コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の七十九
道具に罪はあるか
インターネットは道具です。
私のサイトで発行しているメルマガはこの言葉で始まります。発行を始めた4年前はインターネットを打ち出の小槌のように語るヒルズの住民が闊歩し、メルマガでインフォプレナーが年収8桁を豪語していました。振り下ろすだけで願いが叶う「打ち出の小槌」ではなく、使いこなす技術が必要な「道具」という声は少数でした。
アテネから北京。夏の五輪が歴史のページをめくっても、ネットで一攫千金を啓蒙するコンサルタントは多く、インターネットが関係する事件が起きるたびに、ネットは主犯のように扱われます。道具に罪はありません。罪は人が犯すのです。
道具を使いこなすには特性を把握しなければなりません。トンカチは釘を打ちカンナは削ります。電気ノコギリも丸鋸が直線、曲線ならジグソーが適しています。追跡にインターネットはピッタリです。
今回はなぜか「IT業界人」が声を大にしないネットの特性について。
匿名ではない世界
「スリッパに履き替えて靴は席まで持っていくもの」
社員旅行で飛行機に初めて乗るという後輩に教えると、靴を脱ぐ場所を探して恥をかいたと怒られました。こんな昭和なネタに引っかかることにビックリしましたが、すでに常識だと思うことが知られていないことがあります。
「ネットは匿名」は都市伝説です。ここ数年インターネットで掲示板などに犯行予告や脅迫文を書き込んで逮捕されるというニュースを耳にします。残念ながら事件になったケースもありますが、掲示板の書き込みやアクセス記録から個人を特定するのは容易です。ザックリというとネットに接続したときに割り当てられる「IPアドレス」から簡単に「逆探知」できるのです。
子供はともかく「システムエンジニア」という肩書きをもつ逮捕者がでたことには驚きましたが、ネットはその気になれば電話以上に追跡しやすい特性を持っています。
俺様を読む気にさせろ
微細なリスクでも漏らさずに伝えようとするのが専門家の特性です。ほとんどのネット利用者は追跡可能で「非匿名」といっても過言ではないのですが、わずかに残る「匿名」の可能性から専門家は警鐘を鳴らします。しかし、それはごく一部のレアケースです。
繰り返しますがネットは匿名の世界ではありません。しかし、匿名と勘違いした人の振る舞いが目に余ることがあります。拙著『Web2.0が殺すもの』を出版したとき、参加するネットコミュニティにこんな書き込みがありました。
「おまえの本の面白さを俺に教えろ」
テーマに興味はないが、おもしろいと思ったら読んでやってもいいといいます。実名の世界で著者にこの要求をすることを想像してみてください。現実に置き換えると答えはシンプルです。興味がないなら読む必要はないと告げお引き取り願いました。
大事にする前の「身近」な対応
ときにこうした人と接することがありますが、一般常識のない人に付き合う必要はありません。
同じく『楽天市場がなくなる日』は読者特典として「コンテンツの作り方」という記事をダウンロードできるようにしています。そのための「キーワード」を本書からピックアップする仕掛けです。キーワードを楽天日記(現楽天ブログ)で公開したブロガーがいました。担当の編集者は出版社として対応する前に著者として声をかけてみてはといいます。
私は自身の体験から権利を盾に傲慢に振る舞うことをエレガントでないと考えます。編集者の意見を採用しました。「お読みいただいてありがとうございます」から切り出し、書籍購入者への特典である旨をメッセージとして送りました。
翌日、反論も謝罪もなく当該ページは削除されていました。
クレームには返信してみる
やって良いことと悪いことの区別がつかなくなるのはネットの負の特性です。匿名という幻が目を曇らせ、教育とテクノロジーが拍車をかけます。学校で「作文」を学ぶことは少なく、電子メールの普及により「ハガキ」も「手紙」も書く機会が減りました。携帯メールも絵文字を削除すれば「用件」だけとなり業務連絡です。ブログのコメント欄では論点を整理することなく列記し、話しが前後する加筆があっても推敲しません。そして「ひとりよがり」な文章が氾濫します。そこに悪意がないぶん厄介です。受手が不快に思うなどと夢想だにしないのです。
おもしろいものでクレームと思われるメールに返事をだすと、「言い過ぎました」と帰ってくることが多々あります。誹謗中傷に見える文面が励ましであることも。この特性を知ると拙い文面から「くみ取るリテラシー」の必要に気がつきます。
ビジネスを知らない起業家
前述『楽天市場がなくなる日』のキーワードを公開したページを訪問した「起業家見習い」なる女性が、読者特典をダウンロードしていきました。コメント欄に「タダ大好き!」とあります。アクセスログから辿ったブログでは、ネットで集めた無料情報を元に「起業」を目指すと謳っています。商業出版物の内容が無断で公開されているのを発見して喜んだのでしょうが、簡単に「追跡」できるような粗忽さは商売人向きではありませんし、何よりも信用を大切にする商売の世界では「自分だけ得すれば良い」という考え方では遅かれ早かれスポイルされます。
私はこれを「無邪気な罪」と呼びます。一言で言えば「何でも許される」という思いこみです。しかしネットは匿名ではなくリアル社会より簡単に追跡でき、ましてや何でも許される世界ではありません。いわゆる「イタイ人」もいます。しかし割合はリアル社会のそれと同じぐらいです。必要以上に怖がる必要はありません。これらをIT業界人や著名人、特にリアル社会に接点をもつ人にこそ、声を上げてほしいと願うのですが……なぜか口が重いようです。
インターネットは道具です。それも商売向きの。「追跡できる」のはその一例です。
♪今回のポイント
道具だからこそ特性を理解する。
常識のない人もいるがネットは商売を助ける道具。
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