平飼いの養鶏場で採れた卵の通販を手がけ、現在は飲食店やホテルなどを備えた複合リゾート施設「大江ノ郷自然牧場」も運営しているひよこカンパニー(本社は鳥取県)。自社ECサイトの売上高が5年で10倍に増え、さらなる事業拡大に向けて2021年4月にオムニチャネルを開始しました。
食品やスイーツを扱う同社がオムニチャネルに取り組むことで、どのような成果が生まれているのでしょうか。その答えを探るため、小原社長にオムニチャネルを実現した方法と成果についてお話をうかがいました。(聞き手:フューチャーショップ カスタマーコンサルテーション部 ECコンサルタント 八木智仁)
食品ECを手がけている企業はもちろん、食品以外であっても、ECやオムニチャネルに取り組んでいる企業にとって必見の内容です。ぜひ、ご一読ください。
ひよこカンパニーとは?
1994年、当時としては珍しかった平飼い(ケージではなく、地面で飼う方法)の養鶏場を創業し、卵の通信販売を開始した。現在は主力商品の「天美卵(てんびらん)」をはじめ、スイーツや加工食品、鳥取のおすすめ商品などを販売している。
EC事業を開始したのは2004年。2012年には「futureshop」を導入して定期コースの販売を強化した。
2021年4月には「futureshop」のCMS機能「commerce creator」を導入するとともに、「futureshop omni-channel」も導入してオムニチャネルを開始。実店舗とECの会員情報やポイントを統合した。現在はオムニチャネルを軸にEC売上高を急速に伸ばすとともに、「大江ノ郷自然牧場」のファンを増やしている。
通販事業を拡大していくなか、2008年からは卵や加工食品を扱う直営店や飲食店をオープンした。さらに、宿泊施設や体験型施設なども加わり、複合リゾート施設「大江ノ郷自然牧場」として運営。「大江ノ郷自然牧場」は全国から年間36万人以上が訪れる人気スポットになっている。
カフェ「ココガーデン」と複合施設「大江ノ郷ヴィレッジ」
廃校になった小学校を改装し、宿泊施設をオープンした
1994年の創業当初から「卵の通販で生きていくと決めていた」
フューチャーショップ 八木智仁(以下、八木):養鶏業で創業し、現在は食品の通販やEC、そしてリゾート施設「大江ノ郷自然牧場」も成功をおさめている御社が、これまでどのようなことに取り組んできたのか。また、オムニチャネルをどのように実現したのか。EC業界の皆さんも気になっていると思いますので、ぜひ詳しくお聞かせください。
ひよこカンパニー 小原利一郎氏(以下、小原氏):わかりました。私のお話がEC事業者さんのお役に立てば幸いです。
八木:まずは、御社が創業した経緯からお聞かせいただけますか。
小原氏:1994年、私が29歳のときに養鶏場「大江ノ郷自然牧場」を創業しました。
創業のきっかけは、平飼いで鶏を育てる養鶏場を作りたかったから。私は専門学校を卒業後、父が経営していた養鶏場に入社したのですが、その養鶏場はケージ飼い(ケージの中で鶏を飼育すること)で、工場のような環境で鶏を育てることに違和感を持っていたんです。
もちろん、卵を大量かつ安定的に供給するにはケージ飼いが適しており、そのやり方を否定するわけではありません。実際、養鶏業界はケージ飼いが主流です。ただ、私の価値観には合わなかったということです。
八木:ご自身が理想とする養鶏業を営むために、ひよこカンパニーを創業したのですね。いつから通販を始めたのでしょうか。
小原氏:創業した当初から、通販で生きていくと決めていました。
平飼いは生産コストが高いため、卵の小売価格は1個100円ほどにしないと収支が合いません。ただ、その値段だとスーパーなど一般的な流通チャネルに卸すのは難しいでしょう。
平飼いの養鶏を成立させるには、付加価値の高い商品を作り、高単価でも買ってくださるお客さまを見つけなくてはいけません。その解決策の1つが「通販」でした。
「大江ノ郷自然牧場」を運営しているひよこカンパニー 代表取締役 小原利一郎さん
訪問販売で顧客を開拓して「定期コース」に引き上げた
八木:小原さんが創業した1994年は、日本ではまだEC市場がほぼ存在しない時代でしたね。食品を通販で売る自信はあったのでしょうか。
小原氏:当時、食品の通販と言えば「ふるさと小包」が圧倒的な存在でした。「ふるさと小包」は今で言うECモールのようなもの。創業当初の私は、「ふるさと小包」に出品すればそれなりに売れるだろうと考えていました。
八木:勝算はあったと。
小原氏:いけると思っていたんですよ。でも、そんなに甘くはありませんでした。
1パック30個入りで約3000円の卵を「ふるさと小包」で販売したのですが、売れたのはわずか10ケース。まったく商売になりませんでした。
八木:現実は厳しかったんですね。
小原氏:そうなんです。危機感を覚えた私は、まずはとにかくお客さまを増やすために、鳥取県内で訪問販売を行いました。
その日の朝に採れた卵をトラックに積んで、個人宅を1軒ずつ訪問しました。卵を試食していただいて、気に入ってくださったお客さまに宅配でお届けする営業スタイルから始めました。
お客さまのなかには「毎週届けてほしい」とおっしゃってくださる方もいらっしゃいました。今となっては、これが通販の定期コースのスタートです。
八木:とても興味深いエピソードですね。
小原氏:お客さまが増えてきたら、地区ごとに商品をまとめてお届けする共同購入の仕組みも取り入れました。生協のような仕組みです。共同購入によって配送効率が上がり、ご近所さんの口コミでお客さまも増えていきました。
八木:対面でお客さまを開拓し、口コミで認知を広げていく。そして、商品を気に入ってくださった方がリピーターになる。商売の本質を捉えた取り組みのように感じます。ちなみに、当時はお1人で商売をされていたんですか?
小原氏:はい。鶏の世話から営業、出荷まで、すべて1人で行っていました。ですから、最初の数年間は販売エリアが鳥取県東部に限られていて、ほぼ口コミのみでお客さまを増やしている状態でした。
雑誌『dancyu』に取り上げられて卵が大ヒット、1999年に通販を本格化
八木:通販のお客さまは、どのように全国へと広がっていたったのでしょうか。
小原氏:雑誌『dancyu』に弊社の卵が取り上げられたことをきっかけに、知名度が上がり、全国からご注文をいただけるようになりました。
鳥取県の食材を紹介する企画があり、取材を受けたんです。『dancyu』編集部の方が弊社の卵を買ってくださったことが取材のきっかけでした。
『dancyu』に掲載されたことをきっかけに、他の雑誌などからも取材の打診を受けるようになり、連鎖的に認知が広がっていきました。
八木:その頃もまだお1人で事業を行っていたのですか?
小原氏:通販事業が拡大してきたことを受けて、1999年に初めて社員を採用しました。それまで私が行っていた宅配事業を社員に任せて、私は通販に専念するようになりました。
コンテンツマーケティングでファン作り
八木:通販のお客さまを増やすために、どのような施策を行っていたのでしょうか。
小原氏:主に新聞広告や新聞折込チラシで新規のお客さまを獲得していました。過去に購入してくださったお客さまにダイレクトメールを送付し、休眠顧客を掘り起こすこともありました。
当時のダイレクトメールは私の手作りでしたので、思い返せばとても荒削りなものでした。でも、レスポンス率は20%くらいあって、通販のお客さまの増加に寄与していました。
また、商品にニュースペーパーを同梱する取り組みも、リピーターの獲得に効果がありました。ニュースペーパーは商品を紹介するだけでなく、弊社のことをより深く知っていただくために、会社の理念や取り組みなどを伝えることも意識していました。
空気や水が綺麗なこの土地で育てた鶏だからこそ、美味しい卵が採れること。弊社が平飼いにこだわっている理由。そういったことを丁寧に伝えることで、理念に共感してくださるお客さまを増やしていくことが大切だと考えていました。
20年以上前に始めたニュースペーパーは、現在も月1回ほど発行しています。
八木:当時から、ファンを増やすためのコンテンツマーケティングに取り組んでいらっしゃったのですね。
小原氏:創業当初から、お客さまとのつながりを大切にしてきました。
コミュニケーションの方法は冊子やダイレクトメール、メルマガ、アプリなど時代とともに変わっていますが、お客さまとのコミュニケーションが通販の肝であることは、いつの時代も変わらないと思っています。
お客さまとのエピソードを1つお話しします。2000年ごろ、ニュースペーパーを読んだお客さまが、激励のお手紙とご自身の農園で採れたリンゴを送ってくださったことがありました。私のことを、遠くに住んでいる親戚のような気持ちで見守ってくださっていたのかもしれません。とても嬉しい出来事であり、今でも忘れられない出来事です。
ニュースペーパー「大江ノ郷たより」の創刊号(写真上)と2023年5月号(写真下)。20年以上にわたり月1回発行し、会社の理念や取り組みなどを顧客に伝えている
2004年「楽天市場」に出店し「週間ランキング1位」獲得も手応えをつかめず
八木:EC事業は何年に始めたのでしょうか。
小原氏:2004年に開始しました。まずは「楽天市場」に出店し、翌2005年に「WISECART(ワイズカート)」というサービスを使って自社ECサイトを開設しました。
ECという新たな販売手法に注目が集まり始めていたので、販路を拡大するためにEC事業に参入しました。ただ、食品をインターネットで購入する消費者がまだ少なかった時代です。経営の軸はあくまでもオフラインの通販であり、ECにはそれほど力を入れていませんでした。
八木:EC事業の売れ行きはいかがでしたか?
小原氏:結論から言えば、手応えを掴むことはできませんでした。
「楽天市場」に出店してほどなく、弊社のプリンが「楽天市場」のプリンジャンルで週間ランキング1位を獲得したんです。
でも、売上高は期待はずれでした。「1位なのにこんなものか」とがっかりしたことを覚えています。当時は食品ECの市場規模がそれほど大きくなかったため、週間ランキング1位でも、オフラインの通販事業と比べたら売上高のインパクトは小さかったですね。
八木:ECに期待しつつも、手応えを掴みきれていなかったと。
小原氏:そうですね。それから数年間は出店していましたが、出店料や広告費などの負担が重く、受注処理に手間がかかることも悩みの種でした。
また、「楽天市場」でセールやポイント還元を行うと、弊社から直接買ってくださるお客さまが相対的に損することも受け入れがたかったです。
そして何より、「楽天市場」ではリピート率が思うように伸びませんでした。おそらく、ECモールで買い物をするお客さまは、そのモールで買い物をしているという感覚が強く、店舗そのものの固定客にはなりにくかったのでしょう。「楽天市場」の会員さんに対して、ECモールを通さずにプロモーションを行うこともできませんから、ファン化は難しいと感じました。
そういった課題も踏まえて、ECモールに注力するのは当時の弊社にとっては得策ではないと判断し、2008年に「楽天市場」から撤退しました。
2000年代は自社ECもほぼ手付かず
八木:ECモールでは手応えを掴めなかったとのことですが、自社ECサイトの売れ行きは、いかがでしたか?
小原氏:実は、自社ECサイトはさらに売れていませんでした。
当時は広告をほぼ使っていませんでしたし、SEOなどの集客手段も行っていませんでした。ECサイトの更新頻度も低く、自動販売機のような感覚で運営していましたから、今思えば売れないのは当然ですよね。
八木:ECを始めた後も、オフラインの通販がメインだったのですね。
小原氏:はい。弊社のお客さまは年齢層が比較的高いこともあり、ECを強化する必要性が低かったことも、ECに注力していなかった理由の1つでした。当時、新聞広告には自社ECサイトのURLすら記載していませんでしたから。
定期コースの受注とCRMを効率化するため「futureshop」を契約
八木:ECに力を入れていなかったとのことですが、2012年に「futureshop」を契約してくださった理由は何だったのでしょうか。
小原氏:「futureshop」を契約したのは、定期コースの注文や顧客管理を効率化したかったからです。
当時、通販の定期コースのお申し込みは主に電話やハガキで受けていました。当時のカートシステムでは、「3か月コース」や「6か月コース」などをご注文いただいた場合、自動的には契約が更新されず、継続するにはお客さまが再度注文する必要があったんです。
この仕組みでは定期コースの離脱率が高くなりますし、受注処理や顧客管理にも手間がかかってしまいます。ですから、定期コースの受注をオンライン化し、運用を効率化するために、定期購入機能が備わっている「futureshop」を導入しました。
2012年ごろは、リピート通販専用のカートシステムはいくつかありましたが、一般的なECにも対応できて、かつ、定期購入機能も備わっているカートシステムは、ほとんどなかったと記憶しています。「futureshop」は機能が多く、食品ECサイトの導入実績も豊富だったため、「futureshop」を選びました。
「futureshop」の定期購入機能で「頒布会」を実施している
EC売上高が5年で10倍。コロナ禍がEC事業の転機に
八木:「futureshop」を導入していただいてからは、定期コースを軸に自社ECサイトの売上高が伸びていますね。特に直近5年間は売上高が10倍に増えるなど、目を見張る成長率です。
小原氏:実は、2019年まではEC事業に本気で取り組めていませんでした。オフラインの通販やリゾート施設の業績が好調だったこともあり、ECの必要性をそこまで強く感じていなかったんです。
2020年春以降のコロナ禍が、EC事業の転機になりました。消費者が外出を自粛し、弊社の直営店やリゾート施設の客足も大きく落ち込むなかで、EC事業の強化が喫緊の課題になったんです。
八木:本当に大変な状況だったと思います。
小原氏:当時は危機的な状況ではありましたが、結果的にコロナ禍があったからこそ、EC事業の強化に踏み切れたという意味では、ピンチをチャンスに変えることができたと思っています。
当時、ECサイトのポテンシャルの大きさを実感できた出来事があったので、お話しさせてください。
2020年4月に、関西ローカルの朝の情報番組で、弊社の卵が取り上げられました。ステイホームでも楽しめるお取り寄せグルメとして紹介されたんです。
すると、番組放送の直後からECサイトに注文が殺到し、1日で1000件以上も受注しました。通販のように電話で対応することもなく、自動的に注文が次々と入ってくる。その経験によってECの可能性を痛感し、これからはECが絶対に必要だと確信しました。
八木:そのときの成功体験が、ECに本腰を入れるきっかけになったのですね。
小原氏:はい。そこから私はECについて、本気で勉強を始めました。
さまざまな勉強会に参加し、他社のECサイトも徹底的に研究しました。それまで代理店に任せきりだったネット広告も自分で運用して、成果を出す方法を模索しました。
私はEC歴こそ長いですが、本気でECに向き合うようになったという意味で、2020年が「EC業界1年生」だと思っています。
100年続く企業をめざしてオムニチャネルを決意
八木:2021年3月にはアプリをリリースし、オムニチャネルも開始しました。EC事業を強化するだけでなく、なぜオムニチャネルに踏み切ったのでしょうか。
小原氏:オムニチャネルの構想は、2010年代の前半から持っていました。
2008年に直営店をオープンしたことを皮切りに、飲食店や宿泊施設などの複合リゾートを作っていくなかで、リアルとECが連携すること、すなわちオムニチャネルがいずれ必要になると思っていたんです。
リゾート施設の来場者が帰宅した後に、ECサイトで商品を購入する。逆に、ECサイトを利用しているお客さまが、リゾート施設を訪れる。ECとリゾート施設がシームレスにつながることでこうした循環を生み出し、「大江ノ郷自然牧場」のお客さまを増やしていくことが理想だと考えていました。
ただ、オムニチャネルを実現するために何をすれば良いか、具体的にイメージできていませんでした。また、オムニチャネルに必要なシステムを個別に開発すると、莫大な費用がかかりますから、現実的ではないとも思っていました。
八木:それでもオムニチャネルを決断したのはなぜですか?
小原氏:コロナ禍でリゾート施設の来場者が減ったことは、1つのきっかけになりました。
弊社は100年続く企業をめざしています。そのためには、いずれはオムニチャネルを実現しなくてはいけません。いずれオムニチャネルを行うなら、今しかない。そう決断し、社内システムの刷新に乗り出しました。
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オリジナル記事:EC売り上げが5年で10倍! 鳥取「大江ノ郷」に学ぶ顧客のファン化、オムニチャネルの実現方法と成功の秘訣 | E-Commerce Magazine Powered by futureshop
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