米国のEC専門誌『Digital Commerce 360』が、AI(人工知能)を活用した小売事業者への支援事業を手がけるスタートアップ企業Kognitos(コグニトス)のオペレーション責任者ドレイトン・ウェイド氏をインタビュー。小売業におけるAI戦略の活用について聞きました。
小売企業からの声「生成AIの導入はどこから手をつけていいかわからない」
小売業にとって、11月下旬のセールイベント「ブラックフライデー」からホリデーシーズンの出荷締め切りまでの期間は、あっという間に感じられるかもしれません。多くの注文への対応や、締め切りに追われるなか、この数週間の期間は事業者のオペレーションやカスタマーサービス部門に「あらゆるリソースを最大限に活用しなければならない」というプレッシャーが降りかかってきます。
そしてそのリソースには、AIリテール戦略への新たな投資も含まれています。迅速かつ効率的なオペレーションとカスタマーサービスは、ビジネス向けのオートメーションプラットフォームを提供しているコグニトスが注力している分野。コグニトスは2023年11月、2000万ドルのシリーズA(スタートアップに対する投資ラウンドの1つの段階、シリーズAは数億円~十数億円程度)の資金調達を完了し、さらなる成長をめざしています。
コグニトスは、小売業や消費者向けのパッケージ商品、製造業や物流でのユースケースに取り組んでいます。コグニトスのサービスを採用している企業には、食品大手の米ペプシコ、インドに本社を置くIT大手のウィプロ、センチュリー・サプライ・チェーン・ソリューションズ、交通機関向けの座席製造などのノーコ・インダストリーズなどがあります。
コグニトスのサービス導入を検討する事業者の経営層からは、「自社のビジネスにAIを活用した戦略が必要なのはわかっている。たとえば、生成AIを導入したいのはやまやまだ。しかし、安全性についてさまざまな懸念があり、どこから手をつけていいかわからない」という声がよく聞かれています。(ウェイド氏)
さまざまな懸念からAIの活用をためらう経営者が多い
企業の経営層はAI活用に意欲も、安全性に懸念
経営者がこのような視点を持っていることは、ビジネスの世界における機運を反映しています。ITソリューションインテグレーター会社のInsight(インサイト)と調査会社Harris Poll(ハリス・ポール)が行った2023年の調査によると、フォーチュン500(米国のフォーチュン誌が年1回編集・発行するリストの1つで、全米の上位500社を対象とした総収益ランキング)企業のリーダーの73%が、従業員の生産性を向上させるために今後3年以内に生成AIを取り入れることを期待していることがわかりました。
また、回答者が優先事項にあげている項目には、「顧客エンゲージメント」(66%)、「サプライチェーン」(41%)、「在庫管理」(40%)が入っています。
しかし、この調査で回答者はAIに対する懸念も認めており、「品質と管理」(51%)、「安全性とセキュリティーリスク」(49%)に対する懸念が最も多くあげられました。
コグニトスは、コンピューターが人間同士の会話のように自然な言語を用いて対話することによるアクセシビリティーを重視しており、その際、高度な知見や用語が存在する場合の精度を高めることが今後の課題だと考えています。ロジックとパターン認識機能によるAIの強みをアピールしていますが、透明性とチェック機能に強みを持っていることは、ウェイド氏が企業の経営層の懸念に応えるチャンスだと考えている分野です。
たとえば、OpenAI社が提供する「ChatGPT」に何かを入力して答えが返ってきても、なぜその答えが返ってきたのかわかりません。モデルを微調整したとしても、なぜそういう結果になったのかわかりません。OpenAIも他の誰も、「ChatGPT」がどれほど素晴らしい技術を持っていたとしても、結局は技術そのものの透明性が不十分で、わからないのです。(ウェイド氏)
ウェイド氏は、コグニトスのサービスが持つ透明性は、競合他社と比べて差別化できると考えています。さらに、サービスが可視性に優れていることは、事業者の保守的・保護的なニーズに応えると見ています。
わかりやすい例をあげると、銀行でローンを組みたい人の理由が不明瞭であれば、住宅ローンを申請されたとしても銀行側が許可することはありませんよね。同じように、AIが一度でもハルシネーションを見たら、深刻な問題が生じます。(ウェイド氏)
ハルシネーションとは、AIモデルが事実に反する出力をしてしまうことです。人間のユーザーが見るであろうものを正常に反映できず、不十分なパターンや状態を見てしまうことが原因です。これを防止する観点で、可視性が高いことは強みです。
生成AIの活用、カスタマーサービス(CS)の向上に期待
ウェイド氏は、社内の内部データや情報にアクセスする経路を短縮することは、時間や工数の削減という点で、AIが対応できる課題だと考えています。このようなスピードと効率化のニーズは、コグニトスがすでに取り組んでいる分野です。
すでに何社かのクライアントに対して、過去のデータをさかのぼってAIに「11月の全注文の平均マージンはいくらだったのか」といった問い合わせができる仕組みを構築しています。
次のステップは、AIに簡単な質問をして、そのデータを実際に照会することです。データはすべて記録されるため、問い合わせをすることは非常に簡単と言います。
コグニトスはコードを英語で簡単に作れるインタープリター(プログラム)を開発。大規模な言語モデルをさまざまな方法で使用し、ユーザー体験を向上させています。(ウェイド氏)
大規模言語モデルであるLLMは、Amazon、Google、Meta、OpenAI、その他のIT企業が現在使用しているAI用のディープラーニングモデルのなかで、最も一般的なタイプの1つです。ウェイド氏は、インタープリターはコグニートが提供するものの「中核」だと強調しました。その上で、複数のLLMを使って出力を生成していきます。
米メタ社が公開した、対話型AIの基盤技術とも言える大規模言語モデル「Llama(ラマ)」のようなLLMを組み合わせて調整します。そして、ときにはOpenAIの「ChatGPT」のようなものも使います(ウェイド氏)
ウェイド氏によれば、この手法によってコグニトスは1つのLLMに依存しすぎることを避けることができるそうです。
LLMを活用するユースケースのなかには、非標準的なフォームのフィールドに関する質問が来ることもあります。たとえば、異なるベンダーからの発注書などです。場合によっては、検索システムが、あるベンダーの書式を認識していないためにエラーになるかもしれません。コグニトスは、技術や知見を持たないユーザーでも会話を通じてトラブルシューティングできるようにすることで、より良いサービスを提供したいと考えています。
たとえば、コグニトスのプラットフォームで、「この発注書や発注書番号が見つかりません。手伝ってもらえますか?」という質問を英語で入力します。すると、AIが「Amazonの場合、発注書は常に日付の真下にあります」と、自然な英語で答えてくれるのです。(ウェイド氏)
AIに疑問を投げかけると自然な対話で解決方法を示す
同じシステムで、社内で利用可能なデータに基づいて、顧客に対する回答を作成することもできます。「LLMが役割を発揮するもう1つのシーンは、コンテンツの生成、翻訳、文脈作りをしたいときです」とウェイド氏は話しています。
コグニトスはこのシステムを「Koncierge(コンシェルジュ)」と呼んでいます。使い方は、まず、カスタマーサポートチケットの要約に基づいてメールを作成するよう「コンシェルジュ」に依頼します。そして、「モデル『GPT-4』(「Generative Pre-trained Transformer 4」の略。OpenAIが開発した大規模言語モデルの1つ)を使ってください」と伝えるのです。モデルは「GPT-4」だけでなく、「Llama」やUAEの研究機関が開発した大規模言語モデル「Falcon」のような代替LLMも選ぶことができます。(ウェイド氏)
エンドユーザーから好感を持ってもらうためには、より迅速なカスタマーサービスが良い効果をもたらす可能性があります。これは、ウェイド氏が小売業におけるAIとの接点を期待している分野です。
小売業もEコマースも、どちらも大規模なコンタクトセンターを持っています。コグニトスは実際にコンタクトセンターで同時書き起こしを行う、あるいは通話を同時書き起こしするツールと接続する――というユースケースを行っています。そして、そのツールでメモを書き、LLMを使用して、その会話の要約をSnowflake(米Snowflake社が提供する、ソフトウェアをインストールすることなく使えるクラウド型サービス)に作成します。(ウェイド氏)
ウェイド氏によると、大規模な言語モデルをさまざまな方法で使用して、ユーザーエクスペリエンスを向上させることができるといいます。プラットフォームはすでにインプットしている作業手順を参照できるため、ここでAIによる自動文書化の出番となります。
過去の情報に基づいて、その特定のシナリオでエージェントが何をすべきか、標準的な操作手順をAIが調べます。その操作手順に基づいて、行動を起こし、どのようなフォローアップをするのかを顧客に伝えるためのメールを自動で作成します。(ウェイド氏)
不正行為の防止
コグニトスが注力しているもう1つの分野は詐欺の防止です。ウェイド氏は、このユースケースについて、フォーチュン500にランクインしているD2Cブランドとの、ロイヤルティ会員向けのポイント付与の文脈で語りました。このD2Cブランドは、コグニートのサービスを導入しています。
ポイント付与は、顧客が購入したレシートの写真を撮ると、そのレシートに商品が表示され、ポイントがもらえるというプログラムです。問題なのは、ガソリンスタンドや食料品店のレシートはすべてフォーマットが違うということです。ほとんどが構造化されていないため、通常のプログラムであれば対応させることができないのです。(ウェイド氏)
しかし、コグニトスは非構造化データであるため、対応させることができると言います。
コグニトスでは、実際にその情報を取得し、すべての異なるレシートからデータを抽出することができます。データをエクセルのフォーマットに分類して、市場調査のためにマーケティングソフトウェアにアップロードし、購入している特定の商品を調べ、そこから不正の検出をすることも可能です。(ウェイド氏)
不正検出の目的は、レシートの重複提出をなくすことです。結果として、クライアント企業側の問題をいくつも見つけ出すことができます。
コグニトスはLLMを筆頭に、これまでに構築したいくつかのカスタムモデルを使用しています。そして、それをインタープリター内で実行することで、不正のサインをインプットし、余分なポイントを支払ったり、市場調査データが壊れたりするのを防ぐことができます。(ウェイド氏)
インタープリターの使命は、不正の兆候を一般のビジネスユーザーにとって理解しやすい、実用的なインサイトに変えることです。そのためには、単に人と対話するだけでなく、人間を理解することも必要になります。「コグニトスは常に、機械とのコミュニケーション方法を人々に教えてきました。そうではなく、最終的には機械が人間を理解できるようにする必要があったのです」(ウェイド氏)
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オリジナル記事:【2024年注目の生成AI】米国企業の責任者が語る小売業における課題+期待される活用方法とは | 海外のEC事情・戦略・マーケティング情報ウォッチ
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