【小説】CMS導入奮闘記――吉祥寺和男の挑戦

コムコムファクトリーの視点

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コムコムファクトリーの視点

昼休みをはさみ、続いてコムコムファクトリーのプレゼンが行われた。出席したのは、社長の立川達彦ひとりだった。カジュアルなノーネクタイの服装で会議室に入ってきた立川は、メンバー全員と名刺交換をすると、ハンドタオルで額の汗をぬぐいながら席に着いた。その飄々とした佇まいが、会議室の空気をいくぶん和やかにした。

立川のプレゼンは、D&H社とは対照的だった。彼は、静かな口調でとつとつと見積もりの内容について説明した。立川の説明によれば、コムコム社の見積書のコンセプトは、以下のようなものであった。

ウェブサイトリニューアルのプロジェクトにおいて最も大切なのは、作業範囲とスケジュールとコスト、その3つについてクライアントと制作会社の間で明確なコンセンサスを固めることである。もし作業範囲が変われば、スケジュールも変わるし、コストも変わる。また、それによって、導入すべきCMSが何であるかも変わってくる。したがって、今回提出した見積もりはあくまで暫定的なものであり、今後の話し合いの中で作業内容が変わってくれば、見積額も変わってくる。むろん、その変更は、両者合意のうえでなされるべきものである――。

吉祥寺がとりわけ注目したのは、次のような立川の言葉だった。

「RFPにあった3つの目的はいずれも重要なものですが、とくに私は、2番目の目的、すなわち“来訪するユーザーが必要な情報にスムーズにたどり着けるようにすること”という項目が、大衆薬メーカーである御社のサイトにとって、とりわけ大切であると考えています。小さなお子さんをもったお母さん、ウェブにあまり触れたことのないお年寄り、何とか今日中に風邪を治さなければならないサラリーマン――。そういった老若男女が、必要としている薬を即座に見つけることができる。それこそが、御社のウェブサイトの社会的役割のはずです。そんな“優しい”ウェブサイトを、私はつくりたいと思います」

この人は、ファミリー製薬のことを本当に考えてくれている――。吉祥寺はそう思った。

プロジェクトチームの結成

立川が去った会議室で、4人は早速プレゼン内容の検証に取りかかった。最初に口を開いたのは、代々木だった。

「前提として、額面だけで決定することはやめにしたいと思います。金額、項目、今日のプレゼンの内容。そういったものをトータルに見たうえで、今回のリニューアル作業にとどまらず、長期的なパートナーとしてふさわしいのはどちらかという視点で選びましょう」

代々木は、一呼吸置いて続けた。

「その前提に立って、ですが、私はD&H社の実績、それから、グループ全体のリソースやノウハウが活用できる安心感、規模感、そういったものに賭けたいと思いますが、いかがですか?」

「いえ、僕は、コムコム社だと思います」

「どう考えたって、コムコムでしょうよ」

その2つの声が発せられたのが、ほぼ同時だった。吉祥寺と秋葉原の声だった。発言が重なったことを互いに気まずく感じながら、2人は顔を見合わせた。

吉祥寺が、コムコムを選ぶべき理由として挙げたのは2つのポイントだった。1つ目は、見積もりのコンセプトが極めてしっかりしていること、2つ目は、一貫してクライアント目線に立っていることだった。

代々木は次に秋葉原に意見を求めたが、秋葉原は、

「まあ、主任のおっしゃるとおりですわ。実績に関する精査はむろん必要ですが、まあ、問題はないんじゃないですか」

とつまらなそうに言った。

一連のやりとりを黙って聞いていた神田も、「私もコムコムで」と言って、代々木と吉祥寺の顔を順繰りに見た。もとより多数決で決めるべき筋の話ではなかったが、趨勢はすでに決していた。

「皆さんの意見はよくわかりました。では、再度、実績を詳しく見せてもらったうえで、問題がなければコムコムファクトリーさんにお願いすることにしましょう」

代々木はそう言うと、ふうっと大きく息を吐いて席を立った。

「ありがとうございます」

吉祥寺は、小さく呟いて代々木の背中に頭を下げた。

数日後、ファミリー製薬のウェブサイトリニューアルプロジェクトがコムコムファクトリーに正式に発注されることが決まり、コムコム社の立川は、2人のスタッフを連れてファミリー製薬を訪れた。ひとりは、制作チーフディレクターの国分寺遙、もうひとりは、その下でアシスタントを務める四ツ谷純一だった。国分寺は30代前半だが、すでにこの業界で10年のキャリアをもつベテランであること、四ツ谷は20代半ばで、ITの知識が豊富であることを立川は説明し、

「この2人が、御社のウェブサイトを生まれ変わらせるために全力を尽くします」

と静かに、しかし力強く言った。

新しいパートナーシップ――リニューアルのプロジェクトチーム結成へ/CMS導入奮闘記#5

ファミリー製薬の吉祥寺と神田、コムコムファクトリーの国分寺と四ツ谷。この4人を実質的なメンバーとし、代々木と立川を後見人とするプロジェクトチームが、ここに結成されたのだった。

次回予告
第6話 最適なCMSはどれだ?

結成されたプロジェクトチームの最初の課題は、導入するCMSを決定することだった。最終的に2つに絞り込まれた候補をめぐって、吉祥寺と国分寺の意見がぶつかり合う。クライアント側の事実上の責任者として、あくまで納得のいくものを選びたいと考える吉祥寺。彼が最終的に選択したCMSとは?

最適なCMSはどれだ?――大は小を兼ねるのか……荒れるCMS選定会議/【小説】CMS導入奮闘記#6
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