インタビュー

なぜANAは30万ページサイトのCMSをアドビのAEMに変更したのか?

約10年もの間利用してきたCMSから、新たなCMSへの移行を決断した理由を担当者に伺った。
ANAの永山裕氏(左)とANAシステムズの大澤信陽氏(右)

ANAのWebサイト「ANA SKY Web」は30万ページを擁する巨大サイトだ。しかも、10年もの間使われてきたWebサイトの運用基盤であるCMS(コンテンツ管理システム)を2017年11月28日に、アドビシステムズ(以下、アドビ)が提供するAdobe Experience Manager(以下、AEM)に切り替えた。

当初、AEMの導入作業は15か月の予定だったが、11か月で終わったという。新たなCMSへの移行を決断した理由は何なのか、また、移行作業を当初予定していた期間から4か月も短縮できた理由はどこにあったのか、ANAの永山裕氏とANAシステムズの大澤信陽氏にその経緯を伺った。

CMSを変更しようと思った理由

――CMSを変更しようと思った一番の理由は何なのでしょうか?

永山: パーソナライズを推進しやすい環境を整えるためというのが一番大きな理由です。ここ数年、ANAのWebサイト「ANA SKY WEB」ではパーソナライズを強化しています。そのためのツールとしてとして、ターゲティングによる表示の最適化を行うAdobe Targetを使うようになって以降、コンテンツの出し分けそのものは簡単にできるようになりました。これはとてもありがたいのですが、逆に現在のフローでは、これ以上のスピード感でコンテンツを作るのがしんどくなってきたというのが、背景としてあります。

大澤: それまで使っていたCMSは10年ほど前に導入したものだったのですが、かなりカスタマイズをしていまして、バージョンアップが困難な状態になっていたんです。また、当時の業務に最適化しすぎてしまったがゆえに複雑化してしまい、使いこなせる人が限定されてしまったという問題もありました。

――当時は最適解だったカスタマイズが、最新の技術に対応できないというジレンマになってしまったわけですね。

大澤: そうです。だからこそ、今回のプロジェクトは、マーケティング側がやりたいことを、スムーズに、タイムリーに対応できる環境づくりを一番の目標に設定しました。つねに、最新のCMSにバージョンアップできるようにし、カスタマイズは極力しないで導入しようという方針が立ったんです。

永山: CMSの導入基準が変わったと感じます。以前は、要件の抜けや漏れがないように作り込んでいましたが、今はつねに新しいものを使えるようにすることが大事という意識に変わってきました。

――以前のCMSに違和感を持ち始めたのはいつ頃ですか?

大澤: 2014年頃でしょうか、レスポンシブWebデザインが流行り始めた頃です。もちろん、以前使っていたCMSも、最新のバージョンに更新すれば対応できたのですが、前述しましたように我々の環境ではバージョンアップが難しかった。だったら、新しいCMSを導入して一気に変えたほうがいいんじゃないかと提案したこともありました。

永山: ツールに対する考え方が、ここ数年で変わってきた印象があります。以前は、全部自分たちでなんとかできるものを選ぶという意識が強かったのですが、ここ4~5年は、やりたいことが効率的にできるものを選ぶという視点に変わってきています。

「CMSの導入基準が変わって、今はつねに新しいものを使えるようにすることが大事という意識に変わってきました」と永山氏

AEM導入前の状況

――今回AEMを導入したのは、どのWebサイトのどの部分でしょうか?

永山: 弊社のBtoC向けWebサイト(www.ana.co.jp)の静的コンテンツの部分です。

――コンテンツの量はどれぐらいあったんですか?

大澤: 1995年にWebサイトを開設して以降のもので、今は利用していないものも含めてファイル数でいうと約230万ファイル。ページ数でいうと約30万ページ。そのうち、移行対象としたのは約27万ページです。

――その際、Webサイトのデザインは変えましたか?

永山: 見た目は、ほぼ変えていません。というよりも、変えない前提で進めました。今回のプロジェクトは、プラットフォームだけを移し替えるということに大きなポイントを置いて実施しました。検索エンジンからの流入が減るかもしれないとか、トラブル対策のために切り分けて実施したということではなく、とにかく「早く移行する」という点にスコープを絞りました。

AEM導入前はコンテンツ管理が大変だった

――今回のCMS変更は、Webのパーソナライズがキーとしてあったという認識でいいでしょうか?

永山: はい。Webのパーソナライズやターゲティングを強化するのは、それがお客様にとって一番のメリットだと考えている、というのが大前提としてあります。そのための仕組みが追いついておらず、このままで行けば、これ以上先に進めなくなるだろうという限界が見えた、という状況でした。

――コンテンツを作るのがしんどいというお話が先ほど出ましたが、パーソナライズ用のセグメントの数はどのくらいなんでしょうか?

永山: 今使っていない古いものまで含めると2400ほどですが、Adobe Targetで管理しているのは300ほどなので、そのくらいになるでしょうか。

――それだけあると作るのもそうですが、管理するのも大変そうですね。

永山: 単純に数が多いから大変ということもありますが、少し違う理由での管理の大変さもあります。ANAのサイトはさまざまな部署が協力をしながら運営していて、航空券、旅行、マイレージで分担しています。そのため、クリエイティブが微妙に重複するという問題もありました。

CMS選定の流れ

――CMSの選定に際して、一番重要なポイントは何だったんでしょうか?

大澤: まず大前提として、約230万ファイルという大規模サイトを管理しきれるかどうか。もう1つは、いかにカスタマイズしないで導入できるか、がポイントでした。

――最終的にAEMを選定された理由は何だったのですか?

大澤: CMS製品を選定したという意識はなく、「ANA WebサイトCMS改革プロジェクト」にて、「CMS改革とその移行プロジェクトを共にスマートに実行できるパートナー」を決定させていただきました。我々の要求・要件に対するパートナー提案のCMS製品がAEMだったということです。

――マーケティング側ではどんな要件をリストアップしましたか?

永山: Webのパーソナライズをたくさん行うことを前提にコンテンツ管理ができるもの、という要望を出しました。もう1つは、言い方が難しいのですが、小さい改修をどんどん回していけるようなもの。今までは、Webサイトを変える際は、関係各所に相談しながらバンと大きく変えていましたが、お客様の反応も見ながら、そのとき一番いいものに、ちょっとずつ変えられるものにしたいとリクエストしました。

また、今だったらAMP(Accelerated Mobile Pages)などがそうですが、新しい技術へ対応したいな、と思ったときにすぐに対応できるものを、というのもありました。

15か月の予定が11か月で終わった要因は?

――AEMの導入は15か月の予定だったのが、11か月で終わりました。4か月も短縮ってすごいですね。

大澤: 短縮できた理由は2つあります。

  • 1つ目は、CMS自体のリニューアルとコンテンツ移行(データ移行)作業にスコープを絞ったこと
  • 2つ目は、マネージドサービスを採用したこと

AEMは、オンプレミスか、マネージドサービス(クラウド)か、導入方式を選ぶことができるのですが、当初からオンプレミスではない方法で導入したいと思っていたので、ありがたい提案でした。社内のITリソースをあまり使わずに、安価にスピーディーに導入できるので。

――お話を伺っていると、マーケティング側とシステム側が手を取り合って導入をなしとげたという印象があります。

大澤: そうですね。今回のプロジェクトでは、マーケティング側とシステム側が、毎週のように膝を突き合わせてコミュニケーションを取るようにしました。

たとえば、データ移行用のツールを作る際にも、双方で何度も話し合いながら開発しました。その結果、作業の効率化につながるとても良いツールが完成しました。当初は4回に分けてデータ移行する予定でしたが、最終的に1回で移行することができたのは、このツールと、関係者間の信頼関係によるものが大きかったと思います。こうした一つひとつが、スケジュール短縮にも大きく寄与したと思います。

「マーケティング側とシステム側が密にコミュニケーションを取ったことで、予定より短い期間で、作業の効率化に繋がるとても良いツールが完成しました」と大澤氏

AEM導入のメリット

――AEMを導入したことで一番実感しているメリットは何ですか?

永山: もちろん、導入前の問題点の1つだった、コンテンツ作成フローが改善されたことが一番ですが、それに伴って、裏側のオペレーションのコスト削減にもつながったのは成果の1つだと思います。本来それが目的で実施したわけではないので、金額ベースで減ったという話ではなく、効率化が達成された結果、従来コストのままでやれることが増えたということですが。

――デジタルアセット(テキスト、画像、動画などのデジタル資産)を使いまわすことが簡単になった?

永山: はい、なりました。AEM導入後は、無駄に作らない方針で新たに運用し直しています。それに、AEMにはAEM Assetsという機能があって、たとえば、運賃や機内食のメニューといった、短期間で情報が変わるページの修正が非常に楽になりました。以前はページごとに洗い出して修正して、目検していましたが、一気に修正できる。デジタルアセット管理は、かなりラクになりました。

AEMを導入した感想

――最後にAEMを導入してみての全体的な感想は?

永山: マーケティングが会社にどう貢献するかという意味では、カスタマーエクスペリエンスに徹底的にこだわるということに尽きると思います。ANAのサイトを訪れるすべてのお客様に、どれだけの利便性を提供できるのか。

飛行機でどこかに行きたいなと検討中のお客様から、実際にANAでご購入いただいたお客様まで、どのフェーズでアクセスいただいても、「ANAってなんかいいな」と思っていただくことが、結果として、収入につながる。今回新たに導入したAEMはそれを成し遂げるための一番の土台となる、そういうものだと思っています。

大澤: 4か月も前倒しで稼働したことで、社内でも「なぜこのプロジェクトはスケジュール短縮することができたのか?」と聞かれる機会が何度かあったのですが、その理由を考えることに、今のビジネスをより良くするヒントがあるのだと思います。

今回のプロジェクトでは、目指すべき「あるべき姿」を関係者全員で共有し、目標に向かって皆で同じ方向を向いて進めることに注力しました。その結果、QCD(クオリティ・コスト・デリバリー)をすべて達成することができました。全員が同じ方向を向いてスムーズに進むプロジェクトってなかなかないんですが、それを体験できたことは大きな経験だと思います。

――ありがとうございました。

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