グローバル展開を進める企業にとって、同じブランド体験を提供するWebサイトを運用することは、至難の業だ。三菱電機株式会社では10年以上にわたり、段階的にグローバルで一貫した情報発信と運用を実現する基盤構築をおこなってきた。そこで、同社の粕谷俊彦氏が「Web担当者Forum デジタルマーケターズサミット 2026 Winter」に登壇。その秘策をあかしてくれた。
主任 粕谷 俊彦氏
国を超えて、コーポレートサイトを統一するプロジェクトが始動
現在、粕谷氏が所属するデジタルコミュニケーショングループは、グローバル企業である三菱電機のグループ企業各社に向けて、Webサイト関連サービスを包括的に提供している。しかし、2014年スタートのGlobal Website Integration(GWIプロジェクト)が始まるまでは、現地法人が独自に運営するサイトが乱立していた。
GWIプロジェクトが始まる前までは、独自運用サイトが乱立していました。スリーダイヤと呼んでいるコーポレートロゴはどのサイトにもあるのですが、内容やデザインに統一性がなく、相互にも連携していませんでした。また、グループ社員15万人で売上は5兆円といった話は、各サイトに全く出せていない状況だったのです(粕谷氏)
こうした情報発信では、三菱電機がせっかく築き上げたスケール感が伝わらない。これを一新し、企業イメージ向上、事業機会のさらなる創出を図るべくCS(Corporate Site)の整備が始まった。
GWIプロジェクトの体制
2014年の立ち上げの初期段階では、プロジェクトを主導するメンバーはプロジェクトリーダーのもとに、「ガバナンス・オペレーション」「UX」「IT」の3つのチームがあった。ここに「ステアリングコミッティー」が協力・連携するという体制とした。
ステアリングコミッティーには、IT戦略部門、経営企画部門、経理部門、国際部門、宣伝部などの部長クラスに入っていただきました。「これが全社的なプロジェクトなのだ」という定義付けをしたのです。
一部門が勝手にやっている小さなプロジェクトではないことを世界中の各組織に訴えるための体制が必要でした。さらに外部のコンサル会社にお願いしてPMO(Project Management Office)を結成し、毎週ここで進捗を報告しました(粕谷氏)
日本サイトを起点に、各国CSを拡大
では、実際にどんなCSができあがったのか。いわゆる“三菱電機のWebサイト”はco.jpドメイン、かつ日本語表記で運用されている。事業情報など膨大な量のコンテンツが内包されており、これらを一部要約・英語翻訳するかたちでグローバルWebサイト(GWS)が構築された。
そのGWSをさらに翻訳して、各国CSが作られている。英語表記だがGWSとは別の米国現地サイト、イギリス英語表記のイギリスサイト、中国語表記の中国サイト、という具合だ。
たとえばタイの場合、GWSをタイ語に翻訳したタイCSが存在する。これが中心拠点となる「ハブ」にあたる。そこからさらに、エレベーター、空調、FAなどを手掛ける企業・事業ごとの独自サイト「BU(Business Unit)サイト」が、周辺拠点つまり「スポーク」的な位置付けで展開される。ハブとスポークは連携しており、それぞれの間で“送客”が発生する。これがビジネスチャンスを生むきっかけになると粕谷氏は語る。
各国の協力を得るために、デザインはあえてグローバル視点で
CSは合計で32カ国・59サイト存在する。各CSのコンテンツは、各国のWebマスターが基本的に作成しているが、CMS(コンテンツ管理システム)は共通化されているので、1つの内容を全CSへ横展開する作業も容易だという。
更新作業や保守運用については、担当の専門部署「WPC(Web Production Center)」を設けた。オフショア(コストの安い海外などへの委託)型のアウトソーシングの組織で、沖縄とインドネシアに拠点を構えている。
なお、2014年当時のデザイン発注先は、調査会社・ガートナーのランキングなどを参考に、海外のデザイン企業5社へ話を持ち込み、最終的にスウェーデンの企業へ発注した。日本においてすごいデザインにするより、海外のデザイナーに頼んで、グローバルで通用するデザインを作ってもらうためだと、粕谷氏は話す。
さらなるステップ、アドビ製CMSへ全世界的に移行
2023年には、GWIプロジェクトの次のステップとして、アドビ製のCMSおよびプラットフォーム「Adobe Experience Manager (AEM)」へ移行プロジェクトが始まった。その背景にはさまざまあるが、年月の経過を経て、Webサイトを巡る課題が変化したことにもある。粕谷氏は次の4つの課題を示した。
- コンテンツ、デザインパターンの増加
- アクセシビリティ対応の限界
- 必要な専門スキルの広さ
- システム更新や、都度の開発コストの増加
CSの世界展開も軌道にのってきましたが、実は日本国内は別運用でした。コンテンツ量が多すぎて、GWIプロジェクトと一括でやるには難しすぎたからです。そこでAEMへの移行にあたって、合わせて日本のCSもリニューアルしようということになりました(粕谷氏)
加えて、サイトオーナーをページごとに分ける体制をやめ、デジタルコミュニケーショングループがCS全体のオーナーとなった。これは、海外のCS運用体制にそろえるための措置で、ページ構成も海外CSのそれに準拠させた。
膨大な移行作業を前にして生まれた「エシカル・フレーム」のコンセプト
リニューアルに際してのコンセプトは、「エシカル・フレーム」とした。エシカルとは倫理的・道徳的などを意味する言葉だ。粕谷氏によれば「多様なステークホルダーに対応して、それぞれの方々にとって無駄な労力を使わない合理的なサイトを作る」という姿勢を強くアピールすることが狙いだった。
このコンセプトをもとに、「シンプル」「人にやさしい」「環境配慮」「ガバナンス」という4つを小テーマとして定めた。
トップページの役割を再定義
AEM導入の前段階では、投資家、求職者、工事関係者らさまざまな立場のステークホルダーへインタビューを行い、企業サイトに求める姿を調査した。そこから得られた知見のうち、3つが実際に紹介された。
直感的に概要がつかめる表現:
電車での通勤中や出社時のランチタイムなど、隙間時間にスマホからWebサイトを見る。そこで、直観的に概要がつかめるものがよい。また、わかりやすい言葉遣いや表現は、専門外の人に好印象を与えられる。最新公式情報、企業の「今」:
企業情報サイトを訪れる理由の最たるものは「一次情報」の確認である。外部メディアで記事を見たり、公式情報の発表を踏まえて得た情報の真偽を確認したり、あるいは採用面接、商談準備などに備えて企業の最新動向や実態を把握するためにこそ、企業サイトは利用される。社名で検索する:
「社名」で検索して企業トップページをめざす例が多い。その場合は、グローバルメニューをたどって情報を得ている。
これらの結果を踏まえ、CSのトップページの役割を再定義した。間違いなく三菱電機であり、その一次情報が集積されていると一目でわかる“公式感”を重視した。また、日々の部品発注などのためにくり返しサイトを訪問するステークホルダーもいることから、最新の情報をわかりやすく記載するという方針も重視された。
背景画像も、装飾的なピクトグラムも使わない
AEM移行にあたって、具体的な方針として次の6つを策定した。
- 背景画像や背景色が設定されたタイルを組み合わせる。タイルレイアウトは使用しない
- 下層ページへの動線に背景画像を設定しない。もしくは画像とテキストを分けて配置する
- 装飾的なピクトグラムは使用しない
- 複雑なレイアウトやインタラクションは、AEM標準機能で運用しやすい表現に置き換える
- 多様なレイアウトパターンを必要最小限に絞り込む
- ニュース・イベント関連ページは機能実装を考慮しながら共通フォーマットを検討する
AEMは大前提として、土台となる「テンプレート」に、部品としての「コンポーネント」を組み込んでいく形式のCMSで、テンプレート次第でさまざまなページを作れる。しかし、使用するテンプレートの数を増やし過ぎると、逆に使い分けが難しくなるという声が、先行してAEMを利用する企業からはよく聞かれるという。
テンプレートを増やさなくても、コンポーネントの組み合わせ方次第でしっかりページは作れるため、三菱電機ではテンプレートの種類を絞りに絞り込んだ。
そしていよいよ2025年5月には、新体制でのサイト公開がはじまった。粕谷氏は「非常に高い水準のガバナンス体制ができあがりました。ロゴの使い方がおかしいとか、ヘッダーがルール通りでないページは1つもありません」と胸を張る。
課題は、これだけのレベルのCSが全世界的に構築されているにもかかわらず、グループ社内での認知がまだ広がっていないこと。またCS整備の一方で、BUサイトにまでは手が回っていないことだ。コンテンツやデザインの質もレベルアップさせるべく、まだまだ突き詰めていくという。
2025年からは、Webサイトも“シェアハウス”に?
DCPシェアハウスが始動
AEM導入に続くプロジェクトも始動している。2035年の完了を目指す「DCP(Digital Communication Platform)シェアハウス」構想である。住居としてのシェアハウスのように、1つの家にさまざまな入居者=Webサイトが同居するイメージから名付けられた。
目標は「三菱電機グループ全サイトの統合」「マシン(AI)リーダブル対応」だ。全サイトを統一的に管理できれば、ブランドとしてのガバナンスはより強化される。そして、AEMが得意とするコンポーネント型のサイト開発が進めば、記述された内容をAIが分析しやすくなる。翻訳作業などはAIによって特に効率化できる可能性が高いだけに、AI対応への期待は膨らむ。
2025年4月にはDCPシェアハウスの運用がスタート。これまで独自運用されていた関連サイトを、DCPシェアハウスに移転させた上での公開・運用が始まっている。2027年には、サイトオーナーによるDCPシェアハウス上での自力オペレーションを実施する計画だ。
サイトオーナーの課題を解決
三菱電機グループは巨大なだけに、社内のサイトオーナーの数は多く、それぞれ違う悩みを抱えている。代表的な悩みは、次の3つだ:
- セキュリティ対策にコストがかかりすぎる
- サーバー運用の技術的知識がない
- コンテンツ制作会社を探すのが大変
どれも放置すると、ビジネスの停滞につながりかねない。これらを、DCPシェアハウスがワンストップで解決する。サイト構築のベースとなるAEMに加えて、CDN(コンテンツ配信ネットワーク)、フォーム作成ツール、Web閲覧数分析サービスなどをオールインワンで提供できる体制もすでに用意した。
デザイン規定に関する煩雑な作業も必要がなくなる。これまで、サイト作成時にはページのヘッダーおよびフッターに規定があり、必要に応じて社内審査を受ける必要があった。これが、あらかじめ用意されたテンプレートを使用すれば、その審査の手間がなくなる。視覚・聴覚障害者への配慮としてのアクセシビリティにも容易に適合できる。
加えて、運用およびセキュリティ対策も強化した。マルウェアなどに対しても、グループとして求める水準をあらかじめクリア済みなので、こちらもまた審査の手間が軽減される。
進化したデジタルエコシステム実現のために今後も努力を
「三菱電機グループは巨大であるがゆえにWebサイトの数が多く、それによって運用体制がバラバラで、情報の断片化を招いてしまっていた。これがGWIプロジェクト、そしてDCPプラットフォーム構想を通じて、変えることができた。顧客満足のため、ブランドとしての高い統一感、より優れたデジタル体験、デジタルエコシステムの進化をめざし、今後も努力を重ねていきたい」と粕谷氏は改めて強調し、講演を締めくくった。
