AIと自動化の進化によって、今や「デジタル広告は運用しない」が主流になった一方で、Cookie(クッキー)規制や個人情報保護法の強化によって、AIが学習に使えるデータは大幅に減少している。
「Web担当者Forumミーティング 2025 秋」のクロージング講演では、Yuwaiの田中広樹氏、アユダンテの杓谷匠氏が登壇。AI時代の広告運用や法規制の観点から押さえておくべきポイントを解説した。
アユダンテ株式会社 デジタルストラテジーディレクター 杓谷 匠 氏
“運用しない”が新常識? デジタル広告のトレンド
デジタル広告は運用しない、という新常識の背景にあるのは、広告プラットフォーム側のAIと自動化の急速な進化だ。次にあげるようなプロダクトが登場し、「誰に、どの広告を、いくらで出すか」といった高度な判断を、これまで以上に機械が担うようになっている。
- Google広告における「〇〇MAX」。
(例)P-MAX(Performance Max:パフォーマンス最大化キャンペーン) - Meta広告における「Advantage+(アドバンテージプラス)」シリーズ
昔のように、常に管理画面に貼りついて入札や配信面を細かくいじる必要はなくなってきています。その代わり、AIがきちんと働ける前提条件を整えないと、かえって成果が出にくくなってしまいます(田中氏)
P-MAXとAdvantage+が依存する「学習データ」の正体
田中氏がまず整理したのは、人が日々行ってきた広告管理における次の3つの仕事だ:
- キャンペーン予算の管理
- キャンペーン目標の管理
- クリエイティブやオーディエンスの管理
このうち、とくにAIと自動化が深く入り込んでいるのが、「自動入札」と「クリエイティブの最適化」になる。
自動入札は、過去の配信実績に基づき、どのオークションに、いくらくらいの金額で参加すれば、「コンバージョン数」「売上」「ROAS(Return On Advertising Spend)」などの目標を最大化できるか、リアルタイムに予測・調整する仕組みだ。
その際にAIが見ているのは、単なるクリック数やコンバージョン数だけではない。端末(PC/スマホ)、ブラウザ、時間帯、地域をはじめ、サイト訪問歴の有無や、どの広告フォーマットに触れ、どの順番でクリックしたかといった「コンテキスト(シグナル)」も加味しながら、「この条件なら成果につながりやすい/つながりにくい」を学習していく。
AIのなかでもGoogleのP-MAXは、「究極の自動化プロダクト」と呼ばれている。1つのキャンペーンで、検索・ディスプレイ・YouTube・Discover・Gmail・マップといった各面にまたがって配信しつつ、「どの経路で広告に触れたユーザーが、最終的にコンバージョンしやすいか」を、フォーマットと順番まで含めて評価するのが特徴だ。
たとえば、次のような場合:
- 「検索 → ショッピング」だけを見たユーザーのコンバージョン率が2%
- 「動画広告 → 検索 → ショッピング」をたどったユーザーのコンバージョン率が3%
P-MAXは後者の経路を「動画広告があったことでコンバージョン率が1.5倍になった」と評価し、動画への投資を強める。逆に、成果につながらない経路は入札を抑制し、場合によっては広告自体を出さないという判断も下す。
ここで重要なのが「すべての経路を計測できているか」だ。
本当は「動画 → 検索 → ディスプレイ → ショッピング」という経路を測定する予定だったのに、P-MAXで動画クリエイティブを登録していないと、動画という経路を計測できないことになります。
本来評価されるべき動画広告が評価されないまま、「検索 → ディスプレイ → ショッピング」という経路のデータが学習されてしまいます。これが積み重なると、実態と学習データの乖離が大きくなり、予測がガタガタになります(田中氏)
このため田中氏は、「P-MAXでは、可能な限りすべてのフォーマットを登録する」「月あたりのコンバージョン数が少なすぎるビジネス(BtoBなど)では、無理にP-MAXに寄せた運用をしない」といった使い方の原則を提示した。
人はどこで頭を使うべきか
P-MAXやAdvantage+などの自動化プロダクトに共通するのは、「大量のコンバージョンデータ」「経路のデータ」「質の高い顧客リスト(実際に購入した人など)」といった学習用インプットがそろってはじめて、本来の力を発揮するという点だ。
コンバージョンがほとんどないのにP-MAXを利用しても、なかなか学習は進みません。AIに、どんなデータを、どの粒度で、どれくらいの量を渡すのかを考えるのが、人の仕事になってきています(田中氏)
前半の田中氏のパートは、「大量のデータが必要なのにも関わらず、データは年々取りづらくなっている」という問題意識を提示し、後半の杓谷氏にバトンが渡された。
クッキー規制で減るデータ、学習できないAI
後半は、アユダンテの杓谷氏が、「ブラウザのクッキー規制」「それに対抗するソリューション」「実装に不可欠な法的知識」という3つのトピックに沿って解説した。
世界的な潮流として、個人データの保護を強化する法律が相次いで施行されている。ヨーロッパでは2018年5月にGDPR(EU一般データ保護規則)が施行され、「クッキーが個人データとして定義された」ことが、大きな転換点だった。クッキーを利用するには、ユーザーからの明示的な同意が必要になり、欧州のサイトでは“クッキー同意バナー”が当たり前に表示されるようになった。
日本でも2022年に改正個人情報保護法が施行され、個人データ保護を強化する国の一つとなっている。
サードパーティとファーストパーティ、それぞれの制限
クッキーには次の2種類があり、ブラウザごとに規制状況が異なる:
- サードパーティクッキー(訪問サイトと異なるドメインから発行)
- ファーストパーティクッキー(訪問サイトと同じドメインから発行)
iPhoneのアプリ内ブラウザはSafariがベースのため、アユダンテ独自の調査では、27.2%のデータが欠損しているケースもあり、AI時代の広告運用のビジネスリスクとなっている。
クッキー規制に対する2つの解決策
こうしたクッキー規制に対して、大きく次の2種類のソリューションが用意されている:
- 「ログインID」で補完する方法
- 「サーバー発行クッキー」で補完する方法
ログインIDで補完するものとしては、Googleの「拡張コンバージョン」、Metaの「詳細マッチング」があり、Eメールアドレスを広告プラットフォームにアップロードして使っていく。
サーバー発行クッキーで補完するものとしては、Googleの「サーバーサイドGTM(Googleタグマネージャー)」、Metaの「コンバージョンAPI」があり、自社の計測用サーバーを立てて、サーバー発行クッキーを発行するという方法をとる。
ログインIDで「どの広告経由か」を復元する
クッキーのデータを使える場合、コンバージョン計測は次図のように行われる。
ユーザーが広告をクリックすると、「クリックID」がクッキーとして保存される。コンバージョン時にはコンバージョンタグが発火し、クッキーとして保存されたクリックIDを読み出して紐づけ、広告プラットフォームに送信する。こうした仕組みによって、コンバージョンが計測できるわけだ。
しかし、クッキーが削除されてしまうと、コンバージョンの回数自体は計測できてもどの広告をクリックした結果なのかがわからないという状況が起きる。こうした欠損したクッキーをログインID(Eメールアドレスを利用)で補うことで、「クリックしたユーザー」と「コンバージョンしたユーザー」を紐づける方法が、拡張コンバージョンの仕組みだ。
次図のように、ユーザーデータとGoogleのログインデータを紐づけるために使われるのがEメールアドレスになる。Eメールアドレスを使って、広告プラットフォーム側のログイン情報と照合しながら結び直すわけだ。
サーバー発行クッキーで保存期間を延ばす
一方のサーバーサイドGTMは、ブラウザと広告プラットフォームの間に、自社の「計測サーバー」を挟み、そこで発行したサーバー発行クッキーをブラウザに保存することで、Safariでも比較的長い期間(条件によっては無制限)クッキーを保持できるようにするアプローチだ。
アユダンテの検証では、あるクライアントで、通常のGoogle広告管理画面で計上されるコンバージョン数と、サーバー発行クッキーを使って計測したコンバージョン数の間に、約27%の差が出たケースもあったという。4分の1近いコンバージョンが欠損していた計算だ。
この欠損は、単に“レポート上の数字が減る”という話ではなく、自動入札に渡す学習データが削られてしまうという意味で、AI時代の広告運用にとって大きなビジネスリスクです(杓谷氏)
Eメールアドレスとクッキーをめぐる日本の個人情報保護法
技術的には有効なソリューションであっても、実装時には日本の個人情報保護法を踏まえた配慮が欠かせない。ここで杓谷氏は、日本法におけるデータの4分類を整理した。
- 個人情報
- 個人関連情報
- 仮名加工情報
- 匿名加工情報
上記4分類の定義は次図を参考にしてほしい。
Eメールアドレス単体は本来「個人関連情報」に分類されるが、「takumi.shakuya@〜」のように名前がそのまま入っているといったケースや、個人情報と「容易照合性」がある場合は個人情報に格上げされるため、実務上はほぼ個人情報として扱うべきだと杓谷氏は指摘する。
このため、拡張コンバージョンなどでEメールアドレスを広告プラットフォームに送信する行為は、原則として「個人情報の第三者提供」に該当し、プライバシーポリシーでの明示や、第三者提供先(GoogleやMetaなど)の情報、データが移転される国(越境移転)の情報、ユーザーからの明示的な同意取得が必要になる。
海外事業者のサイトに日本人ユーザーがアクセスするケースなどでは、「国境を越えたデータ移転」として、日本法上の義務(同意取得など)が発生する可能性もあるため、グローバルに事業を展開する企業ほど注意が必要だ。
AI任せの前に、人がやるべき“段取り”とは
セッションで2人が共通して訴えたのは、「AIや自動化プロダクトは、きちんとしたインプットがあれば非常に強力な武器になるが、その前提条件を整えるのはあくまで人の仕事だ」という点だ。
運用の手を離す代わりに、計測・データ・法務の3点でどこまで段取りできるかが、これからのマーケターに求められる役割だと思います(田中氏)
クッキー規制や個人情報保護法は、“やりづらくするためのルール”ではなく、ユーザーの信頼を損なわずにデータを活用するための前提条件です。ここをきちんと押さえ、AI時代の広告運用に向き合っていきましょう(杓谷氏)
具体的には、次のような段取りが求められる。
コンバージョン定義と計測の見直し
ポイントは、「本当に増やしたいのはフォーム入力開始なのか、申込完了なのか」を明確にすること。また、BtoBなら、セミナー申込みやホワイトペーパーDLなど「前段のコンバージョン」を設計する。
クリエイティブとフォーマットの整備
P-MAXやAdvantage+が経路を正しく学習できるよう、可能な限り多様なフォーマットを登録したほうがよい。また、高品質な顧客リストの準備や、実際に購入したユーザーを中心に、ノイズの少ないリストを用意し、オーディエンスシグナルとして渡すことも必要となるだろう。
プライバシーポリシーと同意取得のアップデート
具体的には、メールアドレスの第三者提供や越境移転に関する記載を整備したり、ユーザーが内容を理解しやすい同意UIを設計したりすることなどがこれにあたる。
◇ ◇ ◇
AIと自動化プロダクトが当たり前になった今こそ、マーケターに求められるのは「細かく運用するスキル」ではなく、データとルールとクリエイティブを整える“段取り力”なのかもしれない。「運用しない」時代のデジタル広告は、むしろこれまで以上に、人の判断と設計力が問われるフェーズに入っている。
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