ネイティブアプリにも勝るLINEの潜在力とは? コロナ禍に打ち勝つ東急のDX戦略
新型コロナウイルスの影響により新しい生活様式が浸透し、ビジネス環境が激変するなかで、顧客とのつながりはますます重要性を増している。
5月14日、顧客理解を深めることで、人、場所、そして瞬間に合わせたコミュニケーションを実現する「Deep Marketing」をテーマに、法人企業向けオンラインイベント「LINE BIZ DAY 2021」が開催され、LINEアプリを用いたデジタルマーケティングの重要性や事例、活用法が紹介された。
交通事業をはじめ生活サービス、ホテル・リゾートなど多くの事業で知られる東急は、外出自粛などの影響を特に大きく受けたが、デジタルの力をフル活用して事業の再活性化に取り組んでいる。「コロナ禍で加速する、LINEを活用した東急のDX」と題したセッションをレポートする。
ネイティブアプリが伸び悩む中、LINE公式アカウントで大きな実績
東急は、マーケティング面でいわゆる「ドミナント」戦略をとっており、鉄道沿線で集中的に店舗・サービスを展開。沿線で暮らす顧客に対してさまざまな接点を確保しながら、ロイヤリティの高い顧客の醸成を目指している。中でも「東急ポイント(TOKYU POINT)」の制度は、顧客獲得・関係維持のための重要ツールだ。
経営規模が大きく、独自のポイント制度をすでに設けている東急がLINEをマーケティング活用するターニングポイントとなったのが、スーパーマーケットチェーン「東急ストア」での事例だ。同スーパーでは以前からネイティブアプリによるマーケティングを行っていたが、そのユーザー数は公開から7年間で9万人にとどまるなど苦戦していた。利便性向上のために新機能開発をしたくても、アプリ開発や運用に関するコスト負担が課題だった。
そうした状況のなか、東急では顧客の決済手段拡充のためにモバイル送金・決済サービス「LINE Pay」を導入し、LINE公式アカウントも開設した。あわせてポイント関連のキャンペーンなども実施したところ、わずか1年で友だち登録数20万人を達成した。
ネイティブアプリが7年間で9万人、LINEは1年間で20万人の友だち登録という数字を比較しただけでもLINE導入のメリットは大きい。結果としてグループ全体でLINE活用をより推進することになっていった(乗松氏)
東急ポイント会員制度との連携で来店回数が147%まで増加
LINE公式アカウントでのメッセージ配信の成果も上々だ。LINEとメルマガの開封率・クリック率を比較すると、開封率はメルマガの11.4%に対してLINEは52.4%で約3.3倍、クリック率はメルマガの3.9%に対してLINEが11.4%で2.9倍となり、LINE導入の効果がわかった(2021年3月、東急株式会社調べ)。
さらに、LINE公式アカウントの利用増をさらに後押ししているとみられるのが、東急ポイント会員制度との連携である。LINE公式アカウントと東急ポイントを紐付け、東急ストアの利用頻度の高い客には、ポイント還元率が高いクーポンをLINEで送るといった運用を実施している。
このLINE公式アカウント未連携の会員は、月間平均来店回数が6.2回だったが、LINE公式アカウント連携済の会員は9.1回と、約147%まで増加したという(2021年3月、東急株式会社調べ)。
スーパーマーケット事業において月1回~2回の来店増加は売上への寄与がとても大きい。よって現在は、友だち登録を増やし、ポイント連携をしていただくことに力を入れている(乗松氏)
ここまで乗松氏が紹介した事例は、2020年初頭以降のコロナ禍において達成された実績である。一斉休校、緊急事態宣言に伴う外出自粛、飛沫感染抑止を目的とした非接触決済への注目などさまざまな要因が絡み合う中で、これだけの成果が出た意義は大きい。
グループ各社のデータベースをLINE起点で連携
とはいえ、コロナ禍でグループ各社への影響も深刻だ。鉄道をはじめとした交通事業、ホテル事業、生活サービス事業などの領域は、軒並みコロナ問題の影響を受け、減収減益となっている。これらのビジネスをどう立て直すかが乗松氏らに課せられたミッションだ。
そこで現在手がけているのが、グループ内のデータ連携である。グループには東急ストアを始め、東急電鉄や東急ホテルズなど、それぞれの事業特性に合わせた顧客接点やデータベースを構築している。これらを連携することは、マーケティング分析の観点からも有効だが、実現に向けた着手は進んでいなかった。
この連携を進めるために活用を決めたのが「LINEユーザーID」だ。顧客と東急の最初の接点として、国内ユーザーに浸透しておりアクティブ率も高いLINEを用いることで、スムーズな立ち上げを企図した格好だ。
LINEを活用した新サービス3種を投入
こうしたデータベース連携により、グループの横断的なマーケティング基盤を整えていくなか、グループ内で新しいデジタルサービスを立ち上げるにあたってLINEの各種プラットフォームを利用する例が増えている。具体的にみていこう。
その① 「DENTO」
「DENTO」は、鉄道定期券利用者を中心としたLINEを活用した新しい働き方を提案するサービスである。2021年1月~4月にかけて実証実験を行った。コロナ禍による移動・就労にかかわる住民や企業ニーズの多様化に伴い、ワーキングスペースの利用チケットや外出促進のサービスチケットや、Wi-Fiを完備した通勤バスなどのチケットを、LINEを通じて販売した。
実証試験サービス的な位置付けだったことから、ネイティブアプリは開発せず、LINEのウェブアプリプラットフォーム「LIFF(LINE Front-end Framework)」で実装し、LINE公式アカウントのトーク画面内で各種サービス手続きが行えるようにした。
最終的には有効友だち数が約1万8,000人、チケット販売数が約2万3,000枚、クーポン利用数が約2,300枚と、当初想定を超える実績を記録した(2021年4月26日時点、東急株式会社調べ)。
その② 「どこ渋」モバイルオーダー
渋谷のまちづくりにおけるデジタルサービス基盤として、渋谷エリア全般の利便性を高めるべく開発されたのが「どこ渋」だ。渋谷ストリーム、渋谷ヒカリエ、渋谷リバーストリート(キッチンカー)、東横のれん街の各飲食店において、LINE上で注文、決済ができるモバイルオーダーサービスである。こちらもネイティブアプリを使うことなく、LINE公式アカウントを通じて利用する形式を取った。
どこ渋には、「LINEミニアプリ」(自社サービスを無料でLINE上に公開できるウェブアプリケーション)が使われている点も大きな特徴である。
LINEミニアプリの開発を担当する谷口友彦氏は、「ネイティブアプリ並みの機能をLINEアプリ内で実装できるため、モバイルオーダーに限らず会員証表示・順番待ち受付などさまざまなサービスへの応用が可能です。実店舗で提供するサービスは、アプリをダウンロードしてもらうためのハードルが特に高い。LINEミニアプリであればそうした課題を回避しつつ、高いパフォーマンスを発揮できます」とアピールする。
どこ渋は2021年1月に開始した。それ以降、たびたび緊急事態宣言の発令が行われ、平常運転とは言えない状況だが、それでも興味深い結果が出始めているという。例えば、食品のセレクトショップ「DEAN & DELUCA」が、どこ渋のモバイルオーダー機能をテイクアウトとテーブルオーダー両方に対応させたところ、全利用のうち71.2%をテーブルオーダーが占めた(2021年3月、東急株式会社調べ)。
こうした数値は、お客様の行動変化の可視化にも繋がった。デベロッパーとテナントが一緒になってDXを推進する上での第1歩にもなるデータではないだろうか(乗松氏)
このほかにも「DEAN & DELUCA」の担当者からは、モバイルオーダーを導入したことによって、これまでとは違う客層の来店が増加していたり、あるいはレジ応対の減少によって店舗レジ数削減の可能性を検討したりするなど、ポジティブな声が上がったという。
その③ “移動を中心とした”サブスクサービス「TuyTuy」
「TuyTuy」は、鉄道事業における定期券保有者減少に対応するべく開発された、東急線のPASMO定期券保有者限定の“移動を中心とした”環境貢献型のサブスクリプションサービスだ。2021年5月にサービスを開始したところで、いわゆる「Z世代」(1990年中盤以降に生まれたソーシャルネイティブ世代)の利用を意識しており、モバイルバッテリー、電動キックボード、傘などのレンタルないしシェアリングサービス等をお得に利用できる。
TuyTuyは2020年末に企画が立ち上がり、LINE公式アカウントにて実装することで、約5カ月でローンチに至った。乗松氏は「従来ならば到底考えられないスピード感で提供できたのはLINEのプラットフォームがあったからこそ。ベンダーと協力して開発を進めるなかで、関係者の間でLINEの利用イメージがしっかり共有できていたことも大きい」と振り返る。
リアル店舗と相性の良い「LINEミニアプリ」
どこ渋に採用されている「LINEミニアプリ」については、特に時間を割いて解説がなされた。実店舗がLINEを活用したマーケティング活動を行う場合、アプリダウンロード不要と並ぶもう1つのメリットになるのが、会員登録の簡略化だ。LINE公式アカウントの情報をそのまま利用できるため、改めてサービスに対するログインを行わなくて済む。
また、店側から客に対してのメッセージ配信も容易だ。LINE公式アカウントを友だち登録しているかどうかに関わらず、確実に通知を届けられる。
さらに、LINEアプリ内に広告を表示する「LINE広告」を組み合わせれば、デジタル広告がリアル店舗購入に与える影響をトラッキングすることもできる。同様に、LINEミニアプリで会員証機能を構築しておけば、リアル店舗の購買行動をもとに、再来店を促すメッセージをLINEで送るなど、オンライン・オフラインを超えたマーケティングも可能になるという。
コロナ禍に対応すべく、グループ横断的なデジタルサービスを提供
コロナ禍の影響と課題について、乗松氏は「『リアル』の価値がそれ単独では落ちていってしまう懸念がある。それをどうデジタルサービスの力で解決していくか」と述べた。グループ企業がそれぞれの立場でサービスを提供するだけでなく、LINEユーザーIDを軸にグループ各社が横断的にデジタルサービスを提供し、結集して全体で付加価値を高めていきたいとした。
ここまで聞き手を務めてきたLINEの高木祥吾氏からは、東急をはじめとした各社のデジタルトランスフォーメーションをバックアップすべく、APIプラットフォームを強化していることが説明された。2020年10月には、中小規模の企業などの利用を想定したアプリプラットフォーム「LINEマーケットプレイス」も開設し、本格的なシステム開発の手間なく予約管理などの機能を利用できるようになっている。
今後はLINE公式アカウントとLINEミニアプリの組み合わせがスタンダートになっていくとみています。コミュニケーションに強いLINE公式アカウント、リアル店舗の領域に強いLINEミニアプリが一緒になることで、ECとリアル店舗がシームレスにつながり、より違和感のないサービスをお客様に提供できるようになるはずです。
デジタルサービスのよくある課題は「その場限りの利用」「オンライン中心」「1つの体験のみのデジタル化」です。LINEは「継続的な利用」「オフラインでのユーザー接点強化」「複数の体験を横断したデータ利用」が可能なデジタルサービスを実現します(高木氏)
東急は2022年で創業100周年を迎える。事業拡大と同時に、社会課題の解決にも取り組むのが東急の企業文化であるという。乗松氏は「次の100年を目指す上ではデジタル活用が必須であり、その中ではLINEをどう活用していくかは大きなテーマ」と述べ、さらなる活用について前向きな姿勢をみせた。
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