明治安田が取り組むUX改革とデザイン内製化。担当者がありのままに語るその苦労や、工夫とは?
「UXが大事だ」ということは、今や多くのWeb担当者が同意するところだろう。しかし、自社のUX改善をうまく進められずにいる担当者もいるのではないだろうか。「デジタルマーケターズサミット2024 Summer」では、明治安田生命保険の松浦氏が登壇。UXの基本となる考え方や学び方、そして現在推し進めているUX改革の取り組みについて紹介した。
UXデザインに興味を持ったきっかけ
松浦氏は社内デザイン組織を立ち上げた明治安田生命に、1人目の中途採用デザイナーとして2023年に入社し、現在UXデザイナーとして活躍している。なぜUXデザインに興味を持つようになったのか? それには明確なきっかけがある。中学校1年生の4月、脳内出血で3週間意識不明となり、目覚めたら半身不随の状態だった。リハビリを行い、現在は歩けるようにはなったが完全に回復したわけではない。
現在も足首の動きが悪いんですが、点字ブロックの数センチの段差につまずくんです。障害者に優しいイメージがある点字ブロックが、私にとっては恐怖でしかなかったんですよね。意外と世の中って暮らしづらいんだなと(松浦氏)
そこからユーザビリティやアクセシビリティに興味を持った。もっと暮らしやすい世界であって欲しいと願うようになり、それがだんだん仕事につながってきたという。
ユーザビリティは「使いやすさ」、アクセシビリティは「すべてのユーザーにとって情報へのアクセスのしやすさ」
松浦氏はまず「ユーザビリティ」と「アクセシビリティ」について解説をしていった。「ユーザビリティ」と「アクセシビリティ」は、ISO(国際標準化機構)で定義が決まっている。ユーザビリティは、特定のユーザーにとっての使いやすさを意味する。使いやすさには以下の3つの要素がある。
- 効果(目的が果たせるか)
- 効率(スムーズか)
- 満足
たとえば、Webサイトで商品を購入したい場合、その商品を購入できるか、スムーズに商品を探してカートに入れて決済ができるかが、「効果」と「効率」のイメージだ。「満足」に関しては、松浦氏は「効果があって、効率が良ければ自然と満足につながる」と語る。
アクセシビリティは、すべてのユーザーにとっての情報(目的)へのアクセスのしやすさのことだ。「すべてのユーザー」とあるように、「たとえば、車椅子や杖をついている方が建物の2階や3階に行って、買いたいものが買えるか。エレベーターやエスカレーターがあるかということ。このアクセスのしやすさのことを、アクセシビリティと言います」と松浦氏。
特にアクセシビリティに関しては、2024年4月から障害者差別解消法で、合理的配慮義務が民間企業に求められるようになっている。
UXとは? UXの期間モデルと5段階モデルを紹介
続いて、松浦氏はUX(User Experience)について解説をしていった。UXもISOで定義されており、「製品、システム、サービスを使用した、及び/または、使用を予期したことに起因する人の知覚や反応」とされている。少しわかりにくい表現だが、松浦氏は「使用した」「使用を予期した」という部分がポイントだという。
UXの期間モデル。UXは利用中だけでなく、体験を想像・期待している期間や振り返る期間も含まれる
松浦氏は以下のUXの期間モデルの図を示した。UXと聞くと、利用中の体験を思い浮かべがちだが、実際はそれだけではなく、予期的UX――すなわち、体験を想像し、期待している期間もUXに含まれる。
たとえば、ラーメンを食べておいしいな、と思うのは利用中の体験です。また、ラーメンが食べたいな、と思い返すことがありますよね。そういうとき、みなさんは累積した体験をもとに予期、想像しています。体験は利用中だけでなく、体験を想像・期待しているときも体験の一部に含まれます。また、体験を全体的に振り返ることもUXに含まれます(松浦氏)
UXの5段階モデル。UIはUXの一部であり、UI=UXではない
続いて、松浦氏はUXの5段階モデルとして以下の図を紹介した。UXの期間モデルと比較すると概念的なものになる。
ポイントは、UIはUXの構成要素のひとつであるという点だ。UXと言うと、「UI/UX」と言われることが多いが、UI=UXではない。インターフェースはUXの一部ではあるが、他にもナビゲーションやインタラクション、要件、戦略がUXには含まれる点も認識すべき点だ。
松浦氏が行っているUXデザイナーの仕事。分析から企画・設計、実装支援まで幅広に対応
では、UXデザイナーは何をしているのか。松浦氏はUIデザイン以外の3つの業務を担当していると示した。
評価・分析
- Webサイトなどのユーザビリティ・アクセシビリティ
- 定量・定性(アクセス解析データ・お客さまからの問い合わせ内容の分析・ユーザーインタビュー)
企画・設計
- 設計案/改善案作成(導線・情報設計・インタラクション設計、SEOなど)
実装支援
- デザインディレクション・実装ディレクション、デザインレビュー、社内折衝(ペルソナ・カスタマージャーニーマップ・サイトマップなどの作成も必要に応じて行う)
これを見ると、分析したり、デザインを考えたりと幅広く業務を行っていることがわかる。マーケティング業務やWebディレクションとかぶる部分もあるようだ。
UXが悪いと売上減少などさまざまなKPIの悪化につながる
UXが悪いと、サービスが使いづらくなり、サポートへの問い合わせが増える。これにより、電話がつながりにくくなり、結果的に顧客満足度が下がる。問い合わせが増えると、コールセンターの人的コストが増加し、チャットボットやAIなどのシステム導入を行うにしてもコストがかかる。
悪いUXの影響でコストがかかる上に、使いづらいというレビューが出回ったり、Webフォームがわかりづらくてユーザーが途中で離脱し、新規契約が減ったり、一方で解約が増えたり……と、どんどん負のループが連鎖していく。企業にとって、悪いUXは売上など、さまざまなKPIの悪化につながる。だからこそ、UXに注力する必要があるのだ。
明治安田がデザインに注力する2つの理由
続いて、松浦氏は明治安田のUX改革について話を進めた。明治安田生命は20年前に明治生命と安田生命が合併して誕生した会社で、約140年の長い歴史と伝統をもつ生命保険会社だ。2024年現在、全国に営業拠点が約1,000拠点あり、営業職員が3.6万人いる。彼らは保険の営業に加えて、お客さまに何かあったときに保険金請求手続きのサポートも行っている。
万が一の事態では、人間は気が動転したり、災害でインターネットが使えなくなったりする可能性があります。保険においては、人によるサポートは欠かせません(松浦氏)
こうした背景から、明治安田ではすべてをデジタル化せず、人とデジタルを融合する形をとっている。では、明治安田はなぜデザインに注力してきたのか。松浦氏はその理由として次の2つを挙げた。
顧客の求める価値(保険商品~サービス~体験価値)の変化への対応
今までは保険というサービスを提供していれば、お客さまはある程度、満足していただけた。しかし、時代の変化に伴い、保険金請求のしやすさや、支払いのスムーズさなど、保険提供前後の一連の体験に対するお客さまの関心が高まってきた。それに応じて、顧客ニーズに対応する必要性が増している。感染症流行下での対面営業の制限によるデジタル接点改善の必要性
これまでは対面営業をメインに行ってきたが、感染症の流行で対面営業が制限され、どうしてもWebなど、デジタル接点を改善せざるを得なくなった。今までは手続き方法などがわかりづらくても、営業職員がサポートをしていたが、そうした人手に頼るところを最適化しようと改善が進められているという。
2022年にデザイン組織を立ち上げ、内製化を推進。内製化を進める理由とは?
明治安田は、2022年にデザイン組織を作った。当初は外部委託からスタートし、今も外部委託に頼っている部分はあるが、徐々に内製化を進めているという。職種ごとの人数構成のうちエンジニアやデザインプログラムマネージャーは自社スタッフで内製化が完了しているが、デザイナーは3倍規模に拡大させる必要がある。
内製化が必要な理由としては、デザイナーが単にデザインを作るだけでなく、ブランドイメージとデザインを一致させることが求められるからだ。外部委託では外部デザイナーの意図がデザインに反映され、企業のフィロソフィーと一致しない場合があるため、内製化を進めている。
また、営業職員3.6万人の思考や行動を理解しなければシステムが使いにくくなる。外部委託では担当者が変更されるリスクもあり、そのたびに企業のフィロソフィーを理解してもらう学習コストが発生するため、デザインの内製化が必要だと考えた。
デザインシステムを作り、誰でもデザインしやすい環境を整備
では、明治安田はデザインでどういった点を重視しているのだろうか。松浦氏は以下の3つを挙げた。この考え方をデザインに落とし込み、取り組んできた結果、明治安田はUCDAアワード2023で「情報のわかりやすさ賞」を受賞している。
- 情報の一覧性
- コントラストの確保
- 無駄のないページ遷移
3つの考え方を紹介したが、とはいえ、実際はうまくいくことばかりではない。明治安田ではそれに加えて、デザイナーの行動指針やマインドセット醸成のための考え方を12のアクションにまとめている。具体的には、「わたしたちはOne Team!」、「スピードは価値!」、「オーナーシップを持とう!」、「会社都合をお客さまに押し付けない」などだ。
デザイナーの採用が進まない中、1,000拠点ある営業所の事務職員に求める人材が!
デザイナーの採用は簡単には進まないという。その理由として、松浦氏は以下を挙げた。
デザイナー人材の供給の少なさ
- デジタルサービスに関わるデザイナーの需要の多さの割に供給が少ない
- 即戦力デザイナーはどの会社でも奪い合い
明治安田特有の事情
- 現在デザイナーはフルリモート勤務が当たり前になっているが、明治安田はフルリモートまで実現できていない
- 金融機関ゆえにセキュリティが厳しく、デザインに用いるパソコンを自由にインターネットにつなげられないといった制約がある
- 伝統ある企業なので、昔からの考えの人が多いのではといったイメージがある
人材不足を解消する打ち手がなかなか見つからない中、意外なところで人材が見つかったという。明治安田には営業所が1,000拠点あることは前述したが、1拠点あたり事務職員が大体2、3人いる。
事務職員の中に、実は美大出身だったり、働きながらデザイン専門学校に通っていたりという人がいたのだ。彼・彼女らは企業フィロソフィーや営業職員の思考・行動を理解しているため、教育コストがほぼかからない。これを受け、事務職だった方がデザイナーとして働けるよう、いろいろな仕組みを整えているという。
たとえば、業務委託デザイナーによるOJTを受けたり、会社負担でデザイン専門学校に通ったりする機会を設けた。また、事務職からデザイナーへ職種変更ができるように社内登用制度や、人事制度の整備も行っている。松浦氏が一番重要視しているのが心理的安全性、疑問に思うことや提案を言いやすい環境を作っていくことだという。こうして環境や制度を整備することによって、内製化は徐々に進んでいるという。
UX改革は1人からでもはじめられる。UXに取り組もう!
「UX改革は難しくありません。デザインやプロセスの知識より、マインドが重要です」と松浦氏は語る。世の中には使いづらいWebサイトが多く、不便さを感じた経験を活かし、作り手目線ではなく使い手目線を持つことがUX改革につながる。企業でも担当者が1人でボトムアップで推進するケースが多く、マインドを育て、周囲に伝えることで、1人からでも改革を始められる。
マーケティングとUXはやっていることが近いので、今マーケターの方がUXのスキルを身につけていくといったこともできます。みなさん、ぜひマーケティング活動の一環としてUXに取り組んでいただけたらうれしいです(松浦氏)
そう語って松浦氏は講演を締めくくった。
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