Marketing Native特選記事

「購入はジャーニーの最後。もっと前の“欲しいと思う瞬間”をつくり出す」ディノス・セシール石川氏【後編】

競合やカスタマージャーニーをどう考えているか? インタビュー後編は、CECOとしての思考に迫る

Marketing Native Special Interview

前回記事「1200億円の巨大なプラットフォームでいかに変革を起こし戦っていくか? ディノス・セシールCECO石川氏」に続き、ディノス・セシールCECO石川森生(いしかわ・もりう)さんのインタビューをお届けします。

前編では石川さんが手掛けたこれまでの施策について伺い、2年がかりでECの運用方法を改善し、MAツールの導入に至った経緯などを語っていただきました。2年間の施策の結果、石川さんは大きな手応えを感じているものの、複数の課題点があることについても認識していると言います。では、ディノス・セシールが今後目指すべき姿を石川さんはどのように考えているのでしょうか。インタビューの後編では、同社が目指す方向性について伺うとともに、CECOとして成果を上げるためのポイントについて迫ります。

(取材・文:Marketing Native編集部、人物写真:稲垣純也)

獲得すべきは顧客が「欲しいと思う瞬間」


――石川さんが5年先、10年先に目指したいECサイトの姿はどのようなものでしょうか?

「検索に依存しない」ECサイトを目指したい、とかねて考えています。当社の競合と言えば、カタログをチャネルとしている総合通販企業が含まれますが、我々は同業者だけで顧客を取り合っているわけではありません。本当の競合は別にいて、その企業に顧客を取られていることが、カタログ通販業界全体の売り上げが落ちている理由の一つです。ECでいえばそれが楽天やAmazon、Yahoo!となるわけですが、彼らとの戦いの延長線上に我々が活路を見いだすのは非常に難しいと考えています。

これらの企業は、集客口の一つ、あるいは広告事業としてECを見ているところがあって、我々とは「競技」が異なります。ユーザーがそうしたサイトを訪れるのは、欲しいものが決まってからであって、目的もなくサイト内を回遊して「いい商品を見つけた、これを買おう」となるケースはあまりないはずです。つまり、購買行動のファネルを考えたときに、すごく後ろのほうにある「どこで買うか」という最後の部分だけを見ているプレーヤーであると言えます。


しかし実際は購入の意思決定を行う前にどこかのタイミングで「この商品いいな」と思う瞬間があるはずで、そこから購入に至るまでの道のりはロングジャーニーです。今のECの戦いは、そうしたロングジャーニーの中の最後の部分だけで戦おうとしているから寡占になり、ユーザーの奪い合い状態が続いているのです。我々はもう、この土俵で疲弊するだけのプレーヤーでいるつもりはありません。

我々が目指すのは、それよりもっと前の「欲しいと思う瞬間」をつくり出すプレイヤーです。テレビ通販は、まさにその「欲しいと思う瞬間」をつくり出しています。深夜に番組を見ているとつい商品が欲しくなって買いそうになる瞬間がありますよね。カタログのページをめくる行為もテレビ通販を見る行為に近しく、ユーザーが「この商品いいな」と思うきっかけをつくっています。

カスタマージャーニーの中でも「欲しいと思う瞬間」を取りに行くECは、世界的に見てもほとんど存在していません。当社はテレビ通販にしろ、カタログ通販にしろ、「欲しい」を提供するためのアセットはすでに持っているので、「欲しいと思う瞬間」を取りに行くECとしていかに成長させるかが、当社の大枠のEC戦略です。

――その足掛けとして行われたのが、DMや小冊子の送付ですね。では、今後テレビ通販との掛け合わせなどで考えている施策はあるのでしょうか。

考えている施策はありますが、そのときにECサイト自体は不要な気もしています。検索を経由せずに商品を購入してもらうためには、ユーザーがカタログやテレビを見ている最中に、クローズドなタッチポイントをつくる必要があります。カタログやテレビを見ているときにパソコンを開く人はあまりいないと思うので、ユーザーとのタッチポイントはスマホアプリが有力です。

そこで我々が目指すべきアプリの形は、例えばカタログを見ているときにスマホを使用すると、新しい体験が生まれて、紙だけ、もしくはテレビだけで見るよりもアプリと組み合わせたほうが、便利だったり楽しかったりするというものです。ECサイトに遷移する必要がなければ、その場で購買を完了できるようにもしたいと考えています。

ECサイト自体はコンテンツの置き場所として残り、紙媒体ではなくWeb上で商品を比較検討したり、動画を含めた沢山の詳細コンテンツを閲覧したりするためのメディアになるのではないでしょうか。

変革を起こす上で大切なのは物事の順序を守ること

――ECの運用改善が落ち着き、石川さんは2018年7月に組織から外れて、経営企画本部・EC本部・マーケティング本部の三本部付けになったと伺いました。今後はどのように働いていこうとお考えですか。

今後はプロジェクト単位で必要なメンバーを招集して都度チームを作りながら動かしたいと思っています。現在、大なり小なり、プロジェクトはすでに20個くらいできていて、私自身が管理する施策もあれば、プロジェクトマネージャーが必要な施策もあります。うまくいったものは日々の運用をメンバーにバトンタッチし、見込みがなければすぐに止めながら、プロジェクトは常時10個から20個くらいを、適宜入れ替えを図りつつ運用していくつもりです。実現したいことがいくつもあって終わりが見えないので、いつまでかかるかはわかりません。

――石川さんが、これまで画期的な施策を打ち出せた秘訣を教えてください。

秘訣があるとしたらチームビルディングでしょうね。ディノス・セシールには最初からある程度のレイヤーで入社させてもらったのですが、企業規模と私のキャリアや年齢を考えると日本ではあまりないケースではないかと思います。そんな私が、実績もなしに「この会社のここがおかしい」「ここは直さないとだめだ」と言っても、以前から勤めている社員は白けてしまいます。その点にも配慮して、最初に「MAを導入しましょう」とは言いませんでした。

まずはECの運用方法を改善し、自分たちの仕事が売り上げに直結すると実感できるようにすることを優先しました。外からもたらされたノウハウで成功体験が生まれる工程を、既存の社員たちに経験してもらう必要があったからです。ある程度うまく回るようになり、「売り上げもついてくるし、先が少し見えてきた」と感じる社員が増えていくと、私がハードルの高い提案をしても、たいていは「一緒にやりますか」と言ってもらえるようになります。組織の規模やメンバーの背景によって、かけるべき時間や成功体験の質量などは変わると思いますが、まずみんなの納得感を得てから少しずつステップアップしていくという順番を間違えると、組織は全く機能しないでしょう。

私が必要と感じた時間軸は、結果として1年から1年半くらいでした。最初に手をつけるべきは自分の専門領域の得意分野ではなく、土台づくりであるとあらためて思います。

――大きな変革を起こす上で、周囲の人を巻き込んだり、説得したりするには、どうすれば良いですか?

物事の順番を間違えると周囲に受け入れてもらえないので、メンバーとは意識的に目線を合わせることが大切だと思います。目線を合わせないと、「現場の運用がわからないのに、何を言っているのだろう」と思われてしまいがちです。外部から来た人間が「正しい」と主張する内容は、実は社内の人も多くの場合、頭では理解しています。ただ、制度やそれまでの慣習から「簡単には動かせない」「根本的に解決するのは難しい」と感じてしまっているのです。しかし外部から来た人間なら、入社して1~2年くらいの一定の期間は制度や慣習に対するしがらみが少ない分、無邪気に提案することができます。チームにジョインしてからの、この最初の期間は戦略的に使わないといけませんね。

戦略ではなく、まずは商品やサービスを重視

――貴社のように複数チャネルを持たないEC専業の企業は、今後どうなっていくとお考えですか?

難しい質問ですが、いずれ必要なくなるのでは、という気がしています。楽天やAmazonのようなインフラに載っていない、そのサイトでしか買えないといった商材やサービスを作らないと厳しいと思います。コモディティ化している商品や、どこにでも売られているものを高い利益率で販売しても、ユーザーにとっては必要ありませんから。何を売るのか、商品の選定をよく考えないと、今後EC専業で利益を上げるのは難しいでしょう。

――では、これからEC業界を目指す方が意識したほうが良いことは何ですか?

ECをやるのであれば、必要なのは商売っ気です。デジタルがどうとか、マーケティングがどうとか、レポートから出てきた数字だけを見て施策を決めるのは、あまり意味がないと考えています。いくらデータを見ても商品が売れない理由はわからないからです。

それは恐らく青果店や鮮魚店も同様で、「今日は○○がおいしい」「この季節は○○」といった商品の目利きと、「調理方法のおすすめは○○」といった情報を明確に語ることができなければ、GMS(総合スーパー)に負けてしまうでしょう。そのように情報の精度や付加価値が高ければ、消費者も「魚はあのお店で買おう」という思考になり得ますが、GMSと全く同じ見せ方と金額で販売していたら、勝ち目はあまりないですよね。マーケターはマーケティングを施す順番を間違えがちです。まず商品やサービスをしっかりと練ってから、次に「どう勝たせるか」「勝つ余地はあるのか」というマーケティング戦略を考えるべきなんです。技術論的な戦略を追求する前に、商品やサービスにもっと目を向けるべきだと考えます。

ECに携わっていると、どうしてもお客さまの顔が見えないので、商品を販売している実感が次第に希薄化していきます。「昨日は目標よりも〇万円足りなかった」と思って、Analyticsのデータや売り上げデータの数字を見ても、そのはっきりとした理由はわからないものです。物の売れ方が腑に落ちていないとデジタルを使った施策もうまくいきません。リアルでどのようにアプローチすれば商品が売れるのかを把握し、それをデジタル上でどう再現するのかを考える、という順番が大切です。

――ありがとうございました。

【会社紹介】
株式会社ディノス・セシール
事業の核となる総合通信販売事業では、「ディノス」「セシール」の2つのブランドを展開。テレビ・カタログ・ECという複数のチャネルを活かし、ファッション、家具・インテリア、美容健康、食品など、幅広い商品ジャンルを提供している。そのほか、リテンションマーケティング事業やフラワーネット事業なども手掛けている。
創業:1971年12月20日
本社:東京都中野区
代表取締役社長:石川 順一
https://www.dinos-cecile.co.jp/

「Marketing Native」掲載のオリジナル版はこちら1200億円の巨大なプラットフォームでいかに変革を起こし、戦っていくか? 株式会社ディノス・セシール 石川森生さんインタビュー(後編)

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