EC事業に携わられている皆さまは日々、さまざまな課題に向き合われていることと思います。ECの課題は内容も多岐にわたりますが、共通して課題解決には「問題の本質を見抜くこと」が重要になります!
ですが、そもそも本質的な思考とはどのようなものなのでしょうか? また、行き詰まった時にはどのような専門家に頼ればよいのでしょうか?
そんなお悩みをお助けするべく、今回はECのプロとして活躍されている菊池龍之介さんにインタビューしました。「自社ECの売り上げアップのコツ」「本質的思考」を解説いただいたほか、さらに、「新型コロナウイルス流行前後でのEC業界の変化」「今後の市場予測」についても語っていただきました。
菊池龍之介氏について
2014年に野村総合研究所に入社。その後、株式会社フリークアウトのPdM(プロダクトマネジャー)、ECプラットフォームを作っているスタートアップ会社のPdMを経て、2年前に独立。現在はEC事業者の支援や関連サービスの開発を行っている。
自社ECをグロースさせるための考え方とは
まずやるべきことは自社の“健康診断”
――自社ECを運営されている事業者さまから、売上に悩んでいるが、どこから手をつければいいのかわからないというお悩みが多く寄せられています。この場合、菊池さんはどのようなアドバイスをされますか?
基本的に「これをすれば劇的にもうかる」みたいな汎用(はんよう)的な解はほとんどありません。あったとしてもその効果は部分的で本質的な策ではないと思います。
事業者さまごとの業態、ジャンル、フェーズ、プロダクト、世界観、大切にしている思いによって解は異なるので、それぞれの個別解を導き出すために事業者さまの思いを何度もヒアリングして、現状とのギャップを洗い出す“健康診断”を行うことが大切だと考えています。
――スタート地点を間違えないようにするにはとても大切なプロセスですね。この「健康診断」というワードについてもう少し詳しく教えてください。
まず前提として、「EC事業」と一言で言っても運営に必要な専門知識(マーケット情報、SNS、広告、システム、商品開発、ロジスティックなど)は多岐にわたり、密に絡み合うため、売り上げを構成する変数がかなり複雑な事業です。
また、それらの変数も短期的な施策によって変動する変数、長期的に変動していく変数があるので、どの変数をKPIとおくべきかの選定が難しいと思っています。
この“健康診断”で私が重要視している点は「潜在的な課題を認識すること」です。売り上げ、セッション数、CVR、注文単価のような変数を見ておくことももちろん大切なのですが、それらの数値は短期的な成果に直結して変動するケースが多いです。
菊池氏は潜在的な課題を見つけることが重要だと指摘する
本質的な課題は短期的な1つの変数としてわかりやすく計測できるものではなく、中長期的に複雑に変動するケースが多いため多角的なアプローチで向き合うことを大切にしています。
――“健康診断”をおこたって病気の進行に気が付かないという事態は避けたいですね。
事業者が専念すべき“トップダウン的”打ち手、ECのジェネラリストに委ねるべき“ボトムアップ的”打ち手
――それでは“健康診断”後に、具体的に現場では事業者とどのような役割で取り組んでいるのでしょうか。
まず事業者さまとパートナーは、フォーカスポイントするポイントをそれぞれわけた方がいいと考えています。
その上で、フェーズや業種によっても異なりますが、大規模なEC運営でなければパートナーとしてはジェネラリストのような人材が適しており、ボトムアップ的打ち手にリソースを割くべきだと考えます。
事業者側はトップダウン的打ち手に専念していただきたいと考えています。
――なぜスペシャリストではなく、ジェネラリストが適しているのでしょうか? また、トップダウン的打ち手、ボトムアップ的打ち手についても詳しくお聞かせください。
まずスペシャリストとジェネラリストの違いを説明すると、特定の分野で活躍する人材(=スペシャリスト)か、分野横断的に活躍する人材(=ジェネラリスト)かという意味になります。
たとえば、ある程度自社のECサイトが成長している事業者様は、各ジャンルに精通した人の採用・育成に成功していることが多いと思います。そのため、その規模で求める人材は自社の弱みを補完するためのCRM・SNSといった特定分野で90~120点をとれるスペシャリストになります。
一方で、まだ伸び悩んでいるECサイトをお持ちの事業者さまには、多くの領域でまずベースとなる方針を設計する必要があったり、各ステークホルダーと共通言語で対等に議論を必要とするシーンが多いので、どの分野でも80~90点くらいをとることができるジェネラリストの方が適任だと考えています。
「ボトムアップ的打ち手」の内訳
そんなジェネラリストがまず取り組むべきなのが、ボトムアップ的打ち手です。
これは「生じている課題から導き出された施策」のことです。日々顕在化していく課題を流動的に解決するためにジェネラリストならではの複数の領域をまたがって解決していくことが必要になります。
「トップダウン的打ち手」の内訳
それに対して、トップダウン的打ち手とは、「ブランドやショップが大切にする世界観・カルチャーから派生した施策」を指します。
これは課題ベースから生じたり、数値を眺めても浮かぶものではなく、外部の人材よりも、そのブランド、プロダクト、抱える顧客に強い思いを持っている事業者サイドが取り組むべきだと言えます。
そしてこのアプローチで生まれたアイデアは合理的だったり定量的に計測できるものである必要はありません。非合理的であり定性的であっても大切にすべきものだと考えており、これらのアイデアこそが中長期的に見た時にブランドアイデンティティーを形成して強みになると考えております。
これらの事業者さまの頭の中にある思いを解きほぐして引き出して形にしていくのもECの専門家の腕の見せ所だと思います。
EC事業者の状況ごとに、適切な人材や打ち手は異なる
バイアスなしで事業者の課題に向き合う
――少し話を変えまして、菊池さんご自身のお話をお伺いしていきます。これまで数多くの企業の支援に携わられてきたかと思いますが、その中でポリシーとされているところはありますか?
バイアスなしに事業者さまの本質的な問題に向き合うことを心掛けています。
――バイアスとは具体的にどのようなものですか?
バイアスというのは、事業者さまのEC事業に関わる専門家やベンダーが施策や運営方法について提案する際に自身の見地から物事を述べているということです。
それらの意見の全てとまでは言いませんが、多くの場合あくまで彼らが解決できる得意領域にフォーカスした課題にスポットライトを当てるので、その課題が事業者さまの限りあるリソースの中で最優先課題なのか、解決方法はほかにないかはフラットに考える必要があります。
ただ、多くの専門領域を横断しなければならないEC事業では、ステークホルダーは相当数になり、すべての提案を自社の本質的な課題に照らし合わせて考えるのは至難の業です。
そのような状況下で、私個人としても認知バイアスがなるべくかからないように、私の引き出しから答えを出すのではなく、しっかりと事業者さまに向き合い共に考える存在が必要だと考えました。
バイアスなく、事業者さまが本質的な課題や価値提供により多くの時間を割けるよう伴走していきたいですね。
EC事業者から頼られる“ドラえもん”になる
――なるほど。では、そのためにどのような姿勢が大切だと思いますか?
そうですね。事業者さまに今必要なのは秘密道具ではなくて、“ドラえもん”であり、パートナーだと考えています。
――ドラえもんですか?
ドラえもんというのは単なるたとえですが、要は事業者さまの「こんなこと良いな・出来たらいいな」をかなえる存在をめざすことが大事だと思います。
ここ10年くらいでECプラットフォームの台頭はもちろんのこと、EC上で使える秘密道具(ツール)が急激に増加し、EC運営の民主化が目まぐるしく進歩してきました。
今の課題は、それらの部分的な課題に対するツールが不足しているというわけではなく、適切な課題設定と構造的課題理解にあると考えているので、それらの状況に応じてツールを取捨選択しながら事業者さまの理想の状態に導くことが重要だと考えています。
――なるほど。“ドラえもん”という表現がしっくりくる気がします!
はい。やはり本質的な問題とは非常に曖昧で、長期的なスパンで眺めることが重要です。
我々が提供すべき価値は、はっきりと線引きができる課題を解決することではなく、それらの課題を事業者さまが自分の力で見つけ考え抜ける状態を作り出すことです。
すべての知識と作業を事業者さまにインストールして目の前の課題に対して、対等に議論・思考できるプロセスを実現したいと考えています。
知識を秘匿して、自分がいなければ業務が回らない状態を作るのではなく、自分がいなくても企業が自走できる力を身に付けることをめざします。
一方で、本質的な部分に関しては私が多角的なアプローチを提案することで、「ずっと一緒にいたい存在」になりたいですね。
コロナ禍明けのEC業界をプロはどう見る?
SNSの変化で新規獲得はさらに難しくなる⁉
――コロナ後のEC業界全般についてどのような意見をお持ちか伺ってもよろしいですか?
コロナ禍前後による劇的な変化はそこまでないと考えているので、それよりもパンデミックの少し前からEC業界で言われている今後の戦略について話したいと思います。
まず言えるのが、数年前から事業者さま側がTikTokをはじめ、YouTubeの「shorts」やInstagramの「リール」といった短尺系の動画配信プラットフォームを活用することが増えたということです。
この縦型動画フォーマットにより生じたSNSの変化によって多くの事象者さまはSNSに苦戦しているところが多い印象です。
――それはなぜですか? 画像やテキストよりも多くの情報を提供できる分、商品の魅力も伝わりやすくなって事業者さまにとってはうれしい変化のような気がしますが……。
確かにそのような側面も否定できませんが、それだけSNSユーザーが多くの情報、つまりコンテンツ力を求めるようになったとも言えると思います。
ひと昔前まではスマホの解像度が低かったり、編集アプリの普及が進んでいなかったことで、一定以上のクオリティーのきれいな写真さえ投稿すればある程度差別化できていました。
しかし、今ではスマホやアプリの進化により誰でもスマホ一つで高いクオリティーの写真・動画の撮影ができるようになり、法人・個人問わずクオリティーの高いコンテンツがあふれるようになりました。
その結果SNSで露出されやすいのは、1投稿あたりで視聴者の余暇時間をシェアしやすいエンタメ系の動画が支配的になっていきました。その影響で、これまで世界観を主としてきたような事業者さまの投稿の露出機会は減っていき、フォロワーの10%未満にしかリーチできないアカウントも少なくありません。
SNSの変化により新規へのリーチがさらに難しくなる、つまりディスカバリーの難化が顕著になっています。
これらの動向を踏まえて、今後の事業者さまの抑えるべきトレンドとしては大きく2つあると思っています。
事業者が抑えるべきポイント① ロイヤルカスタマーの育成
一つ目は、ロイヤルカスタマーの育成です。新規の獲得が難化する中、既存顧客の囲い込みのトレンドは今後もまだ続くと思われます。
事業者が抑えるべきポイント① マルチチャネル戦略
二つ目は、マルチチャネル戦略です。消費者のオンラインにおける購買行動もある程度成熟し、特定のSNSで欲しいものを探す人、ECモールでしか探さない人、オフラインが基本の人などそれぞれ人によって消費鼓動のパターンが固まりつつある印象です。
それらの背景から、自社ECだけでなく、ECモールやオフラインで出店することでマルチなチャネルを構築する戦略が注目されています。
アフターコロナで重要視するべきポイント
ここで重要な考え方は、それらのチャネルを点として捉えて個々の売り上げを追いかけるのではなく、それらのチャネルの特性・出店目的を考えて立体的に戦略を組み立てることが重要です。
売り上げだけを追いかけると、ただ費用対効果の側面で失敗と捉えたり、その逆に売り上げを落とせないからECモールに売り上げのシェアの依存度が高まり吸収されたりなど、俯瞰(ふかん)的に見ないと全体のバランスが崩れるので、各チャネルの変化を横断的に見ながら検証のための時間軸と影響範囲を広く見て判断することが大切です。
――ロイヤルカスタマー戦略、マルチチャネル戦略が今後のトレンドということですね。その中で、菊池さん個人としての目標をお聞かせください。
個人的な思いではありますが、その気になればECを誰でも始められる時代になり、生産力がないメーカーであっても商品を遠くのお客さまに届けられるようになりました。
マーケットの動向や全体的なトレンドはSNSの情報やニュースを見ていればキャッチアップできますが、現場のクライアントさんからしかキャッチアップできない情報もたくさんあります。そのような生の情報をできるだけ多く受け取るためにも、より多くのクライアントさまのご支援をさせていただきたいですね。
私は、熱い思いをもっている事業者さまの可能性を広げることで、その先のお客さまの世界を少しずつ変え、ミクロな変化が大きな潮流となると信じています。
そのために、テクノロジーの進化についていけない事業者さまが世界から置いてきぼりにならないように寄り添える存在でありたいと考えています。
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:売上が伸びない原因の見つけ方とは? アフターコロナのEC業界はどうなる? | 「ECタイムズ」ダイジェスト
Copyright (C) IMPRESS CORPORATION, an Impress Group company. All rights reserved.