悪質なレビューはネットショップにとって死活問題である。良いレビューは売り上げにつながるが、悪いレビューを書きこまれると売り上げはピタリと止まる。モールによってはレビューの評価が検索順位に反映されるので、クチコミはダイレクトに売り上げに影響する。
一方、クチコミのおかげで消費者が安心して買い物できるのも事実である。実物も見られず触ることもできない商品をネットで購入できるのは、レビューを参考にしているからと言える。
毒にも薬にもなる「レビュー」
ネットショップと消費者側が、レビューを介しておかしなパワーバランスに陥ることも多々ある。ネットショップの担当者はお客さまの評価に過度に怯え、レビューを盾に強気に出てくるお客さまもいる。
中には必要以上に攻撃的なレビューもあり、無理難題を押しつけてくる消費者もごく少数だが存在している。
以前、ネットショップの関係者にSNSを通じて「過去にお客さまからのレビューで傷ついたことはあるか」と尋ねたところ、さまざまな事例が集まった。
金をもらえば何でもやる会社だ。
この店の店主はナルシストだ。
この店の人は○○の国の人だから全額返せ。
詐欺みたいな会社だから潰して欲しい。
ゴミクズみたいな会社です。
表現の自由だと言われればそこまでだが、レビューを読むのは「人」であり、それを読んで傷つくのもまた「人」である。
筆者を悩ませるあるレビュー
ネットショップではないが、私自身もAmazonで自著のレビューで落ち込むことがある。筆者は本業のかたわら小説も執筆している。小説家として読者の率直な感想を受け入れる覚悟はしているが、度が過ぎるレビューは精神的にも堪えるし、2、3日は仕事が手につかなくなる。
特に最近は、Amazonでの同一人物による執拗なレビューに悩まされている。
上から目線
本業で稼ぎましょう
文才はない
二流のお笑い
本を出すたびに、同じ人物から厳しいレビューを書きこまれている。そこまで面白くないなら読まなければいいのに、私の本(なぜかビジネス書ではなく小説)が出るたびに、真っ先に★1つを付けて、辛辣な意見を書き込んでくる。
今回もKADOKAWAから上梓した『深夜残業』という小説に、すぐに厳しい言葉が書きこまれた。内容は大したものではなが、見ず知らずの人物に不愉快なレビューを執拗に書き込まれるのは、やはり気分の良いものではない。いっそのことAmazonに内容開示の請求をして、このレビューの書き手を侮辱罪や名誉毀損で訴えようかとさえ思ったりもする。
しかし、レビューに深く傷ついて訴えた事例は聞いたことがない。果たしてレビューの表現はどこまで許されるのか? 第一中央法律事務所の弁護士、久保陽奈先生にお話を伺ってみた。
刑事裁判、民事裁判における誹謗中傷
──そもそも誹謗中傷した場合、どんな責任を問われるのでしょうか。
久保陽奈弁護士(以下、久保): 刑事上は名誉毀損罪、侮辱罪、民事上では名誉権侵害による不法行為責任により損害賠償を求められることもあります。
名誉毀損罪にあたるのは、「公然と」「事実を摘示して」「人の名誉を毀損」した場合です。ネット上は基本的に誰でも閲覧できる場なので、公然性の要件を満たすことになります。
──となると、悪質なレビューは名誉毀損で訴えることができそうですね。
久保: そうとも限りません。表現が「事実の摘示」ではなく、「感想」や「意見・論評」の場合、名誉毀損罪の対象にはならないんです。
──つまり、訴えるのは難しいと。
久保:「 価格が高い」「安い」「料理が美味しい」「まずい」「本が面白い」「つまらない」などは証拠をもって判断することが困難です。この場合、感想や意見、論評に該当すると解されます。
──では、侮辱罪ではどうでしょうか?
久保: 「公然と」「人を侮辱」した場合に成立します。事実を摘示せずに人の社会的評価を低下させる言動、例えば「バカ」「アホ」「ブス」「キモい」といった表現がなされた場合に問題となります。
──侮辱罪のほうが当てはまりそうですね。
久保: しかし、侮辱罪も名誉毀損罪も、社会的評価が下がるといえるかどうか、すなわち、第三者の感覚が基準になります。言われた人が傷ついても、第三者から見て社会的評価が下がらない場合は、侮辱罪は成立しません。
──では、民事はどうでしょうか。
久保: 民事上は、名誉毀損罪と違って事実の摘示ではなく、意見、論評であっても、名誉権侵害の不法行為責任が認められるケースもあります。
──ホントですか!
久保: 最高裁は、「名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかと問わず、成立し得るものである」と判示しました。
名誉感情の侵害としての不法行為
──意見、論評でも、社会的評価を低下させるものであれば、民事で訴えることができるんですね。
久保: はい。また民事上は、社会的評価ではなく名誉感情、つまり主観的名誉を侵害する場合に、名誉感情の侵害としての不法行為が認められる場合があります。単に「バカ」「アホ」と言うだけでは難しいですが、例えば、短時間に執拗に繰り返した場合は、社会通念上許される限度を超えると判断される可能性はあります。
──判例などはあるのでしょうか?
久保: 面前で「カスが、死ね」という発言について、「誰もが名誉感情を害されると言い得る強度の侮蔑表現」として、名誉感情侵害を認めたものがあります。
──口の悪い人なら言いそうな言葉ですね。
久保: 一方、「容姿も性格も貧相」という記載は、「その容姿や性格を批判的にみている旨が読み取れるが、それ以上に具体的な事実、根拠等が示されることもない単なる意見にすぎない」として「社会通念上許容される限度を超えた侮辱であることが明白とまではいえない」とした判例もあります。
──「カスが、死ね」も「容姿も性格も貧相」も、両方とも酷い言葉だと思うんですが。
久保: その表現がなされた状況も判断において考慮されるので、表現自体が相当辛辣といえる場合であっても、認められないケースもあります。
「詐欺を行うような会社」は名誉毀損にあたるか?
──SNSで誹謗中傷した場合はどうなるのでしょうか?
久保: 先ほど述べたとおり、ネット上は原則として公然性の要件を満たすので、名誉毀損罪、侮辱罪に該当するときは刑事事件で立件される可能性があります。名誉毀損罪の法定刑は3年以下の懲役または50万円以下の罰金。侮辱罪の法定刑は拘留または科料で、事実を摘示しない点で名誉毀損罪より軽い罰則になります。民事上の責任も問題になり得ます。
──Amazonや楽天などのネットショップのレビューは対象になるのでしょうか。
久保: 誹謗中傷の対象が一般の人でも、ネットショップの運営者でも変わりません。
──でも、先生が先ほど言った通り、刑事上の罪に問われるかどうかは、本人が傷つくか傷つかないかよりも、第三者の判断のほうが基準になるんですよね。
久保: 名誉毀損罪や侮辱罪は社会的評価を低下させる場合に成立するのでその通りです。どのような表現であればセーフといえるか、その線引きは実際には簡単に判断できるものではありません。
──例えば、「最悪です」「期待を裏切られた」「こんな詐欺を行うような会社」などのレビューはどうでしょうか。
久保: 前後の文脈にもよりますが、いずれも、事実の摘示を伴わないときには、主観的感情に過ぎないので、名誉毀損罪の対象にはならないと考えられます。
「詐欺を行うような会社」は、社会的評価を低下させる事実の摘示にあたりそうですが、民法や刑法上の詐欺に該当する具体的な事実ではなく、単に、例えばミスや不手際があったことにより「納得のいくサービスが行われず騙された気持ちだ」という意味で「詐欺」という表現を使った場合は、「そのような感想を持った人がいる」という意味にとどまり、社会的評価を低下させないとも考えられます。
商品と作者は別
──本のレビューはどうでしょうか。
久保: 何を書いても誹謗中傷にあたらないわけではありません。ただ、留意すべきは、商品や作品のレビューに関しては、商品や作品と作者は異なるものだと考えられることです。
──つまり、別人格ということですね。
久保: 例えば「料理がまずい」「面白くない」といった投稿も、作った人ではなく商品や作品に対しての評価と解釈でき、また、投稿者の感想に過ぎないので、作者の社会的評価を下げるものとは言えないところもあります。
──本人に対しての誹謗中傷ではないですからね。
久保: 裁判例ではある書籍に関して「なぜあんなに偉そうに吠えているのですか。なんか読んでてムカつく部分があるし、あまり参考にならない」という書き込みについて、書籍の内容や執筆姿勢に対する感想ないし批評の域を出ないものとして、名誉または名誉感情が侵害されたとは評価できないとしたものもあります(東京地裁平成28年10月12日判決)。
──本のレビューを訴えた著者がいたんですね! そっちのほうに驚きました。
久保: レビューやクチコミは表現の自由の発現であり、一般消費者の利益にもなるので、公益性が認められやすいと言えます。また、厳しい内容でも感想の域を出ない場合には、読者は「そう思っている人がいる」と理解するので、よほど人身攻撃に及んでいるなどの場合でない限り、社会的評価を下げるとは判断されにくいかもしれません。
──レビューは少し特別なところがあるんですね。
久保: 竹内さんの本のレビューの「文才がない」「上から目線」という言葉も、辛辣ではありますが、書籍を読んだ上での感想の域を出ていないので、作者の社会的評価を下げるとまで言えないとも考えられます。
──そう言われると、腹を立てている自分が恥ずかしくなってきました。
久保: 1つの投稿に違法性が認められ得るかは、さまざまな事情を考慮し、複雑な思考の上に判断する必要があります。表現自体が同じでも、文脈や状況によって判断が異なることもあります。場合によっては企業の利益が損なわれるケースもあるので、個人で判断するのではなく、弁護士に相談することをおすすめします。
◇◇◇
ネットショップを運営する限り、厳しいレビューから逃れることはできない。そして、そのレビューで傷ついたとしても、司法に訴えることはどうやら難しそうである。
しかし、第三者から見ても社会的評価を下げるような書き込には、弁護士のアドバイスを受けた上で、法的手段に出て毅然とした態度で臨むべきである。
「レビューなんていちいち気にしていられない」と言って手を打たなければ、知らぬ間に消費者からの評価を下げてしまい、売り上げを落とす可能性もゼロではない。訴えないまでも、法的手段や担当者のメンタルのフォローなど、何かしらの対応策は講じておいたほうが良さそうである。
そういうわけで、毎度、私の本に厳しいレビューを書くそこのあなた。面白くない小説かもしれませんが、懲りずに引き続き書かせていただきますので、次回もまた購入のほど、よろしくお願いします。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:商品レビューの誹謗中傷対策を考える。暴言はどこまで許されるのか? 弁護士に聞いてみた | 竹内謙礼の一筆啓上
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