コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の458
トランプ大統領誕生か
参議院選挙を目前に永田町界隈が騒がしくなっていますが、太平洋を挟んだアメリカでは、ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補指名を確実にしました。下馬評では民主党の元国務長官、ヒラリー・クリントン氏が大本命。ところが、アメリカの政治情報サイト「Real Clear Politics」が実施した、両者が直接対決したという前提の5月の調査結果で「トランプ支持」が初めて多数となります。
人種差別から荒唐無稽な妄想まで繰り広げる「暴言王」のトランプ大統領が誕生したならば……と考えるのは本稿の趣旨ではなく、米国国籍を持たない足立区民が口を挟むべきものではありません。しかし、「トランプ流」とも呼べる言動は、ビジネスシーンにおける「交渉の心得」として使えます。
お前はクビだ!
トランプ氏は、家業の不動産業を手伝いながら、多角経営に乗りだし、時流の波を掴み「不動産王」に成り上がります。浮沈の激しい人生ながら、2007年の「サブプライムローン問題」で子会社が傾いても、日本の「民事再生法」のような「連邦倒産法第11章」を「活用」して資産防衛に成功。前後して視聴者参加型番組「Apprentice(アプレンティス/見習い)」でホストを務め、「お前はクビだ(You're fired)」と憎たらしく失格を告げる姿でお茶の間の人気者となります。
法律を駆使する狡猾さは逞しさの裏表で、自らのしくじりを棚に上げ「お前は首だ」と吐き捨てる姿はまさに「ダーティーヒーロー(悪党)」です。
悪党という強み
トランプ氏は「悪党」あるいはその「イメージ」を利用しています。たとえば、「借金」にしても、善良なる負債者は返済を心がけ、滞れば殊勝に頭を下げるものですが、悪党は、
返せない俺様に貸したオマエが悪い
と開き直ります。社会常識の外側、あるいは半歩はみ出しているのが「悪党」。そして「商取引」としてみれば荒唐無稽ではありません。借入金に対する金利や担保は「返済不能リスク」への対価。語弊を怖れずに言えば、民事再生法とは、これの合法的な手続きです。
トランプ氏が体現する交渉の心得とは、
悪党と見られることを怖れない
もちろん金を返すな、という話ではありません。
逆転ホームランを打つ
善良な市民のままでは、頭を下げ、相手の許しを請うしかない局面でも、「悪党」になれば打開できることがあります。
ある広告がこちらのミスによって、予定したスケジュールでの展開が不可能となりました。先方に出向くと、怒り心頭に発し、取り付く島もありません。そこで「悪党」の出番です。
お怒りはごもっとも。しかし、このままではなにも解決しません。実現可能な範囲でご希望をきかせてください
トランプ語録には「最悪を想定してビジネスに挑め」とあります。すでにののしられている現状に覚悟を決め、「間に合わなくなったのは、オマエの落ち度だ!」と怒りの炎に油を注ぐこともためらいません。
罵詈雑言は相手の口の数しか出てきません。開き直った結果、その場で取引停止となれば、頭を下げるストレスもこれにて打ち止め。これ以上の最悪はないでしょう。
相手を黙らせる一言
交渉決裂というちゃぶ台返しも辞さないのが「悪党」です。前述の広告案件の結果は逆転ホームラン。冷静さを取り戻した善良なるお客様と「実現可能な範囲」の広告で手を打つのでした。
こんなケースもありました。指示通りに完成したホームページの反響がさっぱり。クライアントは怒り心頭。いつもならば社交辞令でも力不足を詫びるのですが、その日の私は、虫の居所が悪く「悪党」へ。
次回から実費を除いた利益を山分けする契約でいきましょう
目の前の失敗ではなく、そもそも論へのちゃぶ台返し。結果責任だけ押しつけるのであれば、成功したときには山分けするのがフェアだろうと。実費にマージンを乗せておけば損はしないと目論みつつ。
下げずにアジャスト
お客の嫌がることとは、自社の利益になることが多く、お客に「悪党」と思われたとき、自社の利益が生まれる……こともあるとしておきます。基本、私は誠実な人間。トランプ氏も同じようなことを言っていた気もしますが。
暴言の限りを尽くしてきたトランプ氏ですが、大統領指名争いの本命に躍り出たあたりから、軌道修正をはじめ、「交渉は最初に無理難題をふっかけるもの」という主旨の発言をしています。これも「悪党」ならではの交渉術。大統領に就任した後に、大きく方針を変更しても、
知らなかった。状況が変わった
と押し切る腹づもりなのでしょう。知ったから、状況が変わったから方針変換した。その何が悪いのだと。不満を覚えつつも、反抗しきれる善良な市民は多くありません。
ポイントは無理難題を提示してから、状況によって条件を合わせていくこと。条件を下げるのではなく、アジャストしていくのです。日本語では「足元を見る」と呼び、嫌われることも少なくありませんが、嫌われることをいとわないのも悪党ならではです。
悪党の対処方法
トランプ氏ほどではないにせよ、ビジネスシーンに悪党は少なくありません。もし、あなたの周囲に「悪党」がいて、「知らなかった」と開き直りをされたときは、同じく悪党で接するといいでしょう。
ご存じなかったのでしたら仕方がありません
と受け入れたふりをして、当初案の120%の要求を提示します。ダメもとで無理を言う小悪党なら、以後、態度を改めますし、トランプ氏レベルの大悪党なら、ニヤリと笑い、これまでの過程を「なかったこと」にしろと求めてきます。
そしてここから、驚くほど「対等」な交渉がはじまります。悪党は難敵と競うより、御しやすい相手を選ぶからです。悪党相手には、こちらも悪党だと思わせるのがコツ。
いずれにせよ「トランプ流悪党交渉術」は、彼を不動産王とし、大国の大統領に成り上がらせようとしています。交渉が暗礁に乗り上げたときは、思い出してみてください。
今回のポイント
交渉で「悪い人」を怖れない
悪党には悪党で接する
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