キンドルのCMにおける“一般の方々”の解釈とは広告的演出
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の359
一般の方々とは嘘か本当か
本当の紙のよう
私も欲しいです、これ
アマゾンの電子書籍リーダー「キンドルペーパーホワイト(以下、キンドル)」のCMに登場するユーザーの声です。新国立美術館の前に設置されたセットで、「一般の方々」がキンドルを利用した感想を述べていきます。
冒頭に「出演:一般の方々」「撮影:隠したカメラ7台」と表示されることから「はじめて利用した人の感想」を紹介する意図なのでしょう。昨年秋から放送されているこのキンドルのCMですが、まれに見る不評です。ネットではその「嫌われ度」が注目され、各種「まとめ」が林立するほどです。
出演者の態度への批判もありますが、「一般の方々」という表記への疑いが不快感を増幅させているようです。端的に言えば「嘘」ではないかと嫌われています。しかし、これは「広告」の演出としてよくある手法で、Web担当者の「実務」においては役立つヒントがいくつもあります。
演出付きホームページの是非
ネット上で情報を提供するホームページとは「広告」的な性格が強く、帳簿上も「宣伝広告費」で処理している会社は多いことでしょう。ところが、中小企業の現実を見れば、創業以来一度も「広告」を実施したことがない会社が沢山あります。彼らには「広告」という概念が存在せず、よく言えば「正直」な情報だけをホームページに掲載します。しかし、それだけで訪問者の興味を引くのは困難です。
もちろん、「愚直が社是だ」というのなら、それでも構わないのですが、サイトからの反響が少ないというのなら、広告的「演出」の欠落を疑ってみるべきでしょう。そこで、キンドルのCMにおける「演出」からヒントを探っていきます。
検証! 7台のカメラ
まず、冒頭に表示される「隠したカメラ7台」について検証します。冒頭でも紹介した約30秒の映像を追い掛けてみると、13秒の時点ですでに10カットありました。そのすべてが「違う角度、別の距離」から撮影されています。
最終的には16カットあり、仮にカメラを遠隔操作でズームとアングルを切り替えていたとしも、7台のカメラでは再現は不可能……とはいえません。7台のカメラと示すことが、そもそも「演出」なのです。なぜなら、隠しカメラが固定されているのかについては触れていません。
つまり、カメラの位置を変更することで、7台でも多様なアングルで撮影ができるということ。さらに穿った見方をすれば、「隠していないカメラ」の有無についてCMでは触れていません。これは、先に条件を提示することで、視聴者が「固定カメラ」と思い込む「先入観の罠」に陥れる「演出」です。この演出が意図を持ってなされているのは、次の検証結果からも明らかです。
思い込ませるための演出
上図でも記しましたが、CM開始から13秒まで、2つに並んだソファーは、向かって左がアイボリー、右がオレンジです。ところがオーバーアクション気味に「内容に入り込んじゃって」という女性が登場するシーンでは、ソファーの左右が逆転して向かって右がアイボリーとなります。さらに、黒髪を1つに束ねた眼鏡の女性が座るのは、複数人掛けの「ロングソファー」と形まで変化しています。そして背景の棚にあるオブジェも変わっています。
つまり「セットチェンジ」しているのです。セットが変われば“隠したカメラ”の位置が変わることも不思議ではありません。それに触れないのは「偶然通りかかった一般の方々」と思い込ませるための「演出」です。ずるいと思うでしょうか? しかし、広告においては、
本当の全部を語る必要はない
のです。それはドキュメンタリーや報道の仕事だと、広告業界の人間は理論武装しています。
地域選択から始まっている
そもそも「一般の方々」とは何を持って定義されるのでしょうか。2014年4月22日の読売新聞、番組欄(首都圏版)では「依頼した人ではなく、これは率直な意見ですよと、あえて主張しているわけだ
」とこのCMを解説しています。
これを頼りにするなら、オファーを受けているCMタレントではないという意味に限定され、出演者がタレントやモデル、なにより「関係者」であっても一般と解釈できるということです。広告的「演出」ではよくあることです。
キンドルのCMにおいて、実務的に最も参考になる「演出」は「新国立美術館」の前で撮影している点です。
かつて「六本木ヒルズ族」が闊歩したように、新国立美術館のある六本木周辺はIT企業が多く、さらにテレビ朝日、TBSと在京キー局に挟まれており、芸能関係者がウロチョロしているエリア。すると「偶然」にしろ、テレビ慣れしている人、電子書籍に好意的な一般の方々が通りかかる確率は高く、同じ繁華街や美術館前でも、東京都足立区や、大阪府の西成では違ったリアクションをとる「一般の方々」となることでしょう。自らに有利となるコメントを引き出しやすい「地域」の選定という「演出」です。
多くを“語らない”のも演出
最後に、そもそも論的な「演出」を指摘しておきます。
果たして何人の「一般の方々」を撮影したのか
ということです。
「出演者は一般の方々」「隠したカメラは7台」だとしても、CMでは撮影時間や日数はどれほどで、キンドルを体験したのは何人だったのかには一切触れていません。広告ですべてを語る必要がないことは、すでに指摘した通り。広告は統計学に基づいた調査レポートではなく、
都合の良い結果
だけをつなぎ合わせることも「演出」と呼びます。
さらにキンドルのCMが「教訓的」であるのは、「演出」も過ぎれば逆効果になるということ。ネットでの不評の数々が雄弁と語っています。
私は企業ホームページに「演出」は不可欠と考えます。キンドルのCMに散見する「演出」などは、むしろ「基本」に属するので、コンテンツを作成する際にたびたび利用します。ただし、都合の良い結果に操作しようと数字や感想をすり替えることは、演出ではなく嘘になります。得てしてそうした情報は見破られるものです。演出の際には、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という言葉を噛みしめながら。
今回のポイント
広告的演出はサイトに役立つ
ただし、やり過ぎは不信感を招くので注意
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