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ニューバランス ジャパン・鈴木健インタビュー「一流のマーケターが身に付けるべき抽象化思考の重要性」

現在「一般社団法人マーケターキャリア協会」(MCA)のフェローとして、マーケター支援にも取り組んでいる鈴木健さんにインタビュー。

スポーツブランドのニューバランス ジャパン(以下ニューバランス)でマーケティング部ディレクターを務める鈴木健さんは、現在「一般社団法人マーケターキャリア協会」(MCA)のフェローとして若手マーケターのキャリアアップ支援やマーケターの地位向上に取り組んでいます。

鈴木さんは自身のキャリアを振り返る中で、抽象化思考を自分の強みに挙げており、抽象と具体を行き来する思考力を磨くことがマーケターにとって重要であると指摘します。具体的にはどのような意味でしょうか。

今回はニューバランス マーケティング部ディレクター、鈴木健さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、写真:永山 昌克)

ナイキ勤務時代に感じたブランドの強さと専門職の多彩さ

――ニューバランスに入社する前はナイキジャパン(以下ナイキ)などいろいろな会社で広告やマーケティングの仕事をしていたとのこと。特に印象に強く残っているのはナイキですか。

それぞれにいろいろな思い出がありますが、ナイキではユニークな経験ができたと思います。知人からのお声がけをきっかけに入社したのですが、当時は広告代理店での勤務経験しかなく、事業会社に移って何をしたいかという希望もほとんどないまま、何となく「ナイキの広告やマーケティングは面白そう」と考えていました。

それがちょうど「FIFAワールドカップ」が日本と韓国で共同開催された2002年のことです。その頃、ナイキが代々木公園などで派手なイベントを開いているのを転職に関係なく見に行っていて、興味を持ってはいました。

その後、イベントを担当していた方が新しくナイキに設けられるゴルフカテゴリのマーケティングヘッドに就任することになり、外部から人を欲しがっているという話を聞きました。ゴルフはナイキにとって初めて挑戦するカテゴリで、他のスポーツと違ってターゲットの年齢層が少し高く、チャンネルも異なるため、それまでのマーケティング組織とは別にチームを結成したいとのことでした。その話を聞いて転職に興味が湧き、広告担当として入社しました。

――ナイキ時代の経験で印象に残っていることは何ですか。

ナイキはブランドとして独特のカルチャー、スタイルが確立されています。一方、ゴルフは新しく作ったビジネスカテゴリだったこともあり、ナイキカルチャーがまだ薄く、イチからゴルフ業界を学ぶ段階からスタートしましたので、比較的なじみやすかったと思います。

その後、ナイキ社内に知り合いが増えるにつれて、ブランドの強さ、革新性、創造性などを肌で感じるようになり、とても面白い経験ができました。また、業務においては細分化された専門職の多様性に驚きました。

――専門職の多様性とはどういうことですか。

例えば、「店舗のカスタマーエクスペリエンス」など今では当たり前のように聞きますが、ナイキでは10年以上前から担当者がグローバルで存在していました。最初は「リテールでもないし、顧客のエクスペリエンスだけを見る人って何だろう」と思いましたし、ほかにも「そんな仕事、どこから出てきたのだろう」と感じることが度々ありました。仕事の領域が進取の気性に富む形で専門分化されているところがものすごく刺激的だったのを覚えています。

逆に、全体をマネジメントする仕事は多くありませんでした。大手企業はどこも同様かもしれませんが、成果を上げるべき自分の領域が明確で、他部署の心配をする必要がない半面、全体を見通して物事を判断することは難しかったと思います。

あとは、やはりブランドカルチャーの強さも印象に残っています。ナイキのブランドの方針はグローバルがとても強いので、取引先に謝らなければならないシーンがよくありました。つまりブランドとして、あるいはマーケティング的に「それはナイキではできません」とお断りするケースがしばしば生じるということです。取引先も最初は気を悪くしても、最終的には納得してしまう。そこは少し特殊でした(笑)

ニューバランスでの失敗経験から学んだオーセンティシティの重要性

――ニューバランスに移られたきっかけと、仕事内容を教えてください。

ナイキで7年ほど働き、そろそろ他の世界も見たいと考えていたときに、現在のニューバランス ジャパンの社長で当時マーケティングヘッドをしていた人に声をかけられたのがきっかけでした。入社後はニューバランスと他ブランドの広告宣伝マネージャーをしていましたが、その後、販促領域の担当も加わって、マーケティングの責任者になりました。ブランドマネジメントとマーケティングに分けるなら、今はブランドマネジメント寄りの仕事がメインです。

――ナイキ時代は専門分化されていたのに、ニューバランスでマネジメントを担当することに不安はなかったですか。

ありました。だから雇ってくださった方に「チームを持ったことがないのですが、大丈夫ですか」と正直に話して、いろいろとアドバイスをもらいました。また、新しいカルチャーにいきなりマネージャーとして入るのもチームからすると反発があるかもしれないので、最初に人を紹介してもらってスムーズに溶け込めるよう努めました。

私を雇ってくださった方には「これまでの経験をベースにしてやればいい。業界は一緒だから」と言われて、私も当初そう思っていたのですが、ナイキとニューバランスでは会社の規模だけでなくブランドや文化がそもそも違います。それを考えずにナイキのやり方を真似て失敗したこともありました。

――どんな失敗をしたのですか。

今でこそニューバランスのブランドポジションは良いですが、まだそれほど流行っていなかった時代に若い子たちに履いてもらいたくて、セレブリティをキャスティングして、ニューバランスの靴を履いた格好いいビジュアルや雑誌の編集タイアップ記事を作りました。ところが、その記事を若い子を集めて消費者インタビューにかけ「みんなどう思う?」と聞いたら、男の子たちが「こんなの絶対本当じゃない」と言うのです。つまりこのセレブリティは履かされているのであって、普段は絶対履いてないだろう、それが一目瞭然だというわけです。

それを聞いたときにニューバランスのポジションを肌感覚で理解できました。ナイキは当時から若い世代にブランドが浸透しているので若い子たちが共感するようなセレブリティが履いていても自然に見えるのですが、「ニューバランスはそういうブランドではない」と言われた気がして、ブランドごとに異なるオーセンティシティ(「らしさ」「信頼性」「真実性」など)を重視すべきだと感じました。

その失敗を受けて、今度は履いている人を探したら、当時から100年以上続いていた歴史あるブランドだけあって、それなりにいるのです。我々の想定より年齢は高めだったのですが、リリー・フランキーさんもニューバランスを好きなことがわかり、リリーさんをメインに据えつつ、独り語りにならないように聞き手として若い女性タレントをキャスティングしました。その上で「ニューバランス好きの人の話を新しい顧客である若い人が聞く」という形にしたら、オーセンティシティが生まれて、違和感がなくなったのです。そのとき「やはりイメージを作るだけではすぐ見抜かれてしまうし、実際のニューバランス好きの本物感がないとメッセージに説得力がない」と感じました。

マーケターに大切な抽象と具体を行き来する思考

――わかりました。鈴木さんの話を伺っていると、ナイキでもニューバランスでも人づてで転職しています。それは鈴木さんの実力を評価されて声をかけられるのだと思うのですが、人と比較してご自身の強み・弱みはどこにあると自分で分析していますか。

弱みを先に言うと、営業には向いていないようです。私は代理店の仕事が好きですし、入社1年目で仕事をたくさん任されていたのですが、ある日、5年くらい上の先輩に「お前はこの仕事に向いていない」と言われたことがあります。そう言われてショックを受けたわけではないですが、それでもそれ以来「営業の仕事は向いていないんだな」と思っています。

一方、好きなことを考えたり面白いと感じたりすることを深掘りするのは好きで、多くの情報から本質的な部分を抽出して抽象化、一般化し、そのまま思考を深めたり、抽象的な問題を抽象的なまま考えて解決策を導き出せるところは強みだと思います。例えば、外資系の代理店でクリエイティブブリーフの書き方などを体系的に学んだのが自分のマーケティングの原型なのですが、そういうことを考えるのは得意です。

――抽象と具体を行き来する思考の大切さがよく言われますが、鈴木さんも抽象的に思考を深めて、それを具体的に説明することが得意という意味ですか。

そうですね。例えば、2社目の代理店は最初にムードボードをたくさん作る会社で、高額の洋書や写真集を数多く買い揃えてありました。それが何に必要かというと、クリエイターがイメージを喚起するためだけに使うのです。つまりブランドを理解する際に言葉ではなくイメージを基にクリエイティブを作るわけですが、そんなふうに抽象的な思考を深めて作り上げたものを現実に適用して「なぜそうなるのか」「そのクリエイティブにどんな意味があり、何を伝えようとしているのか」などを言語化して、伝えるのは得意でした。

マーケティングも同様で、抽象と具体の行き来を苦手にしている人が多いと思います。抽象化思考のメリットはシミュレーションできることです。「この組み合わせならうまくいく」というマーケティングの思考実験は現実の世界では難しくても、抽象化された世界なら可能です。

例えば、ペルソナの作成や活用を嫌う人が結構いますが、理由を聞くと「リアルではないから」「具体的にそんな人は存在しないから」と言います。確かにそのままの人はいないかもしれませんが、人の頭の中で作られる人物像は具体的な事実ではなくパーセプションが先で、ペルソナはパーセプションを切り合わせた抽象的な人物像ですから、現実にいないというのであれば、そういうふうに思われていること自体をもっとよく考えるべきだと思います。

ただし、抽象的な世界だけで物事を捉えてそれで善しとしてしまうのも問題で、そのまま現実に当てはめられるわけではないですから、間違った方向に向かいかねません。抽象的に思考を深めた上で現実に戻し、フィードバックを基にまた抽象の世界でシミュレーションして思考を先に進める。そういう思考方法がマーケターにとって大事な1つのポイントであり、自分が得意とするところです。

俯瞰だけでなく、間近に見たから気づくことも多い

――次に、鈴木さんがフェローを務めるマーケターキャリア協会(MCA)について教えてください。これはマーケターの価値の見直しや再定義、地位向上を目的として設立されたとの認識で間違いないでしょうか。

そうですね。マーケターの地位が多くの日本企業で依然曖昧なままであるときに、「マーケターの地位を上げよう」と言っても聞いてもらえないので、まずマーケターやマーケティングの価値を明らかにしようと考え、それをミッションにしています。マーケターの地位といっても、私はいわゆるCMOだけがマーケティング職のゴールではないと思っています。

――どういう意味ですか。

全員が全員CMOに向いているわけでもなければ、スキルを持っているわけでもないと思います。マーケティング職は「CMOになれるかどうか」というゼロイチの選択肢しかないわけではなく、日本にマーケティングと名前の付いた職業が少ないのは、マーケティングが他の仕事に内包されているからです。だからもっとマーケターの仕事を可視化して、専門職をたくさん作る必要があると考えています。その上で、複数の選択肢の中から自分に合った仕事をすればいいのではないでしょうか。

私が主催しているミートアップでも、生粋のマーケティング職だけでなく、営業からマーケターになった方などさまざまなバックグラウンドの方が参加しています。例えば、コミュニティマネージャーの方を招いて話を伺いましたが、時世に合った面白いマーケティング職だと感じます。ほかにもクリエイティブ寄りのマーケターが来てくださるときもあります。

その場合、キャリア設計と年収のリンクが難しいというリアリティはありますが、一方で最初から「自分はCMOになるんだ」と設計できる人もそれほど多くはないでしょう。むしろ自分の個性を大事にしつつ、そこにプラスしてマーケティングの知見を身に付けていけば、それぞれの領域でより優れたパフォーマンスを発揮できるようになり、結果的にトータルで抜きん出たビジネスパーソンになれると思います。MCAではそういう視点を紹介しています。

その上で、次の段階で行いたいのは、それぞれの仕事に即したマーケティング職のタイトルの提案です。これまで「営業企画」などとされていた仕事から「これはマーケティングの〇〇職である」と切り出して専門職化し、その職に必要なマーケターの持つコンピテンシーを明確にして、組織の中で正当な評価をしていただけるような活動を行っていきたいと考えています。

――そんな鈴木さんが考える良いマーケターとは、どんな存在ですか。

大きくは2つあります。1つ目は刀の森岡毅さんもおっしゃっていますが、商売の仕組みを理解できることです。抽象―具体を行き来する思考が必要なのもまさにそこで、目の前で起きている表面的な現実だけにとらわれるのではなく、商売の仕組みを基に課題の解決策を組み立てられることが求められます。

2つ目は商売の仕組みを活用して、ビジネスを最大化する方法を立案できることです。

――つまりビジネス全体を俯瞰して見られる力が大事だという意味ですか。

いや、それだけではありません。俯瞰というと、上から、もしくは外側から見るイメージですが、実際にはもっと間近に見ないとわからないことがたくさんあります。

例えば、ニューバランスは広い意味ではスポーツブランドですが、考え方の根幹には「足の健康を考える」というカルチャーがあります。入社して気づいたのですが、そこはすごく丁寧です。足の健康を考える概念は他のスポーツブランドにも含まれてはいますが、プライオリティはそこまで高くない印象です。一方、ニューバランスは足の健康を最優先事項の1つにして、そのコンセプトから開発された靴というカルチャーを重視しています。そういうことは業務の中に深く入って、細かく見ていくから発見できる価値の仕組みであって、そうした価値を基に利益を最大化する方法を抽象化思考で考え、具現化するのがマーケターの役割です。つまり、俯瞰に限らず至近距離からも抽象化思考を進めて、ブランドの未来をつくる戦略を考え、現実のプランとして練り上げられる人が良いマーケターですね。

アイデアは外部の刺激から。読書、旅行、会話など、たゆまぬ努力の継続を

――若手マーケターを指導する中で「この人は成長する」と感じるのはどんなタイプですか。

進んで失敗する人だと思います。

――本当ですか。失敗ばかりしていたら怒りますよね。

でも、進んで失敗するような人でないとやはり成長しないのではないでしょうか。どちらかというとチャレンジしない人が多くて、安全策を取りたがる傾向が強いと感じます。

あとは、自分がやりたいことと会社の方向性が一致していることも大切です。どちらかに偏りすぎていると、やらされている感が出たりして空回りします。会社に所属している以上、やはり会社の方向性に合わせて深くコミットしていくべきで、コミットが弱いと言い訳が多くなったり、失敗から学んだりすることができなくなります。

深くコミットするという意味は、1つの仕事が片付いたら終わりにするのではなくて、その後も効果検証しながらしつこくPDCAを回していくことでもあります。よく言われるのですが、やりっぱなしのマーケターが多いと私も感じます。納品すると達成感があるのですが、反省して次はもっと良くしようと改善していける人は成長します。

――そこは私も耳が痛いところです。うまくいかなかったときは視界から消そうとします(笑)。一方、優秀な人はフィードバックを真摯に受け止めて改善に努めていますよね。

気持ちはわかります(笑)。なかなかフィードバックを前向きに捉えるのは難しくて、忘れてしまおうと考えがちですが、改善へ向けた執念は必要だと思います。

――最後に成長意欲の強いマーケターのためにキャリアアップのアドバイスをお願いします。

自分に合ったインプットの仕方を早く身に付けたほうがいいと思います。私も若い頃は本を読むのが好きではなかったのですが、とはいえある程度は知識が蓄積されないと成長カーブに限界が来ますので、乱読ではありますが、目を通すようにしています。

ただ、いくら勉強になるからといっても、本を読むのが苦手な人に読書を促しても非効率ですから、そういう人は耳で聞いたり、動画を視聴したり、人と会ったりするインプット方法の中で自分に合ったものを見つけて、とことんやったほうがいいでしょう。

これもよく言われることですが、思考を促す刺激は外からやってくるものです。だから旅をしたり、人と会って話をしたり、本を読んだりして刺激を受けるのが大事なのであって、斬新なアイデアも外部からの刺激を基に生まれます。私は内向的なのであまり外には出かけませんが、代わりに本を読んだり、映画を見たりします。それが自分にとっての外からの刺激です。そういう努力をコンスタントに続けていかないと視野の狭いアイデアしか出てこなくなります。好きなインプットの仕方でいいので、常に外からの刺激を受けて思考を止めないようにしたほうがいいでしょう。

――鈴木さん自身はこの後、どんなキャリアプランをお持ちですか。

ニューバランスの仕事は面白いし、まだやりたいことがたくさんあるので、もう少し続けていきたいです。ただ、あまり長く同じポジションにいると、世代交代ができなくなりますので引き際を考えつつ、次世代のマーケター育成のためにMCAにも力を入れていきます。

あとは、私の地元・横浜に何か貢献できることがあれば、やってみたいですね。

――本日はありがとうございました。

Profile
鈴木 健(すずき・たけし)
株式会社ニューバランス ジャパン マーケティング部ディレクター。
1991年に広告代理店の営業からキャリアをスタートし、2002年ナイキジャパン入社。ナイキゴルフの広告、Web, PRを担当。2009年ニューバランス ジャパン入社。ブランドマネジメント、PR、広告などマーケティング全般に幅広く携わる。

「Marketing Native (CINC)」掲載のオリジナル版はこちら一流のマーケターが身に付けるべき抽象化思考の重要性――ニューバランス ジャパン鈴木健インタビュー

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