HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
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実世界ユーザビリティを考える/HCD-Net通信 #6

イメージ画像:ユーザビリティ

ユーザビリティ活動は評価から始まった。ユーザビリティに関する問題点がないかどうかを調べ、もし見つかればそれを改善する。こうしてユーザビリティを少しずつ改善していく。評価活動の基本はそこにあった。そのために、従来から人間工学で利用されてきたラボテスト手法にプロトコル解析などの認知工学の枠組みを導入してユーザビリティテストが完成し、さらに各種のインスペクション法が開発された。こうしてユーザビリティ評価の基本的枠組みが整い、特にユーザビリティテストはユーザビリティ評価の基本的手法として広く使われることになった。

しかし、ユーザビリティテストに代表される評価手法があまりに一般化しすぎたため、ユーザビリティの評価はそれらの手法を適用すれば良いのだ、という考え方が関係者の間に定着しかけているように見える。自分でもユーザビリティテストに関する編著書と訳書を出している私だが、実はこれは好ましくない傾向だと思っている。

私のいいたいポイントは、ユーザビリティテストはラボテストであり、その限界を意識して利用すべき、という点だ。最近、私はそのことを強く感じている。ラボラトリ、すなわち実験室は人工的環境であり、実環境における利用状況を十分にまた適切に反映していない。実環境というのは単に周囲の物理的環境のことを指すのではない。実世界においてはテスト対象である機器やシステムを、ある心理的・社会的な文脈のもとで利用する。その結果は関係者の心理や社会的関係に反映される。こうした状況が欠落した評価がラボテストなのである。

イメージ画像:携帯電話

携帯電話を例にとれば、物理的環境だけでも多様である。自宅のことも、学校や職場のことも、電車の駅や車内のことも、歩行中、レストランの中、トイレの中や風呂の中のこともある。暗い夜道でボタンの見えにくいときに使うこともある。雨や雪の中で使うこともある。社会的状況についていえば、1人のときだけでなく、他人と話しをしているとき、会議やミーティングをしているときなどがある。心理的状況でも、平静な気持ちのときだけでなく、焦っているとき、怒っているとき、眠いときなどさまざまである。さらに身体的状況でも、荷物を持っていたり怪我をしていて片手でしか操作できないこともある。

それぞれの環境や状況に適合した形でコミュニケーションや情報検索やエンターテイメントという機能を適切に使うことが携帯電話に求められる。ユニバーサルデザインの考え方は、ユーザーの特性に関してこうした多様性を考慮する必要性を認識させてくれた。そうした動向に対し、関係者はそれなりの努力をしてきた。だが、ラボではこれらの一部は仮想的に実現できるが、すべてが可能な訳ではない。また、実環境、実状況の中でテストをしようと、ラボ以外の場所でテストをすることもある。しかし、やはりそれは現実状況のシミュレーションであり、実際の世界のもっている迫真性や制約などを完全に再現できているわけではない。

また、ラボテストはたかだか2時間程度の利用経験しか見られないものであり、ユーザビリティ評価に関する瞬間値を測定しているにすぎない。実際の利用においては、ユーザーは機器やシステムを長期間利用する。携帯電話でいえば、最低でも購入してから最低半年くらいは利用するだろう。長い人になると2、3年やそれ以上の間、利用している人もいる。そうした長期間の利用におけるユーザビリティ、いわゆる長期的ユーザビリティというものは、時間的な変動や何らかの出来事による影響を受けて変化する。任意の時点での評価は、それまでのユーザビリティ評価の累積であると同時に、最近の利用状況による加重を受けている。長期間の利用のなかで、人々は機器の利用に習熟することでその印象を変化させることがあるだろう。ときには飽きを感じることもあるだろうし、途中で新しい使い方や機能に気が付いて評価を肯定的な方向に変えることもあるだろう。ユーザビリティの評価においては、そうした時間構造を考慮する必要がある。

特に、これまでのユーザビリティテストの場合、初心者でも使えることが大切だという考え方のもと、長期的な利用期間のうち、最初の時期に焦点を当てることが多かった。Webのように長期的に継続利用することが限られたサイトにしか当てはまらない場合もあるが、多くの機器やシステムでは初心者にとってのユーザビリティだけでなく、継続的利用におけるユーザビリティが大切である。

こうしたことはISO13407でも長期的モニタリングの重要性として指摘されているが、そのウェイトは必ずしも大きくない。この規格では、どちらかというと短期的なラボテストを想定しているところがある。

また、ユーザビリティテストでは、テスト終了後に質問紙によって満足度の評価を得ることもあるが、その評価はあくまでも短期的なものであることを忘れてはならない。ユーザーの真の満足は実世界における長期的な利用のなかで形成されてくるものであり、本来は、そうした満足感を測定すべきなのである。

この意味で、ラボラトリユーザビリティだけでなく、実世界ユーザビリティを重視し、評価についても、そうした視点から実施する必要がある。具体的には、ラボテストを中長期的な時間経過の中で反復するというやり方もあるし、ユーザーを訪問し、文脈における質問法(contextual inquiry)で情報を得るやり方もある。

ラボラトリユーザビリティから実世界ユーザビリティへ。人も金もかかる検証作業にはなるが、これを抜きにして本当の姿は見えてこない。

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