デジタルクリエイティブはWebからリアルへ、世界のクリエイターが語るモノづくりの未来
デジタルクリエイティブは、いまやPCやスマートフォンの画面だけに収まらない。IoTやVRなど、技術革新によってクリエイティブの世界は変化している。
第10回東北セミボラの第三部は、「未来のデジタルクリエイティブ」と題し、世界に向け先進的なモノづくりをするInvisible Designs Lab.の松尾謙二郎氏とdot by dotの富永勇亮氏およびSaqoosha氏をゲストに、クリエイティブの未来が語られた。モデレータはワンパクの阿部淳也氏。
音楽とテクノロジーが融合したクリエイティブ
講演のはじめに、パネリストが手がけてきたクリエイティブが紹介された。
Invisible Designs Lab.の松尾氏は、CM音楽やサウンドロゴなどを手がけており、2016年4月には音に関する技術セクションを立ち上げている。
「音楽をやりたい人は多いが、それで食べていける人は少ない。広告の世界にはこれらのニーズがある」と話す松尾氏は、自身が作曲家でありながら技術ディレクターでもある理由について、「音楽を拡張するというテーマを持っている」と述べる。
音楽と技術は密接な関係があり、数学的な部分や物理学的な部分があるため、技術が欠かせないというのだ。また、「広告の仕事では、自己表現することを大事にしている。自分のポリシーとして、表現者としてクライアントワーク以外のこともやりたいと考えている」と松尾氏は話した。
松尾氏が手がけたクリエイティブ事例としては、NTTドコモの「森の木琴」、現地で音声を収録した大分県のPR動画「シンフロ」などが紹介された。
アイデア×デザイン×テクノロジー
dot by dotは、クリエイティブワークを行う一方、渋谷のシェアオフィスにクリエイターを集めてモノづくりをしている。
アイデアとデザインとテクノロジーがdot by dotの強みであり、富永氏は昨今の代表作として、検索結果のトレンドの波を体感するVRアトラクション「ヤフー トレンドコースター」、VR空間でアーティストが歌う「COROLLA! presents MIXED REALITY LIVE!」、店舗向けアプリ「UNIQLO CAMERAでPON!」、1万点の商品で東京の街を作った「MUJI 10,000 shapes of TOKYO」などの事例を紹介した。
また、広告コンテンツ以外にも、ミュージックPVやテレビコンテンツ、エンターテインメントコンテンツ、IoTプロダクトなども手がけている。
「デジタル、ノンデジタル、メディア形態を問わず、世の中で話題となるモノゴトや仕掛けを提案していく会社」と話す富永氏は、流行のものに飛びつくのではなく、誰が何を求めて、何のために作るのかを考えていくことが重要だと説明した。
Web出身のクリエイターがリアルな領域に移行した理由
2社の自己紹介の後は、ワンパクの阿部淳也氏が3人のパネリストに質問するトークセッション形式で進められた。
なぜWeb出身のクリエイターがリアルな領域のモノづくりを始めたのか?
阿部氏:これまで、WebのクリエイティブといえばFlashのActionScriptを書けばよかったが、iPhoneなどの新しいデバイスが登場したことで状況が変化した。また、プログラムを書くだけでなく、エンジニアが表現する必要も出てきた。2005~2008年ごろにオープンハードウェアが登場してきたところも大きい。
Saqoosha氏:Web以外のことをやれると思い始めたのは、FlashがWeb以外のインスタレーションなどで使われ始めたとき。その後、オープンハードウェアが出てきたことは大きい。流れのなかでやってきたので、いきなり別世界でやっているという感覚はない。ゲーム開発環境のUnityも、Flashで培ってきた技術が続いている感じだと思っている。
富永氏:Oculus Rift(VRヘッドセット)やPlayStationVRでも、Unityが使われている。まったく違うハードウェアで、同じ言語が使われていることが面白い。
松尾氏:ミドルウェアやFlashなどがメインストリームになってしまったと思っている。本来の開発は、一からフルスクラッチで無駄のないものを作るべきなのだが、コンピュータが速くなると多少無駄があっても問題がないので、Flashなどを使えばいいという感じになったと思う。昔は、何かを連携させようとすれば自分で開発するしかなかったが、今は安価なモノを使って実現できる。
Saqoosha氏:僕は、ミドルウェアやオープンソースなどを組み合わせて作ることがほとんどなので、これらがなければ、これまでのモノは作れなかったと思う。逆に、自分で作ったモノは極力オープンにしようとしている。
松尾氏:僕は、元々Web側の人間ではないが、参入障壁が下がってきていることも感じている。プログラムも音楽も、以前はいきなりできるものではなかったが、デザインをやってきたけど音楽もやってみようとか、音楽をやってきたけどプログラミングもやってみようということが、簡単にできる環境になってきている。
これを、もっと意識しなければならない時代になっている。僕の場合は音楽であるように、主軸を置くことは重要だが、興味を1つに絞る必要はない。複数のフィールドを見つけられれば、そこが自分の強みになる。
クリエイティブはどこから生まれるのか
クリエイティブはアイデアファーストか、テクノロジーファーストか。アイデアの出し方、技術のリサーチとストックの方法は?
富永氏:僕はプランナーで、プログラマのコミュニティにも入っていないし、特別テクノロジーに強いわけではない。僕らのアイデアをどのようにテクノロジーで実現できるかと考えているので、完全にアイデアファーストだと思う。Saqooshaは、テクノロジストとして有名なので、よく「最新のテクノロジーは何?」と聞かれている。
Saqoosha氏:いつも、すごく困っていて、「ないかな」と答えている(笑)。
富永氏:僕らも、彼(Saqoosha)に何が最新かとは聞かない。やりたいことに対して何ができるのか、かなり早い段階からアイデアを一緒にブレストしている。
Saqoosha氏:ディレクターだけで打ち合わせしていると、決まってしまったことが技術的に実現できないという最悪の事態になり、みんなが不幸になる。
松尾氏:効率などを考えれば、分業は必要だとは思うが、僕は分業することが下手だったので逆にタスクの処理能力が上がった。良し悪しだと思う。
富永氏:dot by dotは完全分業なので、僕もSaqooshaもデザインはしない。デザイナーがプログラムすることもなく、システム側の人間がフロントのプログラムを書くこともないが、企画会議は全員でやる。そのうえで、どれだけ横断できるかが重要なる。1つでも自分が勝負できるものがあったうえで、フラットに全体を見渡すことができるかということ。
分業だからといって、人の仕事を「俺の仕事じゃない」と言わない体制を作る必要がある。松尾さんも、音楽のプロフェッショナルというベースがあるうえで、プラスアルファでテクノロジー領域をやっている。
松尾氏:自分は音楽から離れないことを決めている。「何でもやります」ということがよくないのは事実で、自分が何者かを明確にしておく必要はあると思う。また、アイデアを考えてストックしておく習慣が大事で、自分のアイデアを整理して、いつでも取り出せるようにネタ帳を作っておくことをおすすめしたい。
Saqoosha氏:僕はネタ帳を作っていないが、調べ物の最中に気になったものは取っておくようにしている。後で検索できるように、キーワードだけは覚えている。
経験+チャレンジ精神
フィジビリティ(実行実現性)をどう担保しているのか? どのタイミングで実現できるかを判断しているのか?
富永氏:前述のように、早い段階から一緒に考えることが重要だと思う。バズるためには、突出したテクノロジーが必要で、誰でも作れるモノを作っても仕方がない。場合によっては、調査して仮に作ってみる期間が必要になるが、実現できないこともある。1つ言えることは、少し時間を設けること。1か月でも、1週間でも時間を設ければ、その間に実現性を判断できる。
松尾氏:フィジビリティについては、ある程度経験でわかると考えている。たとえば、東京から仙台に来てくれと言われれば、経験上、新幹線を使えばすぐに行けることがわかっているし、最悪の場合、1週間くらいかければ歩いてでも行ける。しかし、チベットに行けるかと言われれば、行く手段も限られているし、行くまでの間に予期せぬことが多数発生する。
「予期しないできごとをどれだけ予測できるか」がフィジビリティなので、経験値でしか解決できない。ただし、及び腰になってしまうことも多いので、勢いでやることも必要。
富永氏:トライしようとすることは重要。会社の特性として、未踏領域にチャレンジしたいという人間が集まっている。松尾さんとはよく一緒に仕事をしているが、松尾さんは、「スピーカーの低音だけで風を吹かして、女の子のスカートがめくれるかな」と相談すると、やれるかな、と相談に乗ってくれる人。
リアルな領域のWebにはない面白さとは
Webではないリアルなものの面白さと難しさはどこにある?
松尾氏:森の木琴は、非常にアナログな作品。やろうと思ったきっかけは、本当に人が面白いと思うのは、実際にやっているモノだという考え方があったから。PCが普及してから画面の中ですべてを消化するコンテンツが多いため、画面を飛び出して楽しめるコンテンツを作りたいと考えている。
一方、その作業は非常に大変。たとえば、森の木琴は、材料を仕入れて加工し、何パターンも木琴を作っているので、短期間で修正することができなかった。しかし、苦労した以上の面白さはあると思う。
富永氏:進撃の巨人展の360度体験シアター“哮”も、Webでは絶対に体験できないモノ。体験したお客さんが泣きながら拍手していたのを見て、僕らも裏で抱き合いながら泣いていた(笑)。
富永氏:こういったフィジカルな反応が、リアルなモノのいいところで、作り手にとっては何よりのご褒美。マーケティング的に言えば、いまはスクリーンの中のモノがなかなかPRの文脈につながらず、人を巻き込みにくくなっている。
CGやテクノロジーに対して驚きがなくなってきているなかで、自分自身がリアルに体験するものに対しては、まだ驚きがある。それが人のクチコミに乗り、PRの文脈にも乗って、ネット以外のメディアでも紹介されるようになる。
ヤフーのトレンドコースターは、情報番組だけでなく、バラエティ番組でも取り上げられ、さらに伝播していった。このようなことが、Webからリアルに移行している1つの理由だと思う。
Saqoosha氏:僕は、それほどリアルにこだわっているわけではない。360度体験シアターは、10万人以上が体験しているが、Webで10万人は少ない数字。どれだけ多くの人に提供できるかという点では、リアルよりデジタルが強いと思っている。
これからのクリエイターに求められるスキルとは
これからのクリエイターに求められるスキルやマインドは?
松尾氏:僕のコンセプトは、みんなが行くところには行かないこと。ライバルが多いところにわざわざ行って、スキルが高い人と戦う気力はない。自分がいかにユニークになれるかを見つけて、相手にうまくプレゼンできるかが重要。好きなことでなければ続かないので、自分が好きなものでユニークなものを見つけられるかにかかっている。
Saqoosha氏:情熱を傾けられるものを見つけることは非常に重要だと思うし、がんばらなくても毎日できるということが重要。
松尾氏:楽しいと思えるからこの仕事をやっている。乗り越えなければならない壁はあるが、好きなら乗り越えられる。
富永氏:これからも変わらないことがあると思う。プランナーという職種だからかもしれないが、ヒアリング以上に大切なことはないと思っている。クライアントから明確な指示がでないこともあるので、そうしたときは作る側の方向性に近づけていく必要がある。
これはプロダクト開発でも同じで、目的設定を考えることが大事。根本的には、必要なスキルやマインドはあまり変わっておらず、後は、作ることに対してどれだけ柔軟になれるのか、引き出しをたくさん持てるのかといったことが必要になってくる。
デジタル・インタラクティブ領域のクリエイティブの未来について一言
松尾氏:正直、わからない。可能性が広がって簡単にモノが作れるようになっているので、どこかで頭打ちになってくるのではないか。
たとえば、インターフェイスデザインは、細かい工夫を行うところもあるが、7割くらいはボタンを付けたりするなど、同じような作業になっている。その作業を簡単にするための技術がでていきているため、もっと別の部分を求めなければ、面白い未来にはなっていかない。
その予測できない部分が、どのように広がっていくのか、若い人に可能性を広げてもらいたいと思っている。スキルを持った若い人が、新しいジャンルを開拓していくことに期待しているし、怖いとも思う。
富永氏:僕は、デジタルには可能性があり、非常に明るいと思っている。デジタルに特化して15年間がんばってこなければ、NHKの年末番組(紅白直前 データで作るあの時代っぽい歌http://www.nhk.or.jp/d-navi/kouhaku/)を作ることも、プロダクト制作に関わることも、ミュージックビデオを作ることもなかった。ただし、テクノロジーやデジタルの先進性だけで、世の中に驚きを与える時代は終わり、何がやれるのか、表現やアイデアをどう出すかが重要になると思う。
誰でもデザインできるツールができたことを悲観するのは、デジタルカメラができたときに写真をやめるのと一緒。新しいツールを使って、効率化できないところを見つけ、そこに注力するマインドを持っていれば、未来は明るいし、絶対に大丈夫だと思う。
Saqoosha氏:デジタルはプログラムでできているので、デジタルの領域が拡大すれば、僕がプログラマとしてできることが広がっていくことになる。たとえば、MITがDNA用のプログラミング言語を開発したことで、僕がDNAをプログラミングできる可能性が出てきた。未来は明るいし、どんどん新しいことが広がっていくと思う。
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