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10回に1回当たればいい!? 市場調査をしないキングジムがヒット商品を連発し続ける理由【事例研究】

実は数多くのニッチ商品も送り出している「キングジム」。しかし事前の消費者調査や市場調査は行っていないという。どうやって需要を掘り起こしているのか、亀田常務取締役に聞いた。

オフィスのファイルの代名詞とも言える「キングファイル」で有名な文房具・事務用品メーカーの「キングジム」は、数多くのニッチな商品を送り出していることでも知られています。2011年の東日本大震災から3年後、災害時のオフィス待機を想定した常備用の寝袋「着る布団&エアーマット」を販売。最近では、観光施設等の窓口での使用を想定した2台1組の対話型翻訳機「ワールドスピーク」を開発して話題となりました。

話題の商品を次々世に送り出すキングジムですが、実は事前の消費者調査や市場調査はほぼ行っていないことでも知られています。なぜマーケティングを行わずに新商品を出し続けることができるのでしょうか。また、どのようにしてニッチな商品の需要を掘り起こしているのでしょうか。株式会社キングジム常務取締役開発本部長の亀田登信さんにお話を伺いました。

(取材・文・撮影 Marketing Native編集部・岩崎 多)

    

35年前に言われ始めたペーパーレスがすべての始まり

 

――亀田さんは開発本部長をされているとのことですが、どのような仕事内容ですか?

キングジムブランドの新製品開発の指揮を執っています。キングジムの商品は社長以下の役員が出席する開発会議で承認される必要があります。その会議にどの商品を上申するかを決定したり、商品化が決まった際の細かい仕様の取り決めの作り込みを考えたりする部門の責任者です。

――キングジムといえば、ニッチ商品を連発しているイメージがあるのですが、創業当初から今のような方針だったのでしょうか?

初めは文具・オフィス用品メーカーというよりも、「カタログを開けばファイルばかり」のファイルに特化したメーカーでした。

それが、1985~86年ごろに大きく変わりました。この頃、OA(オフィスオートメーション)化が進み、「いずれ仕事はコンピュータに取って代わるため人が要らなくなる」と、今まさに指摘されていることが、この頃からささやかれていたわけです。コンピュータが普及するとペーパーレスになり、ファイルに綴じる紙がなくなるおそれがあります。そうなるとファイル専業メーカーでは先々立ち行かなくなるだろうということで、開発されたのがラベルライターの「テプラ」です。

▲(右)1988年発売の「テプラ」初代モデルTR55、(左)2019年発売の新商品「テプラ」PRO SR-R680。

「テプラ」が開発されたのは、ファイルに関する意外なニーズを発掘したのがきっかけです。当時、弊社ではファイルを売ると同時にファイリングのコンサルティングサービスも行っていました。コンサルティングしている中で意外と多かったのが、ファイルの「1985年度」「1986年度」など背見出しのタイトルを活字できれいに揃えたいという依頼です。その頃、普通のオフィスにプリンタは普及していなかったので、タイトルは手書きすることが一般的でしたが、ファイルの背見出しをきれいに作成したいというニーズがあることに気付きました。そこで、印刷したラベルを背見出しに貼る、という「テプラ」のアイデアが誕生したのです。

「テプラ」開発時、私は担当者でしたが、「これはファイルだけでなく、いろいろな物に貼って使えるので、物の整理全般に使われるのでは」と思いました。結局、1988年に発売した「テプラ」は、その後累計1000万台を突破するほどの大ヒット商品となりました。

この電子文具第1号というべき「テプラ」が非常に売れたので、以降、電子文具を作り続けることになります。ハンコを作ることができる「たいこバン」、写真を専用の感熱紙にモノクロプリントできるデジカメ「ダ・ビンチ」、書類のラミネートが手軽にできる「ピタ!ゴラス」など多くの商品を出してきました。しかし、最初に発売した「テプラ」が累計1000万台と桁違いに売れており、これを超える商品はまだ出ていない状況です。

 

▲過去発売されたキングジムの商品。写真左から「たいこバン」「ダ・ビンチ」「ピタ!ゴラス」。

ただし、「テプラ」はニッチ商品というよりは、テープ部分をリボンにしたり、マグネットにしたりと、使用用途を広げていった商品です。

ニッチ商品という点で弊社のターニングポイントとなったのは2008年発売のデジタルメモ「ポメラ」です。

▲「ポメラ」初代モデルのDM10。

たった1人しか商品化に賛成しなかったヒット商品

――「ポメラ」はどのような経緯で開発・商品化に至ったのですか?

「ポメラ」は開発担当者個人の強いニーズがきっかけで誕生した商品です。

ビジネスパーソンがノートPCを普通に使うようになったのが、今からおよそ10年前のことです。しかし、その当時は持ち歩いて作業するには性能が追い付いていませんでした。起動が遅かったり、バッテリーの持ちが悪かったりして、サイズも今より大きく重い物が多くあったのです。

ある日、「ポメラ」の開発担当者が帰社時に打ち合わせのメモを電車でまとめようとしたところ、ノートPCが起動して書ける状態になるまでに2駅も過ぎていた、という経験をしたそうです。「俺はメモしたいだけなのに」と、彼には非常に強い不満が残りました。それで、起動が速くて軽く、バッテリーも長持ちして、テキストデータのメモを取れる商品が欲しいという強いニーズから「ポメラ」のアイデアが生まれたわけです。

――商品化を決める開発会議では、役員の方々の反応はいかがでしたか?

正直、かなり微妙でしたよ。「ノートPCはネットもできるけれど、これはテキスト入力しかできない」「価格差がないわけではないものの、あと1万円出せば安いノートPCが買えてしまう」「起動は速いかもしれないが、それだけでお客さんは本当に欲しくなるのか」など、反対意見ばかりでした。

ただこのとき一人だけ、当時の社外取締役の方が絶賛したんですね。その方は大学教授で執筆活動もされていましたから、飛行機や新幹線などの移動時間で執筆できるようになるため、「待ち望んでいた商品だ」「自分はお金を出してでも欲しい」と言うわけです。

これがテレビドラマであれば、そのひと言で「なるほどそうか!」とガラッと雰囲気が変わる流れですが、実際は「う~ん、そうなんですか?」「そこまで熱烈に欲しい人がいるのであれば、まあ作ってみようか」という感じでした。

久しぶりの大型新商品だったので記者発表会も行いましたが、会社としてそこまで強い期待感はありませんでした。しかし、蓋を開けたところ、非常に大きい反響があったのです。

今にして思えば、発表会に来ていた記者の方たちは書くことが本職ですから、「確かにこの小ささで、電池駆動なら使いやすい」と「ポメラ」の良さに気付きやすいわけです。定評のある日本語入力システムの「ATOK」を搭載したり、キーボードはノートPCに近づけるためキーピッチ(キー同士の間隔)を広く取って打ちやすくしたりなど、細かいところまで作り込んでいたことも好印象となり、結果的にメディアに大きく取り上げられました。

メディアのおかげでネットの掲示板でも、「聞いたことのないメーカーが変な物を出したぞ」と大きな反響があり、ポメラの第1弾は大当たりしました。

ただ、予想外に当たったため、マスに受け入れられる商品だと勘違いしてしまったんですね。だから、価格を安く抑えたバージョンを発売したり、テレビCMを出稿したりしました。もちろん売り上げに拍車はかかりましたが、半面、「ネットにもつながらないし、書くことしかできなくて3万円もするのはどういうことだ」という声も届くようになってしまいました。商品の特性をわかっていない方まで買う事態になってしまったのです。

我々は「ポメラ」に対して、一般的なビジネスパーソンが議事録やラフなメモを書き、清書は会社のPCで仕上げるという用途を想定していました。しかし、実際愛用していた人の多くはライターや作家の方、ガジェット好きな方たちでした。そこで、「これは大衆向け商品ではない」と気付いたのです。以降はターゲットを絞ってスペックを上げる形で進化させています。今にして思えばこれが、弊社が世間一般的なニッチ商品を目指すようになったきっかけでした。

▲(左)「ポメラ」DM200、(右)「ポメラ」DM30

市場調査をしない3つの理由

――キングジムさんは商品路線も独特ですが、各所で「あまりマーケティングをしない」ということを公言されています。商品の開発や販売はどのように行っているのですか?

これに関しては、多少デフォルメされている部分があります(笑)。もちろん、売り場で今売れている商品の調査や、商品の陳列方法、コピーなどの販促は真剣に考えています。

ただ商品を出す前の「アイデアの種」と言うべき段階で、想定するターゲット層を呼んで実施するヒアリングや、商品が受け入れられるか否かの受容性調査などは行っていません。商品開発前に大まかな市場調査をしない理由は主に3つあります。

1つ目は、開発段階での我々の「良い」「悪い」という判断は、最終的には参考にならないということです。会議で「売れないかも」と思っていた商品が売れたわけですから。他にもたくさん商品を出しましたが、「これは売れるぞ」と思った商品が案の定売れたり、逆に売れなかったりということが目の前でいくつも起こりました。「商品に対する我々の感覚はお客さんとは違う」ということを、身をもって実感したのです。

2つ目は、ターゲット層とするお客さんが「調査段階で商品の出来上がりを想像するのは難しい」ということです。弊社は主に新しい概念の商品を手掛けていますから、実際に商品、もしくはそれに近い形でないと、お客さんに特徴がわかりにくい場合があります。

それに、お客さんが実際に商品を「買う」か「買わない」かは本気の判断じゃないですか。でも、商品を見せて「こういう機能のある商品を作ろうと思いますが、必要な機能は何だと思いますか?上から5つ挙げてください」みたいにアンケートを取っても、その答えが本気の判断かどうかはわかりませんよね。「お金を払う」という一番高いハードルを越えた回答か、完成した現物を見てもらった上での回答でないと本当に参考になる意見にはならないと思います。

そして、最後の3つ目は弊社の場合、外部の調査会社を使って調査する費用と時間があれば、商品が作れてしまうということです。商品を素材から作っているわけではないので、物を作るフットワークが軽く、市場調査を行うよりも実際に商品として出すほうが速いのですね。とりあえず商品を出してみて、そこで初めて市場調査をしているという感じです。そして商品が当たったら、市場の反応を見て方向を修正していく。「ポメラ」の場合、2号機や3号機などはトライアンドエラーを繰り返して改良し、発売していました。

――実際に「お金を払う」という観点で考えると、クラウドファンディングを利用されていますね。

▲クラウドファンディングを使って商品化した例。(左)離席時に荷物を動かされたら知らせてくれるモニタリングアラーム「トレネ」、(右)多様なリモコンをスマホで操作できるスマートリモコン「エッグ」。

そうですね。弊社ではクラウドファンディングをマーケティング調査的に使っていると言えるかもしれません。事前に大まかに市場調査するわけではなくて、購入する心づもりのある人の声のみを参考にして、そこに合わせて作り込みを行っています。これは最近の新しい動きです。

この仕組みは、商品をある程度、現物に近い状態まで作り込んだ上で、なおかつ「この商品を作るので資金を提供してください」とお願いしています。支援してくれる方たちは「出たら買うかも」と、ただ手を挙げるのではなく、先に「お金を払う」という最も高いハードルを越えてきているわけです。そのため、どういう機能、カラーリングが欲しいかなどを聞いて参考にしています。

――社内の開発会議で落ちたにもかかわらず、クラウドファンディングで資金を集めて、最終的に商品化にこぎつけた商品(気づかせメモ「カクミル」)まで出てきています。

▲気づかせメモ「カクミル」。紙にペンで書くのと変わらないスムーズな書き心地を実現した電子文具で、メモやTODOにアラーム設定ができる。電子ペーパーディスプレイ採用により、高コントラスト・広視野角で常時表示が可能。

これもさらに新たな商品化の手法ができたという感じです。たとえ開発担当者が、会社や役員から会議で反対されたとしても、「いやいや、ユーザーの声は違いますよ」と、違った方面からの同意を得ることで商品化にこぎつけられるわけです。もちろん、一定の根拠は必要ですから、このくらいの人数・金額を超えたら商品化OKというラインを設定しています。

開発会議は役員が責任を負うために行う

――「カクミル」の話も「ポメラ」開発時の話に通じると言いますか、根底には「最終的には何が売れるかわからない」「そこまで言うならやってみよう」の精神があるように思います。「ポメラ」以降で開発体制は変わったのですか?

「ポメラ」以降で変わったことと言えば、ビジネス用途ではあるものの、会社で共用されるのではなくあくまで個人用という商品を積極的に出すようになりました。弊社の「やってみなければわからない」というスタイルが徐々に先鋭化していったと思います。

こうした商品を作るためには、社員のアイデアを止めない仕組みが重要です。

売れなかったとしても、「売れなかったじゃないか」と担当者を責めるような体制では、良いアイデアは出てきません。実際に商品化するかしないかは開発会議で決めますが、この会議にはもう一つの側面があって、「社長含め役員みんなが責任を負う」ためでもあります。つまり、「売れなくても開発担当者を責めない」ということです。

社長の宮本(彰・株式会社キングジム代表取締役社長)はよく「10回に1回当たればいい」と言っているのですが、弊社は投資額が少ない分、1/10の割合で商品が当たりさえすれば、投資分は十分回収できます。売れなかった物を気にするよりは、次の売れる物を作るほうに切り替えます。さらに宮本は「たとえ失敗しても、会社に悪い評判は立たない。売れなかったのだから誰も知らない」とも言っています(笑)。前宣伝を大量に行った上で売れなかった場合や、会社が潰れるほどの損害が出るとなれば大変でしょうが、そこまで投資をしているわけではありませんから。

――失敗をそこまでマイナスに捉えない上に、責任も問わないという方針は、なかなか他社が真似しにくいですね。

開発に時間や費用がかかる会社では難しいでしょうね。弊社の場合、ファイルに関しては自社工場がありますが、電子文具などは工場を持つ他のメーカーと協業で作ります。効率が良い上に開発費用を抑えられて、期間も少なくできますから。これが素材開発から行うような会社や、開発に5~10年かかるような会社ではそんなジャッジはできないでしょうから、弊社ならではの特徴ですね。

結果的に売れなかった商品の開発担当者を責めたりはしませんが、商品を作り込んでいる最中はもちろん「絶対当てろ!」と言っていますよ(笑)。これが結構大事で、「はずれてもいいからいい加減にやれ」の姿勢では10個に1個も当たりません。全部「当てる」と思って打席に立たなければいけませんし、そのつもりで商品は作り込むべきです。

商品化のカギは「シーンを想像できるか」

――開発のトップとして、商品化できる物とできない物ではどこに差があると思いますか?

私が商品化の際に最も重要視しているのは、具体的なニーズや数値よりも「どのようなシーンを思い描いているか」というところですね。

「ポメラ」も、プレゼン時の資料には「ノートPCの出荷台数」とかいろいろ書いてありましたが、比較対象の1つのデータに過ぎません。それよりも「メモを取りたいのに、今のノートPCでは困る」というシーンの説明がメインでした。

「あなたたちは困っていませんか」と問いかけられて、自分たちがターゲット層でなくても、困るシーンが思い浮かんだり、納得できたりする商品は長く売れている傾向にあります。

例えば「KITTA」というマスキングテープを発売しているのですが、主に女性向けの文具なので、具体的な使用シーンが思い浮かびにくい私のような男性にも理解しやすいよう、開発者が理詰めで説明してくれました。

▲かさばりやすいマスキングテープやシールを小さく持ち運びやすくした「KITTA」。

マスキングテープはちぎって手帳に貼って使うことが多いのですが、持ち運びが難しい。ただ、切る長さは大体決まっているそうなんですね。そこで、「KITTA」はあらかじめ使用しやすいサイズに切られたマスキングテープを名刺大の台紙に複数貼り付けています。従来のマスキングテープと異なり、厚みも薄いので手帳と一緒に持ち運びやすいのも特徴です。

また、開発担当者も商品ユーザーであるというのは、弊社の特徴の1つかもしれません。

自分たちでもインスタグラムの公式アカウント(@hitotoki_official)で使い方などの情報発信をしています。もちろん、自分たち以外のユーザーの情報も積極的に見つけていて、こういう使い方があるとか、収納に缶やファイルを買っているのでこういう商品出しましょうと提案してくれます。

▲「KITTA」を収納するファイルや缶ケース。(左)「KITTA CAN」、(右)「KITTA FILE」。

「会議で落ちても試作品さえ作れればいい」

――マーケティングでは近年、ペルソナを仮定するのではなく、「実在する顧客がどのような動機で商品購入にいたったか」を細かく追う「N1分析」という手法が注目を浴びています。キングジムの場合、開発者自身がこのN1に近いという話でもあるのかなと感じました。

近いかもしれませんね。「ポメラ」は開発担当者が強く求めていた商品でしたし、「自分は試作品を作ることさえできれば、たとえ開発会議で落ちたとしても仕方ないです。その分、試作品を使い続けます」と本人が言うほどでした。

――それはある意味、究極の顧客視点かもしれませんね。

デジタル文具を開発する部署の開発者が担当した「オレッタ」という商品の開発担当者も「ポメラ」と同様に「試作品さえ使えればいい」と言っていました。やはり、この商品も売れています。A4の紙を三つ折りで上着のポケットやカバンに入れて持ち運べるし、見たいときはパッと開いてすぐ閲覧できるという商品です。

▲A4の書類を三つ折りにして小さく持ち運べる「オレッタ」。

ただ、「オレッタ」はキングジムの悪いところが少し出かけたケースでもあります。というのも、キングジムはファイルのメーカーなので、紙を収納する商品はこれまでも多く作っていて知見が蓄積されています。そのため、ファイルを作っているチームも営業も、「オレッタ」の商品価格の500円(税抜)が高すぎると言ったのです。

開発担当者はデジタル部署の社員だったので、その相場感覚がありませんでした。使用シーンのことを考えたら、その商品がどういう素材で作られているかは本質的に関係ありません。開発担当者が「この商品で得られる『A4の紙をコンパクトに持ち運ぶ』というベネフィットに対して500円くらいの値段は出せるのではないか」と主張して、なんとか商品化されました。

一見ファイルやクリアホルダーの延長線上にある商品に見えても、その常識にとらわれることなく、使用シーンとベネフィットをもとに商品化を判断できたから結果的に売れたのだと思います。

買い物リストの10位は狙わない

――これまで数多くの商品を生み出してきた中で、失敗した商品に傾向はありましたか?

これはもう次の2点に集約されます。「商品の作り込みが弱かった」「市場が小さすぎた」のいずれかです。逆に言うと、両方とも解消できていたら当然売れるでしょう。このうち、作り込みに関しては努力していくしかないのですが、市場に関しては弊社の場合は事前に把握するのは難しいですね。

顕在化した市場であれば市場調査である程度想定できるかもしれませんが、弊社の商品は潜在化した新しい市場がメインなので、どうしても開発者の独自調査から始まることが多くなります。営業に届いた売り場や流通の声から発想する場合もありますが、開発担当者の個人的な悩みから発展して「こういう市場がきっとあるはず」と力説する場合もあります。

――宮本社長は過去に「多くの人の買い物リストの10位となる商品ではなく、一部の層でいいから、その人たちの2~3位となる商品を目指す」という主旨の発言をされています。ここにもニッチな商品を目指す理由があると思うのですが、これはどういう意味でしょうか?

「特定の人たちだけでいいから、彼らが熱狂的に欲しがる物を目指したほうが良い」という意味です。

お金は無限にあるわけではありません。あとから欲しい商品が出てきたら、買う順番が10位の商品の下に来るかというと、そうではなく、いきなり優先順位が1位に格上げされることもよくあります。そうなると、10位あたりの商品はいつまで経っても購入されないという現象が起きるのです。

弊社の場合、扱っている商品が比較的生活に身近な物で、5000円くらいで買える物が多いんですね。そうするとその商品のコンペティター(競合相手)は何なのかを調べていくと、他社のライバル商品ではなくて、まったく違うジャンルである、履きやすいスニーカーかもしれない。つまり、5000円くらいで自分の気持ちが高揚する「何か」が競合であり、その「何か」は常に変化しているわけです。

その状況下で商品を売るには、ターゲットを絞ることが重要です。ターゲットから外れる人っていくら商品を作り込んだとしても使わないんですよ。ターゲットの人たちが満足しないと誰も買いません。だからターゲットの人たちが「おっ!」と思って振り返ったときに「良い!」と言ってもらえるように作り込めば、少なくともその人たちは取り込めるでしょう。

SNS運用もトライアンドエラー

――話は変わりますが、キングジムさんはTwitterのアカウント(@kingjim)も非常に人気です。今となっては企業のSNSアカウントによるコミュニケーションのお手本となっている面もありますが、人気の秘訣はどこにありますか?


▲最近のツイートより。台風による交通機関の運行情報がわかるアカウントリストを提供していた。

 


▲漬物に「テプラ」を貼るという想像の斜め上を行くつぶやき。

おかげさまで来年の2月でアカウントを開設してから10周年を迎えます。フォロワーも30万人くらいいるので影響力の大きいアカウントになっています。

もちろん最初から現在のスタイルだったわけではありません。初めは商品紹介をメインに行っていましたが、そればかりだと宣伝臭がしてしまいますし、雑談など製品と関係のない話が多くなりすぎてもフォロワーさんにとってあまり有益ではありません。この辺のバランスの取り方は、トライアンドエラーを繰り返しながら、だんだんとフォロワーさんとやり取りしやすい距離感がつかめてきたことで可能になったことです。

今では、仲の良い企業アカウントの方もいたり、コラボレーションの話も来たりしますが、基本的には担当者に任せています。担当者本人たちの性格やタイプに合っていることが一番良いと思いますので。企業アカウントと言うよりは、「中の人」の人間らしさが出ているところが人気の理由かもしれません。

――本日はありがとうございました。

 

株式会社キングジム

発明家として活動した宮本英太郎が1927年に創業した「名鑑堂」を前身とする文具・事務用品メーカー。主力商品の「キングファイル」は累計5億冊を販売しており、ファイル・バインダー業界で初のグッドデザイン賞を受賞。創業者の口癖「人と同じ事をしたら楽しみがない」は、現在の経営理念「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」にも受け継がれており、ユニークでニッチな商品を世に送り出し続けている。
創業:1927年4月
本社:東京都千代田区
代表取締役社長:宮本 彰
公式ホームページ https://www.kingjim.co.jp/

「Marketing Native (CINC)」掲載のオリジナル版はこちら10回に1回当たればいい!?市場調査をしないキングジムがヒット商品を連発し続ける理由

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