卸などを通さず、受注生産で工場と直接取引を行い、高品質かつ適正価格のオーダーメイドスーツを提供する「FABRIC TOKYO」。いまや日本を代表するDtoC企業として、注目の存在である。法人としては2012年に設立し、現在の業態をスタートしたのは2014年から。首都圏と関西圏を中心にリアル店舗を14か所展開している。
「Fit Your Life」というブランドコンセプトを掲げ、サイズだけでなく生き方や価値観にフィットした自分らしいビジネスウエアを提供することが目標だ。
オーダーメイドスーツをもっと身近なものに
顧客はまず同社のサイトでアカウントを作成し、予約の上、最寄りの店舗を訪ねる。店舗ではコーディネーターと呼ばれるスタッフが採寸し、見本のサイズゲージで着心地をチェックする。さらにカウンセリングでファッションの好みなどを伝える。所要時間は計測のみならスーツで約30分から40分、シャツなら約10分から15分ほどだ。
店舗には「ファブリックカード」という生地見本が常時300種類ほど用意されており、それらを壁一面に並べたものを「ファブリックウォール」と呼んでいる。
顧客には展示する生地の中から選んでもらうが、その場で決められないときは5枚まで持ち帰り可能だ。帰宅後、ゆっくり生地見本を見て、触ってから、ネットでオーダーできる。
創業者で代表取締役CEOの森雄一郎氏は、ねらいをこう語る。
日本のビジネスウェア市場は大手4社で年間6000億円、全体では1兆円近い規模です。しかし、その多くは既製品かセミオーダーで、ファッションとしての楽しさがまだまだ提供できていないと感じます。
オーダーメイドには、体型に合う服がないといった機能面の悩みの解決とともに、日々の生活に彩(いろどり)を与える役割が求められるのではないでしょうか。
店舗で採寸などをきちんと行うことにより、ネットで買う不安を解消しつつ、オーダーメイドの楽しさを気軽に体験してもらいたい。そんな新しいEC通販サービスになると確信しています。
スタート以来、VCなどから積極的に資金調達を重ね、毎年、売上3倍増を目標に事業規模を拡大。100億円が視野に入るところまできていまは多少、ペースは緩やかになったが、それでも成長スピードにはこだわっている。
25歳、資本金100万円で起業
森氏は父が大手電気メーカーのエンジニアで、小学生のときからコンピュータプログラミングに親しみ、中学校1年生でPCを自作。大学では工学部でコンピュータサイエンスやCADを学んだ。同時にファッションが大好きで、学生時代には自前のファッションメディアを立ち上げたりした。大学卒業後、ファッションショーの演出アシスタントやIT業界などで経験を積んだ。
2012年、25歳のときに資本金100万円で起業。当初はクリニックの支援システムや越境ECのサポートシステムなどにチャレンジしてみたがどれも失敗。
「結局、熱が入らないのです。やっているうち、他人でもできることではないかという疑問がわいてきて冷めてしまうということが続きました」と森氏は振り返る。
自分自身をもう一度見つめ直す中で浮かび上がってきたのが、ファッション×ITという軸だ。森氏は185cmの長身で、腕が普通の人より長い。なかなか既製服では合うものがなかったが、体型にぴったりのシャツを着ている友人がいてオーダーメイドを勧められた。シャツをオーダーしてみたところ、ジャストフィットすることに感動。その経験が大きな転機になった。
さらにもう一度、ITビジネスを学ぶため、飛び込みで創業間もないメルカリにインターンとして参加。山田進太郎氏の傍らで貴重な経験を積んだ。
採寸のニーズを捉えショールームをオープン
2014年2月、スーツやシャツをオンラインでオーダーできるインターネットサービス「LaFabric(ラファブリック)」を正式リリースした。
ただ、そう簡単に売上は立たない。初月25万円、2か月目15万円と超低空飛行。3か月目にクラウドファンディングを実施することにした。
森氏は海外のベンチャー市場の動向に以前から興味を持っており、「起業で成功するにはまず熱狂的なファンを100人作れ」というシリコンバレーの考え方に共感していた。クラウドファンディングをその実験台としたのである。
「ビジネスファッションに革命を! インターネットでオーダースーツを身近に!」というメッセージを投げかけたところ、3日間で100人から180万円以上が集まった。
ようやく事業は離陸したが、当初のサービスは顧客が自分で採寸して注文する形だった。そのため、受注が増えていく中で「オフィスへ行くから採寸してほしい」という声が増えてきた。試しに注文フォームに「採寸」というボタンを置くと、かなりの確率で押されることがわかった。また、2015年秋にJR浜松町の駅前ビルで10日間、ポップアップストアを開いたところ、その期間中はネットで過去最大のコンバージョン率を達成した。
こうした経験から2016年早々、渋谷に1階がショールーム、上階がオフィスという本社を設け、現在の事業モデルが確立した。
アパレル企業ではなくIT企業である
森氏は常々、「自分たちは小売業ではなくIT企業である」と語っている。その言葉どおり、同社の大きな特徴は受注処理や在庫管理、CRMなどEC通販事業に関するさまざまなシステムを、森氏自身や自社のエンジニアが内製してきたことだ。
自分たちが本当に欲しいツールがなかったので、自分たちで作るしかなかったからです。それとともに、自分たちがファッション業界における先駆者になるという思いもあります。ファッション×ITという軸からすれば当然のことです。(森氏)
自前主義は物流の取り組みにも現れている。同社では、発注している縫製工場の9割は国内にあるが、そのまま顧客に直送するのではなく、自社で検品のほか検針、検寸を行う。当初はシェアオフィスで、森氏自身がアルバイトと一緒に検品し、発送していた。
さすがに注文が増えてくると、すべて社内で処理するのは難しい。ただ、外部に任せるにしても自社と同じレベルを維持することが大前提であり、検品等の業務内容を半年くらいかけてルール化した。その後、自社が求める業務品質をクリアできる物流会社を探し、現在はそちらにアウトソーシングしている。
ECマーケティングの限界と新たな可能性としての「ナラティブ」
ECマーケティングについても、森氏には持論がある。
昔からファッションの世界で成功しているブランドは、しっかりしたモノづくりがベースにあります。それがマーケティングにおいても安心感と信頼を生むのです。
それに対して、ECマーケティングはまだ底が浅く、テクニックに流れがちな印象があります。デモグラフィック、ターゲティング、ペルソナなど手法は語り尽くされ、コモディティ化しているのではないでしょうか。例えば、CPAのコストが上昇し、単価が以前の2〜3倍になっているケースも見られます。
そこでLTVを増やしてカバーしようといった話になるのですが、そうした事情はユーザー側に感覚的にバレている。接点を増やしたり、リターゲティングしたりしても、顧客が反応しなくなっているのはそのためです。
一人ひとりの顧客の心にどう突き刺さるか。心に突き刺されば、次へつながっていくはずです。(森氏)
こうした問題意識から、森氏が注目しているキーワードが「NARATIVE(ナラティブ)」だ。
直販・通販事業に携わるトップマーケッターが集まる「ダイレクトアジェンダ」というカンファレンスがある(主催はナノベーション)。2020年は2月に宮崎で開催され、筆者もパネリストの1人として参加したが、全体のテーマである「NARRATIVE -Story from Personal Point of View-」を発案したのが森氏だった。
そこには、事業者側からの押し付けではなく、購買体験を通して一人ひとりのユーザーの心に生まれる物語を大切にしようという考えが込められている。
現在のマーケティングではさまざまなデータが簡単に収集・分析できるが、施策を講じても効果が上がらなくなっている。EC通販においても、一人ひとりの“個客”の顔が見え、声が聞こえていなければ始まらない。
当社では顧客インタビューにはかなり力を入れています。特に新商品や新機能のリリースの際には、経営陣が直接コミットします。
先日は「既製のスーツを買っていてFABRIC TOKYOを知らない人」「FABRIC TOKYO以外でオーダーメイドスーツを買っている人」「FABRIC TOKYOのお客さま」の3グループに分けてインタビューを行い、どこに市場拡大の可能性があるのかを調査しました。(森氏)
これからのEC通販と消費の未来について、森氏に聞いてみた。
OMOがもっと広がるのは間違いありません。ここ2〜3年のうちにオンラインショップは支店や店舗の一種に過ぎなくなり、ECという言葉はなくなるでしょう。当社がその先例になります。
事業モデルとしては、SaaS(Software as a Service)やMaaS(Mobility as a Service)と同じ意味で、RaaS(Retail as a Service)に興味があります。
ファッションでいえば、クローゼットをIoT(Internet of Things)化し、AIによる日々のコーディネート提案やクリーニングの自動管理ができれば面白いでしょうね。(森氏)
テクノロジーを武器にDtoCという新しいアパレルの世界を構築し、社会に大きな影響を与える企業になりたいという「FABRIC TOKYO」。その挑戦はこれからが本番だ。
サイドストーリー
FABRIC TOKYOで“ナラティブ”してみた
筆者が初めて森さんと出会ったのは、「ダイレクトアジェンダ2020」のカウンシルメンバー会議の席だった。ダイレクトマーケッターが一同に会する大規模イベントのテーマを決める大事な会議だった。
いろいろな意見が出される中で、森さんが「NARRATIVE」が良いのではと提案された。これからのダイレクトマーケティングでは顧客体験、すなわち「ブランドと顧客が紡ぎだす1つのストーリー、“NARRATIVE”が重要になる」という意見だ。
メンバー全員一致でテーマはNARRATIVEに決定した。
「ダイレクトアジェンダ2020」では、フェニックス・シーガイヤ・リゾート宮崎に約250人のトップマーケッターが集結し、2泊3日の日程の中で、さまざまなディスカッションやキーノートスピーチが繰り広げられた。
議論に共通していたのは、「商品の性能や品質だけで差別化するのは非常に難しくなってきている」ということ。そしてデジタルツールの発達・整備を背景に、「付帯サービスやコミュニケーションが、商品とともにブランドの競争力を決する重要な要素」になってきているということだった。
つまり、「商品+サービス」でユーザーの体験を作る時代が来たということである。森さんの言った「NARRATIVE」というキーワードが正鵠(せいこく)を得ていることがわかった。
アフターコロナの時代には、ほぼすべての事業者がECを加速してくる。そこでは顧客側からのEC事業者の選別が始まる。いかに最高の顧客体験を提供し、顧客から選ばれるブランドを構築するかが重要になる。ダイレクトアジェンダでは、顧客体験は「頻度より深度が重要である」と締めくくられた。
筆者はその後、実際にFABRIC TOKYOでナラティブをしてみた。
FABRIC TOKYO 日本橋店
全国の店舗の中からコレド日本橋の店舗を予約。店に行くと専門のコーディネーターがいて、採寸をしながら、好みのスタイルや体型に関する悩み事を細かくヒアリングしてくれた。
次に、筆者の体型に合ったサンプルスーツを選んで試着。筆者の好みに合わせてクリップ止めで補正が行われる。だんだんと好みのスタイリングに変わっていくところが良い感じだ。
FABRIC TOKYOでの採寸風景
最後にディテールの確認。例えば、ボタンの素材を樹脂にするか貝殻にするか、実物を見ながらセレクトできる。もちろん貝殻の方が高いのだが、色目や質感を見ると明らかに貝殻の方が高級感がある。「袖のボタンホールの色を一個だけ変えるとおしゃれですよ」といったアドバイスもあり、世界に1つのカスタムオーダー感が高まっていく。
カウンターでスーツのオーダーをタブレットから入力してもらい、注文完了。正味1時間ほどの顧客体験だった。
その後、1か月ほどで商品が完成。当初は日本橋店での受け取りだったが、カスタマーサポートからコロナのことを心配し、自宅配送を勧めてくれた。自宅に到着した商品を開梱し、早速、壁にかけて写真撮影、もちろんFacebookにアップした。
完成した商品
予約から店での採寸、接客からメールによるコミュニケーションまで、一貫したサービスレベルで統一され、深度の深い顧客体験を紡ぎ出してくれた。
この記事は『EC通販で勝つBPO活用術』(ダイヤモンド社刊)の一部を編集し、公開しているものです。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:「顧客の心に突き刺されば次につながる」。日本を代表するDtoC企業 FABRIC TOKYO | 『EC通販で勝つBPO活用術』ダイジェスト
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