2020年に東京オリンピックを控えて、いま企業のスポーツ支援への関心が高まっています。
とはいえ、これまでスポーツ支援を行ったことがない企業や、PR活動の経験が浅い中小企業、ベンチャー企業にとっては、興味はあっても何をどうすればいいかわからない、きっかけや情報の糸口が掴めないといった場合が多いのではないかと思います。
そこで、東京オリンピックの追加種目に選ばれ注目度急上昇中の競技、スポーツクライミングのスポンサー支援活動を2012年より行ってきた株式会社ゼロスタートの代表取締役社長・山崎徳之氏に、お話を伺いました。
お話を伺った方
山崎 徳之氏 株式会社ゼロスタート 代表取締役社長
支援のきっかけは、知人からの紹介
──ゼロスタートでは、2012年からプロフリークライマー野口啓代(のぐち・あきよ)さんのスポンサー支援を開始して、2015年からはスポーツクライミング日本代表選手のサポートもしてきました。また、2016年からは、冒険家の南谷真鈴(みなみや・まりん)さんの公式サイトのサポートもしていらっしゃいます。こうしたスポーツ支援を始めるきっかけをお聞かせください。
山崎(以下敬称略):きっかけは、知人の紹介です。スポーツクライミングがオリンピック競技に選ばれたのは昨年(2016年)の夏ですが、2012年当時はまだぜんぜん知名度がなくて、世界大会で1位の選手でもプロ活動だけで生活を成り立たせるのは難しい状況でした。
当時日本人選手で純粋にプロ活動だけで食べていける人は3人ほどで、そのうち2人は現役を引退して指導や育成的な活動をしていて、現役では1人ぐらいしかいなかったようです。そういった現状を聞いて、支援を申し出た形ですね。
──具体的に、どのような支援を行ったのでしょうか。
山崎:野口選手は、2012年の時点ですでに世界1位だったので、スポンサー企業が5、6社ついていましたが、ほとんどが物資の提供だったそうです。
例えばシューズを提供しますとか、ウエアを提供しますとか。競技を行う上でそれは非常に助かりますしありがたいのですが、物資の支援だけでなく現金の支援もあればより競技に集中しやすい環境になると思いましたので、少額ではありますが年間いくらで金銭的な支援をしましょう、ということになりました。
その後、日本代表も支援
山崎:フリークライミング日本代表選手についても、渡航費の問題で海外の大会に参加することを断念したり、行けたとしてもコーチが帯同できないといった状況だったそうです。
プロの世界大会でコーチが一緒に行けるか行けないかは、戦績に大きく影響します。その上、日本の選手が優勝して世界一になっても記者会見を開く予算がないというお話でした。記者会見を開くのはそこまで費用がかからないのですが、当時はそれほど金銭的に厳しい状況にありました。
そういった苦労話を聞いて、2015年からは日本代表も支援することになりました。こちらも年間いくらという固定のスポンサー費です。
2012年当時、日本人選手では野口選手と安間佐千(あんま・さち)選手が世界トップレベルで活躍していたのですが、その後日本のレベルはさらに上がり、現在の日本代表にはオリンピックでメダルが狙える選手が何人もいます。
東京オリンピックの種目に選ばれてから
──支援の成果があって、東京オリンピックの追加種目に選ばれたんですね。
山崎:うちが支援したこともありコーチが帯同できるようになったことや、記者会見が開けたことなど役に立った面はあると思いますが、もともとオリンピックの種目になることを期待して支援していたわけではないので、選ばれたことは予想外の結果でした。
オリンピック競技となったことで注目度が一気に高まって、他の競技と同様にフリークライミングにも代理店が入り、大きな企業がスポンサーにつくようになったのを機に、当社の支援は一応の役割を終えたと考えています。
──終えたんですか!?
山崎:他の企業やみんなが支援してくれるようになったので、CSRとしての当社の支援の役割は終了ということですね。オリンピック競技になっていなかったら、まだまだ支援を続けたかもしれませんが。
企業のスポーツ支援の2つの役割
──「CSRとしての支援」の役割とは?
山崎:企業のスポーツ支援には、2つの役割があると考えています。支援することによって企業のロゴが出て、自社の知名度やイメージアップにつながったり、売上が上がったりといった効果を狙って行うのはマーケティングです。そういったリターンがなくても、社会貢献のために行うのであれば純粋なCSRだと思います。
──そこは明確に線引きをして判断していると。
山崎:はっきりと線を引いているわけではありませんが、マーケティングが目的になってしまうと、費用対効果についても考えなければならなくなってしまうので、話が変わってしまいますよね。
支援した額に対してリターンが少ないと、「そこにこれだけ支援するなら、こちらのイベントに出展したほうがリターンが大きいのではないか」という見方も出てきてしまいます。
リターンが明確ならば、支援に名乗りを上げる企業は多いですけれど、リターンがあるかどうかわからないときに支援するのがCSRなのではないかと思います。
スポーツ支援のPR的な旨みは?
──とはいえ、純粋なCSRとして支援を行っていたとしても、今回のようにスポーツクライミングがオリンピック競技に選ばれて脚光を浴びたことで、何かPR的な旨みというのはなかったのでしょうか?
山崎:まったくないですね。それによって当社の検索エンジンが売れたわけではないですし、会社のイメージアップ等につながって採用率が上がったりもしていません。強いてメリットを挙げるとすれば、ニュースリリースの話題がないときにスポーツ支援の件でリリースが出せたことです。
──冒険家の南谷真鈴さんが、日本人最年少で7大陸最高峰登頂を達成したときの報告リリースは、ものすごい反響がありました。
山崎:はい。リリース経由でマスコミの方たちから当社にたくさんお問い合わせがありましたが、うちは公式サイトの運営をサポートしているだけなので、お問い合わせへの回答など実対応はすべて代理店の方で行なっています。
南谷さんサポートのきっかけ
──ちなみに、南谷さんの支援をするきっかけはなんだったのですか?
山崎:南谷さんも知人の紹介です。実は、それ以前に一度、八ヶ岳のとある山で偶然会っていたんです。珍しく山に若い女の子がいるなと思ったら、下山後にその同じ山で「女子高生滑落」というニュースがあり驚きました。その際非常に気になっていたのですが、翌日無事が確認されたので安心しまして、以降はそのときの女の子のことは忘れていました。その後、知人に紹介されたとき彼女は7大陸最高峰制覇にトライしていて、すでに5つクリアしていました。
共通の知人に「山崎さんは、クライミングの支援をしていることですし、南谷さんの支援もしませんか?」とお話をいただいたのですが、ご本人にお会いしたら、金銭的な支援はスポンサーがしっかりついているので大丈夫ですとのことだったので、ならばメディア周りの支援をしましょうという話になりました。公式のホームページを当社で立ち上げたり、Webでの問い合わせの対応をしたりしています。
決め手があるから支援する
──野口選手やフリークライミング日本代表選手、南谷真鈴さん、みなさん知人からの紹介で支援を始められたんですね。支援を判断するにあたって、決め手のようなものはあったのでしょうか?
山崎:支援することでより大きな成果を出せるのではないかと思えるので支援するわけです。
野口選手は支援を開始したときにはすでに世界1位でしたが、その後も2度世界一になりましたし、スポーツクライミングも去年(2016年)ボルダリングのワールドカップ・世界選手権の男子1位は日本人でした。
南谷さんも、7大陸のうち5大陸制覇していましたし、この人なら頑張ってくれるだろうと思ったから支援しました。
実際に、南谷さんが最後に挑んだのは北米大陸のデナリという山で、そこは相当に難しい山として知られており7人ぐらいで入山したそうなのですが、一番標高が高いキャンプで暴風雨に見舞われて、1週間ほど粘った結果天候が回復しないため一旦下山したそうです。でも、翌日一人だけ戻って登頂してしまった。そういったポテンシャルがある女性です。
──有望だから、支援する。
山崎:「有望だけど、認知されていない」ところを支援するからCSRとしての意味があるのだと思います。
自分が知っている分野だから可能性を見極められる
──こういうスポーツ支援のお話とは、いったいどこで出合うのでしょうか?
山崎:自分自身もクライミング・登山はしていますが、野口選手の支援を開始した2012年当時のクライミングの世界は本当に狭くて、ある程度本気でクライミングをやっている人なら、通っているジムに行ったらそこに野口選手がいる、みたいな感覚でした。
ですから知人に紹介してもらったのも、ごく自然な流れです。
──個人の趣味や人脈だけで支援を決めているわけではなく、その人たちが出すであろう成果に価値があると感じているから支援する。
山崎:それが社会貢献だと思うんです。個人貢献ではなく、あくまで社会貢献としてであり、個人的に気に入ったから支援するということではないです。
──これからも、そういった支援は続けていくおつもりですか?
山崎:そうですね、良いお話があればこれからも続けていきたいと思います。とはいえ、世界でトップになるポテンシャルがあって、企業に注目されていないケースはそれほど転がってはいません。だからこそ、たまにそういう選手やスポーツが見つかったら、すごく支援する意義はあると思います。
企業には潜在的に社会貢献のモチベーションがある
──今回、山崎さんに取材させていただこうと思ったのは、2020年の東京オリンピックを前に、いろいろな企業がスポーツ支援への興味・関心を高めているのではないかと思ったからなんです。ですが、お話を聞いてみると、すでに代理店がついていて、活躍が期待されている分野にベンチャーや中小企業が支援で参加するのは難しそうですね……。
山崎:そういった支援は金額も大きいですしね。ですが本来、どんな企業も社会に貢献したいというモチベーションを潜在的に持っていると思うんです。
スポーツ支援に限らず、例えば、震災のときに寄付や社会貢献活動を行った企業もたくさんあります。そういった数々の活動は、PRやマーケティングのためではなく、純粋な社会貢献活動としてごく自然に行われました。その潜在的なモチベーションを平時からどのように使うかだと思います。
ただ、自分にとって全然興味のない分野だと、支援する相手が本当にすごいポテンシャルを秘めているかどうかわからないですよね。スポーツクライミングや登山は、自分もやっているから彼らの活動を見て、感じることができたというのは言えると思います。
「成功する支援/成果が出ない支援」の違いとは?
──そうですね、ただ人から話を聞いただけではわかりませんよね。
山崎:自分がある程度真剣に取り組んでいるジャンルでないと、成果が出せるかどうか見極められないと思います。自分がそんなに詳しくない、打ち込んでいないジャンルに支援すると、単に他人の経済活動に利用されてしまうだけという可能性もあり、結果的にCSRにならないこともあります。
CSRとして支援するなら、自分もある程度目が利くジャンルに限らないと上手くいかない気がします。
スポーツ支援には3パターンあるのだと思います。1つは「結果が出ているから支援します。」というもの。有名選手の支援など、スポーツ支援で一番わかりやすいパターンですね。
2つめは「結果はまだ出ていないけれど、自分にはポテンシャルがわかるから支援します。」というもの。これがCSRとして最も有意義なのではないかと思います。
3つめは、「結果はまだ出ていないし、自分にはポテンシャルはわからないけれど、チャレンジへの意気込みを買って支援します。」というもの。こういう判断で支援すると、結果が出ない可能性もあるわけで、それは「貢献」ではなく「寄付」ですよね。最悪お金を騙し取られる可能性もあるわけです。
ですから、企業活動としてスポーツやアートの支援をするのであれば、自分もそれに打ち込んでいて、ある程度目利きになっている分野で行うのがいいと思います。
昔のパトロンって、そういうことですよね。パトロンになるような王様や貴族は、一般庶民よりも芸術や学問の素養が高いから、将来の偉大な芸術家や音楽家、学者の卵を見抜く目がある。紹介されただけで「いいよ、気に入ったからお金を出そう。」ということではなかったはずです。もちろん、見込みがハズレることもあったとは思いますが。
──「才能も実力もあって、この人が成功するために必要なものがあるとすれば…」というところを支援する。
山崎:そうですね。資金とか、環境を提供するということですね。
──なるほど。これからスポーツ支援を考えている人にとって、良いヒントになりそうです。ありがとうございました。
山崎氏は謙遜して語ってくれましたが、2012年からのゼロスタートの野口啓代選手ならびにスポーツクライミング日本代表選手への支援の道程、さらに南谷真鈴さんのオフィシャルサイトサポートの経緯は、同社が発表してきたニュースリリースで追うことができます。
そこから伝わる先見性やベンチャースピリッツは、見る人に企業に対する信頼感を与え、狙ってはいなくてもPRやブランディングの効果があることは間違いありません。
これからスポーツ支援を考えている企業の一助になれば幸いです。