コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の七十参
エレベータートーク伝説
1分間で「Yes」といわせて億万長者。偶然を装い乗り合わせたエレベーターの中で、投資家に出資の約束をさせた起業家の話しです。わずかな時間で相手をその気にさせる簡潔なプレゼンを「エレベータートーク」といいます。エピソードは半ば都市伝説と化していますが、簡潔に要点を伝えて客の心を掴むのは商売用ホームページでも大切です。「戻るボタン」をクリックされては永遠のさよならとなりますからね。そこで鍵となるのが「USP(Unique Selling Proposition)」です。
USPとは他社との違いや特徴、優位点を客に伝えることですが、ひと言で超訳するなら「オススメ」といったところです。わずかな時間で「オススメ」を提示し、客の心をわしづかみ……できれば億万長者も夢ではありません。
ところが、億万長者への扉を開くUSPは疎かにされています。ウェブも営業もダメな会社では特に。
USPとキャッチコピー
吉野家の「旨い、安い、早い」「ユニクロのフリース」はUSPです。しかし、「お口の恋人」はロッテのキャッチコピー(コーポレートメッセージと呼ぶ風潮もありますが)でUSPではありません。語弊を怖れずにいうなら、興味を引かせたり、イメージを伝えることが目的の「作文」がキャッチコピーで、実体をともなう他社との差別化を基本とするのが「USP」です。USPをキャッチコピーにすることはできても、その反対はできない「不可逆性」が決定的な違いといえます。キャッチコピーをUSPとすると「口先だけ」とマイナス評価を受ける危険があるのです。
「早いの、安いの、うまいの♪」とキン肉マンは歌いました。「明日はホームランだ!」と予告ホームランをしたくなった昭和の吉野家のUSPの並びです。「早い」だった最大のオススメが、21世紀に「旨い」と変わったところにもUSPの意義を見ることができます。
三代続いたヤスリ屋
さて、とUSPに取り組むと頭を抱える人が続出します。吉野家やユニクロほどの「オススメ」があればとっくの昔に大企業になっているよという愚痴は正解です。でもご安心ください。USPは簡単に見つかります。
足立区西伊興にある「株式会社ユニーク」はダイヤモンドヤスリなどの工具を販売しています。
きめの細かい営業姿勢などは「オススメ」ではありますが、USPと打ち出すにはインパクトに欠けます。また、顧客のリクエストに応える「オリジナル工具製造」はイチオシですが、オリジナルだけに「守秘義務」から公開が困難です。会議という名の雑談を続けていると、社長の祖父がヤスリ職人で、ルーツは現在でも国内ヤスリ製造の95%を越える広島県の呉だといいます。親父さんはヤスリメーカーに勤め、販路を呉から日本全国に広げました。ヤスリ作りの修行も積んでおります。
「三代続いたヤスリ屋」がUSPです。「歴史」が違うということを前面に押し出すことで、オリジナル工具も開発できる懐の深さと重ねたのです。
短所と長所は表裏一体
価格競争で中国製に勝てず、国内の競合企業もコストを抑えやすい地方に移りました。コンピュータの発達で「素人」の新規参入が容易に。都市部に設置された大型の機械は小口の取引に向きません。インターネットに活路を見いだそうにも、個人相手の商売経験が少なく、なによりノウハウも人手も足りずに思うに任せない。
……何度か紹介した「マツブン刺繍」の数年前です(詳しくは心得其の弐十六を参照)。勝ちにくい不利な市場は捨てます。価格競争から降りました。素人の集中する小口取引の「個人向け市場」も捨てました。そしてUSPを考えます。
「ビジネスユースはマツブン」。都市部の地の利を活かします。ビジネスシーンはいまでも「対面取引」が主流です。対面での打ち合わせができることは中国はもちろん、地方の競合企業、ネット取引を得意とする「素人参入組」との圧倒的な差別化につながります。また、素人参入組は小型の機械しか持たないのでビジネスユースに競合しません。
退路を断てばUSPが煌めく
「一業種一社」は私の会社のUSPです。
広告代理店業界はライバル同士の企業の広告を同じ会社が取り扱います。例えるなら「トヨタ」と「ホンダ」を同じ会社が宣伝するということです。街のスーパーなどでは隣接する競合店のチラシを同じ担当者が制作することもあります。私は会社員時代に隣接する同業3社の担当をしていたことがあります。
商売と見れば「同業OK」は間違いではありません。さらに特定の業種に絞り「得意分野」を謳うことで横並びの好きな企業を狙うという戦略もあります。しかし、私の好みではありませんでした。インターネット支店の手伝いをするなら、利益相反する同業他社の仕事は受けないと決めたのです。
類例の少ない「USP」によって横並びを好まないトンガッたクライアントに恵まれたという……すいません、自慢話です。
USPを定めることは礼儀
ウェブも営業もイマイチならばUSPと向き合ってください。単なるキャッチコピーをUSPと祭り上げていることもあります。ですが、地球の裏側でもクリック1つで移動できるネットでは、エレベータートーク以上に簡潔な「オススメ」が要求されるのです。
歴史を背景にし、弱点を逆転させ、退路を断つ。友達しか遊びに来ないブログを書いている何倍も価値を生み出します。まったく同じ人間がいないように、まったく特徴のない会社はありません。探しだし、大切にし、ときには水をやり育ててください。圧倒的な競争力の「種」はいつだって自分の中にあるのですから。
最後に余談というか苦言を。
スマップのヒット曲「世界に一つだけの花」によってオンリーワンとは争わないことという誤解が生まれたのですが、少なくともビジネスでのオンリーワンとは、戦わないことではなく戦わずして勝つことを目指すものです。ビジネスにおいては。つまり、勝者も敗者も存在します。
♪今回のポイント
USPはキャッチコピーとなるがその逆はない。
世界に一つだけの花は必ずある。
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