PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ
多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。
従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。
広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。
この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。
神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)
日産自動車株式会社の有するウェブサイトは全世界に渡って80サイト以上にも達するそうです。それらのウェブサイトを通じて、それぞれの国、地域で独自の情報発信をしています。
今回は、オンラインマーケティングにおいて多くの話題を集めている日産自動車の販売促進からのアプローチと、公式ウェブサイトにおけるコーポレートコミュニケーションのアプローチ、そして対マスコミを担当している広報の3人の方にご登場いただき、それぞれの立場からの現在の取り組みと次の課題についてお話を伺いました。
部門の壁を越えた連携へ
ネットPR時代、各部門のミッションを達成するために、部門を越えた情報共有は必須です。今回お話を伺った3人の方は、それぞれ「企業の公式サイト」「販促」「企業広報」と、担当とミッションが異なります。とはいうものの、現在、2週間に1回のペースで、連絡会議を実施しているそうです。
グローバルのウェブサイトwww.nissan-global.comの担当はグローバルコミュニケーション・CSR本部の井原氏。
「日産自動車のウェブサイトとしては、企業サイトとインフィニティなどのブランドサイトなど世界中に合計80サイト以上あります。各国のサイトには、それぞれ国ごとに担当がいて、たくさんサイトが存在していますが、(企業としての)メッセージや安全性、社会貢献などについての考え方は1つです。その部分を企業サイトが担当しています」(井原氏)
そして、製品や販促にかかわるウェブサイトwww.nissan.co.jpの担当は、マーケティング本部の工藤氏。
「マーケティング本部の販売促進部では、国内のお客さまが対象のため、我々は国内を対象にしています。お客さまに来店していただいて、最終的に自動車を購入していただくのが我々の大きな目的です。ですから、いかにお客さまの来店を増やすか、どうやって商品の魅力を知ってもらうかというのが主な業務であり、インターネットがきっかけの来場者数や、データベースマーケティングからの販売台数が主要な指標になっています。お客さまからすると同じように見えるかもしれませんが、企業サイトとはゴールが違うんですよ」(工藤氏)
同じウェブサイトといっても、グローバルと国内専門、マーケティング/販促と企業広報では、対象はもちろん、組織もかなり違うようです。その膨大なウェブサイトの運用はどのような体制で行われているのでしょうか?
「www.nissan.co.jpに関していえば、社員12人体制です。また、サイト制作やEメール対応、システム開発サポートのための常駐外部スタッフが数十名います」(工藤氏)
マーケティングサイトの運営の一部を井原さんの広報・CSR部で担当しているなど、業務上での連携は以前からあったそうです。組織上は他部門が担当しているとはいえ、インターネットユーザー(=顧客、潜在顧客)からみると「日産自動車」という企業からの情報発信であることは変わりありません。ユーザーからの目線を考えると、部門を越えての連携は、あらゆる企業にとって強化されていかなければならない課題だといえます。
それぞれの経験を生かして
部門を越えた連携の重要性にいち早く気づいたみなさん。とはいえ、日産自動車のような大企業において、それを実現するのは容易ではなかっただろうと思われます。ネットの最新動向に敏感で、多くのオンラインマーケティングを成功に導いてきたみなさんのバックグラウンドについて聞いてみました。
外資系広告代理店から「クライアント(広告主)側の立場でインターネットを本格的にやってみたい」ということで、2002年に日産自動車に転職したという工藤氏。2005年~2006年には北米でマーケティングストラテジーを担当していたそうです。
「広告代理店のダイレクト・マーケティング局にいた時には、DMがあまりに儲からなくて(笑)。当時は『これからインターネットユーザーが100万になります』なんて言っていた時代。でも、インターネットに何かあるのではないのかという思いがありましたね」(工藤氏)
一方、大学でPRが専門だったという井原氏。某社でインターネット関連のソフトウェアを担当後、広報へ。広報の立場からIT関連ベンチャー立ち上げ時のウェブサイトの担当をしていたそうです。「形のないサービスを扱っていたが、形のあるものを広報したかった」ということで、2003年に日産自動車に入社。
日産自動車のオンラインでの存在感に大きさの背景には、早い時期からインターネット関連の実務の経験を積んでいたプロがいたんですね。
マスとネットは“through the line”で
自動車メーカーにとって、テレビCMをはじめとするマスマーケティングは切っても切れない関係です。そこにまったく新しいメディアとして登場したインターネット。日産自動車におけるマスとネットの関係は、いまどのような状況なのでしょうか?
“above the line”は「線の上」という意味で、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌のマス4媒体を指し、“below the line”は「線の下」という意味で、マス媒体以外の宣伝・販促手法を指す。
“through the line”とは、それらの区別をすることなく全体として扱うという意味。
「単純にオンラインの予算が増えるという時期はもう終わりました。ウェブがあることは最初から前提としてあって、そのうえで戦略やコミュニケーションを組み立てています。マスとネットの対立の構図ではなくて、全体として一番うまく“はまる”感じを探している状態。Above the line(マス媒体)とBelow the line(それ以外)のように分けて考えるのではなくて、Through the lineで企画しようという感じですね。
昨年くらいから、マスとネットが連動した、いい実績が出てきています。たとえば、デュアリス(DUALIS)の場合、テレビでは、車がパワードスーツに変身するというインパクトのある映像。ウェブではバイラルムービーを仕掛けて、そこからクルマの魅力を知ってもらうという流れを作りました。
NOTEでは、The World of GOLDEN EGGSというアニメのタイアップが一番大きな目玉。アニメに関心があってサイトにくるようなお客さまに対して、キャラクタが車のプレゼンテーションをしたり、ブログパーツを配布したりといった仕掛けをしました。
その結果、最寄りの試乗車検索をするユーザー数が予測の数倍に伸びました」(工藤氏)
「The World of GOLDEN EGGSはもともとDVDで認知されていたので、普通の人はあまり知らなかったわけです。それが、NOTEのCMをきっかけにネットから探した…という流れが生まれ、隠れファンがメジャーになって喜んでいるという感じでしたね」(井原氏)
具体的な事例からもおわかりのとおり、もはやマスからネットへの過渡期ではなく、その効果の最大化を模索するために、いろんなチャレンジをしているという状況がうかがえます。
ネットの出口はどこ?
認知を目的としたマスマーケティングに対して、一人ひとりのユーザーの行動が、具体的な数字で見えるオンラインマーケティング。コンタクトポイントが複雑化しているとはいえ、実際にウェブサイトにアクセスしたユーザーをどこに誘導するかは、やはり大きな課題です。
販促ウェブサイトの宿命ともいえる効果測定の指標。日産自動車では具体的にどこにゴールを定めているのでしょうか?
「効果の指標はそのときのマーケティングの目的によって異なりますが、特に重視しているのは、販売店検索と試乗車検索。これがネットから実際の来店につながる出口、ウェブサイトでの目的地点になることが多いですね。自分の興味のある車種がどこにあるか、どこのお店に行けば試乗できるのかをウェブサイトで事前に確認いただき、来店してもらうという流れになります。
来店時にアンケートはしているのですが、ウェブがきっかけで来店しているお客さまの数は右肩上がりです。特に都市部では来店の有力なきっかけとなっています。テレビは、投入している金額に応じて結構な差が出るんですよ」(工藤氏)
自宅の近くにある販売店はどこか、どこの販売店に行けば気になる車を試乗できるのか。ユーザーが検索をするという行為が、ネットからリアルへの橋渡しとなっているわけですね。
オリジナルコンテンツをどう考えるか
「コンテンツを作れば作っただけというのではなく、作ったらユーザーに来てもらう方にもお金をかけるべきなんです」という工藤氏。ウェブならではの情報発信やコミュニケーションにおいて多くの成功体験を持つ日産自動車では、今後ウェブに特化したコンテンツへの投資、予算配分についてどのように考えているのでしょうか?
「オンラインに集客するためのマーケティングには、オンラインメディアを活用することが多いです。日本ではヤフーの強さが際立っているので、そことどう連携していくかという点と、購入に近い人たちを擁しているオンラインメディアとの関係の強化がポイントです。行動ターゲティングもいろいろ試しています。
社内的には、ティーダ公式ブログの成功の体験などがあるので、車種ごとの担当者からオリジナルコンテンツの企画も含めて、どんどんやってほしいという依頼があります。今までのデータから最適予算を算出し、逆に使いすぎないように担当者にアドバイスするケースもあるくらいです。同じ予算を使うのであれば、車種ごとでやるよりも、nissan.co.jp全体でやることに使った方がいい場合もあるので、そういったバランスは気にしています。」(工藤氏)
あらゆる情報が氾濫しているインターネット上では、良いコンテンツだからといって必ずしも人が集まるとは限りません。日産自動車のように確立されたブランドを持っている企業においても、コンテンツを作りっぱなしでは意味がないというのが現状のようです。そして、もう1つ重要なことは、コンテンツの寿命。アーカイブ化されていくコンテンツと期間限定のコンテンツによっても、コンテンツ制作費とマーケティング予算のバランスは、変わってきます。
いずれにせよ、「コンバージョンをみながら、メニューやコンテンツを改訂したり、クリエイティブを変更したり」(工藤氏)していくという基本がしっかり実施できていることが、大前提になります。
新しいことにチャレンジする文化
今回の取材で、どうしてもお話をお聞きしたかったのが、2004年に東京インタラクティブアドアワードでグランプリを受賞したウェブシネマ「TRUNK」のこと。
日産自動車のオンラインマーケティングといえば、最近はティーダブログの成功話が業界では広く知られていますが、個人的には、BMWがウェブシネマで話題になっていた当時、まだブロードバンドのインフラも整備されていない中で展開された「TRUNK」、その企画のスケールの大きさにワクワクしたことが忘れられません。この企画を担当されたのも、もちろん工藤さん。ということで、当時のお話を伺ってみました。
「企画を立ち上げたのは、2002年の12月。それまで日産自動車と接点のない人に対して、どうやってタッチポイントを広げていくか、データを取る過程で、日産自動車に対しての好感度を上げていくことを考えていました。日本で当時、ショートフィルムを活用している例がなかったので、最初にやればいけるんじゃないかと思ったんです」(工藤氏)
工藤氏は、「メディアにどう取り上げられるかを、かなり狙っていました」とのこと。
ちょうどWindows Media Technologyの発表のタイミングでもあり、そのプレゼンテーションに「TRUNK」が使われるなど、広報的な露出も多かったことを覚えています。実際、「TRUNK」は、コンシューマというよりも業界的な評価が先立ったような気がしていたのですが実際には「購入プロセスを追っかけてみるとROIは出ていた」(工藤氏)そうです。
「200MBをダウンロードさせて視聴させるという企画もひどかった」と笑う工藤さんですが、「TRUNK」に関わったスタッフは、みなさん、今やオンラインマーケティングの先駆者として著名な方々ばかり。そういう視点からみても、国内のオンラインマーケティングの歴史において、非常に意味のあるプロジェクトだったと思っています。
それにしても、大会社であるにもかかわらず、現在のブログマーケティングはもちろん、当時の「TRUNK」のような企画も含めて、こういう新しい企画が実現できる組織というのは強いですね。
「なにかすごいことをやってほしい、という雰囲気があったんです。もちろん、そのための数字のデータも作りました。取得されるDB数とそれをきっかけにした販売台数。視聴者自体は思ったほど伸びなかったのですが、最終的なROIは出ましたね」(工藤氏)
メディアとして、またコミュニケーションの手段として、まったく新しいことにチャレンジしているにもかかわらず、目標が達成されてしまうところに、当時の工藤さんをはじめ、みなさんの仮説力の高さを感じます。
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