サブスクリプションモデルは、コロナ禍でのステイホーム期間を乗り越え、大きく成長することが予想されます。消費者は気に入った商品が定期的に届くという利便性を求めているからです。
コロナ需要で急拡大のサブスクビジネス
子ども向けアートプロジェクトの定期販売サイト「Kids Art Box」は、2019年末に事業を開始しました。共同創業者であるニック・フィリップス氏とメラニー・フィリップス氏の夫妻は、ビジネスに大きな需要があると考えていました。
「Kids Art Box」は、子ども向けのアートサブスクリプションボックスです。各ボックスには、3歳から12歳の子供向けの精選されたアートとクラフトのプロジェクトが入っています。
最初の3か月は収益ゼロでしたが、2020年3月に転機が訪れました。新型コロナウイルス感染症拡大による世界的なステイホームです。企業や学校など、ウイルスをまき散らす可能性のある共同体の活動はすべて停止。「Kids Art Box」は、家に閉じこもる子どもたちにとって、気晴らしにちょうどいい体験になったのです。(ニック・フィリップ氏)
2020年3月から2021年2月は、週に2~3個のアートアクティビティボックスしか売れていませんでした。しかし、2020年3月以降、毎週2000~3000個も売れるようになったのです。1年間を通して、「Kids Art Box」のサブスクリプションサービスは新規顧客の約75%は継続利用したそうです。
「Kids Art Box」の2021年における売上高は、2020年比での売上は前年比300%増になったとニック・フィリップス氏は説明します。しかし、2021年にワクチンが開発されると、一部の学校がハイブリッド型の対面授業を再開、家庭用アートサブスクリプションサービスの需要は激減しました。その後、売り上げの伸びは小康状態になり、2022年は前年比で「事実上横ばい」だそうです。
「Kids Art Box」のECサイト(画像は編集部がキャプチャして追加)
Facebookの広告収入は「崖っぷち」から「崖に落ちた」
2021年4月にアップルがiOS 14のプライバシーを変更し、サードパーティのクッキーの追跡をオプトアウトできるようになったことで、状況はさらに複雑化しました。「Kids Art Box」は、広告予算の大半をメール広告とFacebook広告に投資。しかし、Appleのプライバシー変更後、「Kids Art Box」のFacebook経由の売り上げは劇的に減少したそうです。
私たちは崖っぷちの状態から、崖に落ちました。そして、FacebookがAppleのプライバシー設定に関連する変更を行った翌日、新規売上は一気にゼロになりました。(ニック・フィリップ氏)
結局、「Kids Art Box」のFacebook広告経由の売上高は回復しなかったとメラニー・フィリップ氏は振り返ります。その結果、2人は急いでマーケティング戦略を見直しました。そして、販売価格を全面的に8%値上げすることを決めたのです。
成長が減速した2021年でしたが、2022年のホリデーシーズンは楽観的に見ています。購読者数は減少していますが、ホリデーシーズンは再び忙しくなると予想しているのです。その理由は「ホリデーボックスはボリュームが大きいからです」(ニック・フィリップ氏)
ホリデーシーズンには、アクティブな購読者を対象に、20%以上の割引を適用した数量限定のボックスを提供。新規顧客には割引を受けられるボーナスボックスを展開し、それぞれの施策が顧客生涯価値(LTV)の向上に寄与することを期待しています。
また、休眠状態の購読者は、ギフトの季節になると再び戻ってくることが多いようです。Kids Art Boxの平均注文金額(AOV)はこの時期に増加するそうですが、ボーナスボックスの売り上げがAOVの増加にどの程度貢献しているのかは明らかにしていません。
サブスクリプションサービスの需要は増加傾向
米国の大手EC専門誌『Digital Commerce 360』によると、北米EC事業の売上トップ1000社のデータベースにランクインしている企業の3.6%がサブスクリプション型のビジネスモデルです。サブスクリプション型ビジネスモデルとは、主にサブスクリプションを中心にオンライン販売を行う小売事業者と定義しています。トップ1000社データベースは、北米に本社を置く大手小売企業の年間EC売上高をランキングしたものです。
サブスクリプションモデルを提供している小売企業のEC売上高の伸びは19.9%で、トップ1000社全体のEC売上高の伸び(19.6%)をわずかに上回っています。また、トップ1000社小売企業のAOV成長率(7.6%)とサブスクリプションモデルのAOV成長率(6.8%)の差は1ポイント未満となっています。
サブスクリプションモデルを提供する小売企業トップ1000社のデータ。AOV成長率の数値は12か月間、2021年は2020年比(出典:Digital Commerce360)
顧客理解からサブスクビジネスを成功させた米国のサブスクリプション企業「Winc」
サブスクリプションビジネスに関する業界ネットワーク「The Subscription Trade Association(SUBTA)」が発表した「State of the Subscription Annual Report」によると、消費者は商品が定期的に自宅へ届くという利便性を求めています。
また、2021年の米国におけるサブスクリプションビジネス全体の54%は、美容・パーソナルケア・食品・飲料分野が占めました。
この流れは、美容・パーソナルケア・食品・飲料分野といった商材を扱う小売事業者には追い風です。パーソナライズされたお勧めワインの定期購入を手がける「Winc.com」は2022年、自社ブランド製品「Summer Water」を開発、ロゼを飲む顧客に特化した2つ目のワイン定期購入サービス「Societé」のほか、自社の消費者向け直販サイト「SummerWater.com」「Winc.com」で販売しています。
「Winc.com」はそれまで、顧客にワインを毎月届けるサブスクリプションを提供していましたが、2019年にそれを変更。毎月の本数を減らしたいという顧客ニーズ、顧客の家庭でのワインの滞留を防止するため、ユーザーの趣味嗜好に適したワインを毎月送るサブスクリプションモデルに変更しました。
Winc.comチーフ・マーケティング・オフィサー、ジャイ・ドルワニ氏
顧客を知ってカスタマーエクスペリエンスを向上する施策①
「Winc.com」は、どのようにして顧客の要望を知ったのでしょうか。「ネットプロモータースコア(NPS)、顧客調査、そしてカスタマーエクスペリエンス担当者から提供されるデータを活用した」とマーケティング最高責任者のジャイ・ドルワニ氏は言います。これらのデータソースは、「Winc.com」が特定の変更が顧客の立場からどの程度影響を与えるかを測定する方法です。
ネットプロモータースコア(NPS)は、次のような質問を通して、顧客ロイヤルティを測定しました。
- この商品を友人や同僚に薦めるとしたら、どの程度の確率で薦めますか?
ドルワニ氏は、「Winc.com」のNPSを公開することは避けましたが、NPSにおける顧客の洞察とコメントは非常に有用だそうです。Winc.comでは、顧客が残したコメント全てに目を通しています。
「Winc.com」は2020年7月、NPSの低い回答を見直し、品ぞろえと入手性に問題があると結論づけました。その結果、SKUを30ワインから100ワイン以上に増やしました。ドルワニ氏は次のように言います。
(こうした変更は)ワインの分野では非常に大きな資金を必要とし、長い時間がかかります。私たちは、顧客の50%を対象に、サードパーティのワインを調達し、サイトに掲載するマッチマーケットテストを実施しました。その結果、テストグループのNPS、AOV(平均注文金額)、LTV(顧客生涯価値)が驚異的に向上したのです。
「Winc.com」がNPSを通じて気づいたもう1つの問題点は、配送と配達でした。配達の到着を待って商品の配達にサインをするというプロセスに不満を持っていたのです。そこで、近くのFedExやWalgreensで荷物を預かったり、誰かがサインできるような場所に配送するなど、追加の配送オプションを提供するようになりました。
「Winc.com」のコーポレートサイト(画像は編集部がキャプチャして追加)
顧客を知ってカスタマーエクスペリエンスを向上する施策②
2つ目の方法は、会員アンケートです。「Winc.com」では、新規顧客に対するアンケートと、全顧客を対象としたアンケートを毎年実施。その結果は、品ぞろえに反映するとドルワニ氏は言います。
「Winc.com」は顧客の趣味嗜好に適したワインをセレクトし、サブスクリプションで販売しています。たとえば、オンライン・クイズで「好きなコーヒーは何か」「オレンジジュースとミルクのどちらが好きか」などを尋ね、どのようなワインが好みかを判断するのに役立てました。
ドルワニ氏によると、Z世代やミレニアム世代の消費者は味だけでなく、オーガニック、低糖、低硫黄、バイオダイナミック、ナチュラルなどのワインを好む傾向があることがわかったそうです。こうした調査やクイズによって、「Winc.com」はサイトで販売するワインの種類をよりよく把握できるようになったのです。
顧客を知ってカスタマーエクスペリエンスを向上する施策③
3つ目は、「Winc.com」のカスタマーエクスペリエンス(CX)担当者とのやり取りです。
CXは、サポートチャネルとしてだけでなく、顧客の重要な問題をできるだけ早くフォローアップすることを目的としています。CX担当者からのフィードバックは、どれだけの顧客が同じような問題を経験したか、あるいは同じような要望を持っているかを示しています。(ドワルニ氏)
たとえば、購入したいワインが何度もサイト上で在庫切れになるとの苦情がありました。CXの担当者は、これらのワインは実際には在庫があり、バックエンドに問題があることを突き止めました。Winc.comのCXチームはエンジニアリングチームに連絡し、1時間以内に問題を解決したと、ドルワニ氏は言います。
2021年から顕著になった「サブスクリプション疲れ」への対応
2021年に入り、Kids Art Boxと同様、「Winc.com」も顧客のサブスクリプション疲れに気づいたとドルワニ氏は言います。
より多くの消費者を誘引するために、ワインの品ぞろえを増やし、価格帯も幅広くするなど、品ぞろえを充実させました。また、2021年4月にはハードサイダーや日本酒など、他のカテゴリーにも進出しています。
私たちは、アルコール飲料を購入するために2つも3つも別のサービスを利用するのではなく、1つの定期購入でより多くの効果を得たいという消費者の強いニーズを感じました。(ドルワニ氏)
「Winc.com」は、食料品店などの卸売ルート、2022年5月にオープンした「Summer Water」の自社ECサイト、Drizlyなどのデリバリーサービスでも販売しています。
ドルワニ氏によると、「Summer Water」の需要は夏にピークを迎えます。「Summer Water」の顧客は、1度だけの購入することも、定期購入サービスの「Societé」に申し込むこともできます。「Summer Water」の消費者向け直販サイトのAOVは、100ドルから150ドルで、サブスクリプション購入モデルのAOVは公表されていません。
ドルワニ氏は、サブスクリプションモデルとして、「Societé」は「Winc.com」とは異なると言います。
「Societé」は、「Summer Water」ファンのために作ったサブスクリプションサービスなんです。(ドルワニ氏)
Instagramを通じて消費者にマーケティングを行うとともに、会員限定のイベントや、定期配送ボックスの中に入れるサプライズプレゼント、新商品の発売への早期アクセスなどを提供しています。
「Winc.com」は、次世代の消費者にワインの世界を親しみやすく紹介することに重点を置いています。(ドルワニ氏)
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サブスクリプションユーザーを維持するには、消費者のさまざまな要望やニーズに基づいて、常に提供サービスを調整する必要があるとドルワニ氏は言います。消費者が一銭たりとも無駄にしたくないと考える現在の経済環境では、継続利用の顧客を維持することはますます困難になっていきます。「今年は、小売業にとって、計画や予測が特に難しくなるでしょう」(ドルワニ氏)
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:サブスククリプションコマースで継続利用を維持するには?ワインの定期購入で成功の「Winc」など米国事例に学ぶ | 海外のEC事情・戦略・マーケティング情報ウォッチ
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