ソーシャルメディア時代の『ジョハリの窓』 | ikedanoriyuki.jp | Tribal Media House, Inc.

ikedanoriyuki.jp | Tribal Media House, Inc. - 2012年1月18日(水) 14:37
このページは、外部サイト ikedanoriyuki.jp | Tribal Media House, Inc. の情報をRSSフィード経由で取得して表示しているため、記事の一部分しか表示されていなかったり、画像などが正しく表示されなかったり、オリジナル記事が意図したデザインと異なっていたりする場合があります。
完全な状態のオリジナル記事は 「ソーシャルメディア時代の『ジョハリの窓』」 からご覧ください。

最近感じていたことを、さっきのアドマンの「グループチャット(実名×クローズド)の恐怖。」に刺激されてささっと書いてみる。

mixi時代に「セミクローズドな場」で仲良しの友達とおしゃべりをしていた人も、いまや多くの人がTwitterやFacebookなどの「オープンな場」でコミュニケーションをとるようになりました。

mixi / Twitter / Facebookとプラットフォームは違えど、だいたい平均的なソーシャルグラフの規模感は数十人~100人程度。そんなに大きくはないけれど、2次伝播くらいまでを考えると、それなりに多くの人たちと頻繁なコミュニケーションをするわけです。(一方的な「語り」や「思いの吐露」で双方向コミュニケーションになっているかどうかは別として)

いままでだったら、わざわざ友達と会って会話をしたり、電話をしたり、メールをしたりして伝えなかったような些細なことや頭の中にある「陽」と「陰」のことも、操作の手軽さもあって、どんどん「だだ漏れ」状態で「オープンな場」に吐き出され、アーカイブされることになりました。

それによって何が起こったか。

僕は、ジョハリの窓でいうそれぞれの窓のサイズが、ここにきて大きく変わってきていると感じるのです。当然ですけど、この窓のサイズの変化は、ソーシャル上で大きなソーシャルグラフを持っている人や、投稿数が多い人ほど顕著です。

※ジョハリの窓についてはWikipediaの解説をどうぞ。

でも、最も重要な要因は、グラフのサイズや投稿数ではなく、投稿内容そのものです。ポジティブであれネガティブであれ、人(フォロワーや友達またはそのさらに向こう側にいるフォロワーのフォロワーや友達の友達)は、発信者の投稿内容の積み重ねによって投稿者の人格や価値観などを判断します

ソーシャルメディアがなかった時代は、本当に仲の良い友達や気心の知れた同僚などの私生活情報や悩み、日々感じていること、価値観などしか知る術がありませんでした。いや、別にそれ以外の「知り合い以上友達未満の人」の情報を「もっと知りたい」なんて欲求すら無かったと言った方が正しいかもしれません

それがいまや、ちょっと気になる人や知り合った人がいればすぐにTwitterでフォローができるし、Facebookで友達申請を送ることができる。友達にならなくたって、公開フィードさえ読めば、その人の日常生活や考えていることを(投稿されている情報の範囲内で)知ることができる。僕たちはいま、いまだかつてないくらい、毎日の時間を「他人の日常や思いを知る時間」に割いているわけです

それによって、「盲点の窓=自分は知らないが周囲の人(他人)は知っている盲点の自分」がどんどん大きくなっている気がするんです。

「社会心理学の引き合いを出すまでも無く、社会におけるコミュニケーションというのはジョハリの窓の「明るい窓」「隠された窓」「盲点の窓」のどこかで行われます。ソーシャルメディアの普及による「自分語り」や「だだ漏れ」が拡大すると、「盲点の窓」は拡大の一途をたどります

「俺 / 私、すごい頑張ってる。今日も終電。週末も仕事」
「俺 / 私、こんなコンテンツに共感する心豊かな奴」
「俺 / 私、こんなにいい奴」
「俺 / 私、こんなにリア充」
「俺 / 私、こんなにシャレオツな生活をしている」
「俺 / 私、こんなにいい車に乗ってる」
「俺 / 私、こんなに人気者」

枚挙に暇がありませんが、これらの投稿を見ている「周囲の人」は、投稿者にどんな気持ちを抱くことか。中には素直に「すごいですね!」「リア充ですね!」「シャレオツですね!」「羨ましいです!」「いつかそうなりたいです!」なんて返してくれる心優しい方もいらっしゃるかもしれませんが、大多数の人は、「はいはい、もうお前が頑張ってるのも、イケてると “思ってる” のもわかったよ」と感じているかもしれません。(当然、その逆で「お前が思ってるほどお前はイケてないよ」とか「もうその辺でやめておきなさい。痛々しいから」とか思われてることも多々あると思います)

人は、仕事の人事考課や、恋愛における自己評価など、全てにおいて、他人の評価よりも20%増しで自己を評価するといいます(だから人事考課の評価者面談は毎度もめるわけです。俺はこんなに頑張ってるのに何で認めてくれないんだ!って)。もしかしたらいまはもっとその傾向が顕著になっているのかもしれない。

いや、必要以上に自分を語るなとか、謙虚であれ、自戒します、なんて陳腐なことを言いたいわけじゃないんです。ただ僕は(自分大好き人間の代表として)、ソーシャルメディアでの投稿は(人それぞれ自由でいいんですけども)、投稿するからには誰かに見てもらいたいからするわけなので、頭のどこかで「この投稿は「明るい窓」の中で行われているか」ということを忘れずにいないとな、と思うわけです。(しつこいですが、「人の目や評価」を気にしながら投稿しなさいってことが言いたいわけじゃないですよ。)

とまあ予想通りオチなきエントリーですが、自分も含め、みんな少しだけ「盲点の窓」を意識しながらツールを使っていけるといいよねってことで終わり。

メルマガの登録はこちら Web担当者に役立つ情報をサクッとゲット!

人気記事トップ10(過去7日間)

今日の用語

なりすまし
ネットワーク上で他人に“なりすまし”て活動すること。「spoofing」と英語表 ...→用語集へ

インフォメーション

RSSフィード


Web担を応援して支えてくださっている企業さま [各サービス/製品の紹介はこちらから]