「動画を取り入れたいけど、何から始めればいいのかわからない」──そんな悩みを抱えているEC・小売企業は多いのではないでしょうか。動画の活用は、もはやマーケティング部門だけではなく、接客の再定義として現場全体で考えるべきテーマへと進化しています。
今回は、オムニチャネル・EC・リテール領域の専門家で、実店舗とネットの双方に精通する逸見さんとの対談。「情報が飽和した時代に、なぜ動画が再評価されているのか」「現場が活用できる動画とは何か」をインタビューしました。動画を“きれいに作る”のではなく、“伝わる接客ツール”として使いこなすためのヒントが詰まった実践的な対談です。
「情報過多」のその先に、動画が再評価されている理由
大里:消費者の購買行動は、ここ数年で明らかに変わったという感覚がありますが、いかがでしょうか?
大里 紀雄(おおさと・のりお)
本連載執筆者/Firework Japan株式会社 Revenue Operation Manager, Sr. Marketing Manager
逸見:はい、変わったと思います。一番大きなきっかけはやっぱりコロナ禍です。コロナの前、消費者はまずネットで情報を調べて、最後は店舗で実際に目で見たり、手に取ったりして「確認」してから買うという行動が主流でした。しかし、コロナ禍でそれができなくなり、ネット上の情報の重要性が一気に高まりましたね。
逸見 光次郎(へんみ・こうじろう)氏
大手小売企業で20年以上にわたり店舗・EC・ネットスーパー・オムニチャネル構築を経験。現在は独立し、戦略コンサルタントとして活動。Fireworkの日本法人立ち上げ以来、Firework Japanにアドバイザーとして参画。
大里:私が洋服や靴を買う時には、店舗で実物の商品を手に取る「確認」はしていません。ECサイトのクチコミをチェックしたり、SNSで検索して使用感やコーディネートのイメージを把握したりしてから購入しています。ただ、それによって「情報が多すぎて疲れる」「逆に悩みすぎて選べない」という状態になっていることも少なくありません。
逸見:そうですよね。企業側も、オンライン上の情報だけでも購入につながりやすいように頑張って情報を増やすんですが、結局ユーザーは「どの情報を信じていいかわからない」という状況に陥ってしまう。だから動画のように“人の温度感”が伝わるコンテンツの価値が高まってきています。
大里:つまり、商品のスペックや価格よりも、「誰が、どう伝えているか」が重視されるようになってきたということでしょうか?
逸見:ええ。情報の“質”が問われる時代に入ってきたと感じます。
広告映像ではない、“等身大の接客動画”が刺さるワケ
大里:昨今はAIを活用して動画を作ることも可能になりましたが、動画コンテンツを作るのはやはり工数がかかる。コストがかさむイメージを持つ事業者も少なくないでしょう。また、「動画=ハイクオリティな制作物」だと思って、最初の一歩を踏み出せないケースも多い印象があります。
逸見:それは大きな誤解です。動画には2つのタイプがあります。1つは「ブランディング用の映像作品」。もう1つは「お客さまに伝える等身大のコンテンツ」。後者はiPhoneで撮るくらいで十分なんです。
大里:なるほど。エンドユーザーが普段使っているスマホの方が、かえって等身大のコンテンツを届けるのに適しているのですね。また、現場のスタッフが、普段の接客と同じテンションで喋るだけでも、ユーザーにとってはすごく親近感がありますよね。
逸見:まさにそれです。しかもライブ配信にすれば、視聴者の質問にリアルタイムで答えることもできる。視聴者からすると、自分だけじゃなく、他の視聴者からの疑問にも気付けるから、商品に対する納得感が圧倒的に高まるんです。
大里:言うなれば、対面の「個別接客」ではなく、「集団接客」ですね。1人の販売員が同時にたくさんのお客さまに接客しているような感じがします。
逸見:そうそう(笑)。動画を通じた接客は、1対1の接客にはない良さがある。だからこそ、販売員が自分の言葉で語る動画は、今後もっと評価されると思います。
「動画×店舗」で“接客のアーカイブ”を生かす
大里:最近、店舗のなかに動画コンテンツを設置する動きも増えていますよね。コンビニやショッピングモールのサイネージはもちろんですが、飲食店の外に設置してある看板でも動画が流れています。入店すると卓上に注文タッチパネルがあり、そこでも動画が流れていたりしますよね。
動画を店舗でも活用するのが当たり前になりつつあるなかで、どのように活用するのが効果的なのでしょうか?
大里:たとえばライブ配信のアーカイブを、販売員のいる店舗で流すというのはすごく効果的です。
最近では店舗で働く従業員の方々が作り出すコンテンツ「EGC(Employee Generated Content)」の人気が高まっています。外部からインフルエンサーを起用するのも悪くはないのですが、自社の従業員はやはり商品やサービスに対する知識が豊富ですし、熱量を込めて紹介できるので、視聴者は安心できるんですよね。
そして、そんな従業員の方々が配信した動画が店舗で流れていると「この人が接客してるなら安心だな」と、来店の動機になるんですよ。

動画が接客スタッフへの信頼感を醸成し、顧客が来店する動機になる
大里:私は1人でゆっくり選びたいタイプなので、店舗で店員の方に接客されるのが苦手でして……。お店に足を踏み入れる前についつい、どのような店員さんがいるかを遠目からチェックしてしまいます。ですので、こういった動画を入店前に事前に見ることができたら安心できそうです。これって、商品情報をただ流すだけの店頭サイネージとは違う効果が狙えそうですね。
逸見:違いますね。「人の顔が見える」「声が聞こえる」という安心感を与えられることが大事なんです。このほか、納得感を与えられることもポイントです。たとえば商品として取り扱うカメラの説明をするとき、商品のスペックを読むより、実際に商品のカメラを使って撮影している動画を見せた方が説得力があります。
大里:なるほど。“売り込み”ではなく“安心感”や“納得感”を動画で作るということですね。
動画活用に立ちはだかる“3つの壁”と、その突破法
課題①「時間とコスト」
大里:動画コンテンツの活用に関心がありながらも、実際には活用に踏み出せない企業がよく口にする課題が3つあります。それは「時間とコストがかかる」「炎上が怖い」「効果が見えづらい」。これらについて課題解消につながるようなアドバイスはありますか?
逸見:はい。まず、1つ目の「時間とコスト」ですが、これは「撮影はスマホでOK」という理解が広まれば解決します。
大里:先ほどの「お客さまに伝える等身大のコンテンツはiPhoneで十分」で紹介いただいた内容ですね。
逸見:はい。現場主導で回す仕組みにすれば、負担も最小限です。
課題②「炎上リスク」
大里:2つ目、「炎上リスク」はどうでしょう。
逸見:これも誤解が多いですが、個人のSNSと違って動画は社内チェックを通してから出すものなので、レギュレーションさえあれば大丈夫。炎上リスクを過剰に恐れる必要はありません。そもそも、普段の接客で炎上していない販売員なら問題ないはずです(笑)
大里:そうですね。もちろん、従業員のプライベートなアカウントで不適切な動画をアップした場合は炎上リスクはあります。ただ、これは事業者アカウントの動画だから炎上するわけではないですし、個人のSNSの違いを改めて整理すれば良さそうですね。
課題③「効果の見えづらさ」
大里:3つ目の「効果の見えづらさ」についてはいかがでしょうか?
逸見:視聴回数、チャット数、CTR、CVRなどをトラッキングすれば、店舗での接客以上に成果を可視化できます。動画はむしろ“数値化しやすい接客”なんです。昔に比べてオフラインでも取得できるデータは増えましたが、どうしてもリアル接客は数値化しにくいのです。なので、動画で接客を数値化できるのはとても素晴らしいことだと思うんですよね。
大里:もちろん使ってるツールやプラットフォームによって取得できるデータの粒度・量は異なりますが、現場スタッフが頑張って収録した動画にどれだけ反響があったのかデータで見れるのは改善につながりますし、スタッフのモチベーションにもつながっていきますね。
2025年は「動画元年」。使い方が企業価値を分ける時代
大里:最後に、2025年以降の展望として、ECや店舗において動画活用はどう進化していくと考えますか?
逸見:これからは「動画をどう撮るか」ではなく、「どう使うか」が問われる時代になっていくと思っています。AIとの連携やパーソナライズの強化が進めば、動画は“人に代わる接客”に近づいていきます。
大里:本質は、動画を「メディア」ではなく「接客手段」として再定義することなのですね。
逸見:そうです。そして、ここに早く気づいた企業が、EC市場における次の戦争で勝つと思いますよ。
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次回は、実際にこうした“等身大の動画活用”を導入し、ECでも店舗でも成果をあげている企業の取り組みに迫っていきます。「動画コンテンツの運用で成果が出せない」といった悩みを持つ企業への実践的なヒントをお届けします。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
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