楽天カードと春のパン祭り。短い文章にするためのブラックテキスト芸
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の295
結論はでている
Twitterが登場したとき、短文原理主義者が沸き立ちました。短文で意思の疎通ができる、短文こそ正義だといわんばかりに。新しいネットサービスに見かけるいつもの熱病で、ネット通販業者の商品紹介ページがすべてTwitterに置き換わっていないことからも、短文にすべてが置き換わらないのは明らかです。
文章は短い方が良い。これは結論です。カエサルの「来た、見た、勝った」は究極としても、ウェブが誕生する前から長すぎる文章に「冗長」という表現があるようにです。
今回のテーマは、以前に紹介した売れないモノでも売る「ブラックテキスト芸」から、短い文章術について。ただし、説明不足が誤解を生むこともあれば、冗長が情緒を生み出すこともあるでしょう。ましてや、原理主義者のように短文以外を認めないというのは論外です。
文章の好みと多数派
修辞を尽くすことで理解が深まることを否定しません。しかし、多くの現代人は忙しく、ネットで情報を得ようとする人たちの多くは、できるだけ短時間で目的を達成したいと願っています。
2008年の新書大賞に輝いた『生物と無生物のあいだ』は、無機物と有機物の違いを並べ、生命とは何かという根源的なテーマに挑んでいます。生物学者の福岡伸一さんによる書で、絶賛する声は多方面からあがり、IT業界からは梅田望夫さんも激賞していました。特に科学書でありながら、文学的表現が高いと評されたものです。しかし、私には冗長すぎました。修辞の過ぎる文章のくどさに途中で挫折した本は、初めてで、それ以降、2013年の現在までありません。
もちろん好みですから、ここで引用はしません。しかし、修辞が過ぎれば本文への興味を損なうのは「ホームページ(コンテンツ)文学」に通じます。だから「短く」する努力は必要で、短時間で視聴者に理解させる宿命を背負った「テレビCM」に通じます。彼らの代表的な手法が「すり替え」。テレビCMとは「すり替え」の参考書です。
一見で伝わるか
医薬品メーカーのファイザーが昨年暮れから放送しているテレビCM「2万円で禁煙」編では、小西真奈美さん扮する医師が、タバコを1日2箱、1か月吸う程度の金額で禁煙治療が受けられると説明します。タイトルにあるように、月額2万円で禁煙ができることを、1日2箱の煙草代と重ねているのですが、ここには2つのすり替えがあります。
まず、2万円を30日で割ると666円です。1日2箱ですから煙草の単価は333円です。JTの一般的な20本入り一箱の煙草価格は400円以上です。低価格の旧3級品もありますが、これらは250円前後で、CMで指摘する数字にはなりません。一般的な400円の煙草と旧三級品の250円を、それぞれ吸うなら666円に近づきますが、嗜好性の高い煙草で2つの銘柄を交互に吸う人など超レアケースです。
厳密性は不要
ものの例えだから正確である必要はない……という開き直りが、ブラックテキスト芸としての「すり替え」です。つまり学術的正確性はおろか、根拠とする数字が曖昧でも「雰囲気」が伝わればOKというものです。キャッチーなフレーズ、意識しやすい数字を示すことで、細かな説明を意図的に大胆に省いて「短文化」するのです。もっと平易な言葉で表現すれば、
2万円の商品を売りたいために後付けで理由を並べる
ということ。この手法は本サイトで大人気の衣袋教授が警鐘を鳴らす「根拠のないデータ」に属するものですのですから、本稿のことは教授にご内密に願います。
ただし「すり替え」は「ひとつ」に留めるのがベスト。増やした分だけ、読者が違和感を覚える確率が高まるからです。先に指摘したように、このCMには2つ目のすり替えがあります。「1日2箱」と自然に語りますが、JTが2011年に発表した数字では、毎日喫煙する男性の平均が19.8本(約1箱)、先の売価400円で計算すると1万1,800円。つまり2万円に揃えるために、前提条件となる1日当たりの喫煙本数(箱数)も、結論に都合の良い数値に「すり替え」ているのです。
いまどき1日2箱はかなりのヘビースモーカー。そこに違和感を覚え電卓を叩き気がつきます。ちなみに筆者は時代に逆らうスモーカーです。
なお本稿入稿翌日からCMが変わりました。「1箱400円の煙草を1日2箱吸って25日間と同じ」と微調整。たぶん、その不自然さに批判があったのでしょう。これで「すり替え」はひとつ。まあ広告屋としては妥当なところでしょうか。
それは春の風物詩
余計なお世話ですが、同じ2万円なら、新しいスーツ、革靴、スマホなど、別のものと「すり替え」たほうが自然でしょう。喫煙者にとってスーツと煙草は比較対象ではなく、金額のみを分母とした話のすり替えに過ぎないのですが、財布を握る妻の立場に視点を変えれば「どっちも(無駄な)出費」とゴリ押しできるからです。
CMネタの場合、全国一律に放送されているのかが不安ですが、最近は各企業がコーポレートサイトなどで公開しているので気にせず進めます。
電子ショッピングモールの雄「楽天市場」の関連会社による「楽天カード」のCMの「すり替え」も飛ばしています。同じく昨年末から流れ始めたのですが、クレジットカードで溜まったポイントを、
お皿に換えていますよね?
と断定。どこのなんの統計をもとにしているのでしょうか。「ヤマザキ春のパンまつり」か何かと勘違いしているのでしょうか。
ブラック芸の目指す荒野
「goo」の2005年2月の調べと、古すぎるデータですが、たまったポイント利用の1位は商品券で、「使っていない」「キャッシュバック」と下り、楽天が指摘する「お皿」とは4位にランクインした「生活雑貨」でしょうか。調査から8年が過ぎ、急激に「お皿」に交換する人が……増えたわけはありません。楽天カードなら「お皿」のようなつまらないものでなく、楽天市場のなかで色んなお買い物ができますよという「すり替え」です。
正当な文章表現でないことから「ブラック」と名付けているわけで、「すり替え」を一般社会では「屁理屈」と呼ぶことでしょう。しかし、コンテンツが目指すのは科学的証明ではなくお客の納得です。だから多少の語弊と罪悪感を飲み込みながら「すり替え」ます。その参考になるのがテレビCMです。その強引な論理展開に、溜息と突っ込みをいれながらも参考にしています。
今回のポイント
短文化のための「すり替え」
だが、やりすぎれば信頼を損なう
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