J.フロントリテイリングは、2007年に大丸と松坂屋2つの百貨店が経営統合した際に持ち株会社として設立された。老舗百貨店として多くの優良顧客を抱えているが、消費者の情報化への対応を主な目的として、オムニチャネルリテイリングへの取り組みを開始している。プロジェクトを推進する際にどのような課題に直面したのかを中心に、グループIT新規事業開発室長の榎本朋彦氏が講演した。 写真◎Lab
J.フロントリテイリング株式会社
グループIT新規事業開発室 執行役員
榎本 朋彦 氏
百貨店が抱える制約を解消するためのオムニチャネル
インターネットの発展やスマートフォンの急速な普及により、消費者はテレビや雑誌に加えて、ウェブやSNSなど、さまざまなチャネルを使い分ける傾向が強くなっている。さらに、ネットとリアル店舗をシームレスに連携する購買行動により、さまざまな事業分野で競合が激化している。
一方で、百貨店には制約がある。営業時間内にしか買い物できないという時間の制約、移動可能範囲からしか来店してもらえないという距離の制約、店舗という限られたチャネルというチャネルの制約だ。これらの制約を解消し、販売機会の損失を防ぐために、J.フロントリテイリングが2013年にスタートさせたのが、オムニチャネル推進プロジェクトだ。大手モールに対抗するのではなく、グループの強みを最大限に活用した「J.フロントリテイリングならではのオムニチャネル・リテイリングの実現」がテーマだ。
これまでのECへの取り組みから見えてきた課題
J.フロントリテイリングでは、それまでもEコマースに取り組んではいた。しかし、成功しているとは言い難い状況だった。例えば「大丸松坂屋オンラインショッピング」では、お中元・お歳暮といったギフト商品を中心に業績拡大傾向にあるものの、制約や課題も多く、他のEコマースと比べると伸び率は見劣りしている。また、2006年にスタートしたインターネット化粧品通販サービスは、商品、在庫、人材といった理由から2013年度に閉鎖した。
今回新たなプロジェクトを推進するに当たり、まず、これらのECのビジネスがうまくいかなかった要因を明確にすることが重要と考えた。
- 組織・体制……分業型の縦割り組織で、何かやろうとすると調整が大変
- 仕入れ体制……在庫リスクを負わない消化仕入れが多く利益率が低い、店舗ごとに取引条件が違う
- 商品構成……店舗ごとにローカル色の強い商品構成になっていて標準化が進まない
- 人材・風土……派遣販売員が大多数を占めるのに加え、入れ替わりが激しい
百貨店事業とECではビジネスの基盤そのものが異なるうえ、新規ビジネスに取り組む姿勢とそのスピードが弱いという課題が浮き彫りになった。
全社オムニチャネル・リテイリング推進プロジェクトの誕生
これらの課題をふまえ、オムニチャネル推進のためのプロジェクト「全社オムニチャネル・リテイリング推進プロジェクト」が、2013年3月に発足した。プロジェクト本部は当初は少人数の組織だったが、陣容や対象範囲を約1年かけて拡大し、翌2014年3月には、持ち株会社であるJ.フロントリテイリングに所属するグループIT新規事業開発室が中心となり、活動を開始した。それぞれの課題と対応策については以下のようにまとめた。
- 組織・体制……プロジェクト本部と各担当組織との連携をはかる
- 仕入れ体制……売り上げ仕入れに注力する
- 商品構成……大手アパレルからスタートする
- 人材・風土……各事業会社をプロジェクトに巻き込む
プロジェクト発足に当っての留意点として、ひとつはトライアル&エラーができる体制づくりがある。新しいことができる組織を構築し、予算も従来の予算策定手順の別枠に「R&D予算枠」や予算執行スキームを設定した。さらに、グループ経営陣が集まり、各部門や事業会社のしがらみや思惑を廃した会議体を実施し、判断のスピードアップを図った。また、行動のスピードアップのために、プロジェクトの初期段階から戦略、システム面における社外コンサルタントを積極的に活用した。
縦割り組織の弊害を避けるためには、社内を巻き込むことが必要となる。そこで、プロジェクトの初期段階から、専任の推進本部メンバーとグループ各事業会社メンバーが協力するマトリックス型の運営組織を作った。事業会社のメンバーはあえて兼務にすることで、組織間の連携を強める狙いだ。また、臨機応変にメンバーを入れ替えるなど、柔軟な組織改編を行えるようにした。
「セリング」「オムニタッチポイント」「システム」「CRM」「ロジスティック」の各分科会では、「どう売るか」「お客様の手をどう握るか」「何を売るか」といった視点から検討した。
「全社オムニチャネル・リテイリング」推進プロジェクトの概要
販売チャネル拡大とホスピタリティの向上のためICT利用
オムニチャネル推進のためにまず行ったのは、経営資産の棚卸しだ。J.フロントリテイリングの経営資産は、以下のような点である。
- 大都市にあるリアル店舗(大丸、松坂屋、パルコ、PLAZAなど)
- 不動産開発、カード事業、商社など、多様なグループ企業
- 300年から400年という長い歴史を通して培われた顧客からの信頼と信用
- 「人との接点」を最大限に活かした販売形態
これらの強みを元に、店舗というリアルレイヤーとオンラインというバーチャルレイヤーをかぶせ、シームレスにつなぐことで、消費者により利便性を感じてもらう。さらに対象を街レベルまでに広げる「アーバンドミナント戦略」を進める(「アーバンドミナント」とは、店舗のある都市でのシェアを拡大し、優位に立つことを意味する)。
J.フロントリテイリングの「アーバンドミナント戦略」
今後は、街や店舗などリアルな場とオンライン上で、顧客や来街者と双方向でコミュニケーションすることで独自価値の創出を目指す。すでにオンラインコミュニティやLINEの活用も始めている。
これからのオムニチャネル実現に向けて
大都市に店舗を持つJ.フロントリテイリングにとって、まずはその都市に「なくてはならない存在」になることが目標だと言う。都市におけるニーズは、その都市との関わり方によって異なる。
- 居住者……生活に密着した利便性と快適性を求める、安心感を得たいというニーズ
- 来街者(国内、海外からの観光者)……高度に集積された情報に触れたいというニーズ
- 通勤者……短時間で効率よく用件を済ませたいというニーズ
これらのニーズに応えるため、グループ内だけでなく、都市を構成するさまざまな企業とのアライアンスをはかっていきたいとしている。
また、百貨店にとっても最も重要なのは、最終的な顧客接点である店舗での接客である。百貨店では、優秀なベテラン販売員の総販売金額は、全体平均の4倍から5倍、新人販売員の15倍から30倍にもおよぶという。このような優秀な販売員は、日頃から手紙やメール、電話などで積極的に顧客とコミュニケーションをとり、来店時には過去の販売履歴や会話から情報を引き出して記録するといった絶え間ない努力を続けている。熟練販売員の不足はどこの店舗でも恒常的な課題となっているため、ICTによる販売支援、スマホ・タブレットの活用を進め、J.フロントリテイリングの経営理念である「先義後利」を基本に置きながら「時代の変化に即応した、商品、サービスの提供」と、「高質、新鮮、ホスピタリティの徹底追求」を行う。
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オリジナル記事:老舗百貨店のオムニチャネル戦略をJ.フロントリテイリングはどう進めているのか | ネットショップ担当者フォーラム2014 in 東京 セミナーレポート | ネットショップ担当者フォーラム
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