次年度の消費トレンドをまとめた「予測カレンダー」を作り続けて16年目。毎年、ビジネスに役立つ予測情報に加えて、楽天やAmazonの最新情報、SNSやSEOの最新トレンドなどを100ページ以上のレジュメにまとめて販売している。今回は、その予測トレンドの一部を抜粋し、Eコマース業界の2023年を考察してみる。
インフレ進む1年に。カギは「高く売る」販売方法
2023年のネットショップ運営で最も大きな変化は、消費がデフレからインフレへとシフトすることである。企業物価指数と消費者物価指数にはまだまだ開きがあり、物価上昇トレンドは2023年も続く。特にネットショップは人件費や送料の高騰に大きな影響を受けるため、これからのEコマースの事業者は「モノを高く売る」という販売方法を習得していかなければ、生き残りが厳しくなる。
安さの追求か、ブランド力か、二者択一?
Eコマースが登場した2000年頃から現在まで、日本はモノが安く買えるデフレの時代が続いていた。
ネットショップはセールやポイントを駆使して、「安く売る」という販売方法を得意としてきたが、「高く売る」という売り方には、ほとんどの人が慣れていない。2023年以降は生半可な価格競争とポイント付与では商品を売ることが難しくなり、「徹底的に安く売る」か「高くても買いたい商品を売る」か、二者択一を迫られることになる。
しかし、現状は前者の「徹底的に安く売る」という戦略は、資本力の乏しい多くのネットショップで実践することは難しい。利益を確保するためには、「高くても買いたい商品を売る」という販売方法しか生き残る道はない。そして、そのような付加価値を伝えて高く売る最も有効的な手段が、動画やSNSなどのコミュニケーションツールを活用した売り方になる。
勝ち抜くのは「モノを高く売れる」事業者
動画やSNSで商品の付加価値を高めることがネットショップ運営の戦略において重要となり、商品ページはただの“ポイントが付与される決済機能付きカート”という役割にしかならない。高いお金を払ってでも「この商品が欲しい」と思ってもらえるためには、写真と文章だけの商品ページだけでは役不足である。
2023年からは今まで以上にSNSや動画を駆使しなければ、適正な利益を確保できるネットショップ運営は難しくなると思ったほうがいいだろう。
このように2023年のEコマース業界は、お客に高く買ってもらう売り方を実践したネットショップが勝ち抜けていくと予想する。
巣ごもりの反動、旅行や外食に消費戻り
もう1つの予測は、巣ごもり消費の反動である。コロナが収束に向かうことで、お金が“モノ”から“コト”に動き始める。実際、コロナが一足早く収束したアメリカでは、2022年のAmazonのオンラインストアの売り上げが前年同期比で第一四半期がマイナス3.3%、第二四半期もマイナス4.3%と厳しい数字となった。
日本の場合、アメリカほど極端に数字が落ち込むことはないものの、ネットショップで買い物をしていたお金が、旅行や外食に流れてしまう可能性は十分にあると言える。
特に巣ごもり消費で好調だった、家具や寝具、家電などのネット販売は厳しくなると予想する。成長率が年平均3~4%と好調に推移してきた業界だが、世帯数のピークが2023年から減少トレンドに入るため、今までのような急成長は難しいと思われる。
また、実店舗を持つアパレル企業やホームセンターなどの異業種からの参入も増えていることから、今までネットショップで購入してきた消費者が、実店舗にスライドすることも予想される。
服飾品や化粧品は需要回復に期待
一方、外出が増えることで、衣料品やアクセサリー、化粧品などのネットショップは売り上げが急伸すると思われる。これらの商品のほとんどがコロナ前に購入したもので、トレンドとしては“型遅れ”になってしまう。
コロナの収束を機に、所有している衣料品や化粧品を総入れ替えする人がいたり、コロナ前では買わなかった高価格帯のブランドにチャレンジする人がいたり、2023年は新規顧客を獲得する機会が増えると予想する。
3年ぶりの買い物になるため、何を買っていいのか分からない人も多い。消費者の不安を打ち消すために、売り手側は来店前にオンライン接客やチャットで購入アドバイスすることが、新規顧客の獲得につながっていく。
コロナ禍で顧客を満足させるポイントが“購入時”ではなく“購入前”にズレはじめていることから、オンラインによるコミュニケーションの技術力の高いネットショップが2023年は強さを発揮すると思われる。
動画がネット販売の中心に!?
3つ目の予想は、 Eコマースで動画の重要性が高まることである。2020年頃からYouTubeなどの“動画コマース”が注目されていたが、その流れが2023年からは「動画がなければモノが売れない」というほど、動画がネット販売の中心になっていくことが予想される。
「そんな大げさな」と思われるかもしれないが、コロナ禍に起きたさまざまな事象を検証すると、動画を使わずにネットでモノを売ること自体が難しくなることが伺える。以下、動画の重要性のポイントをまとめてみた。
【動画の重要性のポイント3点】
- Amazonでは動画の広告枠が増えており、動画広告の出稿を推奨している動きが出始めている。楽天やYahoo!ショッピングにも動画広告のトレンドが来るのは時間の問題であり、動画が作れないと、集客そのものが鈍化することになる。
- InstagramやTwitterのアルゴリズムがエンゲージメント率を重視するようになった。それに伴い動画はシェアや保存がされやすいことから、「エンゲージメント率を高めるコンテンツ」として、SNSの戦略に必要不可欠になった。
- 静止画よりも動画のほうが商品の付加価値が伝えやすく、商品のコンセプトやストーリーも理解してもらいやすい。デフレ時代にモノを安く売るのであれば、従来の写真と文章だけの商品ページで十分だったが、インフレ時に「モノを高く売る」のであれば、動画を駆使して「高い理由」を伝えなければ、利益を確保した価格で商品を売ることが難しくなる。
熱烈なファンに高く買ってもらう仕掛けが必須
「どうしてもこの商品が欲しい」という購入心理に持ち込まなければ、高いお金を出してモノを買ってもらうことはできない。
従来の差別化やオンリーワンの戦略では弱く、もっと強烈な個性で売り込む、“スーパーニッチ”な販売方法を展開していかなければ、消費者の心を揺さぶるエンゲージメント率の高い売り方を実践することはできない。
2023年は売り手側と買い手側が密なコミュニケーションを取るライブコマースやTikTokライブを活用した売り方に注目が集まる。ごく一部の人にしか受け入れられないニッチな商品だけど、熱烈なファン客に高く買ってもらう仕掛けが、2023年のネットショップには必要である。
TikTokなど売り手側と買い手側が密なコミュニケーションを取る売り方はますます活用が進むとみる
3大モールの攻略、楽天の売り方は“Amazon寄り”に?
3大モールの2023年の攻略方法も考察しておきたい。
楽天市場では、2023年からSKU(Stock keeping Unit)プロジェクトがスタートする。1ページごとに複数のカートがつけられるようになり、売り方はAmazonに近くなる。
従来の売り方や商品構成が大きく変わる店舗も出てくる可能性もあり、早い段階でSKU対策を講じておいた方がいいだろう。特に利益率の低い商品や原材料費がかかる商品に関しては、これを機に商品ラインナップから外してしまうのも一手である。
Amazonはマーケティング能力が問われる市場に
Amazonでは、クローラーの脆弱(ぜいじゃく)性を突いてAmazon内SEOで上位を狙う売り方が難しくなった。2023年からは、いわゆる“裏技”を駆使して売り上げを作ることが困難になる。
一方、広告戦略で売り上げを伸ばす事例が増えており、今後は高いマーケティングの能力を持ち合わせていなければ、Amazonで売り上げを伸ばすことが難しくなると予想する。
Yahoo!ショッピングはポイント還元策の影響を注視
Yahoo!ショッピングに関しては、2022年10月にPayPayモールと合併したことが大きな変化といえる。2つに分かれていたモールを1つにまとめたことで、広告戦略や販促企画を一本化したことは、Yahoo!ショッピングにおいてプラスに働く可能性が高い。
ただし、ポイント還元策を「日曜日」から「毎日」に切り替えたことによる売り上げへの影響は注視した方がいいだろう。
お祭りムードで週末のセール販売を盛り上げるほうが売れるのか、それとも、エブリデイ・ロー・プライス的な毎日ポイント還元のほうが売れるのか、今までの売り方が大きく変わる可能性がある。Yahoo!ショッピングの販促手法はマメに情報収集することをお勧めする。
Yahoo!ショッピングを攻略するために役立つ書籍を紹介したい。コンサルタントの佐藤英介が執筆し、1月10日に発売された『Yahoo!ショッピング完全攻略ガイド~すぐに試せて伸び続けるネットショップ運営術』(技術評論社・刊)はぜひ目を通すことをお勧めする。
「GA4」は“慣れ”が必須
自社サイトのネットショップの運営者にとって気になるのは、2023年7月から導入される新しいWeb測定ツール「GA4」だろう。従来のUA(ユニバーサルアナリティクス)とは使い勝手がまったく異なるため、苦戦を強いられるネットショップが増えると予想する。
測定方法が「ページ単位」から「ユーザーの行動」での計測に変わるだけでなく、使用する言葉やデータの管理方法も大きく異なる。早い段階で「GA4」を導入し、運営に対する方向性を社内で決めておく必要がある。
今までUAを積極的に活用していたネットショップは、少しずつ「GA4」に触れる時間を増やしていけば、時間の問題で慣れていくと思われる。
また、UAに慣れている人になればなるほど、「GA4」が使いづらくなるという声も出ており、少し荒治療になるが、データ解析の初心者にいきなり「GA4」を使わせて、マスターさせるのも一手である。
無理をしない選択もアリ?
一方、今までたまにしかUAを見てこなかったネットショップは、無理をして「GA4」を使いこなさなくてもいいだろう。
「たまにしか見ていない」ということは、データを戦略にフィードバックしたり、数字をもとに改善策や目標を立てたりすることができていないネットショップなので、そもそもデータを検証する意味がないといえる。
従来通りデータを無視して、勘に頼った売り方を展開していくしか方法はないので、「GA4」の導入は見送ったほうがいいだろう。
EC運営の「プロ」と「素人」の分岐点になる可能性も
今後は「GA4」を使いこなせるネットショップと、そうでないネットショップの二極化が加速していくと思われる。当然、データを使いこなせるネットショップのほうがきめ細やかな運営ができるので、売り上げを効率よく伸ばしていくことが可能になる。
一方、データを検証できないネットショップは時間とともに淘汰(とうた)されていく流れになる。
そういう視点でいえば、「GA4」の導入がネットショップ運営の「プロ」と「素人」の分岐点になっていく可能性は高いといえる。
2023年のEC業界は“向かい風”
2023年のEコマース業界は例年になく厳しくなることが予想される。ネットショップはインフレに弱く、行動制限によってモノの消費が鈍化することから、新たな施策を打ち立てなければ、厳しい競争の中で生き残ることが難しくなる。
私が毎年、Eコマース業界の予測トレンドのレポートを制作するのは、先が読みにくい時代だからこそ、“先を読む”ための備えがネットショップには必要だと思うからである。
防災グッズ、猛暑対策グッズ――予測を踏まえた“仕込み”で商機を
たとえば、2023年9月の防災月間は、関東大震災から100年目という節目となり、多くのメディアで防災グッズが取り上げられる可能性が高い。そのような予測が事前に分かれば、今から防災グッズの仕入れや商品開発を行っていれば、ネット販売でチャンスを手繰り寄せることができる。
関東大震災から100年目となる節目には防災グッズの需要加速が期待される
また、毎年、6月下旬に気象庁から猛暑予報が発表されて、この時期を境に猛暑対策グッズが売れ始める情報を事前に察知しておけば、ネット広告を仕込んで売り上げを伸ばすことも可能になる。
特に2023年は外出制限が緩和される可能性が高いことから、屋外の熱中症対策の商品が売れると思われる。
猛暑予報などを参考にしてニーズを予測すれば、関連商品のヒットにつながりやすい
このように「予測」は商品の販売チャンスにつながり、SNSや動画でエンゲージメント率を高めるコンテンツとして優位性が高まる。不確実で読みにくい2023年だからこそ、先を読む力が例年以上に求められる。