ネットショップ運営において、ショップ名やブランド名、さらには商品名など名前をつけるシーンは非常に重要。なぜならその内容次第では売り上げに影響することもあるからです。そこで今回はネーミングのコツなどについて、コピーライター兼クリエイティブディレクターの小藥元 (こぐすり げん)さんにお話を伺いました。
小藥さんについて
小藥元さん
meet&meet コピーライター/クリエイティブディレクター 小藥 元さん
早稲田大学卒業後、2005年株式会社博報堂入社。第五制作室・コピーライター配属。2014年8月「meet&meet」設立。meet Inc.代表取締役。東京コピーライターズクラブ会員(06 年新人賞受賞)。これまでのおもなブランドコピー開発に、FIBA バスケットボール・ワールドカップ2023 テレビ朝日「1 歩、1本、日本。」NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』「晴れ、雨、進め。」TikTok「もっと世界を好きになる。」マイケル・ジャクソン遺品展「星になっても、月を歩くだろう。」。おもなブランドネーム開発に、パルコ「PARCO_ya/パルコヤ」岡本「まるでこたつソックス」関東最大級サウナ宿泊施設「かるまる」ユーグレナ「からだにユーグレナ」がある。著書『なまえデザイン』(宣伝会議)。
――小藥さんの自己紹介をおねがいします!
コピーライターでありクリエイティブディレクターです。ディレクションとは方向性のことですが、言葉は「ここだ!」という定義ができたり、「こっちだ!」と方向性を示したりすることができるんです。
「コピー」というと多くの人がキャッチコピーを作る仕事を想像するかと思いますが、私の場合、キャッチコピーと言われるような仕事は全体の1~2割程度で、ブランドのスローガンやタグラインを生み出す仕事や、もっとだいぶ手前の企業全体の事業定義やブランドの方向を決めていく仕事が主となっています。
キャッチコピーは、わかりやすく言えばイベント期間だけとかプロモーション要素が大きいもの。限定された期間に存在するものです。私が手がけた仕事でいうと、マイケル・ジャクソン遺品展の「星になっても、月を歩くだろう。」や、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の「晴れ、雨、進め。」ファミリーマートのコーヒーが変わったときに書いた「変新!」などが該当します。
一方、ブランドのスローガンやタグラインは、川崎市の「Colors,Future!いろいろって、未来。」やTikTokの「もっと世界を好きになる。」のように、期間限定ではなく長く使われていく前提、ブランドのアセットになるようなものになります。
ただ前者の仕事においても、私は人の心や記憶の中で長く残るものを生みたい気持ちで仕事をしています。独立後は、ブランドネーミングをする機会も多くいただきました。とかく表現に目が行きがちですが、これもアウトプットする手前のブランドコンセプトの構築や、そもそも定義をすることから私の仕事になります。
ネーミングの目的は、お客さまに選んでもらうための差別化?
――ネーミングとはなんでしょうか? 名前をつけるというのは、そもそもどういう目的やどういった価値を得るためにするものなのでしょうか? たとえば、「牛乳」→「おいしい牛乳」「しっかり濃厚」「特濃」などがあると思うのですが。
世界に牛乳がひとつしかなければ名前は「牛乳」でいいんですよね。それが価値です。だけど牛乳は何種類もあるので、名前が「牛乳」では区別がつかない。どんなビジネスでも基本的にはお客さまに選ばれる宿命にあり、選んでもらうために差別化を図っていく必要性があります。
その一つの大きなものとして名前をつける=ネーミングの目的があり、それは価値を生み出すためです。牛乳を伝えるだけではライバルが多すぎて価値がなくなってしまったのです。
本来「名前」とは育てていくもので、愛されるブランドに成長させていくもの。それが本質です。 機能的にあまり変わらない商品であれば数多くあるライバル商品のなかに簡単に埋もれてしまうので、今この瞬間に目を引くキャッチーな名前が必要な場合もある。 ネーミングにスピード感が求められるようになったのです。
ビジネスシーンにおけるネーミングの重要性
――ビジネスシーンにおいてもネーミングは重要ですか?
「ネーミング」というと、多くの人がブランド名やショップ名のことと捉えがちですが、それだけではなく、サービス名や会社の部署名、あるいは考え方や思想などでもネーミングすることを意識したほうがいいかもしれません。
先日スーツケースが壊れたのですが、傷だらけでも愛着を持っているものなので、買い換えずに修理に出そうとお店に行ったんですね。そのとき感じたのが、修理ってマイナスをゼロにするものだけど、そうじゃないなと。修理を別の言葉に置き換えることができたら、お店と私=お客さんの間に、新しい関係性が生まれるかもしれませんよね。またそのスーツケースブランド独自の言葉になるはずです。
署名やプロジェクト名、職業名などでも同じで、名前ひとつで固定された価値をオセロのようにひっくり返せるんじゃないかなと考えています。「人事部」や「総務部」という言葉は歴史もあって素敵な名ですが、もっとモチベーションを上げる名前に変えられるかもしれません。
そうすれば、中で働く人の意識が変わり、行動が変わる。職業名だって変えることで仕事の幅も広がるかもしれないし、職業の認知度や好意度にも影響があるでしょう。ビジネスの武器になる可能性をさまざまな箇所で秘めています。
「よなよなエール」でおなじみのヤッホーブルーイングさんではユニークでオリジナルの名をブランド名に限らず、さまざまなところにつけています。たとえば、人事部の名前は「ヤッホー盛り上げ隊」といいます。「中途採用を担当する」などではないわけですよね。
会社全体を盛り上げるための施策やカルチャー・風土を率先して作っていくチームなんだと自覚できますよね。組織に対する愛着も行動も変わったのではないかなと思います。
買取専門店「なんぼや」を運営するバリュエンスグループのCEO嵜本晋輔氏は、ものを鑑定する鑑定士の仕事を「バリューデザイナー」としたそうです。鑑定士はプロフェッショナル性を表すよい名前ですが、職域が狭まっていた側面もある。「バリューデザイナー」という呼称だと、目の前の何かに対する鑑定に止まらず、自らお客さまに提案をする姿勢を促しているのではないかと感じます。
EC運営におけるネーミングの重要性は?
――EC運営においてもネーミングは重要ですか?
重要だと思います。お皿屋さんとか牛乳屋さんというのはカテゴリー名で、自己紹介にはならないんですよね。だから、「何屋さんか」っていうことよりも「何者か」が重要になってきます。そこで初めて個性が生まれるのです。
その時、自分らしさを伝えることが大切です。人気なECは自分が何者かをきちんと伝えられていて、ファンがついていると感じます。先ほどの話にもつながりますが、使う言葉ひとつで自分たちのブランド活動の方向性が変わるはずです。
ECであれば「梱包作業」はどんな言葉に言い換えられるだろうとか、ネットショップの「運営チーム」をなんて呼ぼうかとか、ブランド名や商品名以外のネーミングもしっかり考えたほうがいいです。ネーミングでは自分たちがワクワクできて愛せることが何よりも大事です。
ブランドや会社のスタッフが、ここで働くのが好き、働いている自分が好きと思えてはじめて、外の人も「このブランドいいな」「この会社素敵だな」と感じられるようになる。働く人のアイデンティティとブランドのアイデンティティがリンクするかどうかは極めて重要なことだと私は考えています。
働いている人が自分たちのブランドをもっと好きになれれば、もっと前向きになり、もっとアイデアを出したくなり、結果的によいブランドに育っていくと思います。そういう意味では、ブランドは内側から醸成されていくものなので、中で働く人が愛着の湧く名前を考えてみることをおすすめします。
ネーミングするときに重視すべきポイントは「自分で理由をきちんと語れるか」?
――名前をつけるときに重視すべきポイントを教えてください。
ネーミングで重視すべきポイントは、自分たちに根ざしているかどうか。その名前をつけた理由をきちんと語れるかどうか。なんとなくはやめたほうがいいですね。
ファンにとっても、インナーにとっても納得や好意を持てる理由を持ちたいところです。「目立つから」だけが理由というのも信用や信頼を得にくい。名前だけが宙に浮いていると、いずれ風船のように飛んでいってしまいます。自分の趣味趣向や考え方が伝わる名前をつけてほしいです。
ブランドの価値を誰かに届けたい、商品を買ってもらいたいという場合は、「I」だけではなく「WE」という視点が重要です。私が名前を考えるときは、相手とつながれる言葉、相手にとっても自分の言葉になるかどうかをすごく意識しています。
その人が「私が好きなお気に入りのブランド」だと感じるなら、それはもうファンですよね。「誰のものでもなくて自分のもの」と思ってもらえるブランドは強いですよ。
ネーミングってどうやるの? 基本的な3つの手順
――ショップオーナーが自身の商品やブランドの名前を考える際に注意すべきポイントはありますか?
ブランド名を考えるときは、先ほど重視するポイントでもお話した通り、周りがどうとか流行りがどうとかを意識しすぎず、自分に根ざした名前をつけることをおすすめします。そうでないと、整合性が取れなくなります。
核になるものに基づいた名前であれば、事業がうまくいかなかったときや売れなかったときにも、原点に戻って立て直しを図ることもできます。
一方で、商品名については、商品を売らないと利益が上がらないので、やはり競合他社との差別化を図れる名前をつけることが重要です。私はいつも「止まらない言葉、転がる言葉」を生むことを意識しています。
私が手がけたサウナ宿泊施設「かるまる」は、「かるまろ」「かるまった」「かるまります」「かるまる?」のように、名詞だけに止まらず動詞や形容詞としても使われています。また一部の人には「サウナ界のディズニーランド」と呼ばれて親しまれています。
人って言葉で遊ぶんですよね。そこでコミュニケーションが生まれるからファンが増えて、マーケットが大きくなっていくんだと思います。ですから、その名前からどんな会話が生まれるのかな、略されたらこう呼ばれるかな、あの人だったらこんなことを言ってくれるかもしれないな、といったことを想像しながら名前を考えたほうがいいですよ。
コミュニケーションとしてなかなか遊んでもらえるような未来を描けないなら、選ばないほうがいい。カッコいいことをいっても愛されて転がらなければ、みんなの言葉にならないと思います。
――ネーミングでもっとも大事な部分は何でしょうか?
クライアントには「価値と価値」、2つの価値があることを意識してくださいとお話しています。価値には、ブランド側が伝えたい価値とユーザー(お客さん)にとっての価値があり、両者が結び付くところに本当の価値があります。
ブランドの価値を伝えるときには、カッコいいことを言いたくなりますが、それがほかのブランドでも言えることなら埋もれてしまいます。それと、言葉だけでなくデザインも大事です。私はコピーライターなので言葉ファーストというかコンセプト主導で考えますが、デザインから生まれるものもたくさんあります。
ただし、名前とデザインはイコールなので一貫性がなければダメ。芯の部分がしっかりつながっていることが大切です。
――ネーミングを1からする場合、まず何から考えたらよいでしょうか? 手順などがあれば教えていただけると嬉しいです
名前は左脳と右脳を行ったり来たりして生み出すものなので、「この作り方がベストです」と明示することはできませんが、基本的な流れを紹介しますね。
まずはコンセプトを決めます。価値規定する。そのコンセプトを基に、ブランドや商品の名前を考えます。次に考えるのが商品名やサービス名のそばに入れるショルダーコピー(タグライン)。ショルダーコピーで、商品やサービスの価値を一言で伝えるのです。
そしてこの世界観を過不足なく表すロゴデザインをセットで作ります。さらに、パーソナリティーを決めたほうがいいでしょう。パーソナリティーはペルソナとは別物で、自分のブランドの性格のことを指します。知的さや上品さ、エレガンス、洒落っ気、茶目っ気などブランドが大事にしたいものや、この活動はしない、この言葉はつかわないなど、省きたいものをクリアにするのもいい。
ブランドのベクトルを定めておけば、自ずとサイトデザインの方向性も決まっていきます。「自分たちが何者なのか」というベースがしっかりしていれば、商品開発や施策を実施するときに良し悪しの判断ができてぶれにくくなります。
――他にもネーミングする際のポイントがあれば教えてください
ネーミングのポイントをもうひとつあげるとするなら、「口にしたくなる音かどうか」を重視することです。何度も口にすると愛着が増すので、お客さんには繰り返し口にしてもらう必要があります。難しい音だな、言いたくないなという名前だと呼んでもらえません。
名前には理由や意味があることが大切だとお話しましたが、感覚も非常に大切で、なかでも音の響きはブランドや商品が育つうえでとても重要です。
ネーミングによって成功した事例
――ネーミングによって成功した事例・名前を変えて売れ行きが上がった事例などありましたら教えてください。
日本酒ベンチャーClearが手がける日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」のリブランディングでは、売り上げが劇的に変わりました。もともとの表記は「SAKE100」で、読み方は今と同じ「サケハンドレッド」なんですが、数字表記だと「サケヒャク」と読めるんですよね。
リブランディング前は「100年誇る一本を」をブランドコンセプトでした。100をお酒の文脈ではなくラグジュアリーの文脈で「100点」と捉え、「そのすべてが満ちていく」というブランドタグラインをまず作ったんですね。そこからネーミングを考えていくと、そもそも足元に答えがあるじゃないかと気づいて。
「SAKE HUNDRED」に変えましょうと提案して、ブランドを再構築しました。「SAKE HUNDRED」は今や売り上げ4000万から20億のブランドに成長しています。もちろんパッケージデザインも変えましたけれど、イメージが劇的に変わったよい例じゃないかなと思います。
背骨がしっかりすると、ブランドの佇まいやアクティベーションも成功すると思います。
書籍『なまえデザイン』について
――非常に興味深いエピソードや、事例について書かれていますが、特にEC事業者さんに読んでほしいところはどこですか?
とくにTHINKING4の「愛デンディティー・ブランディング」の章をおすすめします。アイデンティティの「アイ」は「愛」なんですね。ネーミングのスキルは大切ですが、私が一番重視しているのはそこに至る前の考え方、会社やブランドの存在意義の部分です。
どんなアイデンティティを作るか、そのアイデンティティを愛せるかどうかは、ネーミングするうえでもそうですし、企業の活動の中で重要なポイントになります。点と点がバラバラに存在するのではなく、ちゃんと結び付けるものを作ることが大事。
だからこそ、名前をつける前のコンセプトを決める段階で、自分のブランドはどういうものなのかと深掘りしていくことに時間をかけるべきだと思っています。ご自身はもちろんのこと、ユーザー(お客さん)にもECの運営スタッフにも愛される名前をぜひ考えてみてくださいね。
――小藥さんありがとうございました。