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自分史(大学時代)

2 years 9ヶ月 ago

自分史(中高時代)に続いて、こんどは大学時代について書いていく。なおこの回顧録には自分以外に登場する人達がいるが、直接的な人物名の記載はない。但し一部所属や肩書などの記載から推測できる場合はあるが、自分との関係性の文脈で必要最小限にしか触れていない。

・大学時代
自分史(中高時代)で書いたとおり、大学は東大2類(
理2に入学した。東大は1-2年が教養課程と呼ばれ、理2だとそこの必修科目の他に文広く科目を選択して単位を取得していく。そして3-4年の専門課程に進むにあたって、自動的に進学できるところ(文1は法学部、文2は経済学部、理3は医学部へ進む)以外は、自分の行きたい学部学科を申告して、1-2年次の成績の上位の人間から定員を埋めていくという制度(進学振り分け)になっている。つまり自動的に進学できないところは、1-2年でもしっかり勉強して、行きたい学科に進めるように成績を上げる努力が必要ということだ。理2は、工学部を除いた理系と一部の文系に行くことが多い。

まずその教養課程1-2年の時期を振り返る。1-2年は駒場キャンパスで自宅から電車で通った。理系だと第二外国語の選択はドイツ語が主流だが、フランス語を選択した。1クラス60人くらいだったと思うが、クラスは同じ第二外国語を選択した理2と理3の人の混成で構成される。女子は理系の中では多めの10人弱、同じクラスに高校同期が2人もいたのは驚いた。手元に残っている4年間全体の成績表を見ると、1-2年の教養課程時代の細かい明細の記載はなく、優(80-100点)A/良(65-79点)B/可(50-64点)Cの成績別合計単位数くらいしか記載されていないが、教養課程の成績は7割程度が「良」といった感じ。東大で「優」が楽に取れる程の実力はなかったというところだろう。

そして入学して間もなく分かったのは、大学数学の抽象度の高さに愕然としたことだ。高校数学が少し得意くらいなレベルでは太刀打ちできない理系の専門課程に進んでもついていけないと判断した(実際はそんなことはなさそうだが)ので、教養課程の自分の平均点で行けそうなところを探して、文科系と理科系の中間みたいな「教養学部教養学科 科学史・科学哲学」に進んだ。1学年10人弱と小所帯で女子は二人、そのうちの一人は教養課程で同じクラスの女子だったのでびっくりした。3-4年の専門課程は普通本郷キャンパスにある学部に移動するのだが、自分の場合は専門課程も教養学部だったので、4年間駒場キャンパス通いだった。

3-4年は専門の科目は過半数が成績は「優」だったが、外国語は概ね「良」、卒論は指導教員にも付かなかったし、自己流でやったので「良」。実際やっていた勉強は専攻の「科学史・科学哲学」に拘らず、心理学とか、興味の湧く分野については本を読み漁っていた。今も関心分野は広く様々な学問分野の本を読んでいるが、この当時から変わっていない

交友関係だが、入学してすぐ、多分任意参加だったと思うけど、新入生歓迎旅行?みたいなものに参加したのは覚えている。泊りだったか日帰りだったか記憶にないが、そういう行事は確かに友達作りのきっかけになると思った。その後、同じクラスになった高校同期の二人と今更つるんでもなあ、新しい友人でも作りたいと思い、駒場キャンパスの敷地内にある駒場寮に住んでいるクラスメートの所に行ってみたり、いろいろとしてみたものの、まあ会話が弾むわけでもなく、中高までと同様に、特定の非常に親しい友人を持つに至らずといった感じになっていった。3-4年の専門課程でもそうだった。やはり一人が気楽で一番落ち着く性格は変わらない。空き時間の友は図書館だったかもしれないw

大学でしっかりやったと自慢できるものは勉強ではなく、体育会系の器械体操部で4年間活動したことだろう。体は柔らかい方だったので、最初のハードルは軽く乗り越えられた床運動以外に器具を使った種目が5つあり、これらも必須なのでこれらの上達には時間が掛かった。今まで全く使ったことのない筋肉を使うため、基礎筋力をつけるまでの孤独で長い鍛錬を経る必要があるからだ。練習場所は駒場キャンパスの体育館だったので、4年間その駒場通いだったのも良かった。大学時代の知人で今でも付き合いがある人は同級生は皆無で、体操部の同期や先輩後輩が殆どだ。

中高に体操部はなかったので、まったくの初心者だったが、ゼロから一つずつ教えて貰って上達していく面白みはあった個人競技なので上達すれば点数が上がっていくので、地道に努力を続ければ着実に上達していくことと、一人でできる競技というのが自分にピッタリだったので、器械体操は社会人でも現役を続けた。まだビデオカメラが高価だったのでできなかったが、自分の演技を撮影して繰り返し修正を加えて練習できたら、もっと早く上達しただろう。体の動きを知るということで、大学時代にパントマイムを習っていたこともある。バレエやダンスなども少し研究したものだ。

あと趣味的なところでは、一つ目はスキューバダイビング。山も好きだったが海も好きでスキューバのライセンスを海外で取得したのもこの時期。社会人になってからも含め、何回か東南アジア方面に潜りに行ったことがあるが、近場の国内では潜ってないし、それほど熱心でもなかった。目的地は風光明媚だが、まあ東南アジアは空港周辺含め一瞬たりとも気を抜けない危険な匂いがして、海外旅行はとにかく疲れた。あとは、自転車でもそれなりに距離があるが、自宅から駒場キャンパスに通うこともあったので自転車は結構乗っていて、奥多摩方面に一人で、あるいは器械体操部の強者と山中湖方面に自転車でツーリングに行くこともあった。

あとは国内の長期旅行に2回行ったことだろうか。北海道へは男二人旅、九州は一人旅だったと記憶しているが、どちらも10日~2週間程度、電車の旅で周遊券を使い、宿泊はユースホステルを利用するというもの。北海道の旅は台風直撃で道路が寸断され、知床半島だけ巡れなかったのが残念だったのと、九州は雨の山中で道に迷い、山であわや遭難という経験も。特に現地の人との交流もなく、旅行は自分には合ってないということが確定した時期かもしれない。今や部屋に居ながらにして、全世界の風光明媚な風景や美術館巡りもできるいい時代になったものだ。

話は逸れるが、大学教育まで含めて振り返って、日本の教育内容に一言。少なくとも自分に必要なかった教育として挙げられるのは、まず国語の作文。小中学校あたりの作文は殆ど感想文を書かせるだけ。感情表現は芸術系の授業に移してほしい。文学作品鑑賞や解釈みたいなものに正解はないんだし、積み上げ型の勉強になるものではない。国語は接続詞の使い方や論理的な文章作成手法などの訓練を繰り返しやって、みんなが論理的な日本語を話せる/書けるようにして欲しい。仕事でも、それはみんなが実感しているのではないだろうか?

そして、大学の第2外国語は意味がわからない。英語ですら10年教わってもまともに話せないのに、いわんやをやだ。2年間やる無駄は勘弁して欲しい。物凄く労力を割かされた。そして英語も大学でやるべきことなのか、大抵英文学を読むみたいな非実用英語しかやらないし。やるなら、専攻学科を英語で授業したらどうだろう

そして最後に就職活動について触れよう。前述のとおり、勉強は広く浅くしかできない自分が、学問を究めるなどという選択肢があるはずもなく、すぐに就職して稼いで独り立ちする道以外に考えられなかった。理系の工学部などだと、教授がメーカーと通じていて就職の際に推薦して決まる場合が多いようだが、そういうツテは無かったので、自分の場合は自力のみ(学科の先輩などのコネもツテもなし)で普通に正攻法で当時の就職協定を完全に順守して就職活動を行い、2-3社から内定を頂き、希望の会社からの内定を頂いた。

コネは無かったし、そういう恩の貸し借りみたいなのは昔から嫌いだったので、一般試験と同じで、普通に受けて内定を貰って入社する以外の方法に興味もなかった。当時はパソコンが流行り始めた頃で、当時人気急上昇のNECに入れた。まあ、大企業で人気企業に無難に入っておこうという程度のことしか考える能力はなかったし、仕事とは何か右も左もわからないので、それでよかったと思う。とにかく渦中に入ってやってみないことには始まらないという考えは、今でも変わっていない

就職先に関しては、教養学科全体としてはカバーしている専攻分野が広いので、先輩たちが行く先は様々な業種に亘っていた。分野の近い学科の卒業生の就職先はメディア企業が多かったので、NHKとかも候補だったが、就職試験を受けた記憶はない。あとは、入る気はなかったけど、何事も経験と思い(なぜか)リクルートを受けてみた。性格診断的な?ペーパー試験の後、数人ずつの集団面接までは記憶がある。集団面接はみんな自己主張が凄くて、俺が俺がという人たちの受け答えに圧倒されたというか、この賑やかな人達とは仕事したくないなと確信したことは記憶している。この辺りの対人意識は昔から変わっていない

武蔵への入学も、東大への入学も、NECへの就職もゴールではなく、単なる新しい始まりの初期値でしかなかった。が、またそれら一つ一つが重要な分岐点でもあったと思っている。仕事をする前提で必要となる基礎体力、基礎知識、最低限の道徳性は、なんとかクリアできていたのではないだろうか。人としての道から外れることなく踏ん張った自分を褒めてやりたいし、親からの支援、様々な良好な外部環境があったことには感謝しかない。

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自分史(中高時代)

2 years 9ヶ月 ago

自分史(~小学生時代)に続いて、こんどは中高時代について書いていく。なおこの回顧録には自分以外に登場する人達がいるが、直接的な人物名の記載はない。但し一部所属や肩書などの記載から推測できる場合はあるが、自分との関係性の文脈で必要最小限にしか触れていない。

・中高時代
中高は最寄りの公立よりさらに近い場所にある私立男子校の武蔵に通う。徒歩か自転車で通ったので楽だった。自由な校風で、校則は聞いたことがない。「下駄は履いてくるな」の言い伝えくらいだろうか。新入生が入った直後の4月には、水投げ(詳細省略)の洗礼があったりした。中学の社会科と国語は、教師の趣味みたいな内容だったが、中高一貫校の強みで中学は自由度が高かったということだろう今は大学受験における私立御三家みたいな一角からは外されていると思うけど、進学校と呼ばれる割には当時から学校が勉強を強制してガンガン指導していくことは少なかった。建学の理念の一つに「自ら調べ自ら考える」とあり、自分でやれっていうことなんだろう。これはいまだに自分の生きる原則として体に染みついている

学校行事は、中1に山上学校、中2で海浜学校、中3で地学巡検、毎年の強歩大会(30-35kmくらい走る/歩く)、スキー教室(任意参加)などの野外活動と、記念祭(文化祭)や体育祭などがあった。最初の中1?の強歩大会では、多分ゴールまであと2kmもないくらいの所で動けなくなって(体力がないw)搬送された苦い思い出も。入学式や卒業式などは大学の講堂で行われ、校歌を歌う機会もその程度だったので、校歌殆ど覚えられなかった。同じ敷地にある武蔵大学の施設では、図書館とプールをよく利用した。

部活動は任意だったが、いろいろフラフラした。中学で最初は気象部に入ってみたが、麻雀クラブみたいな感じだったのでやめたが、気象観測とか嫌いではなかった(今でも気象は興味の対象)。そして大きく方向転換して体力もないのに山岳部へ。ここは持久力の鬼みたいな人達の巣窟なのに、全く持久力のない俺が入ってトレーニングでも足を引っ張り、縦走などの長距離重装備(もちろん持参のテント泊)の山行でもすぐに潰れるし、よく2年くらい続けてやったものだ。粘り強く諦めない根性みたいなものは、この時代に養われたと思う。何度も登山道から離れて藪漕ぎをしたり、岩登りの初歩の沢登りもしたりと、多少危ない経験も楽しい思い出となっている。

山岳部では月例山行の他に、1週間未満の縦走や1週間程度のスキー合宿を何度か経験。八方尾根に学校の山小屋があり、スキー合宿はそこでの自炊生活。風呂もなく自分達でストーブも薪で焚いた。冬山は八方尾根のゲレンデから上の「上の樺」より少し上くらいまで登った程度で、雪上訓練はゲレンデでアイゼンとピッケルの練習だけ、本格的に雪山の頂上を目指すような経験まではない。

スキー合宿ではOBに教えてもらう形式なのだが、残念ながら上手くなることはなかった。自分で考えて試行錯誤しないと上手くならないのはこの頃からだ。実はスキーは自分で考えて練習してメキメキ後から上達したものだ。合宿を終えても山荘に残ることができたが、その時だと思うが、一人でスキーをしている最中にリフトの鉄柱に激突してしばし気絶していたところを多分部員が見つけてくれ、麓の病院へ搬送される事故があったことは記憶している。

山岳部での厳しいトレーニングの甲斐あってか、持久力は辛うじて人並み程度になったことは疑いの余地はない。基礎体力や筋力はこの時に養われた。ただ午後の練習で疲労しすぎて夕食が進まず、成長期を逃してチビのままになってしまったのは残念か。山岳部でダメ部員のまま上級生に残ることは無理と判断し、サッカー部へ。こちらはぎりぎり試合ができるくらいの部員しかいなかったので弱かった。自分はキック力はないし、やはり足を引っ張った方だったと思う。単独行を除けば山登りも集団行動だし、チームで行うスポーツは、自分には合わないということを痛感した時期だった。

スポーツでもう一つ言うと、自分は大きな球を扱う球技(サッカー、バスケ、バレー)は比較的得意な方だったけど、小さな球を扱う球技(テニス、野球、卓球)は苦手だった。まあ、概ね背が低いとスポーツは不利なので、いずれにしても小学校時代と同じで、すばしこく動き回るので一見うまそうに見えることもあるが、実際はそれほどでもない平均的な感じだったのではないだろうか。

学校以外の遊び/趣味は、ギターを弾いたり(単音だけの)シンセで遊んだりの「やる」音楽と、洋楽を中心に「聴く」音楽、自転車でフラっと近所を1時間くらい乗り回すなど、どれも一人でやれるもの。洋楽は全米トップ40をラジオで聴くのが主な情報入手の方法。高校後期はプログレが好物になった。同期にはバンドを組んでいる奴も多数いて、視聴覚教室でライブやっているのを見たこともあるが、爆音過ぎてバンド活動には興味は湧かなかった。またどんどん視力は悪くなる一方なので、テレビ以外の「見る」エンタメ(映画を見るとか)は避けていたし、今でも映画は細かい字幕に集中しなければならないと頭が痛くなるし苦手だ。3Dメガネとかも、すぐに気持ち悪くなり30秒が限界。

中学でよくやったことは二つ。まず水泳を徹底的に練習したこと。小学校ではやっと25m泳げるくらいのレベルだったが、自己流にしろ平泳ぎであればゆっくりなら幾らでも(休まず1kmとか)泳げるようになった。夏休みには、中高のプールと大学のプールが交互に毎日12-15時?に自由に利用できたので、家も近いのでほぼ毎日通っていたと思う。中2の海浜学校のクラス分け(Aランク~Eランクくらいまで?)ではBランクとそこそこ泳げる部類に入った。海浜学校では遠泳、深さ5m程度までの素潜り、サーフィンもさせてもらえた。海岸近くに50mはあろうかという岩をくりぬいたトンネルを通ったものだ。その海浜学校の施設も今はない。ということで水泳徹底的にやったスポーツの例か。山も海も自然の美しさと厳しさを学べた

二つ目は小説を何百冊も読んだこと。小説を読んだ理由は、国語が全然ダメだったので、何故か小説を大量に読むとよいのではないかという妄想に囚われて、著名な作家達(夏目漱石とか)の全作品を読破するみたいな感じで貪り読んだ。恐らく大学受験の役には全くなっていないと思うし、夏休みの多くの時間を費やしたりで、今思うと無駄な時間だったと思うが、活字に全く抵抗がなくなったくらいな効果は認める。後に出版社に勤めることになるのは偶然だが。

手元に残っている成績表を確認すると、中学時代はざっくり言えば学年平均より少し上回るくらい。数学だけは安定して出来る方だった。高校は学年平均的な資料はないので、相対比較はできないが、やはり数学は平均より出来る方だったと思う。各学期ごと科目ごとに10点満点絶対評価方式?だったが、6年間を通して各学期平均点は8.0±0.3くらいにほぼ入っていて(ちなみに最大は8.9、最低は7.5)、やる気の激しい上下動はなく、比較的安定していた方だろうか。

勉強は基本的に自己流。数学は好きだったので、中学3年くらいからは授業とは関係なく勝手にどんどん上の学年レベルの学習に突き進んでいった。兄が同じ学校だったので学校独自の教科書のお下がりを参考にしていたような気がする。高校2-3年くらいになると、当時でも予備校に行く人も多かったのではないかと思うが、自分の場合は殆ど通わなかった気がする。通信教育のZ会のテスト?を何教科かやっていたと思うが、基本的には受験参考書や東大過去問集、後はやはり兄が行っていた予備校の教科書のお下がりが中心だったように思う。この頃も、塾に通うのは面倒だったし、人から教わって上達するという方法論に懐疑的だったからかもしれない。今振り返ってみると、ある程度効率的に学習するために指導をしっかり受けてみることを試してもよかったかなとも思う。

受験に関して言うと、理科は得意ではなかったが、記憶力は頼りないものだったので、早くからコースとしては理系だろうとは思っており、何となく東大理科1類を目標としていた。ただ高3の外部模試などでは、合格ラインには達してない評価ばかりだったと思う。最終的にはランクを落として(それでも模試で合格ラインぎりぎり以下くらいだと思う)理2で受験して、幸いにして合格できた。多くの人は試験とか人前での発表の時に、緊張で普段のパフォーマンスを出せないとも聞くが、自分は不思議に変な自信だけはあって、本番に強いというのか全く緊張しないのが強みだと今でも思う。社会人になって仕事でもそう感じるが、しっかり準備したら、あとはどんな結果や評価になって受け止める開き直りみたいな気持ちが功を奏するのだろう。

交友関係だが、学校の中では、中1でとある友人といつも将棋をしていたり、高校では集団でミニサッカーなどの球技で遊んだりしたものだ。自分では殆どやらなかったが、麻雀、パチンコ、競馬、賭け事、酒、その他と素行の悪いことは大体、中高の時代に見聞きした感じだろうか。全般的には群れない性格は相変わらずだったようで、話しやすい友人は複数いたが、常に行動を共にする親密な関係が長く続く友人は殆どいなかったと思う。友人からの愛称は「イブ」が多かったが、書くのが憚れる呼び名で呼ばれることもあったのは内緒だ。

そうは言っても、校外では、高校時代にはサッカー部の同期の何人かで、夏に彼らの一人の軽井沢の別荘に数日泊まったり、紀伊半島の海岸にテント張って数日過ごしたりしたことがある。軽井沢では、山中の自動車専用有料?道路に自転車で無理やり進入し、10km以上?の距離を走りきって、出口のゲートでこっぴどく怒られたりと、結構やらかしたのは覚えている。海岸でのテント生活の方は、詳細の記憶はすでにないのだが、自炊設備を携行した覚えもなく、どうして食を繋いだのか謎だ。

もちろんたまに開かれる同窓会などでは、いろんな人たちの話の輪の中に入っていくことは普通にできるのだが。そんな同期には結構凄い奴が沢山いるのが誇らしい。現在の肩書とは限らないが、外務事務次官、上場大企業のトップ、最高検察庁検事、紫綬褒章受章者、学者、弁護士、医師、作家、各種企業/官公庁/団体のトップも多数と、多士済々。Wikipediaに掲載されている人物は確認できたものでも9人いる。今深く交流している同期はいないが、この同窓会だけは唯一行く意味を感じる大人数での懇親会と言えるだろう。自分がいるインターネット関連業界みたいな世界とは全く違う、いわゆる伝統的な業界や職業についている人達ばかりで、自分が如何に異端の存在であったかも実感できる

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自分史(~小学生時代)

2 years 9ヶ月 ago

仕事もそろそろやめることになるし、今までの人生を軽く振り返って、現在の記憶や記録などから整理しておくのも良かろうということで、書いてみる。なおこの回顧録には自分以外に登場する人達がいるが、直接的な人物名の記載はない。但し一部所属や肩書などの記載から推測できる場合はあるが、自分との関係性の文脈で必要最小限にしか触れていない。

・幼稚園まで
生まれは東京都のどこかだろう。5歳程度までの記憶はゼロ、大泉学園に住んでいたらしい。記憶にある最初の風景は、桜台に移ってからの幼稚園だ。恐らく園長先生を除いて、同級生含め人の
記憶は全くない。

・小学生時代
小学校は普通に最寄りの学校へ行った。1学年は約50人で6クラスだから300名くらいいたと思われる。1-2年/3年/4年/5-6年と3回クラス替えがあり、それぞれを担任した4名の先生と、音楽/図工の先生の顔は思い浮かぶ。図工の先生からビンタを何度も食らったことは記憶に鮮明に残っている。なぜなら、中学以後体育会系部活に入るような学生生活になるが、一度も指導者や先輩後輩間での暴力を体験していないので、余計に記憶に刻まれている。親からは悪さをしたときに、たまに尻をペンペンされることはあったが、基本的に暴力とはほぼ無縁でいられた。

校舎の教室や体育館、プールや校庭や遊具に至るまで比較的鮮明に覚えている。学校前には文房具屋さんがあった。学校前の狭い路地で、毎月学研の「学習と科学」の露店販売で賑わっていた記憶がある。通学路以外の細い怪しい道もよく通ったものだ。

通知表が残っているので、それを確認すると、6年を通して、年間の欠席日数は一桁と少ない。心臓に穴が開いているなどと言われていた割には、今振り返ると、病気がちで欠席が多かったのではなかったということだ。自分でも虚弱で弱いイメージだと思い込んでいたようだ。

算数の成績は2年生から基本的に5段階の5、体育は1年生から4以上、5-6年は音楽図工以外はすべて5。低学年から算盤塾に通っていたので、それが算数を上達させたことは間違いないと思う。学外では低学年からピアノ教室や書道教室に通ったけど、長続きはしなかった。興味も才能もなかったということ。学校の通知表の通信欄を読むと、授業態度は6年通して概ねよい/凡ミスが多くて勿体ないといったコメントが多く、4年生までは私語や大声の指摘が散見する。指摘されればきちんとするけど、放っておくと落ち着きはなく自由奔放っていう感じだったのかなと。

意識して特定の友人と群れることは特になかった。先生が変わった3回のタイミングでクラス替えもあったが、同じクラスで仲良く遊ぶ友人はすぐに作れていた印象だ。6年間同じクラスだったのが二人いたのは覚えている。最後の5-6年のクラスメートの記憶はそれなりにあるが、4年以前の記憶は薄い。そして彼らとは中学以降の交流は一切ない。自分は苗字も名前も特殊だから、いじめの対象になったかというと、6年間通してそういう記憶はない。

給食はパサパサのパンにマーガリン、牛乳におかずという時代。美味しいと思ったこともなく、残さず食べろという指導は当時からあって、給食はどちらかというと苦痛だった。朝の便通も快便ということもなく、腸の調子は不安定だったので、現在に至る「食に興味がない」原点はこの辺りから始まっていると考えられる。

運動会、修学旅行、卒業式などのイベント事には興味がなかったせいか、それらの記憶は殆どない。修学旅行で就寝時の2段ベット?みたいな風景だけ微かに覚えがあるが、どこへ行ったのかすら記憶にないw あとイベント事は大抵体育館の2階(1階はプール)で行われていた。学校行事ではないが、高学年の頃に大阪万博があったが、父と兄は大阪まで見に行ったが、俺は興味がなく行かなかった。人嫌いではないが人と群れない、人混みは嫌い、イベントは面倒なだけで興味ない、という性格はこの頃からだ。

体格はチビだったけど、運動神経は良かった方だと思うので、校庭での遊びや反復横跳び/垂直飛びなどの俊敏性を試す計測では常にクラスの中でトップクラスだった。しかし持久力や筋力はなかったので、短距離/長距離/遠投みたいなものは普通だったと記憶している。そう言えば、学校の雲梯で遊んでいる時に持ち損ねて、背中全体で落下して10秒くらいだろうか息ができなくなったことがあるのが、死ぬかと思った最初の経験になるだろうか。まあ世間ではよくある事のようだが。

家での遊びは、庭に柿の木があったので木登り、庭の土を掘って泥遊びなどよくやっていた印象。親父や兄とキャッチボールはしていた気もする。バットでボール打ち返して向かいの家にボール取りに行ったこともよくあった。遊び仲間のお宅へ何人かで押しかけて遊びに行くことはあったようで、何軒かその家付近の光景が思い出される。自分の家に呼んだことはあまり記憶にない。めんこ遊びなど路地での遊びをしていたことが多かった気がする。

高学年になると、算盤教室もやめて進学教室に通い、ガリ勉君になっていったので、そのころから既に近眼でメガネをかけていた。進学教室で毎週のようにあるテストの上位100人?などが誌面で発表される。そこにランクインすることは殆どなかったが、志望していた私立武蔵中学に合格できた。その当時の塾の成績の記録などは一切保管してないので、よく覚えていないが、塾で一緒によく遊んだり話をする友人は何人か居た。平日夜の塾や、土日のテストとか2年以上よく通ったものだ。塾は中野にあり、テスト会場は池袋、四谷などが多かったような記憶があるが、いろんな場所に出向いたものだ。

まあ、ここまで総じて考えると、親には様々な教育の機会を与えて貰ったことへの感謝しかない。と同時に、基本的な身体的能力や性格はこの時代から変わっておらず、生まれつきのものが多いともわかる。

当時の町の様子を振り返ってみると、駅前は線路の両側にお店が沢山あり、本屋は複数、煙突の高い銭湯もあった。駅から少し離れた自分の家の近くにも、八百屋、酒屋、小さな医院や歯医者、畳屋があり、様々な商売が成り立っていた。上にも出てきた算盤塾やピアノ教室や書道教室なども街中にあった。そう言えば、金魚すくいもできる屋根のない金魚屋、少し遠くには私営のプールがあって、たまに行ったこともあるがいつも大混雑だった。チンドン屋が家の前を普通に通っていた。いろんな記憶が芋づる式に蘇ってきたw 近くに豊島園があったが、あまり子供の頃に行った記憶がないが、親が連れて行ってくれなかったのか、自分が行きたがらなかったのかは定かではない。

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2021/9広告業売上、全体では前年同月比20.7%増、マス4媒体は同8.7%増、ネット広告は同25.1%増

4 years 3ヶ月 ago

2021/11/16の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で20.7%増で、6カ月連続の二桁増。前年度の大幅減の反動で今年度大幅回復の傾向になっている。

新聞は8.1%で、2カ月連続でマイナスに雑誌は0.4%減で、3カ月連続二桁増からマイナスへ。テレビは同12.5%増。ラジオは同2.6%減

インターネット広告は25.1%増と今年に入って二桁増が続いている。屋外広告は27.2%増。交通広告は5.1%減で、2カ月連続二桁増からマイナスへ。折込・ダイレクトメールは9.7%減と、こちらは3カ月連続でマイナス

全体としては、2020年が大幅減と異常値だったため、2021年度の数字は、対前年同月比でなく2019年度対比でみるのがよさそうだ。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/8広告業売上、全体では前年同月比25.2%増、マス4媒体は同21.6%増、ネット広告は同35.1%増

4 years 4ヶ月 ago

2021/10/19の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で25.2%増で、5カ月連続の二桁増。前年度の大幅減の反動で今年度大幅回復の傾向になっている。

新聞は1.3%で、プラスは5カ月連続でストップ雑誌は14.5%増で、3カ月連続二桁増。テレビは同26.4%増。ラジオは同3.4%減

インターネット広告は35.1%増と今年に入って二桁増が続いている。屋外広告は31.0%増。交通広告は22.3%増で、先月に続いて二桁増と回復。折込・ダイレクトメールは9.2%減と、こちらは2カ月連続でマイナス

全体としては、2020年が大幅減と異常値だったため、2021年度の数字は、対前年同月比でなく2019年度対比でみるのがよさそうだ。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/7広告業売上、全体では前年同月比28.6%増、マス4媒体は同24.3%増、ネット広告は同39.5%増

4 years 5ヶ月 ago

2021/9/15の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で28.6%増で、4カ月連続の二桁増。前年度の大幅減の反動で今年度大幅回復の傾向になっている。

新聞は14.1%で、5カ月連続のプラス雑誌は19.5%増で、2カ月連続二桁増。テレビは同27.3%増。ラジオは同8.5%減

インターネット広告は39.5%増と今年に入って二桁増が続いている。屋外広告は1.4%減。交通広告は12.5%増で、マイナスは15カ月でストップ。折込・ダイレクトメールは4.9%減と、5カ月ぶりのマイナス

2020年度が大幅減と異常値だったため、2021年度の数字は、対前年同月比でなく2019年度対比でみるのがよさそうだ。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

メルマガ「週刊GAフォーラム」について

4 years 6ヶ月 ago

いろいろな変遷を重ね、現在メルマガ「週刊GAフォーラム」は2021年8月現在で約450号まで発行して参りました。最近は不定期刊となっておりまして、概ね隔週刊で発行しているところです。

メルマガでは、Google アナリティクス関連情報を簡潔にお届けしております。Google アナリティクス公式情報や各種の新規記事やのリンク集が中心になっております。概ね中級以上の方向けです。

ご興味がございましたら、下記登録フォームからメールアドレスを入力して頂くだけです。解除も簡単で、お届けするメルマガの冒頭にも毎回記載しておりますので、お気軽にどうぞ。

https://y.bmd.jp/bm/p/f/tf.php?id=ibukuro&task=regist 登録フォーム

https://y.bmd.jp/bm/p/f/tf.php?id=ibukuro&task=cancel 解除フォーム

なお第448号の例は下記をご参照ください。

https://ibukuro.blogspot.com/2021/08/ga448.html

noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

週刊GAフォーラム第448号の例

4 years 6ヶ月 ago
GAフォーラム 編集長の衣袋(いぶくろ)です。
週刊GAフォーラム第448号をお送りします。

 宜しければ友人・知人の方に転送して、メルマガのご紹介をして下さい。
※メールマガジンの登録はこちら↓です。
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https://y.bmd.jp/bm/p/f/tf.php?id=ibukuro&task=cancel

 ━━━━━━━━━ 2021年8月9日号 コンテンツ ━━━━━━━━━
【コラム】上場企業のGA4普及率もそろそろ2桁にいくか
【新着情報】7/26-8/8(カテゴリー別) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■■■■■ 最近の動き・情報などからのトピックス ■■■■■
 ● 上場企業のGA4普及率もそろそろ2桁にいくか

 下記情報リンク集の一番下のデータにもあるように、7月末時点の上場企業のGA4の導入率は8.26%と伸びてきました。まだ普及期に入ったとは全然言えない状態ですが、ユニバーサル アナリティクスとの並行稼働、あるいはGA4への移行を考えている企業は、準備を始めつつあるということでしょう。

 ただ、取り敢えず入れても何の役にも立たないので、これも下記リンク集にある「進化途中のGA4を使える状態に戻すおススメ初期設定まとめ」を参考に、ある程度のカスタマイズを施しておくことが重要になります。標準で分析に足る大抵のデータが自動的に集まる牧歌的な世界ではなくなってきました。

■■■■■ 7/26-8/8の投稿記事や情報(カテゴリー別) ■■■■■
独断と偏見ですが、注目記事には末尾に★を付けました

 ・・・・・ 公式ブログなどGoogle発信情報 ・・・・・

 ◆ What’s new for August 6, 2021★
Analytics Help(2021/8/6)
GA4に新しいコンバージョン モデルが利用されるようになる。
https://support.google.com/analytics/answer/9164320?hl=en#080621

 ・・・・・ ウェブ媒体/ブログなどの投稿/記事 ・・・・・

◆ 【全8パターン】GoogleアナリティクスでクライアントIDを取得する方法の全て★
SEM Technology(2021/8/7)
UA/GA4でクライアントIDを取得する方法。
https://sem-technology.info/blog/posts/00152/

◆ How To Capture 99% of Transactions in Google Analytics & Improve Your Attribution
ELEVAR(2021/8/5)
トランザクションデータを99%正確に取得する方法。
https://www.getelevar.com/analytics/accurate-google-analytics-transactions-attribution/

◆ 2021年7月のGoogle AnalyticsとSearch Consoleドキュメント系アップデート★
Marketing Sphere(2021/8/1)
GA4を中心としたヘルプの更新情報など。
https://marketing-sphere.blogspot.com/2021/08/20217google-analyticssearch-console.html

◆ 進化途中のGA4を使える状態に戻すおススメ初期設定まとめ★
電通デジタル(2021/7/30)
役に立たないGA4のデフォルトの設定に手を加えていく方法。
https://cxupdates.dentsudigital.co.jp/article/summary-of-recommended-initial-settings-for-ga4

◆ Google アナリティクス | ユニバーサル アナリティクス | 商品データのインポート
ウェブ解析(2021/7/30)
拡張eコマースで商品データをインポートする方法。
https://yoshihiko-nakata.com/archives/1269

◆ 【3つの事例】Adobe AnalyticsからGoogle アナリティクス 360へ、乗り換えのメリットとは?
イー・エージェンシー(2021/7/15)
Adobe AnalyticsからGoogle アナリティクス 360(有料版)への乗り換え導入事例。
https://googleanalytics360-suite.e-agency.co.jp/blog/4053/

・・・・・ 定点観測/注目データ ・・・・・

 ◆ 2021年8月8日時点のGoogle アナリティクス利用率は75.0%
uehama's blog(2021/8/8)
定点観測の日本の上場企業を対象にした調査。
http://uehama.blogspot.com/2021/08/88-google-analytics-750.html

 ◆ GA4の導入状況調査 2021年07月
SEM Technology(2021/7/31)
2021年7月の上場企業のGA4の導入率は8.26%とのこと。
https://sem-technology.info/blog/posts/00153/

以上
noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/6広告業売上、全体では前年同月比10.5%増、マス4媒体は同25.1%増、ネット広告は同36.1%増

4 years 6ヶ月 ago

2021/8/18の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で10.5%増で、3カ月連続の二桁増。前年度の大幅減の反動で今年度大幅回復の傾向になっている。

新聞は4.4%で、4カ月連続のプラス雑誌は37.0%増で、マイナスは73カ月連続でストップした。テレビは同29.6%増。ラジオは同6.5%減で、プラスは2カ月で終了

インターネット広告は36.1%増と今年に入って二桁増が続いている。屋外広告は22.3%増と二桁増。交通広告は5.3%減。折込・ダイレクトメールは13.0%増と、4カ月連続のプラス

2020年度が大幅減と異常値だったため、2021年度の数字は、対前年同月比でなく2019年度対比でみるのがよさそうだ。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/5広告業売上、全体では前年同月比28.9%増、マス4媒体は同28.9%増、ネット広告は同44.1%増

4 years 7ヶ月 ago

2021/7/16の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で28.9%増で、先月に続き二桁増。やはり前年度の反動で今年度大幅回復といったところだろうか。

新聞は10.4%で、こちらも先月に引き続き驚異の二桁増。対照的なのは雑誌は5.6%減で、マイナスは73カ月連続。テレビは同33.6%増。ラジオは同7.8%増で、2カ月連続のプラス。

インターネット広告は44.1%増と今年に入って二桁増が続いている。屋外広告は1.1%増。交通広告は9.0%減。折込・ダイレクトメールは79.4%増と、こちらも急に激増しはじめた。2021年度は、対前年同月比でなく2019年度対比でみるのがよさそうだ。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/4広告業売上、全体では前年同月比14.0%増、マス4媒体は同6.7%増、ネット広告は同36.4%増

4 years 8ヶ月 ago

2021/6/15の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で14.0%増で、二桁増なんて2016年1月ぶり。今までの自粛疲れで噴火したかの如くだ。今年度始まりの怒りの狼煙があがったのか、一過性の花火だったのかは五輪終了後に明確になることだろう。

新聞は15.8%で、こちらも驚くべき数字。対照的なのは雑誌は31.8%減で、マイナスは72カ月連続。テレビは同7.3%増。ラジオは同2.9%増で、23カ月ぶりのプラス。

インターネット広告は36.4%増、30%を超えるのは9年ぶり位だ。屋外広告は11.6%減。交通広告は30.8%減。折込・ダイレクトメールは61.4%増と、連続マイナス記録は51カ月で終わった先月からさらに激増。2021年度はもう激変しすぎて、対前年同月比でみる意味すら危うい感じになってきた。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/3広告業売上、全体では前年同月比0.4%増、マス4媒体は同3.3%減、ネット広告は同15.5%増

4 years 9ヶ月 ago

2021/5/20の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で0.4%増で、18カ月ぶりのプラス。

新聞は3.9%で、こちらも全体と同じく18カ月ぶりのプラス雑誌は31.7%減で、マイナスは71カ月連続。テレビは同2.9%減。

インターネット広告は6カ月連続プラスで15.5%増、2桁のプラスは3カ月連続。屋外広告は4.4%減。交通広告は36.9%減。折込・ダイレクトメールは2.9%増と、連続マイナス記録は51カ月で終わった



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/2広告業売上、全体では前年同月比9.1%減、マス4媒体は同8.4%減、ネット広告は同15.2%増

4 years 10ヶ月 ago

2021/4/15の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で9.1%減。テレビは同4.2%減、新聞は21.9%。インターネット広告は5カ月連続プラスで15.2%増と本格的に戻ってきたか。屋外広告は23.6%減。交通広告は38.7%減。折込・ダイレクトメールは25.9%減。

雑誌のマイナスは70カ月連続、折込み・ダイレクトメールは51カ月連続マイナスといった状況。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2021/1広告業売上、全体では前年同月比25.6%減、マス4媒体は同7.8%減、ネット広告は同17.8%増

4 years 11ヶ月 ago

2021/3/19の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で25.6%減。テレビは同5.1%減、新聞は17.7%。インターネット広告は4カ月連続プラスで17.8%増で2年ぶりの二桁増。屋外広告は32.0%減。交通広告は39.1%減。折込・ダイレクトメールは20.5%減。

雑誌のマイナスは69カ月連続、折込み・ダイレクトメールは50カ月連続マイナスといった状況。不思議なのは先月の確定値が一部大幅に変わっていることだ。よく見ると毎月あるけど、変化するのに確報なのか。。。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)

2020/12広告業売上、全体では前年同月比8.2%減、マス4媒体は同0.1%減、ネット広告は同8.8%増

5 years ago

2021/2/16の経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から。http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html

全体では前年同月比で8.2%減。テレビは同2.3%増、新聞は6.0%。インターネット広告は3カ月連続プラスで8.8%増。屋外広告は29.3%減。交通広告は37.9%減。折込・ダイレクトメールは9.3%減。

テレビが前年同月比でプラスとなり、マス4媒体すべてマイナスは14カ月連続でストップとなった。雑誌のマイナスは68カ月連続、折込み・ダイレクトメールは49カ月連続マイナスといった状況。



noreply@blogger.com (hiromi ibukuro g)
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2 時間 45 分 ago
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