フォトダイアリーで実践するUX改善、ユーザー目線そのものから顧客ニーズを掘り起こす
みなさんは“ユーザーの目線”そのものを活用し、隠れた顧客ニーズを掘り起こすUX手法をご存じだろうか。
第1回ではUXの超基本として、身近なだれかの5W1Hをイメージし、商品・サービスのアイデアを得る手法を紹介したが想像力をフル回転してユーザーの日々の利用シーンをイメージするには限界がある。そこで力を発揮するのが、上記写真のように、ユーザー目線で撮影された写真を通して、ユーザーの日常生活を感じ取る「フォトダイアリー」だ。
フォトダイアリーでは、想像するだけでは得られない、UX改善の気づきやヒントが得られる。だれでも手軽に実施できるUX手法「フォトダイアリー」を体験してみよう。
- 行動前後や行動中のユーザー目線で撮影した写真を観察すると、UX的な気づき・ヒントが得られる。
- その撮影は難しくなく、デジカメやスマートフォンなどがあればだれでもタダでできて、同僚や家族など身近な人に依頼できる。
フォトダイアリーで“見える”ユーザー体験
フォトダイアリーとは、一般ユーザーの日常生活を「スナップ写真」を通して垣間見る方法だ。UXの分野では、まずユーザーの行動・体験について情報収集するのが基本だが、私生活に密着し、自宅に滞在したり長時間の外出を共にしたりすることは通常はできない。
そのため、ユーザー自身にカメラを渡し、特定の商品・サービスを使う際の様子や気持ちを、数日程度の長い時間軸で写真として残してもらうように依頼する。そして普段のリアルな生活をそのままの目線で、写真として記録してもらうのだ。
これらの情報は、アンケートやインタビューでも聞き取れると思うかもしれないが、日常の何気ない行動を正確に思い出して話すことは、実は人間にとって難しい。そのため、この類の手法として日記法やビデオ行動観察法などがあり、昔から消費財や家電機器などの利用調査で実施されてきている。
そんな“リアルなUX”を引き出す最もお手軽な手法の1つが「フォトダイアリー」であり、弊社でもフォトダイアリーを利用する機会が増えている。
たとえば、次の写真はレジャー・旅行に関するプロジェクトのため、一般的な30代夫婦に週末に小旅行へ出掛けた際の様子を撮影してもらったものだ。
撮影者は夫で、写真の良し悪しはまったく気にせずに、妻の行動を1日中撮ってもうらうように依頼し、1コマごとにその時の妻の行動について短いコメントを書いてもらっている。本来は100枚近く撮られた写真全体を俯瞰し、行動観察していくのだが、今回は一部シーンを切り出して課題としている。
フォトダイアリーによる行動観察の心得
フォトダイアリーを撮影してもらったら、その写真とコメントを時間軸で順を追ってチームメンバーで観察してみよう。プロジェクターで写真を投影しながら、各自ポストイットに気づいた点を書き留めていくのもよいだろう。もし、コメントが少なく写真の状況が把握できない場合などは、電話や対面インタビューでその状況を詳しく話してもらうのも有効である。観察のポイントは次の2つだ。
- 不満を感じていないか
撮影者(またはその家族・周囲の人)が大なり小なり、不便や不都合に出くわしている様子や、内心では不平不満があるのに仕方ないと思ってる場面などはないか、見逃さない。
- 代替サービスの利用や、予想外の利用がないか
その商品・サービスの代わりに何か別のモノを使っていないか、あるいは、その商品・サービスを少し工夫したり、何かを組み合わせたり、予想もしないような利用法をしていないか、見逃さない。
この2つのポイントに着眼し、チームメンバーで気づいた点をブレストしながら洗い出して推察していくと、商品・サービスの課題があぶり出され、それが改善へのヒントになる。特に商品・サービスを利用中の状況だけでなく、利用に至る経緯や、利用後にどういった変化があったのかなど、文脈を広げてユーザーの心境を察してみることが大切だ。
それでは、これらのポイントを踏まえて次の課題にトライし、それぞれ1分ずつでよいので考えてみよう。
あなたは旅行会社のWeb担当者です。あなたの旅行会社はレジャー・旅行情報ウェブサイトを自社運営しています。
課題A前述のフォトダイアリー3枚の写真から、各シーンの5W1Hを整理する。
課題Bその5W1Hのシーンのなかで、旅行会社のWeb担当者として、気になる点を書きだす。
課題C課題Bで気になった点をヒントとして、自社サイト・サービスに生かすアイデアを考える。この段階では実現可能性は問わず、どんどん発想を広げる。
課題A:ユーザー体験を5W1Hでイメージ
課題Aで大切なのは、第1回で説明したUX的発想の基本「ユーザー体験を5W1Hでイメージ」することだ。実際にみなさんは、写真に写っている事実に基づいて5W1Hを考えたのではないだろうか。写真3コマの行動の文脈を分解してみると、下記のような5W1Hになるはずだ。観察する人によってブレ幅は少なく、事実として客観的に利用シーンを捉え直しただろう。
Who | 30代会社員の夫婦のうち妻が |
---|---|
When | 旅行先へ行く途中のバス待ち時間に |
Where | バス亭近辺や、最寄りのコンビニで |
What | 行き先のお店などの諸情報と営業日を |
Why | たまたま待ち時間があり、行き先の諸情報をもっと知りたいので |
How | レジャー雑誌を見たり、自分のケータイで検索して調べた |
課題B:サービス提供者として気になるユーザー行動を洗い出す
課題Bは、観察する人の職業などによって気づくポイントが変わってくるが、旅行会社のWeb担当者という前提で考えてみよう。たった3コマなので観察側にはわからない前後関係も当然あるが、それでも気づくことは何点かある(実際には100枚近い写真を俯瞰するため、気づく点はより多い)。
次のように、観察して気になってポイントをメモしていこう。
- 情報集めは旅行サイトよりも雑誌や店舗Webサイト
旅行に行く途中、バス待ちなどのちょっとの時間でも、雑誌やお店ホームページを見て、行き先の店舗情報や特に営業日を探そうとしている。逆に、自社/他社の旅行情報ウェブサイトは見ていない。
- 旅行中は万事物事が上手くいくとは限らない
お店が休みで残念だったが、その代わりになるようなお店を探したのだろうか?
- バスのデメリットが見え隠れ
バスのほうが目的地まで便利だったから利用したと思うが、路線バスは遅れがちで行き先がわかりにくい。便数にも限りがあり、待ち時間が長いなど難あり。
課題C:ユーザー体験をもとにアイデアにつなげる
最後の課題Cは、課題Bの“気になるポイントをヒント”とし、レジャー・旅行情報サイトの運営担当者として、自社サイト・サービスの改善施策や新たな企画アイデアにつながるかを考えてみよう。ここでは、予算や開発工数、技術的制約などは考慮せず、ブレスト的に可能性をどんどん広げる。
- 満たせていない旅先での検索ニーズをかなえる
バス停での待ち時間という状況で、行き先のレジャー情報の検索ニーズを満たすようなアプリを検討する。たとえば、
スマホのGPSでバス停を特定すると、そのバス停から発車するバスのルート近隣のレジャー情報を自社データベースから簡単に探せる。こんな機能があれば、ユーザーにとって便利なはずだ
などと想像する。バス利用者が少数だとしても、駅を特定して沿線情報を探せる機能などを展開をすれば、ユーザー層が広がる。
- 旅程がうまくいくようにフォローする心遣い
当日行きたい店が定休日だったり営業時間が終わっていることは、多くの人が一度は経験するだろう残念な体験だ。つまり、自社サイトでも、店・レジャースポットの検索条件に「日時」と「時間」を指定し、検索できる機能があればよい。また、検索しても日時的な条件が合わない場合には、代わりになる似た属性の店を出せるような機能があれば“ユーザーはうれしい”はず。
- 不便のなかから利便性を引き出す
自社サイトの観光バスツアーなどに加えて、バス時刻表などを充実させて路線バスによる「バス旅」の検索を設ければ、今回のようにバスで近場スポットを旅する“ユーザーは使いたい”のではないか。
別の視点として、私鉄のバス会社などは、通勤通学や買い物などの近隣住民の固定需要の他に、旅行者を呼び込む施策があれば歓迎するはずなので、提携もありえる。
フォトダイアリーで“リアルなUX”を目撃しよう
課題A/B/Cで頭を捻ってみると、第1回のように想像力を働かせるだけでは思いつかない、ユーザーが現実に体験した“リアルなUX”がアイデアの種になっていることが体感できたはずだ。
このプロセスを簡単にまとめると、ユーザーと状況を特定し、その体験の課題・問題を表面化させ、それを「ユーザーにとって便利」「ユーザーはうれしい」「ユーザーは使いたい」という改善・解決のアイデアに導いている。
課題A:客観的なユーザー体験の状況の特定
課題B:その状況でのユーザー体験の課題・問題シナリオの抽出
課題C:その状況でのユーザー体験の改善・解決シナリオの導出
UX手法では、ユーザー体験を細部までよく観察することが最も肝要だが、昨今、モバイル端末・スマートフォンの普及が一段と加速しているなか、ユーザーがウェブへアクセスする場面は外出先や、クルマや交通機関での移動中であることが非常に多くなっている。そして、これまでの我々の日常生活にはなかったタイプの困った状況や、うまくいかない場面などが日々生じている。
実際に筆者自身も、フォトダイアリーを観察した後は、Web担当者の方と次のような流れでブレストを進めるが、その企業の商品・サービスの意外な利用状況、もしくは、利用されない状況を目の当たりにし、「これまでの調査で見えなかった新鮮な気づきや発見がある」と、感想をもらうことは多い。
フィールドワークといわれる専門的リサーチ法もあり、調査員が特定の利用シーンの現場、たとえば、家庭内や店舗、仕事場などでユーザー行動を直接調査をする場合もある。しかし、レジャーや旅行、街でのショッピングなどは移動をともない、家族もいるため、調査員が同行できない場面も多い。その場合は、本人または家族や友人などに撮影を依頼して行う、フォトダイアリー手法が効果的なのである。
機材はスマホでOK。同僚や家族にフォトダイアリーを依頼
今はスマートフォンの普及のおかげで、だれでも気兼ねなく写真を撮れる時代だ。同僚や他部署の方、または家族の理解を得て撮影を依頼しよう。依頼するときのポイントは、テーマが自社のウェブサイトや商品・サービスを利用する場面だとしても、その利用前後の時間や行動がわかるよう撮影をしてもらうことだ。
みなさんが普段のスナップショット撮影にスマートフォンを利用するように、フォトダイアリーを撮影してもらえば問題ない。ピンぼけ、手ぶれ、アングルなどは気にする必要はない。写真のうまい下手ではなく、見ているものは何か、どんな状況かをドキュメンタリー的に追っていくことが大事だ。
撮影はスマホ自体の写真アプリでも構わないが、コメントを書き込みたい場面もある。その際には、たとえばGoogle+などのアプリで撮影(もしくは撮影した写真を後からGoogle+に取り込む)してもらうとよい。撮影者本人が何か言葉を発したい気になった写真については、コメントを追加してもらうなどすると、行動に加えて発話や思考、感情を補足できるので観察時の情報量が増える。
また、スマートフォン撮影の大きなメリットは、自動的に日時とジオタグ(GPSを利用した位置情報)が記録される点だ。特に撮影地点の位置情報が残っていると、広範囲な移動をともなう旅行やドライブなどの場合でも移動の軌跡をトレースできるため、貴重なデータとなる。
フォトダイアリーは、デジカメやカメラ付きケータイが普及した今では、とても手軽に試せる手法なので、ぜひチャレンジしてもらいたい。
- 事実として起きている“リアルなUX”を観察すると意外な発見や気づきがあり、それが新しいアイデアのヒントになる
- フォトダイアリーは、会社の同僚や自分の家族など、身近な人にお願いできる
- 屋外や外出先で利用されるウェブサイトやアプリ、商品・サービスの行動観察には、フォトダイアリー手法が有効
- スマートフォンとGoogle+などを組み合わせると、フォトダイアリーの撮影から観察までがお手軽かつ低コストでできる
ソーシャルもやってます!