国内トップレベルのシェアを誇るShopifyアプリの開発・提供会社、ハックルベリー。CEOの安藤祐輔さんへのインタビューが実現しました。今回はそんな安藤祐輔さんにEC業界のこれから、Shopifyのこれから、2023年の動きの予測についてお話を伺いました。
ハックルベリーとは? CEO・安藤祐輔氏の人物像は?
ハックルベリーは、サブスクアプリ「定期購買」、ギフトアプリ「All in gift」など10以上のShopify向けアプリを展開しています。総インストール数は1万5000超だといいます。
ハックルベリー CEO 安藤祐輔氏
シリアルアントレプレナー。東京消防庁入庁後、大学進学。筑波大学在学時に人材事業にて起業。複数事業を展開し、2012年11月Socketを創業。2014年9月にスマホ向け販促プラットフォーム「Flipdesk」をリリース、アダストリア、ビームス、メガネスーパーなど数百社へ導入、利用されるサービスとなり、その後KDDIグループへM&A。KDDIグループ会社社⻑として事業戦略/採用/M&Aに従事後、2017年退任。
ベンチャーキャピタルのパートナーを経て、現在は、Shopifyアプリ開発のリーディングカンパニーである、ハックルベリーの代表を務める。
ECキャリアが長く、EC戦略立案・構築・運営における実績と深い知見をもっている。
コロナ収束傾向のいま、Shopifyをとりまく状況は?
コロナの収束はネットビジネスの“追い風”
⸺早速ですが、まずは「コロナを経て、ECとShopifyを取り巻く状況は変わったのか」というテーマで、お話をお聞かせください。
安藤氏:結論から言うと「成長が止まる訳ではない」という考えです。
確かにコロナによって、ここ数年のEC業界は圧倒的な追い風に吹かれていました。2020年を皮切りに、Shopifyは日本国内で急激に流通を増やしていますし、ストア数で見ても2020年から22年の2年間で、200%以上増加しているというデータもありますから、ここ数年のEC市場は異常な盛り上がりを見せていて、その中心にShopifyがいたことは間違いないと思います。
2020年にShopifyは急激な成長を遂げている(出典:Shopify Q4 2020 Financial Results Conference Call Presentation)
安藤氏:しかし実は、コロナ以前からEC化率の向上というトレンドは続いており、あくまでコロナはそこに拍車をかけたに過ぎないと考えています。コロナは起爆剤にはなったものの、EC業界の成長の「原点」ではないんですよね。
確かにコロナが落ち着き、EC市場の盛り上がりも落ち着いてきましたが、状況としてはコロナ以前に戻っただけであり、これからもEC業界の成長は続いていくでしょう。
⸺なるほど。コロナで、ECだけ圧倒的に伸びるというトレンドはなくなっても、買い物をするという体験はもっとずっと盛り上がる。その購入のチャネルとしてのECはまだまだ伸び続ける、ということですね。
安藤氏:そうですね。コロナがあったから急速に伸びたことは間違いないですが、そもそもECは便利なサービスですし、これからも伸び続けていくと思います。
それと、コロナの終息=ネットビジネスの失速、みたいな論調がときどき見られますが、私はそんなことは全くなくて、むしろ「事業者のビジネス」単位で見て、コロナの収束は追い風になると思っています。
前提として人は、「お出かけして、買い物をする」という体験が好きだと思います。確かに、それはトレードオフになっていて、ECの流通が伸び悩む要因になるかもしれません。
ただ、そこがビジネスオーナーの工夫のしどころですよね。今までECで買ってくれていたようなお客さんが街に繰り出すようになったのなら、そういう人にどう知ってもらうか、買ってもらうかを考えて施策を積み重ねていけばいいんです。
本質は、お客さんに自分の商品を使ってもらうこと、買ってもらうことのはずですから、ECという手段に固執する必要はないはずです。
ECならではの良さを追求
安藤氏:また、ECにはECの「良さ」があります。たとえば、サブスクが簡単にできたり、eギフトが送れたり…。そういう「ECならではの良さ」に触れると、ユーザーはその便利さに気付きますよね。
そうやって施策を積み重ねて、ユーザーの体験を改善し続けていけば、ビジネス全体のユーザーの増加に伴って、ECで買い物をする人の数も増えていくと思います。
要は工夫次第。市場の変化に合わせて、ユーザーがどんなことを求めているのかを敏感に感じとり、彼らを満足させる手段としてECを使用することが私は大事だと思っています。
ECならではの良さを訴求することで利用者の増加が見込める
Shopifyを導入するなら、自社の類似事例に注目
⸺EC事業者向けのWebメディアの記事で、安藤さんはShopifyについて「サーバーの強さ」というメリットと「サポートの薄さ」というデメリットをお話していました。
安藤氏:Shopifyの本質的な方針や性質は、コロナによって何か影響を受けた訳ではないためそこまで大きな変化はなかったと思います。
ただ、あえてこの数年でShopifyについて「変化したこと」を述べると、「事例が増えた」というのがあげられるのではないでしょうか。
2年前の2020年は、Shopifyも日本でシェアを獲得し注目され始めたばかりで、導入企業はD2C系のベンチャー企業や中小企業が中心でした。
店舗ビジネスを軸としていた大企業は、まだ国内での成功事例の少ないShopifyの導入に消極的で、導入検討段階のところが多くありました。
ただこの2年の時を経てShopify国内事例も増え、それに追随する形で大手企業のShopify導入も進んできています。
これからShopify導入を検討する企業は、豊富な事例のなかから自社の類似事例を参考にすることができます。これは未来の導入企業にとっては大きなメリットと言えるのではないでしょうか。
⸺確かに。これから導入される企業は、そういった事例に注目して情報収集していくことを意識すると良さそうです。
2023年、Shopifyの活用はどう進む?
大きなテーマは「OMO」と「SNS」
⸺では次は、Shopifyの2023年に注目してみたいと思います。2022年は営業利益率の低下や株価の低下など、Shopifyも立ちはだかる壁を感じた1年だったのではと思います。安藤さんの目線からは、Shopifyを取り巻く環境はどのように変化すると見えているのでしょうか?
安藤氏:基本的にはプラットフォーマーって、決済をやった後に物流をやるんですよ。
Shopifyペイメントや決済手段の拡充、本国で行っているロジを日本でも展開するのかの検討が、セオリー通りの動きだと考えています。
一方で、Shopifyの特徴として「開発チームが非常に優秀」「エコシステムを持っている」の2点があります。新しいAPIや新しいコンセプトをエコシステム向けにリリースし、新しい価値を創る方に注力していくのではと思っていますね。
その中の大きなテーマとして、OMO強化などが入ってくるのだろうな、と予測しています。
⸺EC事業者にとっては、新しい機能・体験が多く期待できるということですね。その機能・体験の拡充は、どのような軸で強化されていくのでしょうか?
安藤氏:2つあります。1つ目は「OMO強化」です。なぜなら、「リアルの流通は大きいから」です。
日本での「EC化率」はまだ8%なので92%はオフラインの流通です。伸びているとはいえども、まだまだオフラインの流通の方が大きいのは事実。そのため、多くのEC事業者がその大きなポテンシャルに攻めていくのではと思います。
2つ目は、「潜在顧客へのリーチの強化」です。ECはオフラインビジネスと違い、「潜在顧客へのアプローチが難しい」という特徴があります。
店舗であれば、購買動機がなくてもウインドウショッピングなんかをしてみて、商品を認知する機会がありますが、ECではそれがありません。ただ、ECにおいてはSNSがその機能を果たし始めていますよね。InstagramやTikTokを眺めていると、お店のページに行かなくても写真やショート動画で商品を認知できるタイミングがありますよね。
ECにおいては、今後こうした「潜在顧客へのリーチ強化」を進める施策がどんどん増えていくと思います。
安藤氏はEC事業者の強化ポイントとして「OMO」「潜在顧客へのリーチ」をあげる
⸺当社もEC事業者向けの人材の紹介をしていますが、最近はSNSの相談も多くなりました。SNSマーケティングはずっとトレンドですが、今後も需要は増していきそうですね。
「ECノウハウの循環」をめざす2023年に
⸺ハックルベリーでは、そういったShopifyの動きに合わせてどのような展開をしていく予定なのでしょうか?
安藤氏:ハックルベリーは、日本国内でもトップレベルにShopifyアプリの提供事例があります。その事例を見てみても、やはりアプリを使いこなせているECショップさんとそうでないショップさんがあります。使いこなせていないショップさんに対しては、導入・活用のアドバイスやサポートを強化し、ストアのビジネス成長へ貢献させていただくことに、まずは取り組んでいきたいです。
もう一つ、最近は大手企業のShopify導入事例が多く出てきています。我々はShopifyを通した支援を長くやってきていますので、これから導入されるであろう大手企業に向けても、これまで培ってきたノウハウを使い問題解決・サポートを行っていく予定です。
そうやって我々が持っているノウハウを循環させていくことで業界の底上げに貢献したいと考えています。
⸺ノウハウを閉じ込めず、業界に開放していくという方針ですね。
安藤氏:そうですね。私自身はEC業界で育ってきたのですが、広く言うとECって「流通」だと思ってるんですよ。Shopifyという枠を外し、広く「流通業界」に対する貢献をめざしていければと思っています。
ドラッグストアですとか、消費者の生活に根付いた日用品を扱うような店舗に対して流通を支援する機能・サービスなどをリリースしていけると良いですね。
⸺2023年のハックルベリーが楽しみです。
顧客の顔が見えない、ECならでの難しさは不変
「潜在顧客へのリーチ問題」は続いている
⸺ここまでは「コロナ」という未曾有の有事を経て、EC業界やShopifyがどのように変化してきたのかについてお伺いしてきました。お話のなかでも、「実は本質的には変わっていない」というキーワードが多く聞かれたように思います。安藤さんは、EC業界のキャリアとしてはとても長くいらっしゃいますよね?
安藤氏:そうですね、ECの歴史は20年ほどなので私は黎明期からこの業界には携わっていることになると思います。
当時は今のように黒字化に成功している企業は少なく、私が運営していた「ケンコーコム」「オイシックス」「ゴルフダイジェスト・オンライン」くらいだったような気がします。
そこから数年を経て、ECの業界は急速に成長しましたね。多くの便利なツールが誕生し、ECショップを構えるハードル自体は大きく下がりました。
早く進められる、安く進められる、という「やり方」部分はこの数年で便利に変わってきた実感はあります。ただ、「こういう施策をしたい・必要だよね」という事業者側のニーズ部分は大きくは変わっていないと思っています。
⸺そんなEC業界の成長を経て、安藤さんが考える「それでも変わらない、ECでものを売るときの『難しいポイント』」って何でしょうか?
安藤氏:そうですね、やはり先ほども出たように「お客さんの顔が見えない」というところではないでしょうか。先ほども話に上がりましたが、「潜在顧客にアプローチしにくい」というのは大きいです。
店舗ビジネスと比較して考えてみましょう。たとえば店舗だと、たとえ商品をその場で買わなかったとしても、お店に入ってもらえればお客さんに商品を認知してもらえますよね。
その時は購買動機がなかったとしても、数回にわたってお店を訪れる機会があり商品について少しずつ理解を深めていけば、いつかは購入に至ってくれるかもしれません。
一方ECでは、「購買動機がない状態の顧客に商品を認知させる」ことに非常に高い壁があるんです。
メルマガを打とうにも、連絡先が必要で、その連絡先を得るには、連絡先を開示してくれるくらいにはお客さんがストアに関心を持っていることが前提になります。
ECショップを開設することの難易度自体はグングンと下がってきていますが、やはりこういった「オンラインだからこそ」の難しさは依然としてどのEC業者も戦っている印象ですね。
実店舗と異なり、ECは購入目的で検索する人が多いことから、潜在顧客へのアプローチは難しい
ギフトをきっかけに商品を認知拡大
⸺ちなみに、そういった課題にはどういうアプローチ方法があると思いますか?
安藤氏:先ほどあがったSNSの話がまず一つ。加えて、「ギフト」という需要を通して潜在顧客にアプローチをしている例はあると思います。
既にブランドを好きでいてくれるユーザー(=ロイヤル顧客)から、まだ商品を知らない、触れていない潜在顧客にギフトとして商品を送ってもらうことで、タッチポイントを新規で作れるわけです。
あとは、PRと広告を混ぜた解決策を講じることができれば、この課題にはアプローチできると思います。
⸺「PR」と「広告」を混ぜる理由について、詳しく知りたいです。
安藤氏:「認知」がある人の「刈り取り」に広告費を投じた方が、意図に反して損失を抱えてしまう、逆ザヤになりにくいからですね。「認知」をとることをメインに広告費を使うと、かなりの投資額になります。
「認知」に広告費を使うこと自体が駄目と言っているわけではありませんが、そうした大規模な投資は誰にでもできるわけではないのでこのような表現になっています。
⸺なるほど。その辺りの施策は、経験のあるプロや事例を元に講じていくことが重要になりますね!
人手不足には外部人材の活用が有効
⸺安藤さんご自身は、EC業界を黎明期から長く関わっていらっしゃいますが、長くEC事業を見てきたなかでよくある「EC業界の人材の課題」についてはどのようにお考えですか?
安藤氏:基本的にEC業界には人手が足りていないですよね。これはどの企業さんもおっしゃいます。かなり大きな企業でも、ECチームは2~3人しかいないみたいなケースは、実はEC業界あるあるですよね。
あとは、「マネージャー層人材の不足」もあると思います。ECはITビジネスの総合格闘技です。物流も製品作りもマーケも、ある程度理解している必要があります。もちろん全体的に理解している中で、「一番得意なのはMDです」などある程度専門領域はできてくるでしょう。
ただ少なくとも管理職は、全体を理解しておく必要があると思うんです。私たちの世代までは、EC事業において丸っと任されていた人も結構います。
ただ基本的に、今の日本の会社に多い縦割り構造だと、この「網羅的に理解する」というのは難しいことが多いんですよね。そのため、徐々にこの「EC事業を網羅的に理解している」人の人数は減少してきました。
「十数年前からECに携わり、全体を網羅的に理解している人の人数」と、「今世の中で求められている、全体を網羅的に理解している管理職の人数」が全く釣り合っていないことが業界の問題だと考えています。
EC業界の人材は、必要とされている人数に対して、実在している人数が不足している
⸺確かに、当社が展開しているEC事業者向けの人材紹介サービスでも、マネージャーや全体を見る戦略家のニーズは多くあります。
安藤氏:そうですよね。ただ、彼らはめったに多くはない、いわゆる「レアキャラ」なので、そういう人材を正社員採用で採用しようと思ったら、相当、難易度の高いゲームになります。外部の人材を活用してそこを埋めていくと言うのは、これからの手段として有効だと思います。
⸺ぜひ、外部人材の活用が多く広まってほしいと思います! 安藤さん、本日は幅広く詳しいお話をお聞かせいただいて、ありがとうございました。
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オリジナル記事:「Shopify活用」「顧客開拓」「人手不足」などアフターコロナのECはどう変わる? ハックルベリー安藤CEOが2023年を予測 | 「ECタイムズ」ダイジェスト
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