大丸松坂屋百貨店のショールーミングスペース「明日見世(あすみせ)」。2024年9月に“複合型体験ストア”にリニューアルして大丸東京店4階から9階へ移設、面積は約4倍に拡大した。カフェや一部商品が購入できるショップコーナーを新設している。「売らない店」の体験価値をどのように高めようとしているのか。明日見世 マネージャーの大貫哲也氏に取材した。
オープンから3年超、「売らない」ことで見えた価値と難しさ
商品を見て、触って、体験することを目的とした「ショールーミングストア」。その先駆けと言われる米国発の「b8ta(ベータ)」が日本に上陸したのが2020年8月。それ以降、複数の百貨店などが同様のコンセプトの店舗を展開している。
大丸松坂屋百貨店の「明日見世」は2021年10月から運営しており、これまでに200以上のブランドが出品。テーマに沿って独自視点で選定したユニークな商品が並び、12週間ごとに商品が入れ替わる。オープンから3年以上が経過し、どのような価値が確立できているのか。
2024年9月にリニューアルした「明日見世」。商品1つひとつを“しっかり”見せるレイアウトだ
ショールーミングサービス最大の価値は、ブランドや商品が持つ魅力をお客さまに届けやすいことです。売ることを前提としておらず、お客さまに「買わなきゃいけない」というプレッシャーを与えにくいため、こちらの話に耳を傾けてもらいやすいと感じます。スタッフにも販売目標を設けておらず、お互いに話しやすい状況を作っています。(本社 経営戦略本部 DX推進部 デジタル事業開発担当 明日見世 マネージャー 大貫哲也氏)
そうした良さが明確になる一方で、課題も見えてきた。
丁寧な接客ゆえに、お客さまの購入意欲が高まりやすいのですが、「今すぐ買いたい」という方に店頭で商品を販売できないのはもどかしくもありました。オンラインでの購入を促すのですが、「その行動が面倒」「個人情報を入力したくない」などの理由で購入につながりにくいケースがあります。(大貫氏)
「購入意欲が高まれば、自然とオンラインに誘導できる」と考えるブランド担当者もいるが、実際は複数のハードルが存在する。ブランド側にこうした実売への期待が高い場合、応えるのが難しいことがあったという。
日本屈指の産業用切削技術を持つ今橋製作所の純チタンプロジェクト「hikiZAN(ヒキザン)」の商品。専門技術を生かしたブランドは、「明日見世」との相性が良いという
運営を通じて、相性の良いブランドもわかってきている。
一つは、専門技術に長けた企業のブランドです。事業特性ゆえ普段はBtoBで事業を展開することが多く、小売りのマーケティング領域は専門外というケースがあるので、大丸松坂屋百貨店がそこを補完することで良い反響につながりやすいですね。
また、オンラインでの認知を一定獲得できていて、リアルでのタッチポイントの創出を目的に出品されるブランドからも好評の傾向があります。(大貫氏)
商品の価値を丁寧に伝える「アンバサダー」への期待
「明日見世」は、各ブランドに対して「プロモーション」を提供価値としているが、出品における目的やKPIは各ブランド側が設定しているという。ブランド側は、どのような期待を持って出品しているのだろうか。
「明日見世」では、アンバサダーと呼ばれるスタッフが1つひとつのブランドの特徴や訴求ポイントを十分にインプットして、自身の言葉でお客さまに伝えることを大事にしています。百貨店ならではの高い接客スキルは出品者さまに最も期待され、評価をいただいている点と言えます。(大貫氏)
取材に対応してくれた大丸松坂屋百貨店 明日見世 マネージャーの大貫哲也氏。アンバサダーの接客は、「安心して任せられる」と高く評価されているという
「明日見世」では、ブランドをキュレーションする際の考え方として、「Social good(ソーシャルグッド):サステナブル、地域貢献など」「Essential beauty(エッセンシャルビューティー):プロダクトの ストーリーや美しさ・機能美など」「Breaking stereotypes(ブレーキングステレオタイプ):固定観念から脱却できるような商品背景など」の3点を掲げている。その上で、毎回テーマに沿って出品ブランドを選定。2024年9月~2月までは「贈る」をテーマに商品を展開している。
思わず立ち止まって、じっくり見たくなるものばかり。「まだ知らないブランド」に多く出会えそうだ
各ブランドの棚にはAIカメラが設定されており、性別や年代、売り場への滞在時間を取得している
実際に店を訪れたところ、コンセプトの新しさからデザインや素材まで細部にこだわりが光る商品ばかり。そうした作り手側のストーリーまでも伝える接客に、足を止めて聞き入る顧客は少なくないという。
アンバサダーは、ブランド価値を伝えると同時に顧客の声も丁寧に拾う。接客から得られた顧客像と顧客からのフィードバックをブランド側に詳細に伝えているためだ。あわせて、売り場に設置しているAIカメラを通して分析した「顧客の性別、年代、売り場への滞在時間」も提供している。
面積を約4倍に拡大し、カフェを併設。リニューアルの狙いとは
そんな「明日見世」は、2024年9月にリニューアルオープン。複合型体験ストアとして再スタートを切った。売り場をそれまでの4階から9階へ移設し、面積は約4倍になった。カフェや約40席を備える休憩スペース、その場で購入できる物販コーナーを新設したほか、インスタレーションの展示やイベント開催も行う。このリニューアルには、どんな狙いがあるのか。
店内はL字型で、ショールーミングスペース、カフェ、休憩スペース、販売スペースを設けている(画像提供:大丸松坂屋百貨店)
テーマに応じたインスタレーション展示も。写真はイラストレーター飯尾あすかさんの作品
リニューアル前は、PoC(検証プロセス)という位置付けでした。ここで得られた知見を生かして価値をより高めることがリニューアルの目的です。カフェを併設したのは、お客さまに買い物を楽しんでいただくコンテンツの拡充という理由に加え、移動距離が増える高層階へ移設しても集客を確保する狙いがあります。フロア全体では、1つひとつのブランドによりスポットライトを当てながら、体験価値を高めることを重視しました。(大貫氏)
面積は約4倍に拡大しているが、店内に置くブランド数は以前と変わらない。その分、各ブランドをリッチに見せることができ、この“広さ”は「明日見世」の特徴の1つと言える。そうした価値や収益性を踏まえ、リニューアルを機に出店料を12週間45万円から90万円に変更したという。通常の展示スペースのほかに、パネルなども展示できる大型のスペースを1つ設けており、ここのみ出品期間が6か月間タームとなる。
目立つ位置に設けられた大型のショールーミングスペース。2025年1月現在は三省製薬の商品や展示が並ぶ
リニューアル後は、以前は表示していたショールーミングスペースでの価格表示をやめた。「価格がノイズになる」と考えたためだ。
価格の表示は、お客さまにとってわかりやすく、アンバサダー視点でも接客がしやすい利点はあります。一方で、価格を見て「話を聞かない」と判断する方もいます。まず商品だけを見て話を聞いた上で、価格を知って商品を評価していただけたらと思いました。(大貫氏)
「体験」を強化して、独自価値を高めたい
現在、リニューアルから約3か月が経過し、徐々に反響が得られているという。
以前からの大きな変化としては、客層の幅が広がったこと。以前は婦人服売り場のある4階だったので主に40~60歳代の女性層がメインでした。現在も女性のお客さまが多いのですが、お子さま連れや男性、外国人の方など以前より幅広い層の方が来店しています。
また、販売はオプションとして希望があるブランドの商品のみを置いているのですが、想像以上に売れ行きが良いです。現在は大半の商品が購入できます。(大貫氏)
利用者の目的としては、「ギフト需要」がかなり多いとのこと。東京駅に隣接している立地柄、出張や旅行がてら立ち寄って手土産などを購入していく人が多いそうだ。
「行きたいお店」として「明日見世」の情報をストックしておき、東京駅を訪れたタイミングで来店する人も少なくないという
商品単価が幅広いため、予算に応じたセンスの良い手土産やギフトが見つかりそうだ
最後に、「明日見世」の展望をたずねた。
積み重ねてきたサービスのベースを整えながら、今後は「体験」の軸を強化して、エンタメ性を高めていきたいと考えています。面積が広がりイベントなどを行えるスペースを確保できているため、リアルの体験コンテンツの拡充を見込んでいます。(大貫氏)
すでに、化粧品ブランド「三省製薬」の新商品発表会などを開催した実績もあり、作り手の声を消費者に直接届けると共に、実際に商品を体験できる場として好評を得たという。
一般的なショールーミングストアの枠を超えて、独自路線に進化している「明日見世」。体験を強化することで「売らない店」の価値がどう高まるのか、気になるところだ。
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オリジナル記事:大丸松坂屋のショールーミングスペース「明日見世」が複合型体験ストアに進化。「売らない価値」をどう届けるのか
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