ヒッピーとゴールドラッシュ、
メディアとベンチャーキャピタル、そしてグーグル
2007年4月15日から18日にかけて、サンフランシスコの展示会場、モスコーン・センターにおいて、オライリーメディアとCMPテクノロジーが主催する「ウェブ2.0エキスポ」が開催された。メディアで過熱気味に語られるWeb 2.0の現状と背景を、産業としての視点からレポートする。
TEXT:海部 美知(Michi Kaifu, ENOTECH Consulting CEO)
Web 2.0を育てた伝統と気質
サンフランシスコおよびシリコンバレーの精神風土には、米国の他の土地とは違った特別なものがある。1960~70年代のヒッピー文化を受け継ぐ、ユートピア的な自由礼賛・共同体思想もその1つだ。それは、「Web 2.0」を生み育てた土壌でもある。
「Web 2.0」をシニカルに語ることはいくらでもできるが、自分のものもみんなで共有しよう、みんなで助け合って世の中をよくしよう、という考え方が「Web 2.0思想」の源流にあることは間違いない。少なくとも、初期の頃からの担い手である純粋なギーク(技術オタク)のコミュニティではそうだ。おもしろいものを自分で作ってみて、無料で開放する。オープンソースやインターネットを育てたのと同じ、ユートピア的ギーク文化である。
同質な考えを持つ人々の小さなコニュミティではそれでよかったが、Web 2.0が次第に主流になって大衆化する過程では、それだけでは通用しなくなる。データセンターや通信回線にも、営業やカスタマーサービスの人員にも、とにかくコストがかかる。持続的にお金がはいってくる仕組みはどうしても必要だ。現在多くのWeb 2.0サイトがそのフェーズにあるわけだが、ユーチューブがグーグルに16億5,000万ドルという法外な値段で買収されるという事件が昨年降ってわいた。黄金が発見されたのだ。
すると、サンフランシスコのもう1つの伝統、「ゴールドラッシュ気質」が頭をもたげる。サンフランシスコの人口が急激に増えたのは、1849年に黄金で一攫千金を目論むフォーティナイナーズ(49ers)と呼ばれる人々が続々と集まってきてからだ。現代のゴールドラッシュであるドットコムバブルのときと同じように、一攫千金の夢を追って、人とお金が続々と集まり始めた。これまでも、オライリー社主宰のWeb 2.0サミットは開催されていたが、招待者オンリーの小コミュニティだった。今回はモスコーンセンターでのオープンな展示会の形式となり、米国のみならず世界から大量に、現代のフォーティナイナーズたちが集まっていた。
それを見て、「金儲け主義」の侵略と嘆く向きもあるが、そもそも一見両極端のこの2つの文化が渾然一体となった、能天気な楽観主義がシリコンバレーの伝統であり、Web 2.0の精神的な土壌である。他の土地なら冷笑されて終わりになりそうな夢見るギークたちが、ここには大量に集まって、嬉々としてプレゼンをしている。これだけ楽観主義のパワーが集まると、何かが動くかもしれない、見ているほうまで「いいなぁ、楽しそうで」と思ってしまう。それがWeb 2.0エキスポの雰囲気だった。
ビジネスモデルの試行錯誤
さて、今回のWeb 2.0エキスポでの議論の中心は、ビジネスモデルである。Web 1.0のドットコムブームでは、「Eコマース」にビジネスモデルが収斂してしまったわけだが、今回のエキスポのキーノートやワークショップでの議論では、いくつかのビジネスモデルが提起されている。
- 広告
- 企業向けやプロ/パワーユーザー向けの有料サービス(エンタープライズWikiなど)
- Eコマース(RSSフィードなどを使ったEコマース向けのサイトやツール、ウィジェットのアグリゲーションサイトなど)
- 手数料(ローン仲介など)
- コンテンツ販売、会員制料金モデル
重要度でも注目度でも最大なのが(1)の広告だが、エキスポのスポンサーにIBMやアドビがついていることもあって(2)の企業向け有料サービスのワークショップも多く、参加者も多く集まっていて、興味の高さが伺えた。
「ビジネス2.0」のライバルチーム
シリコンバレーの気分としてもう1つ顕著なのが、「アンチマイクロソフト」である。似た者近所同士のライバル意識に加え、後述するような「エコシステム型」の企業戦略を好むシリコンバレー組にとっては、自社製品だけの強力な囲い込み戦略で競争相手を容赦なく叩き潰すマイクロソフト型のやり方が性に合わないのだ。そして、Web 2.0の手法を企業向けアプリに持ち込もうとすると、即「対マイクロソフト」の戦いとなる。ゼロから市場をつくりあげている、ほんわかした消費者市場に対し、ここでは明確で強力なターゲットが存在するために、雰囲気もやや「決戦」の色を帯びる。マイクロソフトのオフィススイートとの競合と目されるグーグルの無料ウェブベースのワープロ+スプレッドシートサービスはその代表例だ。
Web 2.0 EXPOでは、3月に発表されたアドビのアポロが紹介され、同時期に発表された「アドビメディアプレイヤー」と併せ、マイクロソフトへの挑戦として注目された。アポロは専用デスクトップソフトを使い、Flashや業務アプリなどをデスクトップ上で動かすための、開発者向けの仕組み。グーグルなどの完全なウェブベースのアプリでは、遅延が大きいことや、飛行機の中などネットワーク接続のない場所で使えないことなどが問題となるが、これを解決し、ウェブベースのアプリケーションとデスクトップアプリケーションの良さを両方とも生かせるとしている。
またIBMは同社が中心となって推進するマッシュアップツール「QEDwiki」を紹介。企業内で散在する知識やノウハウを自律的に集めて利用する手段として「企業内wiki」や「企業内マッシュアップ」が注目される中、このQEDwikiや、ヤフーが2月に提供を開始したマッシュアップツールである「Yahoo! Pipes」を使った、企業内マッシュアップの例が紹介された。
強力な北のライバルチームに対し、シリコンバレー組は地元企業とデベロッパーコミュニティを巻き込んだ連合チームで挑もうとしているようだ。
「メディア2.0」と広告
Web 2.0サービスは、その生い立ちからして無料であることが圧倒的に多い。まず無料で公開してユーザーを集め、ある程度の規模になったら広告で儲ける、つまり現在の民放テレビや無料誌と同様の「メディア」の性格を持っている。本格的なニュースや情報のサイトだけでなく、ブログやSNS、写真や動画の共有サイトなども、こうした「メディア2.0」の例だ。
しかし、「広告で儲ける」と言っても一筋縄ではいかない。広告商売は効率が悪い。まずサイトを訪問する人のうち広告を見る人、そのうち実際に広告をクリックする人、最終的に購買する人、とどんどん少ない比率になっていく。ネットではより効率的な「ターゲット広告」が模索されているが、メディア2.0関連のワークショップでの議論を聞いていると、「ターゲットの精度はまだまだ低すぎる」(オリバー・ムオト氏)との意見が多かった。このため、サイトを訪問する人の母数が膨大であることが必要となる。
このことは、多くのWeb 2.0のコンテンツやサービスが、特定の趣味を共有する人、特定地域などといったロングテールを指向していることと根本的に矛盾する。ただでさえ、「人口当たりのWeb 2.0サイト数が多すぎる」(リッチ・スクレンタ氏)いま、読者が細分化して、クリティカルマスに至るほどの数を集めることがなかなかできないのだ。
グーグルは、低コストの広告配信方法としてアドワーズ広告とアドセンスを持ち、検索エンジンという広範囲をカバーするプラットフォームと、さらにその中で圧倒的なシェアを持つために膨大な母数を持つ。上記の矛盾を解決している数少ない例だと言える。グーグルはアドセンスを通じて他のサイトに対して広告を配信しており、まだ広告枠の販売を本格的にできない程度のベンチャー企業でも、ある程度はアドセンスで簡単に売り上げを出すことはできる。メディア2.0のパネルでは、「結局月並みだが、SEOとアドセンスと、ユーザーを長くつなぎとめる戦略を組み合わせるやり方しかない」(同上)との意見が現状を代表していた。
しかし、アドセンスでは「ある程度」でしかなく、また簡単であるがゆえにだれでもアドセンスを利用しており、差別化ができない。その意味でグーグルはメディア系サイトにとっては「両刃の剣」(同上)であり、グーグルを超える仕組みが模索されつつまだ見つかっていない。米国は、もともとダイレクトメールがテレビ広告に匹敵するほどの規模であり、ターゲット広告のノウハウ蓄積は厚いのだが、それでも、メディア2.0パネルでの広告の現状議論は、思った以上に厳しかった。
なお、最終日の基調講演では、新型動画メディアとして注目を集めるジュースト(Joost)がデモを行った。ジューストは、P2P技術で高品質動画をストリーム配信するベンチャーで、KaZaaとSkypeを創業したニクラス・ゼンストローム氏とヤヌス・フリース氏が運営することで知られる。バイアコムなどの大手メディア企業とコンテンツ配信契約を結んでおり、現在は限られた人数のユーザーだけを対象としたベータ・サービスとなっている。画面には、通常の番組メニューや検索だけでなく、各種ウィジェットなどを付加する機能もある。ただし、デモではユーザー画面の操作を少々見せただけで、配信技術の説明はなく、やや拍子抜けであった。
Web 2.0時代のベンチャー経済学
今回出席したワークショップの中で最もおもしろかったのが、ベンチャーキャピタル(VC)のパネルディスカッションだった。最近は「バブル2.0」とも揶揄される状況になっているが、ドットコム時代の1つの大きな違いは、起業に要する資金規模だ。パネルによると、最初に会社を立ち上げるときの資金規模は、一般的に100万ドル以下、多くは20~30万ドルで済み、その後の資金調達額も、前回のバブル時期と比べて格段に少なくて済むという。
これは、回線やデータセンターの値段が暴落したことや、オープンソースソフトウェアの発達などにより、システム構築やホスティング、配信などのいわば「材料費」が大幅に安くなっていることが大きい。いわゆる「チープ革命」である。
ベンチャーでは、最初のアイデア段階でつまづくものが多い。「最初の投資はアイデアの正当性をテストするフェーズである」というのが、こうした早いラウンドで少額を投資する、「エンジェル」VCであるジョッシュ・コペルマン氏の意見だ。
このVCのパネルでは、こうした「エンジェル」と、後のほうのラウンドで大きな金額を投資する伝統的VCの両方が出席していた。モデレータのマイケル・アーリントン氏(テッククランチの名物編集長)は、この両者を対決させ、多額の資金提供を行う伝統的VCは「チープ革命」のために居場所を失っていくという結論に持っていこうと努力していたが、この2つのタイプのVCは連携・協力関係にある。エンジェルの助けを借りて最初のテストをパスしたベンチャーには、次に伝統的VCがつくわけだ。伝統的VCであるデビッド・ホーニック氏は、「いかにチープになったとは言っても、成長するためには材料費だけでなく、営業部隊や広告宣伝など別の投資が必要で、その段階では今でも多額の資金が必要だ。両方のタイプが協力しないとうまくいかない」と主張し、モデレータが何度試みても、VC同士の結束のほうが固く、言い負かされてしまった。
こうして無事に起業して成長段階に至ったベンチャー企業は、今度はどこで「エグジット」するかが問題になる。バブル時代には、早い段階で宣伝や営業に大量の資金を投入し、急激に会社を大きくしてなるべく早くナスダックに上場(IPO)するという短距離レースが中心だったが、これも今回はやや様子が違っている。
初日のキーノートでは、ジョン・バッテル氏がモデレータとなり、ある程度の成功を収めている起業家3人(グーグルに買収されたジョットスポットのジョー・クラウス氏、シックス・アパートのミナ・トロット氏、ディグのジェイ・アデルソン氏)のパネルがあり、議論はこの話に集中した。
バッテル氏のまとめによると、3つの選択肢がある。1つはアイデアが証明された段階で、それ以上の拡大投資をせず、相手をあまり選ばず売却してしまう方法で、売却価格は数百万ドル前後の「小成功」。次は、ある程度成長軌道に乗り名前も売れてきた段階で、グーグルなどの大手企業に売却する方法で、数千万~数億ドル規模の「中成功」。最後に、従来どおり数十億ドル規模のIPOまたは大型買収を狙う方法で、これは「大成功」となる。
松竹梅のどの段階で会社を「現金化」するかが、経営者の決断のしどころとなる。当然、金額が大きくなればなるほど、買い手の数は限られてくる。松(大成功)を狙えば金額は大きいが、売り渋っているうちに買い手がつかなくなってしまうこともありうる。パネルの3氏はいずれも、一番決断の難しい竹(中成功)に該当する規模であるか、またはすでに売却して中成功を収めている。
起業コストの低下により、梅(小成功)で行ける可能性は、現在はむしろ以前よりも高くなっているわけで、起業家や投資家にとっては、選択肢が増えたことになる。IPO市場は、最近やや回復気味ながら、バブル期のように赤字でもどんどん上場できるような環境にはなく、まだまだ低調である。にもかかわらず、起業もベンチャー投資も活発に行われている背景には、こうした事情もありそうだ。
「グーグルは酸素」
興味深いのは、Web 2.0世界には、広告売り上げの供給源、サービス上での提携、ベンチャーの買い手などいろいろな形態で、常にグーグルの影が漂っていることだ。どこかの時点でだれもが何らかの形でグーグルと関連を持つことになる。ジョン・バッテル氏はこれを「グーグルは酸素」と表現した。
グーグルは、シリコンバレーでも桁違いの巨人となったが、新興ベンチャーを競合相手として叩き潰すのではなく、いろいろなフェーズで新興ベンチャーの「酸素」となり、「グーグルエコシステム」を形作っているのだ。「グーグルが良いエンジニアを高給で持っていくためにベンチャーの人件費が上がってしまう」との愚痴もVCパネルでは聞かれたが、地球全体に酸素を供給する熱帯雨林のようなグーグルの存在は、Web 2.0経済の中で、その昔日本のエレクトロニクス産業勃興期のNTTのような役割を果たしつつある。
ジョン・バッテル氏は、エリック・シュミット氏(グーグルのCEO)との対談で、最近の米ダブルクリック社買収に伴う「独占状態」への反発について質問したが、シュミット氏は「え? マイクロソフトが独占を批判? AT&Tが? ほぉ」と返答し、会場は大いに沸いた。Web 2.0のエコシステム全体を味方に付けたグーグルの独占に対する批判は、これまでのマイクロソフトなどに対するものとはやや趣を異にしているようだ。
アマゾンと言えば熱帯雨林だが、そのアマゾンも、ロジスティックスなど各種のeコマースのインフラを安価に提供することで、eコマース分野での「酸素」になろうとしている。アマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏はティム・オライリー氏とのキーノート対談で、こうしたエコシステム的な戦略展開を強調した。
オライリー氏がオープニングで宣言したように、「Web 2.0はまだ始まったばかり」。これからどのように展開していくかわからないが、今回のエキスポで感じたのは、Web 2.0は単なるマスコミの「煽り(hype)」ではないだろうということだ。コストの裏づけとエコシステムがあり、クリティカルマスになるだけの数の人間のエネルギーが集まっている。
ゴールドラッシュの後、金鉱産業そのものは長く続かなかったが、そのおかげで鉄道や道路のインフラができた。ゴールドラッシュで一番成功したベンチャーは、幌馬車用の幌でジーンズを作り49ersたちに売った「リーバイス」だと言われる。ブームとその崩壊を何度も繰り返しながらしたたかに育ってきたサンフランシスコ・シリコンバレーでは、栄枯盛衰を恐れるよりも、後には何か良いものが残る、と皆が信じて、今日も夢を追っている。
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