「既存顧客のLTVがなかなか伸びない」「LTVを重視しているが、思うようにKPIを達成できない」――。このような悩みをもつ通販企業は多いのではないだろうか。ほとんどの通販企業が「ネットショップの運営において、LTVの向上は切っても切り離せない」と思っているはず。しかし、この固定観念を覆す画期的な考え方があるとしたらどうだろうか――。
リピーターを育てるためには、CRMが欠かせない。年商100億円を超える健康食品通販大手のマーケティングに従事した経歴を持つ、CRM研究家の西野博道氏は、“本当に強い”CRMの打ち手を講じるために「新CPM分析」を提唱している。「新CPM分析」は、目先のLTVに固執せず、5年後、10年後を見据えて年商をアップさせるための顧客分析手法という。
CRM研究家 西野博道氏
定期通販・単品通販向けカートシステム「楽楽リピート」を提供するネットショップ支援室はさっそく、「新CPM分析」を取り入れた機能の提供を2023年初頭に始める。西野博道氏と、ネットショップ支援室代表取締役の山本皓一朗氏に「新CPM分析」を取り入れた売り上げアップのメソッドを聞いた。
ネットショップ支援室 代表取締役 山本皓一朗氏
CRM研究家が重要視する「3つの指標」とは
LTV(Life Time Value/顧客生涯価値)とは、ある顧客から一生涯にわたって得られる利益の総和を表す指標である。企業の相次ぐ新規参入やCPAの高騰により新規顧客獲得が難しくなるなかで、LTVを重要視する企業は多い。しかし、長年、通販業界の第一線で顧客の維持・育成の重要性を説いてきた西野氏は、LTV重視の考え方に警鐘を鳴らす。それはなぜだろうか?
LTVは一般的に、「LTV=平均顧客単価×収益率×購買頻度×継続期間」といった式で算出される。LTVを向上させるには、値引きやオファー(例:無料サンプル配布)、アップセル・クロスセルでの商品提案を実施して顧客単価や購買頻度を引き上げれば良い。値引きなどの施策に対する顧客の反応は、1か月もすれば数値として現れるだろう。
「確かに、LTVは便利な指標。会社で言えばPL(損益計算書)のようなもので、短期的な売り上げを追い求めるにはわかりやすい。しかし、LTVを伸ばせば伸ばすほど、顧客維持率は低下していく」と西野氏は指摘。ここに、LTVを追い求めることの“落とし穴”があるという。
LTVに固執しすぎるとはまる“落とし穴”
多くの通販・EC会社は、LTVを向上させようと、値引きなどの強い施策を実施する。うまく行けば“お得感”に惹かれた顧客を集めることができ、売り上げも増えるが、こうしたインセンティブで集めた顧客に長く購入し続けてもらうことは至難の技だ。
顧客が求めているのは商品ではなく、自分の問題を解決すること。「うちの商品が欲しいでしょ」と値引きして買ってもらったところで、顧客が期待したベネフィットを満たせるわけではない。「安いから買った」という顧客は、結局すぐに離脱してしまう。たとえその施策によって年間LTVを向上させることができたとしても、3年、5年と長期で見たときのLTVは低下する可能性が高い。(西野氏)
西野氏は「安いから買った」顧客は離脱しやすいと指摘する
通販・EC会社のLTV向上施策として代表的なのが定期販売。LTVに固執して、あの手この手で顧客に定期コースを売り込み、解約するとなれば強く引き止める――。強い引き止めに遭い解約した顧客は「一度申し込むと解約しにくい」という印象を持つため、もう二度と戻ってこない。目先の売り上げを求めた結果、顧客の離脱が起こるだけでなく、その復活の可能性までも下げてしまうのだ。
LTVと顧客維持率は反比例の関係にある。LTVの値だけを追い求めれば、顧客の離脱が続き、長期的な売り上げは減少することになる――これが今、多くの通販会社で起きていることだ。
現在は、健康食品通販大手の顧問を務める西野氏。さまざまな通販・EC会社のデータを分析し、LTVの推移に注目したところ、顧客全体のLTVは10年間でプラスマイナス10%しか変動していないことがわかった。
西野氏が分析した年間LTVの推移(5年間)
短期間で、あるいは個別の顧客層に注目して見れば、確かに数値は動いている。しかし、全体を見ると平準化されていたのだ。「多くの企業が、LTVというプラスマイナス10%しか変動しない数字を追いかけている。だから売り上げが伸びない」と西野氏。これが、西野氏がLTV重視に警鐘を鳴らす理由である。
LTVだけを追ってもCRMは機能しない
西野氏がLTV重視の傾向を問題視する2つ目の理由は、LTVという指標ではCRM(Customer Relationship Management/顧客関係管理)の効果を測ることができないことだ。
CRMとは、企業と顧客との関係を管理して良好な関係性を続けていくための経営手法。いわば「おもてなし」である。「おもてなし」の重要性を認識する企業は増えてきたものの、その多くが未だにCRMを上手く活用できず、売上アップにつなげられていないのが実状だ。
長年、CRMの普及に努めてきた西野氏は、現状のCRMには3つの問題点があるという。
1.成果が見えにくい2.成果が出るまでに時間がかかる3.やるべきことが絞れない顧客と良い関係を築くための「おもてなし」は数値化できないため、その良し悪しを測るKPIが無い。また、「おもてなし」に即効性はないため、成果が現れるまでには年単位の時間を要することが多い。さらに、CRMにはDM、メルマガ、コールセンターでの電話対応などさまざまな施策があり、どこから手を付けて良いかわからないという難しさもある。
本来、CRMは長期的・総合的に売上向上に寄与するものであり、その効果をダイレクトに測ることは難しい。LTVはわかりやすい指標だが、それをCRMという長期的手法の指標として使うのには限界がある。
売り上げが変動する最大の要因は「稼働顧客数の変動」
西野氏がLTV以上に重視する指標は「稼働顧客数」である。ここでの稼働顧客数とは、過去1年以内に1回以上、自社商品を購入した顧客の数を指す。そして、現在の「稼働顧客数」は、「前年の稼働顧客数×顧客維持率」で算出できる。
年間LTVと稼働顧客数の掛け合わせが年商となる(年商=年間LTV×稼働顧客数)
前述の通り、LTVの変動幅は10年でプラスマイナス10%とわずかである。これは顧客の財布事情を考えれば当然のことで、ある人が1年間に化粧品やサプリメントに使う金額がいきなり2倍、3倍……と大きく増えることは考えにくい。売り上げが変動する最大の要因は稼働顧客数の変動である。年商10億円という中堅の通販会社がそこからさらに大きく飛躍したいと考えるなら、稼働顧客数を増やすことに注力すべきだと西野氏は言う。
そして、「すでに何万人も既存顧客がいる会社であれば、新規顧客を獲得することよりも既存顧客の離脱を減らす(=顧客維持率を高める)ことの方が重要だ」と西野氏は指摘する。
顧客維持率によって企業の年商は大きく変動していく
稼働顧客数の増加に不可欠な“顧客維持率”
稼働顧客数の減少が売り上げに影響するまでには時間差がある。西野氏いわく「顧客の離脱は1光年先の星のようなもの」。離脱の原因は1年以上前にすでに発生しているケースが多く、なかなかつかむことができないという。LTVに固執して売り上げの金額ばかり見ていると、この重大な変化に気づくことができず、結果的に1年後の売り上げを大きく減らしてしまうことになる。
多くの企業は毎月の売り上げの変動をチェックし、その良し悪しを評価している。しかし、売り上げが増加している裏で稼働顧客数が減少しているというケースがある。稼働顧客は購入頻度の低い顧客から減っていくため、最初は大きなインパクトがない。しかも、新規顧客の売り上げがあるから顧客の減少に気が付けない。売り上げが下がり始めた時には、すでに稼働顧客は2割以上減っているケースが多い。(西野氏)
顧客数と売り上げの変化には時間差があるという
西野氏は、長期的に売り上げを上げるためには現在の稼働顧客数をできる限り維持すること、そのために「おもてなし」をし続ける努力が必要だと指摘する。
稼働顧客数を増やすためには「既存顧客の維持」「離脱客の復活」がある
新たに注視すべき3つのKPIとは
以上をふまえ、西野氏がLTVの他に注視すべきと考えるKPIは、次の3点である。
- 顧客維持率
- 稼働顧客数
- 1人あたりのDM配布数
「顧客維持率」「稼働顧客数」の重要性はすでに述べた通り。そして、西野氏によると、「1人あたりのDM配布数」は顧客維持率とは相関があり、DMで顧客をフォローすることが、顧客維持率につながるという。
今の通販事業者はDM送付の回数が圧倒的に少ない。特に顧客が40代以上なら、紙のDMは顧客維持に効果的。若者に対してはLINEなどSNSのメッセージ機能などを使っても良い。(西野氏)
DMによって顧客を呼び戻した事例
実際、健康食品通販の大手企業が売り上げに伸び悩んだときも、その裏には1回商品を購入したきりで離脱している顧客が多くいた。そこで、西野氏は顧客継続率(≒顧客維持率)に注目し、顧客のフォローを徹底することにした。設備投資によりDM封入のプロセスを機械化し、ピーク時には毎日10万通ものDMを送った。すると、離れていた顧客が復活。売り上げをV字回復させることに成功した。
このような経験を踏まえて、西野氏が考案したのが「顧客BS」である。過去に開発したCPM(Customer Portfolio Management/顧客ポートフォリオマネジメント)を再編成し、CRM施策をより効果的に実施できるよう工夫した。
CRMの成果を可視化する「顧客BS」とは
企業経営において、BS(Balance Sheet/貸借対照表)は会社の現在の資産状況を表す。資本は「利益を生み出す源泉」であり、BSを見ればその大きさやバランスを確認することができる。
EC事業においては今、目の前にいる既存顧客こそが会社の財産であり、この数を維持することが長期的な利益につながる。顧客BSは、①稼働顧客数②顧客維持率③年間LTV――という3つの指標の組み合わせによって、前述の「CRMの3つの問題点」を克服し、その効果を可視化する。
新規顧客を獲得しないで5年間に得られる売り上げから、3つのマーケティング(新規顧客の獲得、既存顧客の維持、離脱客の復活)のうち、どのマーケティングに問題があるかを診断する
「楽楽リピート」が搭載予定の「新CPM分析機能」とは
今回、「楽楽リピート」に搭載される新CPM分析機能は、西野氏が考案した次の2つのデータをボタンひとつで見ることができるものだ。
- 顧客BS
- ゴールド顧客育成マップ
具体的には、過去の購買データをもとに顧客の維持率を算出、新規顧客を獲得しない場合の5年後までの売り上げを予測。さらにゴールド顧客育成マップでは、顧客推移の全体像を可視化し、最終的な顧客残存率を表示する機能を搭載している。
また、顧客を購入頻度ごとのグループF1~F5※に分け、F2転換率などの各数値をシステム上で確認することもできる。これにより、本来見えにくいCRM施策への投資効果を5年という長いスパンで評価することができる。
※FはFrequency(頻度)。F1は初回顧客、F2は2回目の購入につながった顧客。F3~F5はn回目の定義を自由に設定可能
購入頻度ごとに分類した顧客の動きを予想できる
「楽楽リピート」に搭載される新CPM分析の機能イメージ
最終的な顧客残存率を表示する「ゴールド顧客育成マップ」。顧客推移の全体像を可視化できる
これまでのCPM分析は、「CRM実施により現在の顧客の状態がどうなったか」という結果がわかるものだった。新CPM分析では、実施した施策が将来においてどういう成果を及ぼすのかが見えてくる。この点が従来と大きく異なる所。また、分析のための設定項目を最小限にとどめるなど、操作性にもこだわった。(山本氏)
CPM分析の利便性や操作性の高さについて話す山本氏
「楽楽リピート」はこれまでもCRMに重点を置いてきたが、今やっていることが将来にどうつながるのかは、これまでのCPM分析だけでは見えてこなかった。「これはお客さまにとって絶対に必要な機能になると思った。このような機能を実装しているシステムはほかにない」と山本氏は話す。
もちろん、新規顧客獲得機能も充実している。2022年11月にリリースしたパーソナライズ機能を使えば、新規顧客も含めた顧客の属性情報を収集・分析することが可能になる。そのデータに基づいて、ステップメールやDMの出し分けといった施策を行うことで、顧客の維持率を高くすることができる。
「特に、ある程度長く通販をやっている中堅・大手の事業者にとって有益な機能。必ず価値を感じてもらえるはず」と山本氏は強調する。
売り上げの伸び悩みを感じている中堅・大手の事業者は「新CPM機能」の効果を実感しやすいという
新機能導入の背景
近年、通販各社に対する規制は厳しさを増している。2017年には「改正特定商取引法」が施行され、定期購入契約に対する表示義務が追加・明確化された。これは、いわゆる「定期縛り」によって消費者が不当に不利益を被らないようにするための改定である。
業界をとりまく変化はほかにもある。「新型コロナウイルスの流行、広告代理店の不正発覚・逮捕、薬機法改定など、さまざまな環境変化を受けて、無理な新規顧客獲得によって本質的ではない売り上げを作ってきた会社は淘汰(とうた)されてきた」と山本氏は振り返る。
真っ当なやり方で新規顧客を獲得しようとするとコストは高くなる。人口減少や価値観の多様化などを含むさまざまな要因によって新規獲得コストが高騰するなか、改めて既存顧客の維持・育成を重視する事業者が増えている。「楽楽リピート」はそこに訴求したいという。
新CPM分析は、通販会社としてある程度大きな規模になり、「一通り施策をやり尽くしたのに、年商は横ばいを続けている」という事業者にはとても効果があるだろう。20年以上続いているような中堅・大手の企業なら、データが蓄積されている分、過去を振り返って売り上げ減少の原因を探ることもできる。顧客維持率はアパレルなどの定期コースの無い業種でも使える指標なので、ぜひ活用してほしい。(西野氏)
LTV向上や顧客維持に悩みをもつEC事業者へのメッセージ
LTVは短期的には便利な指標だが、長期で見た場合には限界がある。また、効率化の名のもとにDMや情報誌を廃止し「おもてなし」のコストを削れば、じわじわと稼働顧客数が減り、売り上げを減少させる。“新CPM分析”はLTV一辺倒のマーケティングに一石を投じ、事業者に新たな視点を与えるだろう。
最後に、CRMを普及し、数々の企業の課題解決をサポートし続けている2人が、悩めるEC事業者へメッセージを贈る。
CRMが大事だという事業者でも、それをきちんと活用できている会社はまだ少ない。私達はツールを提供する立場だが、“新CPM分析”という考え方、理論そのものを世の中に普及することが重要だと考えている。
社内で共通言語を持ち、「今の活動が会社の将来にどのような影響をもたらすのか」「顧客維持率を上げるためにどうすればよいか」を考えながら施策を打つことは、会社にとって必ずプラスに働くはずだ。今後、わが社でもセミナーなどを実施してこの考え方を説明していくので、ぜひ参考にしてほしい。(山本氏)
山本氏は、“新CPM分析”の考え方は通販企業にとってプラスに働くと説明
CRMはエンドユーザーから「ありがとう」の言葉をもらう活動であり、顧客BSや新CPMはその「ありがとう」を可視化したものだと考えている。
社員はお客さまから感謝される方法を知っている。経営者はLTVに固執して社員に数字ばかり押し付けることをやめ、「お客さまから『ありがとう』をもらうための方法を一緒に考えよう」という姿勢でCRMを実施してほしい。そのように考え方を切り替えることができれば、EC業界の未来も開けてくるのではないだろうか。(西野氏)
西野氏は“LTVに固執しない経営者”を提唱
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:LTVが伸びないのにはワケがある! リピート通販がはまりやすい“落とし穴”と、本当に強いCRM構築メソッドを解説
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