ネットでも10年以上の長期スパンでCGMマーケ施策を実践/三井不動産レジデンシャルの場合
PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ
多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。
従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。
広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。
この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。
神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)
インターネットの初期から注目を集めているコンテンツの1つとして、不動産情報があります。
「すまいとくらしのベストパートナー」として新築分譲住宅の開発・販売からアフターサービス、販売受託まで、幅広く手がけている三井不動産レジデンシャルは、「イエラボ」や「みんなの住まい」、そして「イエはてな」など、いち早くユーザーとのコミュニティサイトを開設するなどしてきた。新しいチャレンジをしている同社のウェブ戦略は、ウェブに関わる人たちから注目され続けています。
同社の設立当初からWebサイトの立ち上げに関わってきたマーケティング部の末吉氏と木村氏に、インターネットの活用の実際と未来についてお話をうかがいました。
ネット活用が早かったのは、情報の公開性が低い業界だったから
三井不動産株式会社の住宅分譲事業と三井不動産販売株式会社の住宅販売受託事業を承継して2006年に誕生した三井不動産レジデンシャル。
以前は、三井不動産の住宅事業本部業務推進室でブランディングや顧客リレーションシップの管理をやっていた末吉氏は、2002年からウェブの担当。現在展開しているサイトの立ち上げすべてに関わっています。
90年代のインターネット黎明期から、不動産情報を提供するポータルは存在していました。その背景について「検索性、一覧性、そして網羅性というメディアの特性が、情報が整理できていない業界にぴったり合っていた
」と末吉氏は言います。
「リクルートさんが『住宅情報』を作ったのは、情報がわかりにくくオープンになっていない業界だったからだと私は思うんですね。インターネットの初期段階では『自分の住んでいるエリアにはチラシが入らないからわからない』といった地域の壁を越え、情報の共有性をもったというのが大きかったですね
」
販売用のマンション物件別サイトは、独自ドメイン名の期間限定のサイトというのが一般的。三井不動産レジデンシャルでは、販売受託も含めて年間100物件くらいを扱っているそうです。これらの物件サイト以外にも多くのサイトを運営している同社ですが、それぞれのサイトはどのような位置づけになるのでしょうか?
「物件サイトは商品カタログ・パンフレットのようなもの。『三井の住まい(31sumai.com)』は、物件サイトのポータル的な役割になります。それ以外に、お客様とコミュニケーションしたり、すでに持家を購入して住んでいらっしゃる方のご意見を反映させたりするサイトや、インタビューサイトなど、家への興味をもっていただけるようなサイトをご用意しています
」
「お客様の生活に寄り添ってコミュニケーションをする
」(末吉氏)目的で、さまざまなサイトを運営している三井不動産レジデンシャル。業界のリーディングカンパニーならではの長期的なWeb戦略がうかがえます。
顧客のライフタイムにおけるウェブの役割
住宅購入のモチベーションが顕在化するまでの間は長く、顕在化した後平均して2年くらいの間に実際に購入する人が多いそうです。住宅購入を考え始める早い段階から接することで、顧客のロイヤリティを向上させ続けるために、三井不動産レジデンシャルでは、会員誌を発行しています。物件情報だけでなく、街の魅力や、暮らし方といった情報も紹介している『こんにちは』という会員誌は、月間発行部数が20万部。『こんにちは』は、購読を申し込みんだお客様に対して継続して送付しているとのこと。競合のなかでも、このように長期的なフォローをしているところは少ないそうです。
「媒体上で数千万円の物件を宣伝するのが不動産会社。一方、お客様が数千万円の商品の購入を現実的に考えるに至るまでには、多くの情報を集めて、処理して、悩んで、そして購入資金も考えなければならない。私たちは、お客様とのコミュニケーションチャンネルとして、純広告だけではなく、もっと息の長いものをもたなければならないと考えています
」(末吉氏)
インターネットでの展開以前は『こんにちは』が長期的なコミュニケーション接点でしたが、インターネットの登場でその範囲は大きく広がりました。末吉氏は「顧客のライフタイム全般における情報収集やコミュニケーションにとってウェブの役割は大きい
」と言います。
「“家”が欲しくなるまで家について考えない、なんてことはありません。インテリアが好きな人なら、“こういうふうに暮らしたいな”という部分があるはずです。そういう方にはインテリアという切り口からコミットしたほうが、お客様が何を考えていらっしゃるか、私たちが何をご提供できるかがわかると思うのです。
インテリアデザインのこと、エコ的に暮らすことなど、いろいろな情報やアイデアをネット上でお客様と情報交換していきたい。20年30年かけてローンを組んで家を買うという決断をされるときに、それまでのコミュニケーションがどれくらい効いてくるか、どれくらい私どもを選んでいただける気持ちをおもちになるか、という視点で考えています。ある時点で自分の希望にピッタリ合う物件がなくても、三井不動産レジデンシャルの物件が出るまで待ちたいと思う、そう思っていただけるためにコミュニケーションしているのだと考えています
」(末吉氏)
「お客様視点」「顧客軸」という言葉を繰り返し、「他社とは違う深い共感、共鳴をもっていただきたい
」という末吉氏。インターネット上での情報提供やコミュニケーションを通じて、お客様と向かい合うことの重要性が伝わってきます。
ネットにおける情報会社と不動産会社の違い
「消費者的視点に立つと、個別の不動産会社のサイトよりも、Yahoo!不動産、リクルートさんの住宅情報ナビといったポータルサイトのほうが情報の網羅性が高いのは当たり前
」と言い切る末吉氏。では、不動産会社が運営するWebサイトの意義はどこにあるのでしょうか?
「不動産ポータルサイトと不動産会社のサイトの違いは、不動産ポータル運営会社はものづくりの当事者・販売の当事者ではないという一点に尽きます。不動産ポータルサイトでは、情報を網羅的に提供できるけれども、ものづくりはできない、ものをお売りすることもできない。お客様と商品(家)を通じた具体的なコミュニケーションができないのです
」(末吉氏)
三井不動産レジデンシャルでは「みんなの住まい」をはじめ、「イエラボ」「イエはてな」といったユーザー参加型のコミュニティサイトも運営しています。
「ポータルサイトがやっているCGMやクチコミサイトは、不動産会社の運営するCGMとは、マッピング上、まったくかぶらないと思っているし、お客様も理解したうえで活用していると思いますね
」(末吉氏)
住宅関連のコミュニティサイトを、縦軸に企業主体型~消費者自立型、横軸にクチコミ型~物件情報型としたマトリックスに整理してご説明いただきました。
「お客様の情報は、最終的にものづくりの会社に届かないと、商品に反映できない。『みんなの住まい』のなかに、すでに三井不動産レジデンシャルの物件をご購入された『住まいの先輩』のご意見・体験談を載せるコーナーがあります。物件の作り手の声もあわせて掲載されています。また、まだ買われていない方に参加していただく部分もあります。実際にものづくりをしている我々は、こうした場でお客様と共創していくことができます
」(末吉氏)
「イエはてな」誕生秘話
編集長に小山 薫堂 氏を起用した「イエラボ」はユニークな試みとして業界でも話題になりました。その「イエラボ」の分家として2006年11月にスタートしたのがコミュニティサイト「イエはてな」。いち早くCGMに取り組んだ意図についてうかがいました。
「『みんなの住まい』は、家にまつわる情報が欲しいという明確な目的をお持ちの方向け。もっと間接的で住まいと暮らしの周辺にある情報をマガジン的に読むのが好きな方のために立ち上げたサイトが『イエラボ』です。そして『イエラボ』をユーザー参加型でインタラクティブ性が強いものにしたのが『イエはてな』です。はてなユーザーの方々に家にまつわる質問をしたところ、すごい勢いで反応がありました。1,000件の回答が1時間足らずで返ってきたときに、家についてユーザー同士で語ったり意見を言ったりする場は盛り上がるのだということを実感しました
」(末吉氏)
そんなはてなユーザーから集まったコメントから出来た本が『リブ・ラブ・サプリ ~今日できるいいコト、365日暮らしのサプリ~』です。
そして「イエはてな」で集めた10万件の回答をもとに作ったサイトが「イエカキ 理想の住まい」。日本語だけでなく英語版も用意してあります。
情報発信からコミュニティへ。そして、そこから本や新サイトが生まれる。ユーザーとの双方向のコミュニケーションによって生まれたコンテンツを、またフィードバックする。ネットの特性を理解し、またユーザーの参加する喜び、そしてユーザーと企業の「共創」を具現化していく取り組みは、ネットPRの成功事例として、これからも注目を集めると思います。
マンションもウェブも同じ「ものづくり」
コミュニティも含め、公式サイトを複数運営している三井不動産レジデンシャルでは、複数のWebサイトの潤滑な運営のため、外部パートナーの力を借りています。それらのWebサイトの管理について、5年間サイト運営を担当している木村氏にお話を聞きました。
「現在8つのサイトを運営していますが、外部パートナーとのミーティングは、ほぼ毎日という状況ですね。
コミュニティサイトでは、“企業”が発言しているという“無人称”のスタイルはよくない。各専門に詳しい方々に前面に出ていただくスタイルで運営しています。さまざまなやりとりがありますが、コミュニケーション上の大きなトラブルはありませんでした
」(木村氏)
「場所とか雰囲気が行動に与える影響は大きいと思います。サイトを運営していくなかで、デザインと言葉の表現はとても大事です
」と末吉氏。割れた窓ガラスを修理せずにそのままにしておくと、他の窓ガラスまで割られてしまうという「割れ窓理論」とコミュニティも同じだと指摘。「それを支えているのは、コミュニケーション設計と日々の運用です
」(末吉氏)
販売中の物件に関するお問い合わせ以外のお問い合わせは、1か月あたり100件前後。これらのお問い合わせに対しても、真摯な姿勢で対応しているそうです。
「コメントや質問に対しても、1つひとつ対応しています。たとえば、写真のソファがどこで購入できるかという問い合わせもあります。そういう場合にも調べてお答えするのですが、調べてみたところいわゆる一点モノで、輸入していないことがわかったため、『ここの工場に問い合わせをすれば、同じようなものを作ってもらえるかもしれませんよ』というところまで調べて回答したこともありました
」(木村氏)
Webサイトを作ったりコミュニティを始めたりするのは、経験がない分、外部への依存が高く、不安もあったのではないかと質問すると、「マンションを作るのと、Webサイトを作るのは基本的には同じです
」という末吉氏。その意味は?
「マンションは自分たちだけで作れるわけじゃない。三井不動産レジデンシャルのマンションを実際に建築工事するのは建築会社です。設計作業をする設計会社、外構や植栽を担当する専門の会社、広告をつくる制作会社と広告代理店、ご入居手続きに伴う登記作業を行う司法書士事務所、などなどその広範なパートナーの誰がいなくてもマンションは完成しません。そしてその扇の要が私たちデベロッパーです。ウェブ制作も同じです。各サイトでいわゆる『三井色』をだすためには、パートナー会社と共に自分たちでも頭と手を動かすことが絶対に必要です。一緒にやれば必ずわかる。
ものすごく一生懸命に何かのモノ作りをしたことのある人なら、絶対に良いWebサイトを作れると思います。そのうえで、社外のプロとはパートナーシップを強力に保つ必要があります。パートナーの方には日々バージョンアップしてほしいし、最新の技術に精通してほしいです
」(末吉氏)
扇の要として企業がしっかりコンセプトをもち、プロデュースする。そのうえで、プロフェッショナルの協力を仰ぎ、企業色のちゃんと伝わるコンテンツやコミュニティを作っていく。マンション建造とWebサイト制作の共通項の説明には、アウトソーシングに際しての企業側の姿勢や体制が重要であることを、再確認しました。
コミュニケーションを続けること
ところで三井不動産レジデンシャルのオンラインでのオフィシャルな情報発信は、まだプレスリリース中心。これだけの多くのサイトを運営しながら、古いスタイルのプレスリリースに留まっている理由は?
- 三井不動産レジデンシャル株式会社のリリース一覧(from News2u.net)
「Webサイトの更新情報だけならRSSがあります。記者クラブ向けのプレスリリースは公式な発表。この間にある細かいニュースをどう位置づけどう発信していくか、まだ道の半ばです
」という末吉さん。三井不動産レジデンシャルのニュースリリース活用は、いまから挑戦といったところのようです。
前出の「イエカキ 理想の住まい」が2007年度グッドデザイン賞のコミュニケーションデザイン部門を受賞するなど外部から高い評価を得ているウェブ戦略。社内での評価の指標や今後の課題についてはどのように考えられているのでしょうか。
「成功か失敗かというのは、見ていただいているユーザーの評判が良いか悪いかですね。書き込みや、アンケートをとったときに好印象をもっていただけていると確認することは非常に重要です。ただ単にアクセス数やPVを伸ばそうと思えば、広告をすればいいだけ。コストを投入すればある程度まではなんとかなります。定量というよりは定性的なもののほうが、私たちにとっては重要ですね。
お客様とコミュニケーションを取り続けるということが課題です。そのためには、お客様が何を求めているのか、どこに共鳴されるのか、そして半年後に『いい』ということを常にウォッチしていなければならない。これを続けていくことが大事なのです
」(末吉氏)
短期的な効果を求めがちなオンラインマーケティングのなかで、顧客のライフタイムから発想している三井不動産レジデンシャルの取り組みの視点は、非常に長期的なものです。顧客のライフタイムに寄り添ってコミュニケーションを続ける。それは、会社の売り上げにすぐに結びつくものではないかもしれませんが、だからこそコミュニケーションを続けることに意義があるのだと思います。
「クリオ賞、カンヌ国際広告祭、グッドデザイン賞など、第三者が評価してくれたことはうれしいですね
」という末吉氏。同様にニュースリリースについても、「自分たちがやっていることが、(ブログも含めた)他のメディアに紹介されることで、社内の人間も注目してくれて、励みになるはず
」と指摘します。情報が流通していることを、第三者に語ってもらい、評価してもらうことは、ネットPRに関わる担当者のモチベーションアップはもちろん、社内からの評価につながります。そういった機会を拡大してく必要を感じました。
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