[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

ぬいぐるみ洗いを普及させた「エマール風呂」のSNS戦略・戦術とは

マーケターによるリレーコラム、今回は花王の辻本光貴氏。今回は、ぬいぐるみ洗いを普及させた「エマール風呂SNS施策」を事例に、SNS戦略・戦術を立案、実行するうえで必要なことを紹介します。

辻本光貴(花王)[執筆], 渡辺 淳子[編集]

7:05

こんにちは。花王株式会社の辻本です。

皆さんは、担当商品に人々の注目を集めるためのSNS施策について、悩んでいないでしょうか。

  • とにかく面白いことをすればよい
  • 有名なIPとコラボすればよい
  • 発話が生まれれば商品が売れる

上記3つの考えによる投稿は、場合によっては正しいかもしれませんが、私の経験上、あまりおすすめし難い考えです。SNS施策においても、お金や人の労力をかける以上、目的をもって戦略と戦術を練り込んだうえで、成果にこだわるべきです。上記のような考えで闇雲にネタ投稿を繰り広げてはいけません。

今回はぬいぐるみ洗いを普及させた「エマール風呂SNS施策」を事例に、SNS戦略・戦術を立案、実行するうえで必要なことを紹介します。

「エマール風呂SNS施策」を実践した花王の仲間たち。
(左から)ビジネスコネクト部門 D2Cビジネス部 共創CX企画G 蓮見裕威氏
グローバルコンシューマーケア事業統括部門 マーケティングイノベーションセンター メディアマーケティング部 江添圭祐氏
作成センター 第2ブランドCR部 HGLC・LCグループ 下側有美子氏
ハイジーンリビングケア事業部門 ファブリックケア事業部 仕上げG 辻本光貴

ポイント1どんな形であれ、事前分析してインサイト(仮)をたてる

商品やサービスにコンセプトがあるように、コミュニケーションにもコンセプトが存在します。そしてコミュニケーションコンセプトを裏付けるインサイトも必須です。これがあるかないかによって、SNSでの反響と、それに紐づく購買喚起は大きく変わります。

そもそも事業戦略に即した形でコミュニケーション戦略が存在しており、SNS施策は“戦術”の1つです。事業の目的に沿っていない戦術が成功しても、事業には何も良い影響が出ません。だからこそ、何を伝えれば生活者を購入促進できるのか、ロジックを組み立てる事前準備が重要です。よって、コミュニケーションのコンセプトとそれを裏付けるインサイトを、生活者の実態を見ながら考えることにしました。

そこで私が着目したのが、ぬいぐるみです。これは、電車のなかで女子高生のカバンについているぬいぐるみが黒ずんでいるのを見かけたことがきっかけでした。私自身、中学生の頃にディズニーキャラクターのぬいぐるみをカバンにつけていて、それが汚れていたという実体験がありました。

また、推し活の一環としてぬいぐるみを持ち歩いたり、家で飾ったりする人がより一層増えている状況を想像し、「学生に限らず、大人も含めて、推し活でぬいぐるみを持っている人は多いはずだ」と考えました。このように、人々の観察からヒントを得ることは、マーケターの基本です。

ただし観察しただけでは、生活者がぬいぐるみを洗ってきれいにしたいのかがまだわからず、仮説の域を脱しません。黒ずんだぬいぐるみを持っている人が、洗いたいと考えているかどうかの裏付けがありません。ここでよく聞くのが、「調査ができないから、裏付けできない」という話です。しかし、調査ができないからといって仮説の域を脱しないまま突き進んで良いのでしょうか。施策が空振る可能性があります。

事前分析:生活者の検索行動に焦点を当てて分析

私はそうなりたくなかったため、予算がなくてもできる方法を考えた結果、生活者の検索行動に焦点を当てました。実際に確認したところ、夏場にかけてぬいぐるみの洗たくに関する検索が伸びており、ある程度の検索量があることも見えてきました。私の場合は検索量を使い慣れたツールで確認しましたが、無料のGoogleキーワードプランナーとGoogleトレンドを使えば、この内容は十分に確認できます。試したことのない方々はぜひ使ってみてください。

インサイト(仮)をたてる

検索量を調べたことにより、確からしい仮説は確信に変わりました。調査をしておらず、生活者から直接聞いたわけではないので、「インサイト(仮)」みたいな感じではありますが、次のように、想定される人物像と心の声を描きました。

  • 推し活でぬい撮影を外でする人たち
    「なんとなく黒ずんでいるけど、洗い方がわからないから、このままでいいかな…」
  • 小さいお子様がいる親御さん
    「ぬいぐるみがよだれで汚くなっている…ぬいぐるみをくわえたりしたら嫌だから洗いたいな…」

ポイント2覚えやすく、やりたくなるようなコピーを目指す

ぬいぐるみSNS施策をやると決めたときには、実はすでに素敵なサイトコンテンツ「エマール風呂」がありました。私はエマール風呂というネーミングが非常に良いと思いました。なぜなら、「ぬいぐるみをエマールで洗いましょう!」と伝えるよりも、「ぬいぐるみをエマール風呂に入れてあげましょう!」と伝えた方が、ぬいぐるみを可愛がっている人からするとやりたくなる言葉だからです。労わってあげたい気持ちだったり、やさしくしてあげたい気持ちだったり、そういう慈しみの気持ちが全面に出せます。

エマール風呂のWebページ(https://www.kao.co.jp/emal/emal-nuiai/

コピーを考えたクリエイターの知恵を感じました。コピー開発は、頭の中にスッと入ってくるだけではなく、やってみたいという気持ちにさせる点で重要です。社内外でクリエイターとつながっているならば、彼らの力を借りてコピーにこだわると良いでしょう。私も自分一人では無理なので、頼っています。

ただ、少々もったいなかったのが、そのサイトコンテンツの入り口が限定されていて、おそらくあまり目に触れられていなかったということです。正直、ブランドサイト来訪者数は限られています。「このエマール風呂を普及させたい!」そんな想いをもって、このコンテンツを作った社内の人に連絡を取り、せっかくなので一緒にエマール風呂SNS企画をやらないかと提案しました。ありがたいことに快諾いただき、チームで施策に取り組むことになりました。

ポイント3ファンの多いコンテンツと組み、そのコンテンツを理解した投稿を作る

ファンのクチコミ力が絶大であると認識していた私は、エマール風呂でも同様のSNS盛り上げ施策ができないかを考えました。なぜなら、商品に対する驚きや感動の声が現れているクチコミは、生活者への購買喚起につながりやすいからです。

エマール自身が発信する広告には見向きされなかったとしても、第三者が「エマールでぬいぐるみが洗えるよ」と言えば響きやすくなります。クチコミを醸成するには、SNSで語ってくれるファンがたくさんいるコンテンツと絡めて情報発信することが近道です。

今回エマール風呂で声をかけたのは、アイドリッシュセブンに関連したグッズ『アイドリッシュセブン きらどるぬいぐるみ~アイナナパレード~、「通称“モンぬい”」』のご担当者でした。アイドリッシュセブンとは、仲間とともに成長するアイドルをキーコンセプトにしたメディアミックスプロジェクトです。スマートフォン向けアプリゲームを主軸にし、音楽、ライブ、アニメ、書籍など、さまざまなメディアを通したアイドル創出プロジェクトとして成り立っています。

アイドリッシュセブンのキャラクターたち(公式Webページはhttps://idolish7.com/

主なターゲットは20〜30代の女性です。ゲームアプリの累計ダウンロード数は700万回を超えており、映画の興行収入は約33億円といわれています。そして、モンぬいはアイドリッシュセブンが好きなファンが大切にしているぬいぐるみです。実際にSNSでは、モンぬいを外で撮影をして投稿する人もいます。

こうしたファンを多く抱えるコンテンツの波及力は凄まじいです。うまく企画がファンの心をつかむことができれば、商品を愛用してくれる可能性があります。このように、「共通の趣味や関心をもつ消費者集団(トライブ)をターゲットにしたマーケティング手法」をトライブマーケティングと呼びます。

トライブマーケティングで大事なのが、コンテンツへのリスペクトと理解です。どんなに良いコンテンツと一緒に取り組んだとしても、そのコンテンツの理解が浅い場合には、ファンの方々を裏切るような投稿になってしまう恐れがあります。だからこそコンテンツを生み出した方々へのリスペクトを忘れずに、そしてどうすればお互いにとって良い投稿になるのかを議論することが大事になります。私たちが投稿案を考えたときには、先方に確認を取り、何度かラリーをしました。

施策実行とその成果

2024年8月にエマール風呂SNS施策を実施したところ、Xでトレンドを取れました。また、反響が大きかったこともあり、ネットの記事化もされて、多くの人たちに見てもらえるきっかけ作りにもなりました。

加えて、「エマールを買った」「エマールで洗った」という多数の投稿が生まれるだけではなく、この時期にエマール本体の売上個数が前年比131%を叩き出し、事業にも良い影響を与えました。

それだけではありません。2024年8月に実施したこの企画が、今もなお、アイドリッシュセブンのファンの間でエマール風呂の投稿がされているだけではなく、ほかの推し活界隈でもエマール風呂が広がっています。通常であれば、そのファンの間だけで落ち着いてしまうSNS施策が多いなか、「黒ずんだまま放置していた」「どうやって洗えば良いのだろう」という心の声を捉えることができたからこそ、広がりが生まれたのではないかと考えています。

まとめ

今回の事例を通して実感したSNS施策成功のポイントは、下記3点です。

  1. どんな形であれ、事前分析してインサイト(仮)をたてる
  2. 覚えやすく、やりたくなるようなコピー
  3. ファンの多いコンテンツと組み、そのコンテンツを理解した投稿を作る

当たり前のような内容かもしれませんが、この当たり前をきちんと実行できれば、意味のある施策ができると私は考えています。2026年も数多くの話題が生まれると思いますが、商品やサービスがその波に乗って事業がより一層成長していくこと、そして新年を迎えた皆様が、明るい話題で包まれて幸せな1年になることを祈っています。次回もお楽しみに。

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