ネット世論とリアルが乖離する理由、マニアと一般人が混在するビッグデータ
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の320
ネット選挙が盛り上がらない?
国内初のネット解禁選挙が、盛り上がらないまま幕を閉じました。「そんなことはない、盛り上がった!」という人もいることでしょう。それこそが「ネット世論」と「リアル世論」がずれる理由です。それはいま流行の「ビッグデータ」にも通じます。
定義や取り組み方により、さまざまな解釈が生まれる「ビッグデータ」。IT業界で最新の人気バズワードだとみています。すべてが無駄とは言いませんが、ビッグデータといっても、ビジネス英語で言う「アップル・ツー・アップル(Apple to Apple:同じものを比較する)」になっていない、あきらかに位相の異なる「アップル・ツー・オレンジ(Apple to Orange:異なるものを比較する)」が多すぎるからです。
そこで今回はネット世論の正体を突き止めながら、ビッグデータというバズワードに踊らされないための心得を紹介します。
ネット世論の正体
想定以上のネット選挙の低調さに、報道各社の戸惑いが紙面を通じて伝わってきます。選挙戦の折り返しでの「(投票先の決定に)ネットを参考にするか」という世論調査を、大見出しで報じたのがその現れです。産経新聞とFNNの合同調査(2013年6月13日、14日調べ)で65.1%、毎日新聞(同)で60%が「参考にしない」と回答します。
さて、ネット世論がリアル世論とずれる理由どこにあるでしょうか。それは、
ネット世論はマニアの声
ということです。試しに、毎日のようにつぶやく、とあるTwitter議員と、人気毒舌タレントのフォロワーからそれぞれ5人を抽出し、フォローの傾向を追います。するとTwitter議員のフォロワーが、政治家や政党をフォローしている割合は約10%でした。一方のタレントのフォロワーはわずか0.2%です。抽出数が少ないとはいえ偏りは歴然で、政治家をフォローし、発言をリツイートし、コメントを寄せるのは、
政治マニア
の可能性が高いということです。マニアと一般人を混同するのはリンゴとみかんの比較です。
マニアにはたまらないネット選挙
参議院選挙戦終盤、出馬したすべての候補者のTwitterをフォローしてみたところ「大盛り上がりのネット選挙」を体感します。タイムラインが候補者のツイートで埋め尽くされるのです。ネット選挙の盛り上がりを感じていた人は、多くの政治家や政党、政治団体をフォローしていたのではないでしょうか。
政治マニアにとって、TwitterはAKBファンにおける「劇場」と同じく、政治家との接点です。そしてAKB48のファンが、口角泡を飛ばしながら、指原莉乃さんのセンターについて議論を戦わせ、次世代エースの発掘に気をもむように、政治や政策について大声を上げるネットの住民で作りあげられるのが政治における「ネット世論」です。
しかし「サイレントカスタマー」と呼ばれる、物言わぬ消費者が圧倒的多数であることは、ビジネスの世界では常識。いわゆる「クレーマー」と「普通のお客」は消費行動が異なります。この違いの典型例を「脱原発」に見つけます。
りんごとみかんを混同
選挙期間中、各報道機関はツイートやブログのエントリーから世論を読み取れるかと挑戦しました。選挙期間中の7月15日の読売新聞は、原発再稼働などの単語を含む、「エネルギー政策」についてのツイートがもっとも多かったと紹介し、一方のリアル世論調査では、エネルギー政策は7位だったと関心の違いを報じます。
ネットスラングとして生まれた「放射脳」という言葉を知っているでしょうか。極度に放射能を恐れ、感情的で扇情的な発言をする人を指すもので、放射脳なネットの住民は、恐れのあまり事実を誇張し、再稼働を容認する発言に火を噴くような攻撃を仕掛けます。どちらも即座にリツイートされ、それを見た仲間たちが拡散していきます。その結果、エネルギー関係のツイートは倍々ゲームで増えていくのです。
語弊を恐れずに言えば、声の大きな活動家の意見が、一般市民の意見を上書きするのが「ネット世論」です。そこから、中身の異なるリンゴとみかんを比較したときのような開きが、調査結果に表れるのです。
ローソンのヒットに突っ込み
リンゴとみかんの違いがビッグデータをバズワードと呼ぶ理由です。データの中身、すなわち分母の質に注意を払っていない統計が多いのです。ツイートやブログから世論や顧客の声を集めようとする「ソーシャルリスニング」はその代表です。すべての国民がネット上で発言しているわけではありません。むしろ仲間内だけのLINEでは発言しても、ツイートが公開されるツイッターでは口を閉ざしているユーザーは少なくありません。
確かに、従来のユーザーインタビューやサンプル調査などと比較し、低コストで消費者の声を集めることはできるようになりました。しかし、「ソーシャルリスニング」で集めたデータは、エネルギー政策と同じく、声の大きな人の意見という偏りが構造的に存在するのです。このことを理解せずに、単に消費者の声を直接聞けると飛びつくのは早計です。
ビッグデータの手柄と喧伝されるローソンの事例もリンゴとみかんの影がちらつきます。ポイントカードの購入履歴から、客のニーズを理解し、新商品発売直後のわずかな売れ行きの差に注目、ヒット商品を生み出したというものです。しかし、新商品は拡大陳列するようアドバイスがでており、売り場面積の拡大は売上増の主要因となります。
また、同種の商品で同じ結果がでたのか検証しなければ「偶然」の可能性は否定しきれません。そもそも「わずかな売れ行きの差」に気がついたのは人間ですから、マーチャンダイザーやアナライザーの直感の勝利です。まだまだ、「ビッグデータ」の成功事例にはツッコミどころが満載なのです。
ビッグデータがもてはやされる理由
1万件と100万件の分母を比較したなら、後者の方が信頼できるような気がします……が錯覚です。むろん、1件と100件なら後者に軍配が上がりますが、一定数以上(対象により異なります)の分母を確保していれば、統計の信頼性に強く影響するのは分母の質だからです。テラバイト単位でデータを収集したビッグデータでも同じです。分母に偏りがあればどれだけ数を集めても意味を成さないのです(詳しくは、衣袋教授の「リサーチ/データのリテラシー入門」が参考になります)。
一方、広告代理店の視点で見たビッグデータはお宝です。
○○万件もデータを集めました。
数の多さに理解を示すクライアントは多く、仮に結果が間違いだとしても集めた数が言い訳となり「仕方がない」といってくれる確率が高まるからです。先の錯覚を利用したもので、一般的には「間違った努力」と言われるものですが、リンゴとみかんを比較するプレゼンはよくあることですから、Web担当者として「そのデータの質は? 使えるの?」と、きちんと突っ込みを入れるようにしましょう。
今回のポイント
データは分母の質が命
ネット世論は声の大きい人に要注意
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