。
他の経営コンサルティングとわれわれが若干違うのは、要望があればエクゼキューション(プランを実行していく部分)も並走させていただくことです。これは単なる契約継続ではなく、実施しながらKPIを見直すことが重要だからです。KPIは下ブレだけでなく上ブレにも見直しが必要です。われわれが立てた計画にブレがあれば、責任をもって改善を提案することで、課題の発見と精度に磨きをかけたいという思いがあります。
実施まで並走できるコンサルティングという点では、アビームコンサルティングは日本企業のロードマップ型のやり方に限りなく合っています。「ドキュメントを渡してさようなら」というケースと比較して、そこは弊社の強みだと考えています。
日本企業は中長期ロードマップを描いて進むのが得意
変革の熱量は経営層も持っている。それをつなげることが成功のカギ
――会社全体でのデジタル変革を成功させる秘訣は何でしょう?
デジタルマーケティングについては、現場の担当者が一番熱量が高いと考えるかもしれませんが、実はそんなことはありません。どの役員の方も、会社の未来に高い熱量を持っています。会社をグロースさせることがミッションですから、そこは真剣です。ただ、担当者にはそれが見えにくいだけなんです。
役員の方たちも、「いままでのやりかたでは問題がある」ということは理解しているんです。でも、自分が思い描いていることを、どんな言葉で部下に伝えていいのかが正直わからない。さらにいえば、その答えがデジタルにあるのかどうかもわからないんです。
役員にとっては「デジタル変革」というより「会社の仕事やり方革命」を求められているのですね。だからこそ、自分たちの会社でやりたいことを「誰にどう伝えて」「どう取り組んでいけばいいのか」「誰を巻き込めばいいのか」そういったことはかなり悩んでおられます。
現場の担当者は「このウェブサイト、イケてないよね」と言いますし、役員は「今の売り上げだとお客さんを取り逃すよね」ということになります。実はやらなければならないことは最終的に一緒なのですが、視点と言い方が違うんです。そこをほどいてつないでいくことが、デジタル変革にせよ、仕事のやり方革命にせよ、成功には欠かせません。
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