ゲストスピーカー
>片山義丈氏
ダイキン工業株式会社/ 総務部 広告宣伝グループ長 部長
【IMJ LIP 〜パートナーに聞く〜】第1部
デジタルマーケティングの落とし穴
竹内 ブランディングは重要だと思っています。ですが、デジタル上でブランディングは難しいのではないしょうか? 特に最近はアドフラウド※やプログラマティック広告取引※におけるブランド毀損リスクのある広告といったものもあります。いかがですか?
片山 竹内さん、いつも「デジタルでブランディングはできない」って言うよね。もうこの話をするのも3回目(笑)。なぜそう思うのかわからないんだけれど。デジタルがデジタルコミュニケーションという意味であれば、そもそもコミュニケーションなんだから、その結果としてブランディングは、私はできると思っています。デジタルというのが、刈り取り型デジタルコミュニケーションで、その前提でブランディングはできないということであれば、それは難しいというのはわかります。
デジタルではデジタルの優位性を生かしたブランディングができる。まず、デジタルではターゲティングができる。たとえば、このIMJさんの会社の近所にいる人だけとか、家電量販店にいる人だけとかに限定して情報が出せる。今までできなかったターゲティングができる。しかも最適なタイミングでできる。気温が35℃を越えた日の14時に世田谷にいる30代の女性にだけ広告を出す、とかができる。
※アドフラウド:botなどを使い無効なインプレッションやクリックを行い、広告費用に対する成約件数や広告効果などを不正に水増しする不正広告のこと。
※プログラマティック広告取引:データに基づいたリアルタイムな広告枠の自動買い付けのこと。
竹内 デジタルとブランディングの関係って実際のところ、どうなんでしょうか?
片山 さきほどターゲティングができることがメリットといいましたが、ブランディングすべきターゲットを絞ることが案外難しい。よくペルソナを想定するけれど、絞ることで潜在的なターゲットを取りこぼすこともある。たとえば、シャネルのような高級バッグには、ユーザー=セレブ女性、購入する人=セレブ女性・中年男性、不可欠な存在=羨望の目を向ける大衆、が存在していて、じつはこれ全員がターゲット。「いいな〜あのバッグ」という羨望のまなざしがないとプチセレブは買わない。本当のセレブは買うのでしょうけれど。デジタルは、このあたりがなかなかわからない。ユーザーはセレブだから、セレブだけにコミュニケーションすると間違えてしまう。
あとターゲットに最適な広告を見つけるために「データは嘘つきません」と言って、バナー広告を30種類くらい作ってくる人とかいるけれど、たくさん作ってトーナメント戦をやってその中で「これが一番です」って。100点満点で20点台のものを並べて競わせて、29点のものがいい、と言われても…...ね。勝ったからいいではない。クリエイティブってそういうものでない。
もうひとつ、すぐ横文字を使いたがる。KPIとか、KGIとか。KPIを上げるために、やみくもにクリック数を上げようと思うと、生活者が不快に思うようなことをやってしまう。デジタルがややもするとブランド毀損になるのはそういうこと。ダイレクト系のコミュニケーションがデジタルでは主流だったから仕方ないことではあるけれど。
竹内 さっきのバナーの話、確かによくありますね。やらないよりはやったほうがいいとは思いますけど、練られていない、仮説の無いクリエイティブでいくらABテストを繰り返したって意味がない。ちなみに、それってどのくらいの期間でやったんですか?
片山 前に30種類くらいで比較した時は1カ月半くらいでやったかな。勝ち残ったものを誇らしげに報告してきたけれど、ABテストが目的になってしまっているんじゃないの?って。誤解してほしくないのですがABテストは絶対に大事。ただどうせABテストするんだからと雑につくってしまいがち、その前にしっかりとクリエイティブをつくりこむことにもっともっと知恵をしぼらないといけないのではないか。ということ。
竹内 バナーって実はすごく難しいと思うんです。しかしサイズが小さいせいか「すぐにできるんでしょう」と言うクライアントさんもいる。そうすると作業になってしまう。
片山 1点何千円で作らせておいて、いいコピーなんか作れるか!って本当ならばクライアントに言いたいでしょうね。逆にバナー1点に100万円払うってなれば、お互いにいい加減なことはできない。まあ、もちろんそんなお金払えませんし(笑)、時間や予算の問題もあるのでどうバランスをとるかですが。
クリエイティブ業界にはヒエラルキーみたいなのがあって、「テレビ広告が一番。バナーなんて俺の仕事じゃねぇよ」っていうつまらないクリエイターもいる。でももうトリプルメディアで一筆書きのように一体感をもってコミュニケーションしていくかが勝負。バナーだって重要です。
2%のホワイトリスト
竹内 片山さんはプロモーション的な商品広告と企業広告と両方やってらっしゃいますけれど、その違いって何かありますか?
片山 商品プロモーションでは、二つの目的があって、一つ目が「今買いたい人に広告を届ける」こと。でも、エアコンは購入までに買い換えなら10年くらいかかる。ただ、いざ買うって時は3日くらいで決めるんですよ。だから二つ目は「その10年の間に、どれだけ『なんとなくダイキンっていいね』にしていけるか」。ともにデジタル上でも可能だと思うし。とくに二つ目はターゲティングではなく、ポータルサイトのトップ画面とか限りなくマス広告に近いことが有効だったりします。
ただデジタル広告はアドフラウドとか、ブランドセーフティ※が担保されずブランド毀損になってしまう広告出稿も常態化しています。ダイキンでは現状は「ホワイトリスト」にしか出さない運用にしている。その方が本質的には広告効率は良くなると信じている。今はグレーな広告は出させない。デジタル以前の既存のメディアでは当たり前のことなので忘れがちなのですが、きちんとしたデジタルメディアもありますし。でもデジタルはグレー広告がバンバンでるメディアがいっぱいあって、有象無象の媒体に流しているとそういうところに広告が出る。うちも気づいたら怪しげなサイトに広告を入れていたこともある。しまった!と。ここはいっぱい失敗してます(笑)。
※ブランドセーフティ:広告出稿が原因で企業や製品のブランドイメージを毀損するリスクを回避する取り組み。
竹内 ホワイトリストだけに切り替えたのは、いつ頃ですか?
片山 1年前くらい。感度の高い人に「これはやばいぞ、アドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティ※などデジタルやばいぞ」って聞いたのがきっかけ。ただ、広告代理店さんもデジタルの変化が速すぎてついていけていない。日本を代表するような立派な広告代理店さんにお願いすれば、やばいことにならずに、大丈夫ということにならないのが、本当に悩ましい。
※ビューアビリティ:広告掲載インプレッションのうち、実際にユーザーが閲覧できる状態にあったインプレッションの比率のこと。
竹内 確かについていけてない感ありますね。とあるお客様のお仕事で広告代理店さんに「バナーの出し先でクリエイティブを変えていかなければいけないので、どこに出しているのか教えてください」といっても出てこない。代理店さんがどこに表示されているか把握していない。当事者意識がないんですかね。
片山 もともと広告配信先のURLが5万くらいのうち、精査すると信頼できるのは本当にごくごくわずかしかない。そのホワイトリストに出していく。ただ広がりはなくなる。あやしげなサイトから撤退する分、一見、効果指標の数字は下がるし、担当者は不安になる。でも、もともとの効果数字がそもそもアドフラウドやビューアビリティをきちんと反映していない、まやかしの数字なんだから、それをベースに「KPI上がりました!」って言っててもねぇ。そのウラにあるものを見なければ。外部スタッフにも言いたい。「どうせいいかげんなKPIならやらなくていいよ。人生の無駄遣いだから、早く帰って飲みに行って!」と。でも「ホワイトリストは大変だけどやってね」って(笑)。
竹内 なるほど。そろそろ、このへんでいったん区切って質問を受けたいと思います。
【質問1:購入までの気持ちの育て方】
IMJ エアコン購入まで10年とのことでしたが、その間、生活者の気持ちをどうやって育てたり測ったりしているんですか?
片山 気持ちの指標はないです。常に情報を出し続けるしかない。気持ちを測定するのはほんとに難しいことをまず理解しないと。何でもかんでも測定できると安易に思わないことが大切です。デジタル広告の報告資料で「こんなに温まってきてます」とか「購入意向が上がりました」とかよくありますが、本当ですかね。「片山さん、ブランドリフト上がりましたよ」と言われますけど、実際にお客さんは買ってませんからね。購入者アンケートで、どの広告見ましたか?って問いでほとんどの人がTV広告に丸を付ける。「CMやったことないですけど」って思う。でもそういうこと。調査は必要。でも調査には限界があることを認識する。数字が大事ではなく、数字をどう見るのかが大事。
KGI=売れること。広告効果や効率のKPIはあくまでも参考にするものと思っています。たかだかバナー広告を見ただけではすぐにエアコンは買わない。ただ単にKPIが上がっても売れない。これはリアルの場でモノを売ってきた人間からするとすごい薄っぺらいです。気持ちの指標はないけど、生活者のエアコンの購入意向ブランドの三位以内は20年以上継続して見ています。タッチポイントを積み重ねて、情報を出し続けて、結果ブランドが育つところまでもっていく、そのときはじめてブランドリフトしたことになる。そのことこそが重要だとは思います。
【質問2:デジタル施策が正しいかどうかの判断】
IMJ デジタル施策が正しいかどうかの判断基準はあるのでしょうか?
片山 まずそもそもどんなコミュニケーション施策でも、効果のないものはないです。つまり、電信柱の広告とかでも、広告を見る人がいれば見た人に対しては効果がある。正しいかどうかは、効果があるかないかではなく、コミュニケーション効率がいいか悪いかの問題。新幹線のドアの上に流れるニュースって、社内の上層部の人間がやけに喜ぶ効果は高い。社内上層部への効率はいい。でも主婦にはほとんど見られないから主婦には効率は悪い。社内目的であれば正しい、それは意味がある。ターゲットなど目的によって違うということ。正しいかと同じくらいに重要なこと、コミュニケーションの要諦は継続です。デジタルではないですが、電車のドアの上に広告出し続けていると、2年くらいすると「見ましたよ」って聞こえてくる。5年すると「いつも見てます」となる。効果が出るまでやる。一番いけないのは浮気をすること。よっぽどズレていなければやり続ける。デジタルについては、正直変化が早すぎて試行錯誤中でよくわかっていません。KPIを参考にして、あとは生活者感覚で。
竹内 わかりますが、その腹のくくり方はなかなかできるものではないです。
片山 うちの競合ってパナソニックさんとか日立さんとか、ものすごく大きくて広告宣伝のお金もいっぱい持っている会社さん。うちはお金がないから差別化。大手さんと違うことや他社が考えられないことをやらないと勝負にならないんです。
ダイキンは今や世界ナンバーワンの空調メーカーですが、30年前は売上3,500億くらいの関西企業。ダイキンにはほんとにすごい経営トップがいる。そのリーダーシップで、日本の家電メーカー、巨大なグローバル競合に勝って世界ナンバーワンになった。その経営トップが、いつも言っているのが、「差別化」「現状維持は衰退の道」。すべてにおいて、とにかく「差別化」「従来の延長線でない思考に振って考える」ことがないとダメだとたたき込まれています。コミュニケーションだって同じこと。コミュニケーションで勝つためには「差別化」なんです。
【質問3:いい提案と悪い提案】
IMJ デジタル業界の人たちは「自分たちのできること」を提案しがちで……。いい提案、悪い提案とは、どのようなものか聞かせてください。
片山 たしかにデジタルの人は「私たちこんなことできます提案」が多い。「うん。すごいね〜」って拍手するだけ。正直しんどい。その「こんないいことできるんです」というキラキラした目の1/3でいいから、こっち側にきて、その視点でやるといったいどんな良いことになりそうなのか考えてくれよ、と思う。
読めばわかる資料を自慢げに説明されると「俺の貴重な人生の25分をどうしてくれるんだ!」と突き返す。でもその後、優秀な人は考えるんです。「我々のサービスを使うとダイキンさんの課題に貢献できると思います」と。まぁたいていは的が外れている。でもいいんです。そこまでいけば、やっとスタートライン。「松竹梅あるんです!」と持ってくるのも、それはあなたにとっての松竹梅であって、こちらは松と梅を組み合わせたものが欲しいかもしれない。ダイキンは先ほども言いましたが、差別化しないと勝てないから、メニューにのっている広告を普通にやるのではなく、オリジナリティに変えていくことを意識する必要がある。だから、「レバニラ炒めです」というようなメニュー表の提案は大嫌い。聞いても「これはレバーとニラを炒めたものです」とか「しかもなんと秘伝のタレを使っています!」とか…...知るか!って思う。鉄分補給するのがこちらの課題とすれば、レバニラ炒めではなく、メニュー表に載っていない裏メニューを考えて欲しい。せめて「レバニラ炒めに、ひじきをいれて、秘伝のたれをちょびっといじってみようと思います」とか言ってほしい。別の会社用の提案書を社名だけ入れ替えたな、みたいなことはわかります。一度谷底に突き落として、上がってきた人とは良い仕事できますね。
【質問4:やり続けている施策と今後やりたい施策】
IMJ やり続けることに意味があるとおっしゃっていましたが、予算も人もリソースにも限りがあると思いますし、優先順位があるだろうと。そんな中でずっとやり続けている施策や、今後やっていきたい施策について教えてださい。
片山 その話はまさに次のテーマ3で話したい内容ですね。竹内さん「俺の思った通りやー」と喜んでるでしょ。
竹内 (笑)。「キター!」と思いましたよ。
IMJ なんかサクラみたいになってしまいましたね(笑)。
片山 いやいや、とてもいい質問です。そこ、大事なところです。
第2部ではクライアント側として、リアルな意見を語ってくれた片山氏。
デジタルをブランディングに生かすために、デジタルをどう位置付けるか、メリットとデメリットの中からも、片山氏のコミュニケーションのテクニックを学び取ることができた時間でした。
次回もお楽しみに!
第3部では、ダイキンが大切にしている「ユニークな施策」や「地道な施策」、そして「今後の施策」についても具体的な話が飛び出します。
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