コロナの変化に即した「強み」を見つけるには? 顧客の語りから有望な仮説を引き出す
顧客を「理解」しても、具体的な施策につながらなければ意味がありません。1人の顧客のナラティブ(語り)を読み込み、商品のポジショニングを決める仮説を引き出します。コレクシア・村山氏の集中連載。(第2回)
顧客を理解するだけでは、マーケターの仕事は終わらない
前回に続き、今回から顧客の語り、すなわち「ナラティブ」を使った分析を行っていきますが、先に宣言しておくと、この分析のゴールは「顧客理解」ではありません。顧客を理解することの大切さは、おそらくほとんどすべてのマーケターが同意するでしょう。しかし顧客を理解しただけでは、マーケターが日々行う仕事を解決できません。
ブランドのポジショニングを決める、コミュニケーションメッセージを作る、媒体選択を含めた施策を設計する……これらの仕事を行い、成果を上げるために「顧客理解」は必須だとしても、顧客を理解すればこれらの仕事がただちに完了するわけではありません。
ナラティブ分析は顧客を理解したその先、「顧客体験」を設計することまでを目的としています。たとえどんなに正しく顧客を理解しても、それが具体的なマーケティング施策につながらなければ意味がありません。
そこで第2回では、実際にナラティブ分析を行い、ブランドのポジショニングを決めていくところまでを実際に行ってみたいと思います。今回のデータは、新型コロナウイルスの流行の前後で「仕事中の隙間時間の過ごし方が変化した人」をWeb調査にて集め、Webアンケート上で、回答者自身の体験を直接記入して答えてもらったものです。
缶コーヒーではなくレギュラーコーヒーを飲むようになった
仕事中の隙間時間の過ごし方について、今回の調査では次のようなナラティブが得られています。
- 「銭湯に行かなくなった代わりに、入浴剤を使い自宅の入浴を楽しむようになった」
- 「コンビニでお菓子を買うことが減り、スーパーで安くヨーグルトなど健康に気を遣ったものを買うようになった」
この中で、新型コロナの影響で在宅勤務をするようになった66歳男性のナラティブを読んでみましょう。この生活者はもともと、仕事の合間に毎回「缶コーヒー」を自動販売機で買っていたものの、新型コロナウイルスの流行後は接触を避けるため、ショッピングモールで挽かれたコーヒー豆を購入し、自宅でドリップしてレギュラーコーヒーを飲むようになった、といいます。
顧客体験を設計するためのナラティブデータを集めるポイントは、インタビューの中で「なぜ?」としつこく因果関係を聞くことです。今回のインタビューでも、「Q2 元々缶コーヒーを飲んでいたのはなぜですか?」から始まり、レギュラーコーヒーを飲むようになった理由など、多くの質問で「なぜ?」を問いかけています。
昨今の新型コロナの影響を考えると、缶コーヒーを自販機で買うのをやめた原因は「感染リスクを下げるために、外出や人との接触を避けたかったから」だということは、マーケターでなくても容易に想像がつくと思います。しかし、目の前に生活者(または顧客)がいて話ができるのに、質問をせず想像の中の生活者像のままで理解しようとするのは非常にもったいないことです。
時に生活者は予想を超える語りをすることがあります。マーケターの描く生活者像に当てはめずに、まずは生活者の語りを聞く。その理由をたずね、語ってもらうこと。これがナラティブデータを得る重要な第一歩です。今回例に出しているナラティブは簡易なものではありますが、時間をかけてインタビューができる場合は、もっと多くの語りを得て分析します。
なぜ缶コーヒーをやめてレギュラーコーヒーを選んだのか?
さて、ここからは「レギュラーコーヒーのマーケティングをしているマーケター」の立場になってナラティブを読み進めていきます。先に触れたとおり、マーケターの仕事は顧客理解ではなく顧客体験の設計です。このナラティブから具体的なマーケティング施策を考えていきましょう。
ナラティブを読み解く際に「なぜ?」を問いかけることが重要と述べましたが、もう少し具体的に、レギュラーコーヒーを売っているマーケターの立場で踏み込んでみましょう。この生活者は「缶コーヒー」をやめて「レギュラーコーヒー」にしたと語っていますが、他にも「自宅でコーヒーを飲む」ための解決策はあったはずです。
缶コーヒーが好きならケースで買えばいいでしょうし、ペットボトルやインスタントのコーヒーだって売っています。ところがこの生活者の場合、あえて自分で淹れる手間がかかるレギュラーコーヒーを選んでいます。私がレギュラーコーヒーのマーケターであれば、「なぜ?」と問わずにはいられません。
今回のナラティブデータには直接その理由は語られていませんが、顧客に話を聞いている最中に疑問が浮かべば、その場で質問して答えを得ることもできます。今回はすでに得たナラティブデータからその背景を読み取ってみましょう。
最初に観察するべきは、結果的にこの生活者が選んだレギュラーコーヒーは、どのような価値だと感じられているかです。今回の場合、Q9の「選んだ商品がどう自分の役に立っているか」という質問に対し、「いつでもリフレッシュできるコーヒー」と回答されています。ここから、レギュラーコーヒーは「リフレッシュできる」から良いと感じられていて、おそらくもともと缶コーヒーを都度自販機で買っていたときの良さを代替できるから選ばれたのだろう、と考えられます。
ここで、もともと缶コーヒーを「都度自販機で買っていた」という背景が意味を持ちます。そもそもコーヒーを飲むことだけが目的であれば、毎回自動販売機に買いに行く、というのは無駄な作業なはずです。しかしこの生活者があえて毎回自動販売機に買いに行っていたのであれば、その「買いに行く」という行動自体に意味があったと考えられます。
つまり、この生活者のジョブ(解決したかった用事)は、コーヒーを飲むことそのものではなく、コーヒーを飲むために「缶コーヒーを都度自動販売機で買う/レギュラーコーヒーを都度淹れる」ことによって、「仕事から離れ休憩する時間へと切り替えたい」ということであったといえます。これであれば、この生活者がレギュラーコーヒーをあえて選んだ理由に納得がいくでしょう。
マーケターが推すべき「レギュラーコーヒー」の価値
ここまでの結果を、あらためてレギュラーコーヒーブランドのマーケターの立場で読んでみましょう。レギュラーコーヒーにはさまざまな強みがあります。缶コーヒーには真似しにくいおいしさや香り、自分で淹れる楽しさなど、具体的にさまざまな側面が挙げられると思います。
しかし現在すでに、生活者の認識や行動は大きく変わっています。どのような強みを推せば、アフターコロナの後の市場でレギュラーコーヒーを売ることができるか? という視点で、あらためてレギュラーコーヒーの強みを見直してみるのです。
今回のナラティブ分析から、新型コロナウイルスの流行後にレギュラーコーヒーが選ばれた理由は、「仕事から離れ休憩する時間へと切り替えたい」という生活者のジョブに対応したことにあると考えられます。今後は直接的な新型コロナの影響が過ぎ去っても、今までよりも在宅で仕事をする機会は多くなっていくと予想でき、「自宅に居ながら、休憩モードに切り替えたい」というニーズも高まることが予想されます。
つまり、レギュラーコーヒーが今後推すべき強み、または指針とすべきポジショニングの仮説は、「在宅で仕事をしている人が自宅にいながらにして“休憩スイッチ”を入れて休息モードに切り替えられる、という価値」だとまとめられるでしょう。
缶コーヒーは手軽で、いちいち抽出する時間がかかりません。通常であればこれは強みといえるでしょう。しかし在宅で仕事をする人が増えるであろうアフターコロナにおいて、レギュラーコーヒーは、かつては弱みでもあった「自分で淹れる」というひと手間があることで、手軽な容器入り飲料では真似できない独自の強みを持つというわけです。
ここまでで、ブランドのポジショニング指針となる仮説が作れました。実際にはこの仮説に対応した市場の規模などを把握してから、ポジショニング指針を決定していきます。本連載ではこの仮説をもとに、次回の第3回から顧客体験の設計を具体的に進めていきたいと思います。
調査概要
- 【調査対象】日本全国 20~69歳 男女
- 【調査方法】Webアンケート調査
- 【調査期間】2020年5月29日
- 【有効回答数】233人(この中から1件のナラティブを抜粋して分析)
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